錦林多摩記
2005年4月


四月三日(日)
旧暦 如月廿五日 友引 【房】



ローマ法皇ヨハネ・パウロ二世猊下がなくなりました。
間違いなく人類の歴史に残る人でした。
私はクリスチャンではありませんが、イギリスの友達は皆クリスチャンですし、親戚にクリスチャンもいます。ただしほとんどプロテスタントですが、この際そう言うことはいいでしょう。イギリスの学校に通っていた頃は、さして自覚することもなく、学校の宗教行事に参加していました。キリスト教は私にとっては決して遠い異国の宗教ではありません。
猊下のご冥福をお祈りします。




4月になってアニメ界にも新しい動きが出てきたみたいです。


「ふしぎ星のふたご姫」
「ケロロ軍曹」の後番組として始まりました。元気印な双子のお姫様が、いろいろ困難を克服していくことによって成長していく、と言う筋のようです。

久しぶりに子供らしい主人公を見ました。元気で、わがままで。世話焼きで、優しくて、涙もろくて、ああいうの私は好きです。

絵はとてもきれいでした。CGもかなり手がきの絵に近く自然になってきました。

ぴえろ魔女っ子やモモやコメットさんを継ぐ作品になれそうですね、要チェックです。
「ふしぎ星のふたご姫」公式ページ


「ロックマンエグゼ・ストリーム」
第三作のテーマは「恋」みたいですね。ライカとプライドがいい感じになりました。

でも身分違い、しかも敵国同士、切ないですね。頑張れライカ、応援するぞ!


「義経」
渡哲也の平清盛と平幹二郎の後白河法皇がいかにもで最高です。この二大悪役がしっかりしなくては「平家物語」は引き締まりません。厳しさの中にも優しさを秘めている平清盛、おどおどしたうつけ者の仮面の奥に野望を秘めて陰謀で平家を追い込んでいく後白河法皇。

雅仁親王(後白河法皇)が白河法皇によって天皇に撰ばれたのは、今様に狂った阿呆だと周りから思われていたからでした。今で言えば、ラップかゴスペルに狂って毎晩クラブで歌い明かし、飲み明かしていたようなものです。いくらでもコントロールできると言うことですね。しかし、彼は実は二千年にわたる天皇家の歴史の中で最大の傑物でした。

余談ですが、丹後の局と北条政子の役をやっている女優さんは気の毒ですね(^^;
力の見せ所ではありますが。


「とんがり帽子のメモル」
金曜日にこんが〜るさんとのチャットで見つけました。東映アニメのメモルのページが大幅に更新されていました。もしかしたらDVD化の準備かもしれません。
東映アニメ「とんがり帽子のメモル」

マリエルはピアノが好きだったのか。何となく思い出してきました、あのころマリエルのピアノに憧れたのです。五年生になってからピアノを習うと言い出したのはきっとメモルの影響です。すでにメモルのことは忘れていました。

思っていた以上に、メモルやステップジュンの影響を受けていたみたいです。メモルとジュンがすごく見たくなってきました。それとメイプルタウン。東映アニメ、期待していますよ!



四月四日(月)
旧暦 如月廿六日 先負 【心】



四月五日(火)
旧暦 如月廿七日 仏滅 【尾】 【清明】

【清明】せいめい
二十四節季 辰の月の正節
太陽が黄経15度の点を通過する時を言う

「清浄明潔」の略。春先の清らかで生き生きとした様子を言った言葉。

この頃になると桜を始めとして、草木の花が咲き始めて、万物に晴朗の気があふれてくる。

支那では、この日は清明節と呼ばれ、死者の墓前に一族が集まって、お酒やお茶や料理をお供えして、そのお下がりをいただく。日本の彼岸に似ている。沖縄でもさかんな行事で「ウシーミー」と呼ばれる。


今週になれば少しは忙しくなくなるかなと思いきや、昨日急な仕事が入って、またあわただしくなってしまいました。

土曜日にはまた学生時代の友達と集まって横浜のギリシャ料理店で飲みました。魚介類のフライやジャガイモのグラタンなどが美味しかったです。ブランデーも美味しかったです。それと、ウゾーと言うアニスを溶かし込んだジンのようなお酒も飲みました。水と混ぜると白く濁ります。香草のような香りが着いています。これも一風変わっていて、面白い味でした。

でもウゾーはあまり私の腹には合わなかったらしく、日曜以来ちょっと下し気味です。早く日本酒を飲んで腸を整えないと・・・

神戸の友達によると、船員さんにはギリシャ人が多いらしいです。土曜に行ったお店も、夫婦でやっているようなこぢんまりとした店でした。日本人の奥さん?が給仕をしていました。船員さんと結婚して日本に居着いたのかもしれません。ギリシャ人は3千年前も今も変わらず海の民なのですね。


日曜日には、近所の桜祭りに、ボランティアとして参加しました。と言っても桜はほとんど咲いていませんでした。しかし、天気に恵まれて一万人の人出がありました。焼鳥屋さんで主にお会計をしました。お昼には目の回るような忙しさとなり、お陰様で一日で350食ほど売れました。子供達の嬉しそうな顔が見られてよかったです。子供の笑顔は疲れを吹き飛ばしてくれますね。

一組だけ、忙しさのあまりに生焼けの鳥を出してしまい、あの家族には悪いことをしました。謝って取り替えましたが、あの子達に悪い思い出として残らずにいて欲しいです。



四月六日(水)
旧暦 如月廿八日 大安 【箕】

暖かい一日でしたね、今年になって初めてコートなしで家を出ました。

都心の方へ用があってでたのですが、桜が満開。多摩の方でも八分咲きから満開。咲くまでは時間がかかったけれど、一旦開きだしたら早かったです。天気予報によると、今週末は花見日和と言うことです。

