「Give me してんか?」
日本が第二次世界大戦で敗北し、アメリカの占領を受けた時代があった。この時代こそが、多くの日本人が初めて「生きた英語」に向き合った時代であったと言えるだろう。
「日米英会話手帖」という英会話の本がベストセラーになったり、ラジオでも「カムカム・イングリッシュ」という英会話を教える放送が流れた。「英語が話せること」は、進駐軍の物資を横流すための生活手段の一つであったりしたが、多くの日本人にとってはアメリカの華やかな文化や生活へのあこがれや夢となり、今日までそれがDNAとして引き継がれている。
「右のポッケにゃ夢があり、左のポッケにゃチューインガムと、当時の子供たちは夢を見たのだ。アメリカ兵を見れば、Give me
chocolate!と叫ぶ。あるいは、Chocolate, please!とか、Give me!と叫んだだけで、気まぐれな米兵からチョコレートを手にした子どももいただろう。あるいは「ギブしてんか! ギブ!
ギブ!」と叫んだ子どももいただろう。それこそが「生きた英語」だったのだ。
※子どものセリフは大阪弁です。
● Give me!と言えないものが、どうしてSVOOの文型だ
焼け跡で「生きた英語」のいったんに触れた子どもたちが、目を輝かせて学校に戻ったとき、彼らを待ち受けていたのは明治時代から続く伝来の英語教育だった。
S + V + O + O
〜ハ 〜スル 〜ニ 〜ヲ
英語教師は自信を持って声を張り上げる。
「これは第4文型の文で、主語(S)は They、動詞(V)は give、直接目的語(O)が me、間接目的語(O)は
chocolate だ。意味は「〜ハ、〜ニ、〜ヲ、〜与える」と訳せ。またこの第4文型は第2文型に書き換えることができ、They
give chocolate to me.となる。わかったか?」
彼ら英語教師にとって、書かれ静止した文の解明はお手のものだ。しかし彼らに欠けているのは「生きた英語」の姿だ。
子どもたちに「giveしてんか?」と言われたアメリカ兵には何を意味しているかわかる。あるいは Give me!と言われても基本的に同じことだ。
誰も「命をgiveしてくれ」などとは思わない。
つまり私が指摘したいのは、言葉の習得には、舌足らずでもワンフレーズから始まり、きちんとした表現に高めていくプロセスがあることだ。そんな英語の発想も教えないで、単に単語が無機的に並んでいるような文型を持ち出して解明させようとする手法は、「生きた英語」とはほど遠いものだ。
Give, please.
Chocolate, please.
Give me, please.
Give chocolate, please.
Give me chocolate, please.
Give me chocolate, will you?
Give me chocolate, won't you?
Will you give me chocolate, please?
Won't you give me
chocolate, please?
Would you give me
chocolate, please?
Would you mind giving me
chocolate, please?
以上、拙書「イメトレ英語学習法」日本実業出版社刊よりの抜粋