錦林多摩記
2009年7月
7月1日(水)
陰暦 閏五月九日 【富士山山開き】
「愛天使ウエディングピーチ」の終盤を見直しているのだが、いやはやすごい盛り上がりである。あいつ等ほんまに中学生か、いいや高校生でもあんな大恋愛あり得ない(^^;
アニメなんだからあれくらいぶっ飛んでなきゃ面白くないですよね。
ウエディングピーチの絵がきれいな回は本当に見ていてうっとりします。特に藤田まり子女史の絵がきれいだと思います。こういう絵とか、岸義之先生の絵には憧れますね。リアルでありながらマンガらしいデフォルメもあって。こういうマンガを描けるようになりたいです。
7月2日(木)
陰暦 閏五月十日 【半夏生】
今日は豆鼓醤を使って麻婆茄子を作りました。ピリピリして美味しかったです。
あー水族館かプール行きたいな。梅雨だから仕方がないけれど、ジメジメ、太陽も出てこないし、ちょっと元気が足りていません。
※地道にスト・・・探索活動は継続しているのですが、今度こそ最寄り駅が判明しました。こりゃわからんわ。まあ簡単にはわからん方がいいんだけど。
今度の週末にもう一度だけトライしてみます。それでだめならス○ー○ーごっこは終わり。自分に言い聞かせているんですけれどね。
7月3日(金)
陰暦 閏五月十一日
ところで本当に大丈夫なのでしょうか?これで全部が私の妄想だと、不審者として通報されかねないシチュエーションなのですが・・・
7月4日(土)
陰暦 閏五月十二日
ちょっとハイキングをしてきました。
「鉄腕バーディー・EVOLUTION」の第二巻を読みました。ヤングサンデー版とスピリッツ版の間の二年間に何が起きたのかが明かされました。また、千川つとむに心を寄せる同級生も現れました。この子も重い過去を背負っているようです。スピリッツに移って物語に深みが増したように思います。ヤングサンデーが潰れたのは災難でしたが、結果としては良かったのではないでしょうか。
「ハーメルンのバイオリン弾き・シェルクンチク」の二巻も購入。今回はフルートとハーメルが回想シーンで出てきます。祖父ケストラーの血を濃く受け継いでしまったグレートが、父のハーメルと同じ目にあって人を避けるようになってしまった過去が明かされました。どうも新入生の中に魔族の復興を狙う人物が紛れ込んでいるようです。これも面白い。
しかし渡辺先生、人物と背景を同じ線の太さで描くのはなんとかならないのでしょうか、読みにくくて仕方がありません・・・ガンガン時代からの特徴なんですが。
7月5日(日)
陰暦 閏五月十三日 【栄西禅師忌】
「愛天使ウエディングピーチ」のDVD第十五巻を見終わる。既にビデオ版を何回か見ているのでBOXを買ってはいたけれどそのままにしてた。最終回はいくつかシーンが挿入されていた。レインデビラにやられてぶっ倒れた桃子と陽介が手を握って、そこから愛のウェーブが発してレインデビラが改心する最後の山場で、素っ裸の(黒く塗ってたけど)二人が抱き合ってキスをしている絵が入っていた。これはビデオにはなかったと思う。際どいからテレビでは流せなかったのだと思う。でもいい絵でした。
もう一つは、蘇った陽介が桃子を抱き起こすシーンで、これもビデオより長かった。時間を見ると26分ぐらいあったので、明らかにテレビ版よりも2分くらい長い。ここに来てウエディングピーチの新しい映像が見られるとは思ってもみなかったので非常に得をした気分になった。ユリBOXだけはAmazonでも売り切れだったのだが、これが入っていたから先に売れたのかもしれない。続き物は普通うしろに行くほど売れ行きが鈍るはずです。
スタッフとキャストのトークも面白かった。出来が良い作品というのはたいてい両者の関係がうまくいっていて、それは見ている方も分かる。三木さんと上田さんが禁煙中の音響監督に煙草の煙を吹きかけていたのには大爆笑であった。よっぽど仲が良いのでしょう。それにしても「女の匂い」を連呼って、矢尾さんほとんど変態ですがな( ´д`)
