旅の終わりは「はじめ」に還る

父が亡くなった事が、そもそものはじまりだったのかもしれません。

治らない病気である事が分り、先に母が亡くなっていたので

姉と交代で約半年間、父の傍に付き添い、身の回りの世話をして来ました。

その時は必死だったので、考える余裕なんてなかったのだけど

後から振り返ってみると、父だけでなく、いや、それはもしかしたら

私(と姉)のために、与えてもらった時間だったのかもしれないと思いました。

専門医の先生に診て頂けたお陰で、投薬で父の命を引き延ばす事が出来ました。

今から思えば、それは「半年間」などど言う時間の長さではとても言い切れないような

貴重な時間と体験でした。私や姉にとって、それは宝物となりました。

この時間があるのとなかったのとでは、きっと全然違っていたと思います。

父が亡くなった後、いろいろな事を考えたり思い出したりしました。

私は仕事で実家を出てから、あまり両親の所には寄り付かない可愛げのない娘でした。

父の事は、変わり者で頑固で苦手だと思っていたので、以前から少し距離を取っていました。

けれど自分も大人になったし、父も父でいろいろあったのか、

言葉や態度の裏に、それまで気が付かなかった父の思いが見え、分るようになりました。

父が亡くなってからいろんな事を思い起こし、私はいかに父に(母にもですが)愛されていたのか

いかに大切にされていたのか、いろんなものを与えられてきたのかと言う事に、深く気付かされました。

どうしてこんな大事な事、生きている時に分らなかったのでしょう。。。

そしてその時初めて、親からこんなに大切にしてもらった命なんだから、

私は大切に生きなければいけないと思いました。

人の死を見つめる、死と向き合うと言う事は、必然的(逆説的?)に

生を見つめる、生と向き合う…と言う事なんですね。

それまで私は、あまり真剣に生きていませんでした。

自分を大切にしていませんでした。

自分に主権を持たず、流されて生きていました。

自分の事をどこかで諦めていて、波風を立てず、小さくまとまり、

お迎えが来る日まで、ただ無難に生きられればいいと思っていました。

勿論、そんな気持ちでは幸せいっぱいとは言えないので、漠然と

「生きてたって、いい事なんて何もない」「早くこの人生が終わらないかなぁ〜」

などと思っていました。今思えば、それは(肉体的には)死んでいなくても、

本当の意味で生きているとは言えない状態だったと思います。

目の前は灰色でしたが、嵐でないからマシだし、幸せなのだと思っていました。

いえ、自分に言い聞かせ、そう思うようにしていたのかもしれません。

父や母がいつも、いつまでも、思う事があるとしたら

親が願う事が、ひとつだけあるとしたら、

それはただ、子供の幸せだけでしょう。。。

だとすれば、自分の命や人生を大切にする事が、親の幸せにつながる。

それが今からでも出来る、親孝行だ。…私はそう思いました。

その時、自分が幸せになろうとするのは我が侭だとか、自分勝手だと言う考えは消えました。

人間って自分じゃなくて、大切な誰かの為になると思った時、力が湧いて来るものなんですね。

私は本当は、自分が幸せでない事を分かっていました。

でも、それまで根本を見る事を避けていたのです。

何故そうなのか?自分の幸せは何なのか?自分はどんな風に生きて行きたいのか?

私はこれまでになく真剣に考え、それまでの自分の人生を振り返ってみました。

それはまるで、人生の中間決算のようでした。

…これが私が、モラハラに気付くきっかけでした。

夫に正直な気持ちを話すと、ケンカのような状態になりました。

10年以上いっしょにいて、初めての事です。

違う家で生まれ育ち、違う価値観を持った二人が暮らして来たのに、ケンカした事ないなんておかしな事です。

私が夫とぶつかる事を避け、ずっと黙って夫に合わせて来たからです。

夫はそれに気付く事もなく、疑問に感じた事もなかったようでした。

「住む家があって、自分が働かなくても食べて行けて、何が不満だと言うんだ?」

夫が言った言葉は(後から知ったのですが)熟年離婚を切り出された夫の典型的なセリフでした。

「私が幸せかどうかは、夫が決める事じゃない」私はそう思いました。

だけどそれまでの私は、自分の幸・不幸が、夫次第で決まっていました。

そんなのおかしいと思いました。

私は中途半端でうやむやにはせず、本当に納得の行く答えを出す覚悟を決めました。

でなければきっとずっと、同じ繰り返しをするだろう事が見えていたからです。

私が正直な気持ちを話せば話すほど、夫は私を否定し、神経質だとかおかしいと言いました。

私の言う事は勝手な被害者意識の妄想で、「俺の方が(お前の言い掛かりの)犠牲者だ!」と言って怒りました。

そして冷戦状態と、時々火山の噴火のようなケンカを繰り返す状態が続きました。

私は夫との生活に、ヴィジョンがなかった事に気付いていました。

結婚前の付き合いが短く、お互いどんな生活を送って行きたいのか

どんな将来設計をして行きたいのか、全然話し合って来なかったのです。

夫はいつの間にか、自分が良いと思うものは当然、私も良いと思っているのだと思い込んでいました。

夫は自分の一存で決めた転職を繰り返し(幸い、途中まで昇り調子でした)