「ミルモでポン・ごおるでん」
無事終わりました。いつの間にか楓ちゃん達進級していたんですね。しらなんだ。でも、3年間で1年しか進級してないじゃん、とは言うまい。

来期からは住みちゃんが登場するようです。でも住みちゃんの末路はあまりに哀れなので、見ようかどうか迷うところです。楓ちゃんは目立たない普通の女の子だったはずなのに、3人もの男に言い寄られるというのはいくら少女マンガとはいえちょっと虫がよすぎるでしょう、篠塚先生。キャラとしていまいち面白くなかったから、ポイ捨て扱いされた住みちゃんが不憫でならない。

私としては、悦美ちゃんの所へマンボを送って欲しいのですが、そう言う展開はないのかな・・・この2人意外と気が合うんじゃないか思いませんか?



四月七日(木)
旧暦 如月廿九日 【斗】 法然上人誕生会

浄土宗ではないのですが法然上人は個人的に好きな宗教家なので、取り上げました。同郷ですしね。法然上人のことはいずれ取り上げます。


待たされたせいか今年の桜はなんだかいつもよりきれいに見えます。

今日はなんか書くことがないですね、

こんな本を注文しました。
東欧料理レシピ集
2年前に中欧旅行へ行って以来、ハンガリー料理の虜となりました。料理屋に弟子入りしようかと本気で思ったくらいです。もう一度あの味を食べたいと思っているのですが、日本にはハンガリー料理店はあまりないようです。じゃあ自分で作ってしまおうと言うことで注文しました。ブダペストでもレシピ集を買おうと思ったのですが、ハンガリー語だったので諦めました。さすがにねえ。でも匈英辞典とセットで買って解読しようかなと本気で思いました。しかし、どれが匈英辞典なのか私には分かりませんでした(TT)だって本屋の案内板がハンガリー語なんだもん。

料理人を目指す人がいたら、これからはハンガリー料理(あるいはハンガリー料理の師匠筋に当たるトルコ料理)だ!絶対日本人の口に合う。イタリア料理よりもうまい。フランス料理なんて目じゃない。ハンガリー大使館も魔性の味と言っている、ハンガリー大使館ハンガリーのコックの皆さん、是非日本でお店を開いてください。毎週通いますから。

週末は奥多摩の温泉につかってきます。



四月八日(金)
旧暦 如月晦日 先勝 【牛】 灌仏会 はなまつり

【灌仏会・はなまつり】 かんぶつえ・はなまつり
お釈迦様の誕生日。

誕生仏(童子の姿のお釈迦様・上下を指さして「天上天下唯我独尊」と唱えている姿を現した像)の像を水盆に安置して、甘茶を柄杓でかける。

甘茶をかけるのは、お釈迦様が誕生したときに、九つの龍が天上から清浄の水を注ぎ、産湯をつかわせたという伝説に習って。

一度だけ甘茶を飲んだことがあります。美味しかったです
昔の日本では子供の健やかな成長を祈る祭であった。
太平洋沿岸には生命あふれる春の花々を眺めて、その力にあやかろうという風習があった。古代支那の夷系民族にもこの風習があったらしく「詩経」にも春の散策、草摘みの風習が歌われている。もちろん神様が現れるところお酒あり。お花見はこの名残である。



四月九日(土)
旧暦 弥生朔日 先負 【女】 笠間稲荷春期例祭

そう言えば、最上と伏見は行ったけれど、笠間にはまだお参りしていないですね。茨城に田舎がありますが、笠間というのは意外と行きづらい場所にあるんですわ。

日本三大稲荷
伏見稲荷ずらっと並んだ鳥居が圧巻です、山中鳥居だらけです。
最上稲荷日本一大きい鳥居が有名、「行く年来る年」に一年おきくらいで出てきます。
笠間稲荷

笠間の日動美術館にはそのうちに行きたいと思っています。



四月十日(日)
旧暦 弥生二日 仏滅 【虚】

奥多摩の温泉で静養してきました。

これについてはまた今度。


「ガンダムSEEDデスティニー」
ようするにあれだ、アスランは置いてけぼりをくったから拗ねているんだな。
カガリには捨てられるし、なんてかわいそうなアスラン!

今日のステラちゃんはおめめが大きくてかわいかったですね。



四月十一日(月)
旧暦 弥生三日 大安 【危】 旧雛祭り



四月十二日(火)
旧暦 弥生四日 赤口 【室】

最近うまく文章が書けません。
丁度いい言葉が出てこなかったり、自動詞と他動詞がこんがらがったりします。
これも躁鬱というか神経症の一つみたいで、一年周期くらいでこういう状態になるんですよね。
日記の更新が滞りがちになるかもしれませんが、すみません。


四月十三日(水)
旧暦 弥生五日 先勝 【壁】

四月十六日(土)
旧暦 弥生八日 仏滅 【胃】 【上弦】

なんだか海の向こう側で大変なことになっています。
今のところ親類縁者や会社の同僚には支那に行っている人がいないので面白がって見ていますが、日本人のけが人も増えているようです。面白がってもいられなくなってきました。会社では支那好きの人が意気消沈して気の毒なくらいです。