氷上さんとみやむーとゆかにゃんは何度見ても、年齢が分からん。二十歳前にも二十代後半にも見える。去年の四月に氷上さんを舞台で見たが、あんまり外見が変わっていなかった。三人の話しぶりによると「エヴァンゲリオン」と「あずきちゃん」よりも「ウエディングピーチ」の方が先であったようだ。
監督や音響監督の話しぶりからすると、やはり「セーラームーン」を意識していたよう。多分湯山さんなりのアンチテーゼなんだと思う。セーラームーンは恋愛がやや消化不良だから。セーラームーンは最初の十数話を見て止めてしまったのだが、私はセーラームーンよりはウエディングピーチの方が好き。多分恋愛物が好きなんだと思う。戦うのはそんなに好きじゃない。
今日は同人誌のオマケマンガと挿絵を片づけて11日にはもう印刷会社に発注をしてしまうつもり。そうしないとそろそろコミケで印刷会社がパンク状態になるはずなので。今週は会社から帰ってからも忙しくなりそう。

本日の夕食、ドライカレーと棒々鶏サラダ。ご飯はターメリックライス。
パン焼き用の南部鉄鍋を蒸し器替わりにして、カレーを作りました。スパイスを擦り込んだ鳥肉と刻んだ野菜を鉄鍋に入れて、二十分ほど弱火で蒸したら出来上がり。ライスは、ターメリックライスの素をまぶしました。サラダは、キュウリとお総菜として売ってある茹でた鳥肉に少し塩をまぶしてから、ゴマだれをかけました。
メシで釣れるなんて思ってませんよ、思ってませんってば!
7月6日(月)
陰暦 閏五月十四日
土曜日からこの方ちょっと飛ばしすぎました。しばらく大人しくしようと思います。日蝕を見に行くために上海へ行く予定なのですが、またまた飛行機恐怖症が発症してしまい、夜になるとものすごい陰鬱で吐き気がしてきます。この病気?なんとかならないでしょうか。パニック障害やPTSDはこんな感じなのでしょうか。
7月7日(火)
陰暦 閏五月十五日 【小暑】【望】
今日の晩飯は、豚のステーキ(安売り三枚320円)、かぼちゃの煮物、それに葱辛子という漬け物。葱辛子は数ヶ月前から近所のスーパーが置くようになって気になっていた。山形県のお漬け物らしい。刻み葱と唐辛子を漬けた物で、唐辛子漬けにしてはさっぱりしていて、なかなか美味しい。納豆に混ぜるといいらしいので、明日の朝食で試してみるつもり。
パソコンの動きが異様に鈍い。そろそろ寿命なのだろうか。
昨日は睡眠導入剤が効いたのでぐっすり眠れた。お陰で飛行機恐怖症が軽い。だいたいいつも出発の一週間前当たりが一番ひどい。子供の頃イギリスに行くときに初めて乗った飛行機で、便所に閉じこめられたのが原因かと思っていたが、考えてみると、トンネル状のプールの滑り台も怖いので、どうやらパイプ状の場所に閉じこめられるのが苦手らしい。そういや500系新幹線に乗ったときにもあまりいい気持ちはしなかった。
しかし出発の当日はほとんど恐怖心がなくなり、乗っている間はケロリとしているのだから我ながら不思議な病気だと思う。他にも苦手なものはというと、秋と冬の夜風、他人の血(自分の血はわりと平気)、コリアンダー系の香水である。そうだそうだ、お酒も怖いな。
7月8日(水)
陰暦 閏五月十六日
工場実習へ行く新人を激励してきました。要は宴会。立川の串揚げ屋で油物をしこたま食ってきました。
実習とはいいながら、もう配属されたその日から普通に工場ラインで働かされます。一分半に一台のペースで流れてくる製品に部品を次から次へと取り付けていかなければなりません。今年は不景気なので二直はないそうですが、私の時は一週間交替の昼夜二直でそりゃもう大変でした。三ヶ月で五キログラム痩せました。