私を引き連れて海外旅行に明け暮れて来ましたが、私の望む幸せはそんな事ではありませんでした。

だから、自分はどんな生き方がしたいのかを真剣に考えている所だから、夫もこれからどうしたいのか

何が自分の幸せなのか、ちょっとここで考えてみて。と話しました。

夫は結婚してから外資系の会社に転職したのですが、そこで専門校卒の自分では限界があると思っていた

(それが夫のアキレスだったのかもしれません)一種の壁のようなものが崩れ、

結果さえ出していれば普段さぼっていても、会社が高待遇してくれる事に快感を覚えたようでした。

もしかしたらこの頃から、何か目に見えないひずみが出来ていたのかもしれません。

二日酔いで起きられなかった時、「妻が急に喘息発作を起こして、病院へ連れて行ってました」と

嘘をついて会社を休んでいました。勿論、私が喘息で苦しんでいる時、夫は病院はおろか、家にもいた事がありません。

「喘息なんて珍しい病気じゃないから、大した事ないと思ってた。

それより俺は、もっと大変な病気を持っている。今は出てないだけで、大変なんだ。」と言ってました。

喘息と言えば、海外旅行は飛行機での移動の際、私は気圧の変化に弱いのでぐったりしてしまいます。

夫は「何だ、弱っちぃな」と言って私を部屋に残し、ひとりで外に行ってしまいました。

後になって、そこそこのお給料をもらってたにも関わらず、借金があって返済に苦しみ、

何でそんな経済状態なの?と聞いたら「二人で作った借金だ。海外旅行にもガンガン行って、

あんなに喜んでいたじゃないか。この借金は、お前のせいでもある。」…と言うような事を言っていました。

(ひとつの事実に対して認識がまるで違っている事は、恐らくモラハラ経験者なら頷いてもらえるかと思います。-_-;)

ウチはずっと夫が財布を握っていて、私は最低限の生活費を渡されていましたが、後は全部夫が使ってしまいました。

そして結局、夫が半年以上の時間をかけて出した「自分の幸せは何か?」と言う事に対する答えは

「ガンガン稼いでガンガン一流の店で飲み食いし、ガンガン海外旅行に行く」という事でした。

事実、毎日のような飲み会を繰り返して肝臓を傷め、高脂血症となっていましたし、

私が夫に善かれと思い、無理をして旅行に付き合っていたのだと知った後は、

私に黙って、知らない女性と一緒に海外旅行を繰り返していました。

ひとりで行って、現地での女遊びもしていました。(夫は私が知らないと思ってるのでしょうが・笑)

そして夫はこう言いました。

「家庭とは、小さな会社みたいなものだと思ってる。

それぞれに役割があって、それをこなす必要がある。ある意味で、ギブ&テイクだ。」と。

これを聞いた瞬間、私はこれまでの夫の言動や行動が何故なのか、やっと分りました。

「そっか、この人は家庭に安らぎを求めてなかったんだ…。

だから家に寄り付かず、外に安らぎを求めて、外に時間とお金を注いで来たんだ」と。

だから私が自分の意見を言うと、必ず「俺はこんなに稼いで(自分の役割を)ちゃんとやってるのに

お前はちゃんとやってない。だから文句を言う権利はない。」というような事を言っていたんだと。

…私は夫に「妻」として雇われた記憶はないのですが、夫の中で私は

生活させてやる代わりに、家事労働を提供してくれる「従業員」となっていたのですね。

そしてこの家庭の事業主、雇用主、経営者、ボス、上司は自分なのだ、と。

責任者の自分は大変で、自分がどんな苦労をしてるのか、お前はちっとも分かってない。

社会に出て働いてないから、視野が狭くなっているのだと批判されました。

「10年以上の結婚生活で、一体どれだけの事をしてくれたって言うんだ?

俺は1回も、お前に支えてもらったなんて感じた事はない」と言われました。

何かが自分の中で、完全に壊れた音がしました。

この人とは、無理だ。…そう思いました。

そして夫と一緒に幸せになれる方法ではなく、自分だけの幸せを探す事にしました。

離婚の意志を告げた後、夫は「これから(自分は)ひとりぼっちになるなんて…」と泣き崩れ、

その数日後には「1日も早く出てってくれ。仕事を全然真剣に探してないじゃないか!!」と激怒しました。

(極端な二面性も、モラハラやDV経験者に共感してもらえるかと思います。)

私の幸せ、私にとっての幸せとは…

それは一言で言うのは難しく、また、何かを「する」とか「得る」ことではないかもしれません。

Doing ではなくて、Being だからです。意識の状態です。でも、それが全ての原点です。

自分の本質を知り、それを表現して生きて行く事。

幻想から醒め、自分の中に答えがある事に気付く事。

学びや成長を、現実に反映させて行く事。

当たり前のように見える出来事に、深く感動できる事。

自分の期待や操作や支配なく、ただありのまま、自分や人を愛する事。。。

例え自分の気持ちに応えてくれなかったとしても、

自分の価値観を受け入れてくれなかったとしても、

それでも「あなた」があなたであるだけで 「わたし」が私であるだけで素晴らしく、

愛に値する存在なのだと実感する事。。。

これから私はひとりで生きて行く事になるけれど、自分で決めた事だから、

例えどんな事があっても、どんな結果になろうとも、しっかりと自分で受け止めて行くつもりです。

その覚悟はしています。

私は、バカなのかもしれません。

でもバカだから、利口なフリして生きてく事は出来ないのです。

私は、この私で生きて行く。私として生きて行く。

そしてこれからの自分のために、決意表明としてこの記事を書きたくなったのかもしれません。