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沙羅羅ー少女編3−

岩に染み入るような蝉の声が聞こえる。うだるような、夏の大和を離れた山の中腹に小さな寺があった。濃い緑に、真新しい赤い紅色を塗られた塔が映えている。門の横には四頭の馬がつながれていた。

奥の金堂のなかで四人の男たちがひざをつき合わせていた。静かな山中よりもなお静かな雰囲気がそこには流れていた。

「で、 難波 ( なにわ ) の様子はどうなのだ鎌足」
「は、 皇太子、 ( ひつぎのみこ ) 大王 ( おおきみ ) はお后にも去られてしまい、意気消沈しております。われらに逆らうような気配は感じられません。」
「官人の十のうち九は大和に移りました。もはや難波の宮は死んだも同然でございます。」

中大兄皇子の正面に座った大海人皇子は黙ってこの会話を聞いていた。入り口を背にして座った彼の後ろから光がさし、ただでさえ大きな彼をさらに大きく見せていた。それにたいし、本尊を背に座る中大兄皇子からは犯しがたい冷たい雰囲気が漂っている。

大海人皇子は、二番目に口を開いた、中大兄皇子の左手に座った男に目を向けた。
「中臣鎌足、この男は油断できぬ」
心に思った。この男は軽皇子について中大兄皇子や蘇我赤兄を軽皇子とのあいだの連絡係を務めていた。軽皇子が天皇になってからも側近として働いていたが、天皇と中大兄皇子の仲が悪くなり始めた頃から、いつのまにか天皇側の内情を伝える間諜(スパイ)の役目を果たすようになっていた。
「赤兄は兄上を恐れている、裏切ることはあるまい、しかし鎌足は何を考えているかわからない、兄上もいくら才能があるからといってこのような男を傍においてはならないのだ・・・」

「大海人、韓の情勢はどうだ、 新羅 ( しらぎ ) のやつは何かいっていたか」
「百済の勢いが近年にないほど増して、今にも滅びそうだということです」
「そうであろう、百済の王は権力をすべて王に集めて強力な軍を作ったと聞く。反対する古臭い貴族は次々と倒したそうだ、それくらいのことはしなければ今の世を生き残ることはできない」

「だからこそ危ないのだ!百済は急に強くなりすぎた、あまり伸びるのを急いだ木はもろく折れるものなのだ」大海人皇子は思った。兄上は目先の強さに目を奪われすぎている。

鎌足が話を戻した。
「しかし、皇太子、大君の息子の有間皇子は大和を深く恨んでいるとのことです。胆力もあり、難波に残った官人の心を急速に惹きつけつつあります。」
「なるほど、やはり一戦交えねばならない羽目に陥るかも知れぬな、大海人よ兵の準備を怠るでないぞ」
この四人の間で、中大兄皇子を頂点として、蘇我赤兄は朝廷の表向きの政治を、中臣鎌足は情報収集と策略を、大海人皇子は軍の統率という役割ができつつあった。この四人が大和の朝廷を動かしていた。

やがて四人は数人の供と山を降りた。夕焼けの赤さは秋が近いことを感じさせた。





(2003/6/23)

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