夜中に力仕事をするというだけでかなり疲れます。これが一週間続くのだから大変な物です。勿論次の週は昼間に働きます。独り者はまだマシですが、家族がいる人は、昼間はお父さんがずっと寝ているのできっと寂しかろうと思います。
工場実習は、ものすごく勉強になったのですが、もう二度とやりたくないです。工場労働とか農業を賛美するインテリを見ていると、うちの工場に叩き込んでやりたくなります。ラインで半年働いた後でならお前の御高説を聞いてやろう、その経験がないのならいい加減なことを言うなと。
7月9日(木)
陰暦 閏五月十七日 【浅草ほおずき市】
NHKのクローズアップ現代で藤沢秀行の特集をしていた。彼の芸に真摯で、なおかつ奔放な生き方に憧れる人は多いようである。アナウンサーの相方は武宮さんであった。武宮さんも六十近くなって目がきれいだ、こういう年の取り方をしたいものだと思う。
二年間の兵役でブランクができた、韓国人棋士のツ薫鉉をわざわざ訪ねて、三日三晩囲碁を打って「大丈夫だ、実力は落ちていない」と言って帰ったという話には感動してしまった。これこそ芸に生きる男だと思う。
秀行夫人のモトさんはさんざん苦労をかけさせられたが、辛抱の甲斐あって今や女の鑑という扱いである。何事も最後までやってみるものだなと思わせてくれる。確か藤沢秀行は神童の誉れが高かったのに、二十歳を過ぎた当たりから伸び悩んで鳴かず飛ばずであったのだが、モト夫人と一緒になってからめきめきと実力を付けて一家をなしたのであった。
結婚というと個人の可能性をつむものだ、という教育を私達の世代は、学校やメディアから浴びて育ってきたが、そんなことはないはずだと思う。ただし昔の無頼派の芸人というのはかならず妻や子供を犠牲にして芸事に邁進するのが相場であったが、これからはそういうのはさすがに通用しないだろうなと思う。
さてもさても、日本棋院は早く藤沢秀行の打ち碁集を発行してくれないだろうか。
7月10日(金)
陰暦 閏五月十八日
これから同人誌の第三巻の編集の仕上げです。今夜は徹夜になるかもしれません。
7月11日(土)
陰暦 閏五月十九日
徹夜はしないで済みましたが、四時間半しか寝ていないので疲れてへろへろです。数年ぶりに電車で駅を寝過ごしてしまうくらい疲れました。もうそんなに若くないのだなと実感しました(苦笑)
同人誌の方、第三巻と第二巻の第二版を発注してきました。ポプルスの立川支店が閉店して福生の本店だけになっていました。でも本店は土曜日は午後もやっていて、お陰で、今日の朝に入った差し替えに対応できました。
でも本店の店員は何だか態度がでかかったような。こちとら印刷のことは分からないからプロに任せているってのに、業界の知識を持っていないからって態度を変えるなってんだ。こういうところは東京の商売人はプライドが高すぎていけません。大事なのは業界通であるかどうかではなくて、仕事をくれるかどうかなのですから、素人の客だろうなんだろうと気持ちよくお金を使わせるようでないとお仕事が長続きしないと思います。あんまり態度が悪いと消費者センターにちくるぞ。
福生は横田基地のお膝元なだけあって歓楽街がすごいですね。夜のお店がいっぱい。そこの薄汚い中華料理店に入って昼飯を食べてきました。見た目は汚かったけれど、味は良かったです。
そのあと床屋へ行き、高幡不動へお参りして、京王に乗って北野で降りるつもりが、意識が飛んで気がついたら片倉にいました。八王子の十河の酒屋で、なぜか知らないけれど、店長が宮城県田中酒造の酒をたくさん試飲させてくれました、真鶴を造っている蔵です。負けてしまい、一番安い純米酒を買って、今飲んでいます。