西園寺家と中国共産党

西園寺公望は、幕末の動乱では山陰道鎮撫総督を務め、フランス留学で進取の気鋭を身につけ、伊藤博文が作った立憲政友会の総裁を受け継ぎ、明治末年から大正にかけて2度内閣を組織し、民意を取り入れた立憲君主制の実現を求め続けました。外交は英米協調をモットーとしていました。昭和に入ってからは「最後の元老」として、軍部の台頭と日本外交の英米協調から大陸積極介入・独ソへの接近を防ごうと努力しましたが、力無く最後は日本の行く末を心配しながらなくなったと言われています。

西園寺公の業績は基本的にこれで間違いないと思います。しかし彼の余類を調べていると、少し違った面が見えてきます。

徳大寺公純

|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
|         |           |
徳大寺実則   西園寺公望(公爵)  15代住友吉左衛門(住友財閥総帥)
(侍従長・内大臣) |
          |
          | 毛利元徳(萩藩14代・公爵・宮内庁式部次長)
          |   |
          |   |ーーーーーーー   三条実美(公爵・内大臣)
          |   |      |    |
          新=西園寺八郎   毛利元昭=美佐子
           |(西園寺家養子・公爵・皇太子訪英に随行)
           |
     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  鮎川義介(日産財閥総帥)
     |            |    |  |
    西園寺公一(共産主義者) 次郎   不二男=女
     |              (公爵・日産興業社長)
     |
    西園寺一晃(朝日新聞社員)


西園寺公望は清華家の徳大寺家から養子に入りました。兄は明治天皇の最側近であった徳大寺実則です。弟は住友家へ養子に入っています。

問題は西園寺公望の孫の公一です。彼は共産主義者でした。外務省嘱託、近衛文麿首相のブレーンとして活躍しますが、ゾルゲ事件に関わって逮捕。執行猶予つき有罪。このあたりで西園寺家の後継者としては外されたようです。昭和35年(1958)家族とともに訪支、そのまま住み着きます。一晃氏はそのまま文革期の支那で青年期を過ごしました。

最後の元老で、唯一の首相奏薦の権限を持っていた人物の孫まで籠絡していたとは国際共産主義者恐るべしです。公望公の活動が公一に左右されていたとは思えませんが、西園寺家は直系を共産主義者に人質に取られていたようなものでした。公一を通して、尾崎秀美とゾルゲに流れた情報もいろいろあったでしょう。金銭も流れていたと思われます。尾崎秀美よりもこちらの方が問題なのではなかろうかと思います。


ノーブルオブリッジメントを忘れないのであれば、上流階級が存在することは決して悪いことではありません。本人の意向とは関係なく、くっついたり離れたりをさせられる貴族の子女は気の毒な気すらします。仕事も選べません。ともあれ、これからの日本は、支配者階級というのがあらわになってくると私は思います。昨今のインターネット上の系図ブームはそのはしりでしょう。なんだか世の中はますます富野ガンダムの世界に近づいてきましたな。



四月十七日(日)
旧暦 弥生九日 大安 【昴】 【土用】
土用が来たと言うことはそろそろ夏です。


「未来少年コナン」
レプカめげませんね。
ムスカ先生やクロトワを始めとして、宮崎先生が描く悪役は頑張り屋さんだと思います。


飛行機の羽根を駆け抜ける有名なシーンが出てきました。
コナン強い!何でもあり。
空モモの第42話、「間違いだらけの大作戦」にこれのパクリが出てきます。

あるいは、コナンのこのシーンも何かの映画の真似もしれません。

青酸ガスってあんなにはっきり色があったかな、匂いがあるとは聞いたことがありますが。


「ロックマンエグゼ・ストリーム」
ついに、めいるちゃんがクロスフュージョン。かわいかったです。
しかもかなり強い。攻撃のバリエーションは、遠距離攻撃と、トラップだからライカに似ていますね。熱斗君とめいるちゃんのコンビの戦いをもっと見たいです。

あと、もう三年目なんだから、そろそろめいるちゃんのお胸を膨らませてくれないかなあ。


「ふしぎ星のふたご姫」
リオーネちゃんかわいい。しかも健気。
弱々しそうに見えて、一人で車をかっ飛ばして吹雪に向かったりして、意外と大胆。「逮捕しちゃうぞ」のみゆきさんみたいです。ああいうキャラは私的にかなり萌です。

ぷーも(こうろぎさんの声):「お風邪の時はお風呂は駄目なんじゃ・・・」
やっぱそう思う?だよなあ・・・

このアニメは未来の陛下たん敬宮愛子内親王向けに作られていると勝手に妄想しております。


「ガンダムSEEDデスティニー」
ステラちゃんが哀れです。強化人間には同情してしまいます。

躁鬱病の治療を受けて思ったのですが、人間の性格は薬でかなりコントロールできます。悪用されたら問題があるので、そう言うことはないと言うことに公式にはなっていますけれども。デモ、核の部分はコントロールできません、あんまり薬で強制しすぎると、強化人間のようなことになると思います。

ラクス嬢が宇宙へ!
アークエンジェルの周りだけはラブコメ状態ですね!
キラたんの強さは最早ギャグの域に達していますし。
アークエンジェルの面々には辛気くさい戦争を吹っ飛ばして、このままガンガン暴走して頂きたいです。そして想像もつかないような突拍子もない明るいエンディングを希望します。



四月十八日(月)
旧暦 弥生十日 赤口 【畢】



四月十九日(火)
旧暦 弥生十一日 先勝 【觜】

「ミルモでポン・ちゃあみんぐ」
はじまりました「ミルモでポン」の新シリーズ。

どれどれ

・・・

「こ、っこれは、学園ラブコメだ〜〜」
結木君は楓ちゃんが気になりだして、しかも”楓ちゃん命”ないい男現る。本命は別のクラスになって、対抗の住ちゃんと楓ちゃんは同じクラスで仲良く一緒にウサギの飼育係。揺れる主人公の乙女心。ライバルの安純ちゃんはアイドルになるみたいだし、更に結木君の幼馴染みのはるかちゃんも現れるらしい。これはまさしく私の頭の中にある少女マンガのイメージそのもの。

キャラデザインも少し年齢が上がって少女マンガらしさがでています。結木君の声が変わってしまったのは少し残念でしたが。

久しぶりにコアな恋愛アニメだ!

