モラル・ハラスメント2

前の「モラル・ハラスメント」の記事を書いてから現在までの間に、

正直なところ、私は「モラハラ」という言葉がピンと来なくなりました。

それでも時々、不安になったり、どこかへ逃げたいと思ったり、こんな関係を

早く終わらせたいと思ったり、状況をコントロールしたい気持ちになりました。

タロットやルーンや、各種オラクルカードを引きまくり(笑)、

今後、夫との関係性がどうなるのか、何度もしつこく、お伺いを立ててみました。

それでも周期的な発作のように、不安になる事があったので、

ある日私は、自分の中の女神に意識を向けて、女神にお伺いを立ててみました。

その時、自分の内側から感じたメッセージは、こうです。

「これらは、あなたが、何が『』なのかを知る為に、体験してきた事です。

でもあなたは本当は、ちゃんと分かっていましたよね?

自分の胸の中に、答えを持っていましたよね?

『何か、おかしい。自分が本当に望んでいるのは、こういうのじゃない。

自分は満足してないし、本当に心の底から幸せだとは感じていない。こんなの、嫌だ。』って。

だから、何が『』なのか、ちゃんと分かったら、いらなくなります。必要なくなります。

本物の『』が何なのか、どうある事なのか、ちゃんと分かったら、

そうでないものは、もうあなたの人生から、必要ではなくなるのです。

クリアーして、次のステップへ進みます。

いついかなる時も、自分が『』であり続け、光を放ち、それをどんどん広げて行く事です。

『本物の愛でないもの』によって、つけられたと思っていた『傷』を、

癒そうとする必要はありません。

『傷を癒そうとする』という事はむしろ、『傷ついた者』と『傷つけた者』の対立、

分離、争い、戦いを、生み出す事になります。もう、分かりますよね?」

あぁそうか、私はモラハラする嫌な相手を、自分から切り離そうとしたかったんだ。

でも、そうじゃないんだ。

』が何かを知る為に、わざわざ自分がこの体験を、自分で『創造』したんだ。

』が、どれだけ大切で、どれだけ重要で、いかに美しいものか。

血の通った生身の人間の心に、どれだけ『愛』が大切で、いかに必要不可欠なものかと言う事、

自分が心の底からずっと求めていたのは、見せ掛けの安っぽい愛ではなく、本物のである事。

…それを嫌という程、認識するために、今までがあったんだ。

だから、モラハラが嫌だったら、それから逃れる事に焦点を合わせるのではなく、

もっと『何が、本物のなのか?』に、焦点を当てればいいんだ。

それが分かったら、「モラハラを体験させた自分」すらも、それは『』からなのだと感じました。

』が何かを知る為に、あえて『愛でないもの』を体験させる・・・

「コイツには出来る」という信頼がないと、なかなか難しい事かもしれません。

恐るべし、創造者である『自分』・・・(笑)

でも、もう、いいな。もう、たくさん。

モラハラする側&される側、愛であるもの&愛でないもの・・・・

そういう二元性はもう飛び越えて、ただただ、自分自身であるだけ。

全てを内包した、全体(Whole)の、まるごとの自分自身であるだけ。

人間関係って、どんな関係であっても、「育てて行くもの」だと思います。

花を育てるように、毎日水をあげ、太陽にあてて、虫がついたら取ってやり…

結婚生活であれば、それをパートナーと共同作業でやるものだと思います。

でも私はまず先に、自分との関係性を、育てて行こうと思います。

だって全ては、そこ(自分を愛する事)から始まるのだから・・・