なんか検索したら、私と同じような飛行機恐怖症の人が結構世の中にはいるらしく、少し気分が楽になりました。飛行機が確率的に安全な移動手段だというのは重々承知しているのですが、ミスがあったら必ず墜落しかないというのと、ほぼ自力では如何ともなしがたい点が嫌です。事故を起こす確率が高くても船や鉄道はまだ自分で逃げる道が残されているから、そっちの方がいい知れない閉塞感が少なくて良いです。
それにしてもやたらと喉が渇きます。さっきから日本酒を三合、麦茶を1リットルくらい飲んでいます。お腹も減っていて、海苔巻きを四本とコロッケ二個、鳥肉のカツレツ、ニラ餃子を食べたのに、アイスまで食べてしまいました。昨日の夜の作業が大変だったのかな。
7月12日(日)
陰暦 閏五月二十日
今日は買い物をしてきました。まず昨日は遅すぎて社務所(お寺に社務所はおかしいかな)が閉まっていた高幡不動へ再度お参りしてお守りを購入。これでもう飛行機も怖くありません。多分。ついでずーっと気になっていたジェラード屋さんに入ってグレープフルーツ味を食べました。すごくうまかった。もっと早くはいるべきであったな。今度は大盛りで頼むことにしよう。
続いて立川へ行って成田までの行き帰りの切符を買い、画材屋で原稿用紙とGペンを購入。ダイエーでズボンを買おうと思ったのですが、仕事着用のいいズボンは見当たりませんでしたので、これはパス。そして太陽観測用眼鏡を買おうとビックカメラに行ったら、木曜日には満載だったのが売り切れ、ガビーン。立川の駅前にある眼鏡屋や文房具屋、本屋という本屋を廻ったけれどどこも売り切れ。しまった、甘く見ていた・・・
しょうがないので八王子のヨドバシに行ったら、まだ三個ほど残っていました。ギリギリセーフ。太陽を直接見るのは非常に危険で、サングラスでも危険なので(失明する可能性があります)、観測用眼鏡がないとせっかく上海まで行く甲斐がありません。見つかって本当によかった。カメラ用のフィルターは入荷の見込みが立たないとのことでしたので、太陽を撮すのは諦めようと思います。もう一回次の週末にアタックはしてみるつもりですが。でもコロナとダイヤモンドリングと木洩れ日は大丈夫でしょうから撮すつもりです。運がよければプロミネンスも写るかも(プロミネンスって本当は天文用語なんですよ)
日食を観測する方法、日食時の木洩れ日(国立天文台)当日室内にいるという人はブラインドの影などで観測するのもいいかもしれません。
木洩れ日でなくても、小さな丸い穴から指す太陽の光を観測すれば大丈夫です。くれぐれも言っておきますが、太陽を直接見たり、サングラスで見たりしないでください。マジで失明します。
帰り、夏バテ防止のため先手を打って鰻の蒲焼きを買いました。今日は鰻丼だ。
漫画の入稿もしたので、夕食前ですがビールを飲んでぐだぐだしています。今週は本を読んだりアニメの絵を描いたりしてすごす予定。また水彩でアニメキャラの絵でも描くかな。
7月13日(月)
陰暦 閏五月二十一日 【靖國神社御霊祭】
もう梅雨明けでいいんじゃないかって言うくらい蒸し暑い。
どうも最近小さな地震が多いような気がする。さっきも少し揺れた。それともこのアパートの建て付けが悪いだけなのだろうか。
7月14日(火)
陰暦 閏五月二十二日
昨日あんな事を言っていたら本当に関東甲信越地方が梅雨明けしました。夏は一番好きな季節です。まず太陽が燦々!お日様大好き!私は秋分から立春にかけて鬱になるくらいで、太陽光線を浴びていないと元気が出ません。夏は一番精神が安定するので好きです。
それに夏と言えばプール。広くて開放的な外のプールで思いっきり泳げるのも夏の魅力です。今年も浅川の河川敷のプールで泳ぎまくります。
あと夏は絵の具やインクが乾きやすいので、絵が描きやすい。あまりにも早く乾きすぎて、それがムラになるのが多少難点ですが。ただし油絵は夏は絵の具がドロドロになって描きにくいです。
そしてなんといってもビールがうまい。ビアガーデンさいこー!
