第2回
山を降りた二人は飛鳥川を渡ったところでわかれた。
宮城
でまだ用事が残っていた志貴皇子は右手へ,長皇子は川沿いを通って自分の屋敷へと帰る。
現在のの田畑の中にぽつりぽつりと遺跡が残る飛鳥からは想像もできないが,千三百年前の飛鳥の地には貴人の住居と寺院と役所が
甍
を連ねていた。川沿いの石畳を歩き,もう一度川を渡り,長皇子は自宅についた。ここはかつて天皇の住居と役所があったが,代が変わって宮城が移って以来,貴人や王族が住むようになって,今は長皇子や弓削皇子兄弟などの王族が住んでいる。
庭の方から声がする,人がいるらしい。
「皇子,歌と言うのはかつて神と人が交流するための言葉であった,歌は時に鬼神や山をも動かす…」
人麻呂先生が来ているらしい。歌の話と言うことは聞いているのは弟だな。長皇子は思った。門をくぐった。庭には牡丹の花が咲いている。前にこの家に住んでいた貴人が,留学僧が唐から持ちかえった苗を分けてもらって,育てていたらしい。今では人の背丈ほどに伸びている。まだまだ珍しい花である。細身だが,骨格のしっかりした老人が,緑色の服を着て牡丹を眺めていた。
柿本人麻呂
である。
「先生,ようこそおいで下さいました」
「おお,長皇子,牡丹の見物に参りました。大和の花であっても,
唐土
の花であっても,花はやはり美しい。」
「兄上,お帰りですか。」
人麻呂の後ろに控えていた青年が言った。彼の名は弓削皇子,長皇子の双子の弟である。
二人は後に
持統天皇
と呼ばれる今の女帝の前の天皇,
天武天皇
の皇子である。持統天皇と天武天皇は夫婦であったが,二人は持統天皇の子供ではない。二人の母親は
大江皇女
,
天智天皇
の娘である。しかし傍系の王女であったため,長皇子と弓削皇子の宮廷内での地位はあまり高くはない。
人麻呂は隣に住んでいた。留学していないとはいえ,彼の学識は高く,高位の人物の中ではこの柿本人麻呂とあの藤原不比等が双璧を為していた。学問とはもちろん,唐の国の言葉や官制や,故事に通じることを言う。しかし,人麻呂は同時に大和古来よりの歌(和歌)の道にも秀でていた。二人は幼少の時から人麻呂の教えを受けた。長皇子の方は,唐土の学問に興味を覚え,弓削皇子の方は,歌の道に興味を覚えた。二人の性格の違いが出たのかもしれない。
「しかし先生,私は鬼神どころか一人の
皇女
の心も動かすことが出来ない。」
「ははは,皇子,根気よく続けることです。思いを直に述べても難しい時もあります。例えばこの牡丹を手折って,歌を添えるのも良いかもしれません。」
「そうか,では先生指導を願いたい」
三人は牡丹を囲んだ。
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