こりゃぁ、ミルモを本気で見なければならなくなりました。

「ふたご姫」といい今年はなんだかアニメの当たり年な予感が。

「好きな人に告白できるおまじない教えてあげる!」
「こうして、好きな人の名前を三回唱えるの」
楓ちゃん、きみは悪魔か・・・(^▽^;)



四月二十日(水) 郵政記念日
旧暦 弥生十二日 友引 【参】 【穀雨】

【穀雨】こくう
二十四節季、辰の月の中気、太陽が黄径30度の点を通過するとき
穀雨とは穀物を潤す春雨のことを言う。この頃は春雨が降る日が多くなり、田畑を潤して穀物などの生長を助けるので、種まきの好期をもたらす。
雨が長引けば菜種梅雨となる。

秋の台風のせいで、冬の野菜はさんざんでしたが、春野菜は豊作だったようで、スーパーには蕪・人参・牛蒡・ほうれん草が所狭しと並んでいます。今年の春野菜は一際柔らかくて甘い気がします。今日は、ほうれん草と人参ともやしにかしわを加え、鰹出汁で煮込みました。思いの外美味しくできました。今年の夏は、お米や野菜がよく実るようであって欲しいですね。


職場で流行っている風邪に、遅まきながら私も罹ってしまいました(>o<)
熱は出ないのですが、すごくだるいです。ふ〜



四月二十一日(木)
旧暦 弥生十三日 先負 【井】


「サウジ・アラビア王朝史」ジョン・フィルビー著 岩永博・冨塚俊夫訳
法政大学出版局
という本を読んでいます。法政大学出版局はイスラム関係の書籍が充実しています。

著者はインド系のイギリス人で、第一次世界大戦前からインドやメソポタミアで行政官として働いていた人物です。

17世紀のアラビア半島は、メソポタミアと紅海沿岸の肥沃な地域をオスマン・トルコに押さえられ、ペルシャ湾沿岸にはポルトガルやイギリスの勢力が伸長し、内陸の沙漠地帯では、トルコやペルシャやイギリスの支援を受けて小部族が紛争を繰り返している状態でした。サウード家は、アラビア半島中央部の小さな街ダルイーヤの領主に過ぎませんでした。

サウード家の転機は、18世紀初頭に訪れます。1703年(元禄16)、アヤイナの聖職者の家系にムハンマド・イブン・アブドゥル・ワッハーブが生まれました。彼は、弛緩していたアラビア半島のムスリムに、コーランを守り、禁欲的な生活に戻るよう説き始めます。預言者は故郷ではいれられない、との言葉どおりに、ムハンマドは故郷を追い出され、ダルイーヤに逃れます。そこで、領主のムハンマド・イブン・サウードはムハンマド(ワッハーブ)の運動に大いに賛同し、1745年(延享2)にムハンマドの運動を実践・保護する代わりにサウード家が運動の世俗的な成果を受け取るという契約を結びます。ワッハーブ運動はナジド地方(アラビア半島内陸東部)全域に大いに広がります。禁欲的な生活を実践し、遊牧民本来の剽悍さを取り戻したワッハーブ派の戦士達は向かうところ敵なしでした。軍紀も、アラビアの中では珍しく厳格に守られたようです。

サウード家がのし上がってくる過程は面白いのですが、細かい話は飛ばしまして、19世紀初頭のサウード(2世)・イブン・サウードの時に第一次の最盛期を迎えました。ワッハーブ国の版図は、東はペルシャ湾から南はイエメン・西はヒジャーズ(紅海沿岸)にまで及びます。ワッハーブ派の立場は、イスラムの教えはまず第一にアラビアの人々が守るべきものでアラビアの人々こそイスラムの教えを護持するのにふさわしいという考えに立っているらしいです。

特に第一期ワッハーブ国には排外的な面があり、メッカへの外国人の巡礼を妨害したりするなどの行為が目立ちました。そのため、イスラムの保護者を任じるオスマン・トルコと対立することとなります。

エジプトを半独立国としていた、エジプト太守のムハンマド・アリー・パシャは、トルコ皇帝の命令を奉じ、さらには自分の名声を高めるために、アラビア半島侵略に乗り出します。武将イブラーヒーム率いるエジプト軍は数年に渡る戦いの末に1818年(文政元)にワッハーブ国を一旦滅ぼします。国王のアブドゥラー(1世)・イブン・サウードは虜囚となり、イスタンブールで処刑されました。

しかし、エジプトの支配は苛烈を極めたため、サウード家に再び声望が集まり、ワッハーブ国は復活します。サウード2世の従兄弟に当たるトルキー・イブン・サウードが故地のナジドで旗揚げをしました。エジプトの支配に倦んでいたナジドの人々はサウード家に従います。ファイサル(1世)・イブン・サウード(現国王の曾祖父)のときワッハーブ国は第2期の最盛期を迎え、版図はアラビア半島中部と。ペルシャ湾沿岸に広がりました(このあたりからイギリスの庇護を受けた湾岸諸国との軋轢がはじまる)。

