ハッピー・ディヴォース(幸せな離婚)

クリムゾンサークルアスペクトロジースクールノーマさんの呼吸ワークショップに参加しました。

私は2ヶ月ほど前にセクシャルエナジースクールを受けたばかりだったので、

次のスクールを受けるのはまだ早いかな?と思っていたのですが、ベストタイミングでした。

私はセクシャルエナジースクール(SES)を受けた後、よく「バラバラだったパズルのピースが

つながった気がした!」と言う事があるけれど、SESのスクールを受けたら

パズルのピースではなくて、「土台」の方が現れちゃったよ!!…と思いました。

そして今回のスクール・ワークショップでは、その土台にピース達がパチッとはまってきた気がします。

そしてそこに、何か新しい「」が見えてきそうな気がしています。

今回は少しスクールのお手伝いをしたので、私は朝早くから夕方まで、1週間近く家を空けていました。

主婦が1週間も家を空けると言う事は、決して簡単な事ではありません。結婚以来はじめての事です。

ウチは子供はいないけれど、年をとって病気持ちの動物がいて、決まった時間に薬をあげる必要があるし

その子は私がいないと不安になって、命に関わるほど体調を崩してしまうので心配でした。

今回、動物の世話は夫も手伝ってくれました。(まぁ元々、夫が勝手にもらってきて私に世話させてたんですが★)

食事も自分で済ませてくれました。その事にはとても感謝しています。

夫がそうしてくれたから、私はスクールに出たりお手伝いをする事が出来ました。

もしかしたら、私が本気で離婚を考えている事を伝えた後だったので、ご機嫌取りだったのかもしれませんし、

私と別れたくないから、協力的に振る舞ってくれたのかもしれません。

あるいは、本当に心を入れ替えた(つもり…?)なのかもしれません。

でもどちらであっても、もう私は夫の理解の範疇を超えているんだろうな…と思いました。

夫がこれからずっと、全て私の望むように振る舞ってくれたとしても、それでも別れようと思うからです。

私は「モラハラ」という言葉を知り、自分が人間のコントロールドラマの中にどっぷりとはまっている事を実感し、

そこから抜け出して自分を取り戻し、本当に自分らしい人生を生きようと決心した時から、

その為の「流れ」に乗り、いくつものスクールを経て、気が付いたら大きく変化していました。

今では「マインド」や「信念体系」と、「自分の魂が求めていること」との違いが解ります。

本当に自分の人生を生きるには、箱の中から抜け出さなくてはなりません。

信念体系や制限のに捕われている多くの人の中にいながらも、そこに巻き込まれないでいる必要があります。

「思いやり」とは、他人も自分も変えようとしない事です。

誰かが否定や批判をしてきても、にっこり微笑んでスルー出来ることです。

「違うんじゃないの?」と思っても、そのままにしておいてあげる事です。

「間違いを正してあげる」という行為は、それは愛情ではなく、コントロールなのです。

…そんな訳で、私はモラハラする夫が嫌だから離婚する(切り離す・逃げ出す)のではなく

夫や世の中や、主婦としての自分の「こうあるべき」という信念体系からはもう抜けて、生きて行こうと思います。

そしてその準備が、だいぶ整ってきたと感じています。

私が夫と結婚したのは、自分で生きて行く自信がなかったから…でした。

そしてその事に気付き、そんな自分を正直に(責めたり、罪悪感なしに)認める事が出来ました。

愛する人と人生を共にする…という幸せな気持ちからではなく、正直、今後の生活の保証を求めての結婚でした。

私は夫を頼りにし、あてにし、愛情も安定した生活も、他者(夫)から与えてもらいたかったのです。

…これは「」じゃない。

私のが望んだ事ではない。

私は夫のモラハラのお陰で、目が覚めたのでした。

私も夫のエネルギーを食っている、バンパイアでした。

そしてこれは「食って行く為には仕方ない」と、あまり好きでない仕事をして毎日を消耗して生きている人と同じだなと思いました。

それが人生であり、それが自分の限界なのだと。

…まさにマインドの声であり、信念体系であり、アスペクトです。です。

だから、私にとって「離婚」は、そんな古い自分からの卒業。脱皮。

毎日をかろうじて生き延びるのではなく、喜びと共に輝いて生きる人生へ。。。

未知の可能性でいっぱいの大海原へ飛び込んで、イルカのように遊ぶ人生へ。

私が夫と離婚したら、今度は夫も考えなくてはならなくなります。

これからどんな人生を送って行きたいのか?何のために働くのか?何が自分の幸せなのか?

妻や家庭を支えて維持して行く必要がなくなったとしたら、自分は何に時間や労力、情熱を注ぎたいと思うのか?

自分の人生をどんな風に、生きて行きたいと思うのか?

今まで以上に真剣に考えなくてはならなくなります。(…まぁ、考えるかどうかは、夫の自由ですが)

今までは、私の為だと思っていた。家のローンを払ってく為だと思ってた。

だけどもし、その必要がなくなったとしたら…?

何がしたいだろう?何が好きなんだろう?どうしたいだろう??

一体、自分の人生は何の為にあるんだろうか? 人生って何だろう? 生きるって何だろう?

…そんな根源的な問いに、向き合わなくてはならなくなります。

人生のターニングポイントですね。これをチャンスと捉えて深く考えるかどうかは、夫次第です。

私が魂としての自分に目覚め、それに従って生きて行く道を選んだ時、それは同時に

パートナーだった夫を義務や責任から解放し、たくさんの可能性や自由を与えてあげる事になる。。。

そんなハッピー・ディヴォース(幸せな離婚)が、出来たらいいなと思っています。

(勿論、夫が今までの価値観にしがみつき続けようとしても、そのままにしておいてあげますが。)