というわけで、大好きな夏が来てワクワクしています。ただし来週に飛行機に乗るという大仕事があるので、これを乗り越えるまでは諸手をあげて大喜びとは行かないのが辛いところです。上海はいきたし、されど飛行機は恐し。でも出発まで一週間を切ったので、徐々に恐怖よりも期待の方が高まりつつあります。
7月15日(水)
陰暦 閏五月二十三日 【下弦】【出羽三山花祭り】
関東地方は完全に夏。今日の晩は、汗だくだくになりながら八宝菜を作って食いました。
https://homepage.nifty.com/filemng/?cmd=edit&top=homepage&path=%2Fdiary%2F&file=jul09.html&code=sjis
上弦と下弦の見分け方がよく分からなかったのですが、結局月の上旬だから上弦、月の下旬だから下弦と言うことでいいようです。旧暦を使わないから混乱するんですね。下弦の月は真夜中になってから昇りますので、「ぴちぴちピッチ・ピュア」の「花と蝶のセレナーデ」の一節「下弦の月を竪琴にして」というのは、それだけでだいぶエロチックな意味合いを含んでいることになります。これ以外にもあのアニメの歌の詩はよく練られています。
作詞家の三井ゆきこさんの才能はすごいと思います。この人はおそらく東西の古典文学に通じていると思います。
四月のコンサート、蘭花の真似をすれば小島さんも「お色気」の課題をクリアできたはずなんだけどな。まあそこで恥ずかしがって固まってしまうところがまた魅力でもあるわけですが。
7月16日(木)
陰暦 閏五月二十四日

ペルシャ(魔法の妖精ペルシャ)
久しぶり(六年ぶりくらい?)にアニメキャラクターを水彩で描いてみました。水着姿のペルシャです。ちょっと色が濃くなって小麦色になってしまったのですが、泳ぎに行って日焼けしたことにしてください(^^;
手書きはCGとはまた違った良さがあるので好きです。でもまだちょっと脚の描き方に難があるんですよね。そこは練習です。
7月17日(金)
陰暦 閏五月二十五日 【祇園祭】
ニュージーランド国債の償還があったが、ひどいマイナスであった。一年前まではプラスだったんだけれど、金融崩壊以来の円高で外債は全滅状態。投信も壊滅。プラスになっているのは日本国債だけ。これなら利子1%未満でも全部日本国債にしていた方が良かったくらい。どうやら私には投資の才能はないようなので金輪際金融商品を買うのは止めにしようと思った。外債と投信は、このまま十年くらい塩漬けにするしかなさそうだな・・・_| ̄|○
勉強代がボーナス一回分か、イタタタタ。
きっと欧米の人は、もっとひどい目にあっているんでしょうね。金融工学とやらに詳しい人が、自己責任だとか、金融工学も万能ではないとかいろいろ言い訳をしていますけれども、これは当分金融機関は庶民から許してもらえないんじゃないだろうか。
にしても憂鬱感や頭痛がひどい。恐怖症のせいだけではないかもしれない。もしかして地震が近いのではなかろうかと心配になってくる。後頭部が締め付けられるようになるといよいよ危ないのだが、それが今日の午前中に一時間くらい来た。でも世の中に氾濫している予兆というのも何だか怪しい代物が多い。井戸の水位や、地下の岩石の歪みの情報が手に入ればもうちょっと分かるのだが、こういうのは大学の外にいる人間にはなかなか手に入らない。
神経過敏な躁鬱病患者のたわごとなのであまり真に受けないで下さい。
ようやく歪み計と水位計のデータを見つけました。
産業技術総合研究所・地震に関する地下水観測データベース
関東地方の観測点が少ないのですが、これを見る限りでは切羽詰まった危険はないようです。大学院にいた頃に地震の予兆現象の可能性がある観測データを見せてもらったことがあるのですが、明白に不連続な変化が起きていました。それほど大きな異常値は見当たりません。地震の多さなどから、関東地方の地殻に歪みが溜まっているのは間違いないと思うのですが、すぐに関東や東海で地震が発生する、ということはなさそうです。