ワッハーブ派の脅威に未然に対処するため、トルコのメソポタミア太守は、対抗勢力の育成に努めました。北部のラシード家を援助し、サウード家の対抗勢力にしました。悪いことに、サウード家ではお家騒動が持ち上がり、お互いトルコの援助を引き込む事態となって、再びサウード家は没落しました。1891年(明治24)、サウード家は一時期クェートに亡命します。

ワッハーブ国を三度復活させたのはアブドゥル・アズィーズ2世・イブン・サウード(現国王の父君)。アブドゥル・アズィーズ2世は勇猛さと卓越した政治力で、トルコ弱体化で力の空白が生じたアラビア半島を20年かけて統一しました。

最後は、イギリスの援助を受けていたメッカのシャリーフ家(ハーシム朝)をアラビア半島から追い払い、アラビア半島の統一を成し遂げます。第一次世界大戦中イギリスに協力したハーシム朝は、イラクとトランス・ヨルダンの国王位を得ましたが、先祖伝来の地を失う羽目に陥りました。ちなみにハーシム朝は預言者の血を引く由緒正しい王朝です。

第一次最盛期の失敗に鑑みたアブドゥル・アズィーズ2世は、メッカの巡礼客の便宜を図ることに心を砕き、イスラム社会の中で確固たる名声を築きました。ファハド国王はその息子です。


長々と書きましたが、何を言いたかったかというと、どうも現在猛威をふるっているテロリストのイスラム原始主義というのは、どうやらワッハーブ派の本筋からは外れているようなのです。

ワッハーブ派というのは、本来アラビアの中だけで鎖国してコーランの教えに忠実に生きていくことをモットーとする運動ですから、アラビアの外へ押しつけがましく伝導することには消極的だったようなのです。それもあって、イギリスとアメリカはサウード家を信用して同盟関係を結んだのでしょう。預言者の同胞であるアラビアの人々は、模範的であらねばならないという考えのようです。彼等が卑劣なテロを率先してやるとは思えない。

テロリストというのは、このようなアラビアで所を得ない、アラビアの反政府派ではないのだろうかと考えられるのです。彼等の目的は、サウード家の評判を落として、サウジ・アラビア政府を転覆させることではなかろうかと思うのです。もちろん王家内の勢力争いも絡んでくるのでしょうが。サウード家の歴史を見る限りでは、サウード家はアラビアの中では一番「話が通じる」人々なのではないかという感想を持ちました。



四月二十二日(金)
旧暦 弥生十四日 仏滅 【鬼】 靖国神社春祭り



四月二十三日(土)
旧暦 弥生十五日 大安 【柳】


「癒しの物語ーぴちぴちピッチを精神分析する」

こっぱずかしい展開とへたっぴなアイドルの演技にもかかわらず、何故か見た者を魅了せずにはいられない「ぴちぴちピッチ」この魅力を分析しようと思います。端的に言いますと、「ぴちぴちピッチ」のテーマは、大人になりきれない女性に対する、癒しの物語です。特に、境界性人格障害にどう向き合うべきかに重点が置かれています。以降、何回かに分けて、「ぴちぴちピッチ」に秘められたメッセージを解き明かしていきます。


1.「明日が見えなくて」〜みかるの心象風景〜
「ぴちぴちピッチ〜ピュア」のもう一人の主役のみかるが癒されるべき人達の代表になっています。「明日が見えなくて」は彼女ら境界性人格障害の人達の荒涼とした心象風景を見事に表し歌です。

私なりに育てた願い・透明な風:
みかるはそばに一緒にいてくれる人が欲しいというささやかな願いを抱いていました。しかし、その願いは叶わない。それだけならよくあることですが、彼女の海斗に対する執着は度を超えていることは、物語を見ている内に明らかになります。しかも、彼女の透明で崩れやすい心に反して、みかるがるちあに仕掛けてくる策略は、呆気にとられるほど狡猾で悪意に充ちています。

みかるの願いは、ささやかな願いでありますが、実は自己中心的で、海斗の意向は無視されているのです。

蜃気楼に誘われるように:
みかるは海斗の心が自分にはないことを、海斗の記憶が戻る前から知っていました。自分の願いが自分勝手な蜃気楼であることを心の底では自覚していたのです。

ひとりぼっちじゃないと誰か教えて:
悲痛な叫びです。でも本当はみかるのことを心配してくれる人は周りに何人もいたのですよね。しかし、精神的に逼迫している彼女はそれに気がつきません。むしろ彼女にとっては、兄のりひとの心配は、都合の良い夢を見ている自分を惨めな現実に戻そうとする足枷にしか見えなかったのです。私事ですが、私に呪いをかけた女性にもそう言うところがありました。

永遠は・・・憧れてしまいそうなの:
永遠というのは、詩の世界では「死」の隠語です。
境界性人格障害は人の気を引くためにリストカットを繰り返したり、自殺に救いを求めたりします。そのため鬱病と区別がつきにくいです。世の中で鬱病として治療を受けている人の何割かは境界性人格障害なのではないかという意見もあります。

