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     1986〜1986 『A KIND OF MAGIC』『LIVE MAGIC』まで
     
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     ┃1986/1
     ┣11作目のニューアルバムのレーディング作業に入る。
     ┃四ヶ月に及ぶレコーディング作業は、ロンドンのタウンハウス、モントルーのマウンテン
     ┃スタジオ、ミュンヘンのミュージックランドと慣れ親しんだスタジオで進められた。
     ┃
     ┣85年9月にビデオ監督ラッセル・マイケルから、彼の映画初監督作品"ハイランダー"の
     ┃テーマ曲制作のオファーを受け作業していたが、映画を気に入ったメンバーは
     ┃サウンドトラック全てを手掛けることとなる。
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     ┃1986/3
     ┣17日 映画"ハイランダー"から"A KIND OF MAGIC"がリリーズされ英国では3位
     ┃と振るわなかったが、世界35ヶ国でチャート一位を獲得する。
     ┃このプロモーション・ビデオは同監督の手によりBBCプレイハウスにて収録された。
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     ┃1986/4
     ┣7日 同監督によるプロモーション・ビデオとして"Princes of the Universe"も撮影され
     ┃同映画のクリストファー・ランバートが役のまま出演するという凝りようだった。
     ┃この新曲は米国、日本向けにシングル・リリースされたがチャート上位へ登場することは
     ┃なかった。
     ┃
     ┣米国、仏国で既に試写上映されていた映画"ハイ・ランダー"がサフォーク州
     ┃グレート・ヤーマスで開催されるQUEENファンクラブで初めて英国内で公開された。
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     ┃1986/5
     ┣6日 ロック・ミュージカルのテーマ曲"TIME"がフレディのソロ・シングルとしてリリース。
     ┃プロモの撮影には、ドミニオン劇場で上演されていた同ミュージカルのセットを
     ┃使うこととなった。
     ┃
     ┣19日 ジョンのソロ・シングル"No Turning Back"をリリース。
     ┃この曲はジョンがソロ作業として手掛けていた映画"Biggles"のサウンドトラック
     ┃からのもので、このソロ作業のためにインモータルズtoiuバンドを結成していた。
     ┃
     ┣ヨーロッパ・ツアーのリハーサルに入る。
     ┃今回のツアーのため4週間もの間厳しいリハーサルが繰り返された。
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     ┣29日 映画"ハイ・ランダー"に提供した曲を中心に、もう一作の映画"アイアン・イーグル"
     ┃のテーマ曲を収めたニューアルバム"A KIND OF MAGIC"リリース。
     ┃音楽評論家達の評価は相変わらず時代後れなものであったが、売り上げは再び一位
     ┃を記録することとなった。
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     ┃1986/6
     ┣6日ヨーロッパ全土を巡る"Magic Tour"のため、ストックホルムへ向かった。
     ┃ステージセットも巨大化し、幅160フィートと最新のサウンド・システムは当時最強であり
     ┃QUEENのコンサートの特徴であるライティングも史上最大規模のものとなった。
     ┃
     ┣LIVE AIDでその存在感を世界中に知らしめたQUEENの人気は最高潮に昇り、コンサート
     ┃チケットはプラチナチケットとなった。なかでもロンドンのウェンブリー・スタジアム
     ┃での二日間のコンサートには50万人もの応募があったため、8月にネブワース・パーク
     ┃での野外コンサートが急遽追加された。
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     ┣7日 英国と欧州9ヶ国20都市26公演、8週間に及ぶ"マジック・ツアー"がストックホルム
     ┃を皮切りに始まった。
     ┃ツアー初日、フレディは観客の度肝を抜いた。
     ┃アンコール曲"WE WILL ROCK YOU"が終わりステージ袖に下がった彼は
     ┃が流れる中、真っ赤なローブを身にまとい、王冠を
     ┃頭にあぶった"KING"の姿で再登場したのだった。
     ┃
     ┃1986/7
     ┣9日 ヨーロッパ・ツアーを大成功でイギリスに戻ったメンバーは、ファンへの恩返しとして
     ┃ニューキャッスルでのコンサートの収益金の一部をを"セイブ・ザ・チルドレン基金"
     ┃に寄付と発表した。そして、それ以降のコンサートでもチャリティーは続けられた。
     ┃
     ┣再びヨーロッパ・ツアーに戻ったメンバーはハンガリーのブタぺストで公演を行なった。
     ┃東西冷戦当時、西欧音楽をハンガリーで演奏することは稀なことであり、'64年の
     ┃ルイ・アームストロング以来の公演となった。
     ┃
     ┣ハンガリー入国もQUEEらしいもので、ウィーンから水中翼船に乗りダニューブ川を
     ┃下って入国するというパフォーマンスはハンガリーッ子の度肝を抜いた。
     ┃
     ┣ブタぺストでのコンサートは現地のテレビ局により収録され、東欧各国で放送され
     ┃'87年2月にはハンガリー政府管轄下のMAFILMによりライブ・ビデオとしてリリース
     ┃された。
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     ┣当時東欧であったハンガリーのファンによる"LOVE OF MY LIFE"の合唱も素晴らしく
     ┃お礼にハンガリーのフォークソング"Tavaszi Szel Vizet Araszt"を歌いファンを喜ばせた。
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     ┃1986/8
     ┣2週間ぶりにイギリスに戻り、ネブワース・パークにて15万人集めたコンサートを
     ┃行なった。ステージ規模は二ヶ月前から更に巨大化となっていたが、パフォーマンス
     ┃はそれを凌ぐものであった。が、これがフレディがボーカルを努める最後のQUEENの
     ┃コンサートとなった。
     ┃
     ┣ロンドンに戻ったフレディは、購入から6年経って念願のケンジントンのマンションで
     ┃パートナーとスタッフと最愛の猫に囲まれながら暮らし始めた。
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     ┃1986/10
     ┣20日 "A KIND OF MAGIC""Friends Will BeFriends"のプロモーションビデオが
     ┃ビデオ・シングルとして再リリースされ、同チャート一位を記録する。
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     ┣25日 タイン・ティーズ・テレビにより収録されていたウィンブリー・スタジアムでの
     ┃コンサートがテレビ、ラジオで"REAL MAGIC"として同時放送され350万人試聴した。
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     ┣休養を取っていたフレディは、パートナーと共に日本に来日し、骨董を購入した。
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     ┃1986/11
     ┣"EMI"は過去に発表されたアルバムを全てCD化し発売した。
     ┃しかし、初期の作品に見られるアルバムトータル作品をCDでは再現することが出来ず
     ┃品質は最低のものとなった。
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     ┃1986/12
     ┣1日 "Magic Tour"を収録したライブ・アルバム"LIVE MAGIC"がリリースされた。
     ┃また、ファンにも不評だった同ライブ版はクリスマスにはチャート3位まで上昇した。
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     ┣12日 ブライアンを迎え、ブタペストのコンベンション・センターにてブタぺスト公演の
     ┃フィルム試写会が行なわれ、翌日からの一般公開は大成功を収めた。
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