檻から出る
アセンションスクールに参加して来ました。
今、アセンションについての定義や情報が様々に氾濫しているようですが、
ここでは、肉体(人間の自己)に、神聖の自己を全て統合し、自分のエッセンス(本質)を
地上にもたらし、二元性や輪廻転生の束縛から離れる事を意味します。
本当に神として、創造者として、マスターとして生きて行く事を意味します。
私にとって、モラ卒とアセンションは重なっており、モラハラから離脱すると言う事は、
これから本当に、自分の人生の創造者として生きて行く事を指しています。
その意味で、私にとってモラ卒とは、アセンションする事と言えるのかもしれません。
モラハラやDVを経験した人のほとんどが、何らかの形での洗脳を受けていると思います。
知らぬ間に、受け入れてしまっていると思います。
だから「これはモラハラなんだ、DVなんだ。暴力行為なんだ」と気付くまで、
自分が悪いからだ、自分が間違っているのだと思い込んでしまっています。
因に、暴力を振るう人の常套句は「俺は殴りたくて殴っているんじゃない。殴らせるお前が悪いんだ」
「これは暴力ではなくて、しつけなんだ。殴る俺だって、辛いんだ。痛いんだ。
お前の為に、こうやって教えてやってるのだ。これは愛情なんだ。」というものです。
罪悪感を刺激し、モラやDVをする人よりも、されている人の方が悪いのだと思わせています。
これを繰り返し刷り込まれているうちに、自分の事が信じられなくなり、
自分の気持ちや考えよりも、夫や他人の言う事の方が正しいのだからそれに従う…という
コントロールや支配が出来上がってしまいます。
モラハラやDVと気付いてもなかなかそこから離れられない理由には、こんな事もあります。
殴られたり、辛い事を言われたりして嫌なんだけど、何かしらのメリットが自分にもあるのです。
自分では出来ない(と思っている事を)相手が与えてくれるから、とか。
私の場合は、「必要とされたい」という気持ちでした。
何故なら私は、心の奥底で「誰も私の事なんて、必要としていない。私はいらない人間なんだ」と
思っていたからです。モラハラする嫌な夫でもいいから、私は誰かに必要とされたかったのです。
誰かに自分の存在価値を認めてもらいたかったのです。
それは、自分で自分の存在価値を感じる事が出来なかったからなんです。
私の心の奥底に持っていた、辛くて痛い気持ちを、夫に癒してもらいたかったのです。
今、モラハラやDV経験している人は考えてみてください。
自分は相手から、何をもらいたいと思っているのでしょう?
それはきっと、自分が向き合う事が最も困難な何かだと思います。
人は、幸せを求める気持ちよりも、辛い事を回避したい気持ちの方が強いのだそうです。
自分の辛い気持ちや経験に向き合う事を避ける為に、モラ夫やDV夫に
愛や癒しや救いを求めて、しがみついてはいないでしょうか…?
私は、自分ひとりでは生きて行けないと思っていました。
死んでしまうと思っていました。
自分には、自分を養って行くだけの力なんてないと思っていました。
自分が生きて行くには、何か頼りにするものが必要だと思っていました。
結婚する事でパートナーから、愛も、自分の存在価値の承認も、生活の保証も、
人生の安全も、豊かさも幸せも、全部全部与えてもらえるものだと思っていました。
でもそれは、幻想でした。
自分を癒し、自分を幸せにし、自分と共に人生を分かち合って生きて行くのは
他ならぬ、自分自身と…だったのですね。
それが出来て、初めて他の人との関係性もうまく行くようになるのです。
「あらゆる人間関係の問題の原点は、「自分対自分」の関係性の反映です。」
…これは、私がここに、一番最初に書いた事でした。
今、私は、モラ卒しつつあります。
ところがこの先を考えてみた時に、不安になってしまう自分がいました。
後ろからは猛獣(モラ夫)が牙をむいてプレッシャーをかけて来るのですが、
足元は崖っぷちで、目の前は向い風と荒波の上に、貧弱な吊り橋がかかっているように見えます。
後ろ(過去)には戻れず、前に進もうと思っても、あんな橋では落ちてしまう… まるでそんな気持ちでした。
人生は、モラ卒して終わりではありません。
モラ卒した後の事を考えておかないと、嫌な事から逃げるためだけに離婚するのでは
きっと後悔すると思うのです。数年後、振り返って「あの時、思いきって離婚をしたからこそ
今の自分があるんだ…」と、安らぎの気持ちで振り返るためには、どうしたら良いのでしょう?
☆
私はアセンションスクールに出て、自分の心が檻の中に閉じ込められている事に気付きました。
(因にセントジャーメインは、何万年もクリスタルの中に閉じ込められていたそうなのですが…
だから今回、彼のスクールに出る事になったのですね、私。)
離婚をしても、まだ心が檻の中に閉じ込められたままの方は、たくさんいるのかもしれません。
そして、この心の檻から出ない事には、本当の意味でモラ卒したとは言えないのかな?と思いました。
モラ卒に近付いて来た私は、自分がまるで、ずっと鎖に繋がれていた動物のように感じました。
そんな風にしてモラ夫に飼われていた私は、急に鎖がなくなって「もう自由だよ。
好きにしていいんだよ」と言われても、どうしたらいいのか分らなくてオロオロしてしまうのです。
誰かの指示がないと、自分からは何も出来ない人間になってしまっていたのです。
モラハラやDVの洗脳の、後遺症とも言える症状なのかもしれません。
そして、前よりもう少しだけ大い檻と、もう少しだけ優しい飼い主を探し、
自分からそこへ入って行こうとしてしまうのです。
前より少しだけマシであれば、それが幸せなんだと思ってしまって…
本当にモラ卒、DV卒するのなら、もう檻は必要ありません。
夫から何かをもらわなくても、自分の力でやって行ける事を知る必要があります。
心の檻や鎖から、解き放たれる必要があります。
ただ離婚するだけではきっと、檻や鎖はまだ付いてまわります。
どこへ行っても、別のパートナーと一緒になっても、何かしらの不自由さがあると思います。
ここから次のステージに進むには、檻から出る事を選択する事。
明確に、心の底から選択する事。
そして、本当の自分を生きる事。
魂の情熱を、表現する事。
…そこから、新しい流れが始まります。新しい現実の創造が始まります。
☆
後ろから猛獣が迫って来て、足元は崖で目の前は危険な吊り橋しかないと思った時は、
飛ぶのです!!!
あなたは飛べるのです!!!
そして飛ぼうとしなければ、自分が飛べる事を気付かないのです。
過去からの分析や判断、延長で、これからの未来を計らないでください。
心の制限や限界を、破ってください。
「出来るか・出来ないか?」と考えていたら、いつまでたっても出来ません。
「やるか・やらないか?」の選択をしてください。
それが、創造者だからです。
「自分を信頼する事が出来たら」「子供が成人したら」「仕事や新居が見つかったら」等々…
解決を先送りにしないでください。
勇気を持って、大胆になって、自分の限界とモラハラやDVの洗脳を、撃ち破ってください。
サナギの背中を破って蝶に生まれ変わり、羽を広げて飛んでください。
あなたにはきっと、それが出来るはずです。