愛されたい・・・だけど明日が見つからない:
彼女の心は荒涼としています。でも救いはすぐそこにあるのです。みかるの心を絶望に追い込んでいるのは彼女自身なのです。自分が何者か分からない、何を望んでいるのか、これからどう生きていけばいいのか分からない、境界性人格障害の人が持つ根源的な不安です。しかも、みかるの心の欠陥は更に大きい悪意によって作り上げられた物であることが作中では示唆されています。確かにみかるを追い込んでいるのは彼女自身ですが、彼女の心をそう作ってしまったのは彼女ではない。みかるには自分の心の障碍(しょうがい)の責任はないのですが、自分の心ですから背負って行かざるを得ない、そして自分を救えるのは自分しかいない。

続く

四月二十四日(日)
旧暦 弥生十六日 赤口 【星】【望】

ぴっちの分析の続きを書くつもりだったのですが、今日は多摩川の掃除と大学時代の友人の壮行会で遅くなってしまったので、また明日。

マイブーム(これももう死語なのでしょうか)である境界性人格障害ですが、彼等の「自分と他人の区別がつかない」という状態がどういうものかいまいち理解が出来ませんでした。でももしかしたらこういうものかもしれません、小さいころ、友達とか兄弟がいいおもちゃを持っているのを見た時、嫉妬に駆られたことはないでしょうか?で、その羨ましいという気持ちが募ると、やがて「あのおもちゃは私にふさわしい」となり、更に進んでいつの間にか「あのおもちゃは私のものだ」と思いこむようになり、友達とか兄弟からおもちゃをひったくってしまう。この時の感情は、「自分と他人の区別がついていない」に近いのかもしれません。

もし、このような心性を大人になっても持ち続けていて、自分でもそれに気がついていないのだとしたら、これはかなり厄介だと思います。

古田捕手が二千本安打を達成しました。おめでとうございます。ヤクルトファンとしては感無量です。大学出の社会人出身としては初の快挙だそうです。現役の古田選手による優勝をもう一回見たいのですが、今年も無理そうですね、スワローズ。今年は新しい投手と野手を育てて、来年こそ古田監督で優勝といきたいです。



四月二十五日(月)
旧暦 弥生十七日 先勝 【張】

痛ましい事故が起こりました。

宝塚線は、京都に住んでいた時に何度か使ったことがあります。京都ー大阪ー神戸の間は、JRと私鉄各社が熾烈な集客争いを繰り広げていて、無理を重ねたダイヤが組まれています。駅でバイトをしていた友人の話によると、ヒヤリとさせられたことは少なくないと言うことです。また、自動停止装置と言っても、1mごとに設置されているわけではないし、カーブ用のものはJR西日本にはないとのことなので、運転手が無茶をすればこういうことが起きる可能性は多分にありました。

脱線痕の10m手前に、車輪が石を砕いたらしい跡が残されていると言うことです。運転手がかなり無茶をしていたことは間違いないようですが、置き石の可能性も含めて、徹底した調査が待たれます。そして、犠牲となった方のご冥福と、車内に取り残されている方の一刻も早い救出を祈ります。


「癒しの物語〜ぴちぴちピッチを精神分析する」

2.出来損ないの古代人類〜ミゲルの正体〜

実は私、「ぴちぴちピッチ〜ピュア」の最後から二番目の話をまだ見ていないので、みかるちゃんとミゲルの関係の真相をまだ知りません。ですから、この先の分析は大外れになっている可能性もあります(^^;しかし、物語の結末を知らないだけに、かえって、公共の電波にのせにくかった制作者の真意を推理しやすいかもしれませんし、放送された内容に縛られることなく、私の分析を進められる、と言う利点もあります。そこら辺の所、ご理解頂ければと思います。

ピュアを見る限りでは、みかるとミゲルは同一人物の分裂した二つの自我を表しているといえるでしょう。引っ込み思案のみかるに対して、ミゲルは尊大で一見自信に満ちあふれています。

しかし、ミゲルを観察していればすぐに分かることですが、彼の自我も非常に繊細で壊れやすく出来ています。尊大さは、他人と密接な交流をすることに対する畏れから生まれています。また、ミゲルは他人の意向を全く無視して、勝手に自分の意見を他人に押しつけ、失敗し、すぐに引き下がってしまうところがあります。このようにみかるとミゲルの性格にはかなり共通した部分があります。

精神分析的には、ミゲルとは、病弱な身体と幼児の時に受けたと推測される心の傷によって自尊心をズタズタに切り裂かれたみかるが、自我を守るために作り上げたもう一つの人格であると考えられます。これを「乖離(解離)」と言います。多重人格障害はこのようなメカニズムによって発生すると言われています。

直視できない悲惨な現実から逃れるために、決して傷つくことがないもう一人の自分を心の中に作るのです。そして、傷ついた自分は本当の自分ではないと思いこもうとするわけです。みかるが惨めな気持ちになると、ミゲルが登場するのはこのためです。ミゲルは、みかるを惨めにさせる現実を拒否し、執拗な攻撃を加えて、現実の方を滅ぼそうと躍起になります。しかし、ミゲルもみかるも現実から浮き上がっているので、その努力はトンチンカンなものであり、彼女たちのたくらみは必ず失敗してしまいます。その結果ますますミゲルは意固地になっていきます。

ミゲルが地面の底にあるという本当の自分を探すという筋は、境界性人格障害の人の「自分探し」を表していると思います。境界性人格障害の人達は、異常なほどの努力をして自分探しに没頭します。地面の底というのは、自分の心の底に閉じこめた、悲惨な体験の記憶を意味していると推測できるのですが、境界性人格障害の人達は、悲惨な記憶から目を背けるために「本当の自分」がどこか外の世界にあると思いこんでいます。あそこへ行けば本当の自分が見つかる、とか、この人と一緒にいる時が本当の自分だ、とか、今いる両親とは別の両親がいるはずだとか外部に自分を求めようとするのです。しかし、本当の自分は、自分の心の奥底にあり、しかもそれは惨めな現実であることの方が多い。

