![]()      1976〜1976 『A Day At The Races』まで            ▼      ┃      ┃1976/1      ┣各音楽誌の人気投票でQUEENは好成績をおさめ、順調な幕開けとなる。      ┃フィレディは再び"Bohemian Rhapsody"の作曲者としてイヴォール・ノヴェロ賞      ┃を受賞する。      ┃      ┣24日 この週まで9週間"Bohemian Rhapsody"がチャート1位を独占する。      ┃      ┣20日 コネチカット州ウォーターベリーのパレス劇場を皮切りに33日間の米国ツアー      ┃開始。      ┃熱狂的な喝采を浴びて、ツアーは大成功となる。"Now I'm Here"では      ┃歌に合わせてステージ両端にフレディが登場しファンを驚かせた。      ┃      ┃1976/2      ┣本国で過去4枚のアルバムが上位20位までに同時チャートイン。      ┃      ┃1976/3      ┣ライブ映像"Live At The Rainbow"が『ザ・ハッスル』というタイトルで公開される。      ┃      ┣2度目の日本来日。14日間で7開場11公演というハードスケジュールだった。      ┃今回もまた、空港には数百人ものファンが詰めかけ、熱狂的な歓迎を受ける。      ┃コンサートも空港同様に女性ファンの熱狂的な歓声に終始包まれ、フレディのMCや      ┃が聞こえない程となった。      ┃歌声      ┃1976/4      ┣11日間5開場8公演の正式なオーストラリアツアー開始。      ┃2年前は逃げるように帰国したが、今回は大成功のうちに帰国する。      ┃      ┃1976/5      ┣5枚目のアルバム制作を開始する。      ┃初めてロイ・トーマス・ベイカー氏のもとを離れ、セルフ・プロデュースとなる。      ┃      ┣29日 クリッシー・ミューレン嬢とブライアンが結婚。      ┃      ┃1976/6      ┣ジョン作の"You're My Best Friend"がシングルカットされる。      ┃"Bohemian Rhapsody"のプロモの大成功以後、シングルと同時にプロモも同時に      ┃制作。B面には見た夢をヒントにブライアンが作った"'39"だった。      ┃      ┃1976/8      ┣ファンへの感謝を込めてハイド・パークでフリーコンサートを企画。      ┃      ┣ミニツアーのためにシェパートン・スタジオを借りてリハーサルを行う。      ┃      ┃1976/9      ┣エジンバラのプレイハウス・シアター、カーディフのキャッスルで3公演のミニツアー。      ┃これはハイド・パークのリハーサルも兼ねたもので、"'39"や次回アルバム収録曲      ┃"You Take My Breath Away","Tie Your Mother Down"などが披露された。      ┃"'39"ではステージ中央にバスドラムが用意され、四人が揃って演奏し好評となる。      ┃      ┣フリー・コンサートを手助けしてくれたヴァージンレコード社長リチャード・トンプソンの      ┃アシスタントドミニク・ベイランド嬢にロジャーが一目惚れとなる。      ┃      ┃1976/9      ┣18日 15万人の観衆を集めて、至上最大のフリー・コンサートが行われる。      ┃"Bohemian Rhapsody"の後半と同時に白いジャンプスーツに身を包んだフレディが      ┃登場し惜しみなく次回アルバム収録曲を披露する。また、途中にはアコースティック      ┃コーナーを設けロジャーがステージ全面へ登場するサービスも含まれていた。      ┃      ┃1976/10      ┣5枚目のアルバムレコーディング完了。      ┃アルバム・プロモーションとして、マスコミ向けに競馬レースが開催される。      ┃      ┃1976/11      ┣シングル"Samebody To Love"リリース。チャート4位まで上昇。      ┃      ┃1976/12      ┣ティームズ・テレビの"ビル・グランディ・トゥデイ"という番組出演を急遽キャンセル。      ┃彼らの代わりに出演したのは、当時無名だった"SEX PISTOLS"だった。      ┃パンク・ロックムーブメントの幕開けだった。      ┃      ┣10日 先行予約だけで50万枚となった新作"A Day At The Races"発表。      ┃前作路線の継承となったアルバムは、音楽評論家達からことごとく非難される。      ┃しかし、評論家達の批判とは裏腹にアルバムはチャート1位を獲得する。      ┃アルバムタイトルは前作同様にマークス・ブラザースの映画のタイトルを使用。      ┃      ┣キャピトル・ラジオの番組ハラバブーに4人出演。      ┃一つの番組に4人が一緒に出演するのは、これが初めてだった。      ┃      ▲      
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