傷の深さは愛の深さ
祝*モラハラ卒業
モラハラも自分の内面の反映である事、ある意味で自分が創造していたのだと理解し、
二元性のどちらの極も受け入れる必要がある事に気付いた後、
CCの7つの封印を(Seven
Seals…曲とナレーションの音声ファイルで幻想からの目覚めを促す瞑想)
聞きながら電車で移動していた時、ふいに浮かんで来ました。
傷の深さは、愛の深さ…
今まで、辛い思いを散々して来ました。寂しい思いをして来ました。
身を切るような、心がちぎれるような思いをして来ました。
誰にも分かってもらえないような、心細い気持ちをずっと抱えてきました。
世の中は厳しく、常に灰色の雲で厚く被われているような毎日でした。
それは夫のモラハラの事だけではありませんでした。
傷付け、傷付き、生きれば生きるほど、何か大切なものから遠ざかって行くようでした。
傷の深さは、愛の深さ…
その言葉が浮かんだ時、私は全てを悟ったような気持ちになり、ハッとしました。
傷の深さは、愛の深さ。
深く傷付いてきたのは、それだけ深い愛を持っていたから。
自分が愛だったから。
でなければ、傷付いたと感じるはずない。
愛だった、私の本質は、愛だった。
どれだけ振り払おうとしても、それは自分から決して拭えなかった。
本質だから、なくならなかった。なくせなかった。
今までこんなに深く傷付く事が出来たのは、それだけ愛が深いから。
それに気付くためだった。
自分の愛の深さを、傷付く事で(自分に)証明したかったのだ。
どこまで深いのか、探ってみたかったのだ。
傷付く事で、(逆説的に)愛を感じたかった。
傷付くのは、自分が愛である事を浮き彫りにする為の、単なる表現方法だった。
愛がなかったら、浅かったら、傷付く事はないのだ。大して傷付いたとは、感じないのだ。
私は自分が愛である事を、体感として知りたかったのだ。
自分の愛の中に自分で飛び込み、その深さを感じてみたかったのだ…
そうか、そうだったのか
それが私がモラハラを体験して来た理由だったのだ…
だとしたら、モラハラは人生の無駄でも、間違いでも、失敗でもなく、祝福でした。
自分がどれだけの愛なのかを体感として知る、大いなる祝福だったのでした…
それはまるで、韓流ドラマの典型的なパターンのようでした。
与えられた試練が厳しければ厳しいほど、主人公がいじめられればいじめられるほど、
主人公と恋人の間に障害があればあるほど、二人がいかに深い縁や絆で結ばれているかを
暗示するものであり、二人の気持ちを強くさせるのです。
何の苦労も試練もなく、ライバルもなく、親や周りの反対もなく、運命のイタズラもなく(笑)
始めから、ただ恵まれてスムーズに結ばれたのなら、二人の愛は深まりません。強くなりません。
たくさんの事を乗り越えて来たからこそ、結ばれた時の感動もひとしおなのです。
表面の意識でハッキリと自覚してる訳ではないのですが、
人はこうやって、自分の「ドラマ」を創造しているのですね。。。
予め決められた運命でもなく、他人の手でもなく、自分が自作自演の人生ドラマを創っているのだと気付いたら
抜ける事が出来ます。もうそこから離れる事が出来ます。
あなたがそれを選択するならば。
これ以上「ドラマ」は必要ないと、選ぶならば。
私は今、この二元性のシステムの事をおもちゃとかゲームのようだったと感じています。
ゲームして遊ぶ為にこの地上に降りて来たら、いつの間にかゲームの方に遊ばれるようになってしまって、
いつしかそこから、抜けだせなくなってしまったような気がしています。
二元性それ自体は、良くも悪くもありません。
人は両方の極を行ったり来たりしながら、常に揺れ動いているものなのかもしれません。
傾きが固定されて揺れ動きにくくなると、バランスを崩すようになるのかもしれません。
「こだわり」は「こわばり」を作り、癖となり、過剰になるとアンバランスをもたらします。
スタック(滞り、行き詰まる事)してしまったのは、「執着」や「固執」をしたからなのかもしれません。
…そしてこの事に気付いた今では、まるで子供が、それまで夢中になって遊んでいたおもちゃやゲームから
自然に卒業して新しいものへと目を向けて行くように、成長して次のステージへ移行する時が来たのを感じています。
モラハラと言うドラマを卒業する時が来ました。
単に夫と離婚するだけでなく、私はもう人間関係の中で辛いドラマを演じる必要はなくなったのです。
自分がいかに、深い愛であるかを知ったから。
旅は終わりです。
自分が何者なのかを知るために、ドラマを演じてきた旅はもう終わりです。
私はこれから、自分の本質を表現して生きて行きます。
それが自分の消える事のない確かなもの、自分をこの世に存在せしめているもの、魂の情熱だからです。
私が夫との関係性で体験して来た事は「モラハラ」なのだと知ってから、
(自分の)内面的にも、そして現実的にも、本当に解決しよう、二度と繰り返さないようにしようと決心しました。
その決心から、このサイトは生まれ、今の自分があります。
どうすればいいのか分らなかったけど、とにかく根本的に解決したいと思い、自分自身を深く見つめる覚悟を決めました。
嫌な事、自分に不都合な事、思い出したくない事にも、逃げずに向き合うと腹をくくりました。
その決心が本物だったからこそ、これだけたくさんの気付きや体験を得る事が出来たのだと思います。
このサイトの記事はそっくりそのまま、私の成長の軌跡です。
私の命の証しです。生き様です。
モラハラ解決をテーマとして来ましたが、これはどの方にも共通のテーマだと思っています。
何故なら根本では、自分の内側の男性性と女性性のバランスの反映、つまり二つの極のバランスの問題だからです。
大なり小なり、誰もがそこに起因する悩みを抱えているものではないかと思います。
そしてそれが現れて来るのが夫婦間の関係性かもしれないし、仕事面かもしれないし、親子関係かもしれません。
もしかしたら、まだ問題やアンバランスに気付いていないかもしれません。
何かおかしいとか、違和感とか、漠然とした不安とか、寂しさとか…
感じていても、気に留めず無視してるかもしれません。
向き合える準備が出来た時、はっきり「ショック」として感じるかもしれません。
自分に決心をさせるために…
このサイト、この記事は、そのまま私の足跡として残しておきます。
離婚後に始めるヒーリングルームのサイトと、リンクさせておきます。
これからモラハラや、二元性のアンバランスに起因する問題に取り組もうとする方の、参考になるかもしれません。
まるで自分の事のように感じながら読んでくださる方に、私は寄り添うような気持ちでいます。
この旅路が、どれだけ心細いものだったのかを知っているからです。
でも今は、心から言えます。
あなたも私も、決してひとりぼっちではなかった事。
不幸になる為に生まれ、生きているのではないと言う事。
自分が何であるのか、何のためにこんな辛い思いをしてきたのか、全てが解った時には驚きと深い感動がある事。
それがいかに、貴いものであるのかという事。
それは命や人生をかけて、取り組む価値のあるものだと言える事。
…ここまで読んでくださって、ありがとう。
心からの感謝と、ハグを。
あなたを祝福させてください。
そして機会やチャンスが揃った時は、きっとお会いしましょう。
ヒーリングルーム「Reunion」で。