物語が進むにつれて、挫折を繰り返したミゲルは屈折していき、ブラックビューティーシスターズを喰って(これも寓意なのですが、解説は後で)体力を回復したみかるは侵略的な人格が表に出るようになります。二つの人格は似通っていき、統合が近づいていることを知らせます。みかるの心の障碍は苦しいながらも、着実に恢復へ向かっているのです。

最終的に、みかるという人格の方が自殺して、ミゲルの方が生き残ります。これの解釈はまだ私には分かりません。"as if 人格"の人とつきあったことはあるのですが、境界性人格障害が治っていく時にどのような経過をたどるのかは私もよく知らないのです。厳しい現実を受け入れる最後の儀式として、作り物の自尊心にすがり、それが打ち砕かれて初めて障害を乗り越えることができるという意味なのでしょうか?

最終盤で、ミゲルが古代人類ではなくて、みかるの父親が作った出来損ないであることが明らかにされます。これはおそらく、みかるが父親から性的虐待を受けて、その衝撃から自分の心を守るために、ミゲルという人格を作り出したことを示唆しています。りひとの父親に対する異常なまでの憎しみは、父親が性的虐待かあるいは暴力をふるう親であったことをさしているのでしょう。蘭花・レディーバット・アララは多重人格者のみかるが作ったその他大勢の人格といえるでしょう。ミゲルとみかるという深刻な人格だけではしんどいので、軽躁的な人格も作って息抜きをしていたと考えられます。ピュアの悪役は相手が眼中になくて病的に自己中な人が多いのですが、それはそもそも深刻な心の障害を抱えたみかるが自分を守ることに精一杯で外に目を向ける余裕がないことを表しているからです。

※ブラックビューティーシスターズを喰ったみかる
境界性人格障害の人は、周囲を巻き込んで、周辺の人間関係をズタズタに引き裂いてしまうと言う特徴を持っている場合があります。人間を喰うとは、他人の心を侵略して支配に成功したことを意味しているのではないかと私は思います。悲惨な経験をした人というのは、同じことを別人に繰り返して、自分の過去に復讐しようとする破壊的衝動を持っていますが、ブラックビューティーシスターズの受難は、これを表しているのでしょう。



四月二十六日(火)
旧暦 弥生十八日 友引 【翼】 



四月二十七日(水)
旧暦 弥生十九日 先負 【軫】

「癒しの物語〜ぴちぴちピッチを精神分析する〜」

3.誕まれていきたいの・・・星羅の役割

精神分析をしていると知らず知らずのうちにいろいろな経験をすると言いますが、これもそうでしょうね。
思い出深き人
nonoさんのお絵かき掲示板に描いた波音ちゃんなのですが、描いているうちにいつの間にか例の私に呪いをかけた女性の絵になっていました。「ぴちぴちピッチを精神分析する」とか言っておきながら、結局自分の心の中にあるしこりをほぐす作業であったようです。今まで彼女の絵は描きたくても何故か手が動かなかったのですが、やっと正面から向き合えるようになったようです。なんだか自分の心をひけらかしているようでいやらしいですが、人に晒すことによって完全に傷から決別するというのもあるのです。しかし8年かかった、我ながらしんどいものですね。

ここまで暗い話ばかり書いてしまいましたが、ここからは光の方です。

星羅ですが、これはもう間違いなく、るちあと海斗の赤ちゃんですよね。 ちゃんとあの一夜から9ヶ月目に生まれてきました。

るちあと星羅の会話というのは、あれはお腹の中の赤ちゃんとお母さんの会話なんですよね。若い母親が不安と戦いながら、立派に赤ちゃんを産むお話なんです。

もう一つ、親の愛を受けて、精神的に子供の心が生まれることをイメージしているのですが、今日はちと遅いので続きは明日に。



四月二十八日(木)
旧暦 弥生廿日 仏滅 【角】

四月二十九日(金) みどりの日

旧暦 弥生廿一日 大安 【亢】

【みどりの日】
ご存じ、昭和天皇の誕生日。昭和天皇が崩御された、平成元年からは「みどりの日」と名前を変えた。今国会で「昭和の日制定法案」が通過したので、再来年からは昭和の日となる予定。来年からにできないのはカレーンダーの印刷がもう間に合わないからだそうです。

この日と10月10日と11月3日は特異日として知られています。統計的に晴れの日が多いことが確認されている日のことです。昭和天皇は超強力な晴れ男でして出席された行事ではほとんど晴れに恵まれました。4月29日は、昭和の間は8:2の割合で晴れだったそうですが、平成になってから5:5になってしまったそうです。昭和天皇が崩御されてから特異日ではなくて普通の日になってしまったとか、NHKが天気予報で言っていました。やっぱこういう神通力ってあるんですかね(^^;

大喪の礼では、70年分を取り戻すかのような氷雨が降ったのは覚えている方も多いかと思います。列席した世界中の貴顕の方々は大変だったことでしょう。

ちなみに11月3日は明治天皇の誕生日です。大正天皇の誕生日は12月25日のクリスマスです、こっちは冬休みの初日ですので、国民の祝日とはなりませんでした。


昨日は仕事が終わったうれしさに飲んだくれて更新をさぼってしまいました。

どうにも深刻げなことを書いていますが、当人は明るく悩んでいるので気になさらぬよう。相手を境界例とか散々言っておきながら、こっちもストーカー並みでしたから、どっちもどっちですな。人として生まれてきたからには、いろいろな感情を経験して生きていきたいものです。喜びだけでなく、怒りとか妬みも大事な人間の要素です。


さて星羅ですが、

星羅の歌と言えば「Beautifull Wish」と「Birth of Love」の二つがあります。両方ともとてもきれいな歌詞で、前向きに人を思いやる女性的な優しさに満ちあふれています。

私は少女マンガのテーマは読者が女性としての自分をどう受け入れるかだと思っています。少女マンガにはその核心のシーンが必ず入っています。「僕の地球を守って」ではありすが覚醒する八坂神社で桜が一斉に花開くシーン、「カードキャプターさくら」では東京タワーでの夢のカードのシーンからユエを倒すまで、少し少女マンガとは違うかもしれませんが「魔法の妖精ペルシャ」の学がペルシャに告白するシーンなどですね。概して少女マンガはストーリーの最後のシーンよりも、この主人公が自分の中の女性に気づくシーンの方が盛り上がり、絵的にもきれいです。こっちの方が本筋なんですね。

「Beautifull Wish」では、夜の闇が明けてきて、黒い海から赤い太陽が昇ってこようとする不安と期待が入り交じった様子が歌われています。あなたの闇のような心の底には豊穣な優しさが眠っているんだよ、と言う歌です。そして、その優しさは「涙の海」から生まれると言っているわけです。悲しみと優しさはセットなのです。

「Birth of Love」では遂に闇から太陽が昇ってくる瞬間が歌われます。

愛と夢が一つになる:地に足が着くと言うことですね
強く光る・懼れないで旅立っていく:歌の中に出てくる「強くなりたい」というのは、女性の性欲のことを表していると私は思っています。性欲を肯定的に受け入れて、心が飛翔するのです。
この力夢のために貸せるのなら:自分だけでなく周りの幸せも願っているわけです。また自分の優しい心が、自分の夢を助ける支えになって上げるよと言ってくれています。何よりも自分が自分のために生きてこそ、他の人のためにも生きていられるのでしょう。
未来の地図でさえ変えていける:悩んでいる人というのは、袋小路に陥っていますが、新しい段階へ進めば、思いもよらぬ解決もまた見つかるのです。

「心の中の女性」というのは、いわゆる性別で言う女性の心の中にいるだけではないのですね、男性の心の中にも「女性」はいます。私の神経症の恢復も、自分の心の中にいる女性に気づいて、それを受け入れることからはじまりました(おかまになったというわけじゃないですよ、念のため(^^;)それに日本文化を調べていけば分かりますが、日本人が持つ強さというのは女性の強さなのです。大体男性的強さに取り憑かれた日本人は自滅しますね、歴史的に言って。精神分析的には「アニマ」というらしいですが、それよりは単純に男の心にも女性の部分があると言った方が分かりいいんじゃないかと思います。女性の心の中にも男性がいるかどうかはなったことがないので分かりません。心の中にいる女性を育てて行くにつれて、神経症も治っていきましたし、他人の心も分かるようになってきました。しかし身体的なものはどうしようもないので、最後に残った躁鬱病を治すにはお医者さんの助けが必要でしたが。

もう一つ、星羅というのは「赦す子供」も象徴しています。「子供は親を赦す存在である」というのは、「オニババ化する女たち」で三砂ちづる先生が書いていました。親というのは最初のうちは試行錯誤・暗中模索で子供を育てますから、結構子供をいい加減に扱ってるんですね。私は一番上ですのでよく分かります。親というのは終始子供にうしろめたい思いを抱いているわけです。親の不安は子供に赦してもらうことによって癒されます。子供からの許しを引き出すのは親の真の優しさです。私の親は一般的にいってかなり良い親の部類にはいると思いますが、それでも何度か子供だった私に理不尽なことを言っていて、私も「並の家の子供だったらここでぐれるんだろうな」と思うことがありました。私同様かなり我の強い親ですからね。それでも私が踏みとどまっていられたのは、ギリギリで親の愛情を確信できたからでしょうね。その最後の防波堤がない人というのは、かなりかわいそうだなと思います。多分止めどなく落ちていくのでしょう。

親というのは子供を育てることによって、もう一度子供時代の自分の心を育て直すのでしょう。と言うことは子供を虐待する親というのは、二度までも自分をいじめていることになります、救いがない。アニマ、赦しを与える子供、なんだか星羅は完璧すぎてつまんないですね(笑)実質的な登場が2回しかありませんが、それで良かったのかもしれません。星羅は理想のイメージで、登場人物とはちょっと違う次元のキャラなのです。


明日からインドへ行ってきます、帰ってくるのは5日です。

四月三十日(土)
旧暦 弥生廿二日 赤口 【ともぼし】

五月一日(日) 【メーデー】
旧暦 弥生廿三日 先勝 【房】 【下弦】

五月二日(月)
旧暦 弥生廿四日 友引 【心】 【八十八夜】

五月三日(火) 【憲法記念日】
旧暦 弥生廿五日 先負 【尾】

五月四日(水)【国民の休日】
旧暦 弥生廿六日 仏滅 【箕】

五月五日(木)【こどもの日】
旧暦 弥生廿七日 大安 【斗】【立夏】【端午】
【立夏】りっか
二十四節季

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