7月18日(土)
陰暦 閏五月二十六日
浅川のプールへ行ったけれど、今日はかわいこちゃん率が低かった。五十メートルプールに至ってはおっさんとガキンチョばっかり。おかげで泳ぎに専念できたぜ。2kmくらい泳いできました。体重はいい感じで69kg台をキープ中。
行き帰りに動物に注意して歩いたけれど、異常行動は見当たらず。雑木林の野鳥も、用水路の鯉もいたって平静であった。ただし用水路の鯉が人間慣れしていた。数も増えていた。誰か餌をやっているんだな、去年までは人間には近づかなかったのに。野生生物に餌をあげるのはあんまり良くないと思うんだけどね。餌で数が増えすぎると糞のせいで水質も悪くなるし。
珍しいことと言えば、三日くらい前に朝方玄関に6cmくらいのものすごく立派なカミキリムシがいたことくらいか。去年は仮面ライダーにでも変身できそうなくらい立派な、群生色のトノサマバッタがいましたので、これもただの季節性の出来事かもしれません。
7月19日(日)
陰暦 閏五月二十七日 【土用】
豊田駅に二十人近くの鉄道オタクがカメラを抱えて待ちかまえていた。どうやらEF64の重連とお座敷列車を撮影するために集まっていたらしい。夏休み二日目ですし、中央線で都心から手軽に行けるとあって、中高生が多かった。しかし「何か特別列車が来るの?」と聞いたら目をそらして逃げるのはいただけない。趣味に熱中するのは良いんですが、人から質問をされたらちゃんと答えようね。
鉄道オタクの中には明らかに自閉症だなという人が結構いるので、この人達に無理に社会性を持たせようとは思いませんが、それ以外の人はもうちょっと周囲への配慮とか、話しかけられたときの応対を身につけた方が良いと思うのです。趣味と社会性は両立させてほしいものだと思うことが多いです。同じ鉄道オタクとして。

夕方の18:30頃、きれいな虹が見えました。

拡大図です。六色(人によっては七色?)かなりハッキリと見えます。
7月20日(月) 【海の日】
陰暦 閏五月二十八日 【寒川神社浜降祭】
「ふしぎ星の音楽会」の1と2,「ふしぎ星の☆ふたご姫GYU!・ミュージックレッスン」がアマゾンから届きました。そのうち買おうと思っているうちに、どこのお店にもなくなって困っていたのです。この前アマゾンで見つけて、即注文しました。これでCDコンプリート・・・!と思って確認したら「チュッチュロック」が抜けていました。完全制覇はまだまだおあずけです。
二年間でCD十五枚ですから、なんだかんだいって恵まれた作品だと思います。でも欲を言わせてもらえれば、シフォンとビビンの歌がほしかったかも。ビビンとエドチンのデュエットなんかあれば面白かったと思います。
明日出発します。超強行軍ですが、勤め人なので仕方がない。今日もお仕事だったし。上海が晴れていることを願って。
7月23日(木)
陰暦 六月二日 【大暑】
「上海日蝕観察記 その一」
七月二十一日から二十二日にかけて、皆既日蝕を観察するために上海へ行ってきました。生憎の天気のため、日蝕そのものは目にすることはできなかったのですが、それでもそれは素晴らしい感動を与えてくれました。
二十一日の朝、最寄り駅から中央線に乗って新宿へ。成田エキスプレスを待っていたら、見慣れぬ車両がやって来ました。成田エキスプレスの新型の試運転です。

来年から京成の成田新線ができて、東京と成田の間がほぼ直線で結ばれるようになりますので、それ用のスピードアップを図った車両だと思います。

なかなかかっこいいです。内部も広そうでした。

いざ成田エキスプレスに乗って飛行場へ。
中国国際航空に乗って上海浦東空港(Pu Dong Airport)まで三時間半の旅。しかし、よりもよって急に北緯二十五度あたりに湧いてできた前線のため、ものすごい乱気流で、ひどい揺れ。着陸直前など座席から乗客が飛び出すほどでした。私も一瞬お尻が浮きました。もうジェットコースターです。全く死ぬかと思いました。新たなトラウマを植え付けられてしまい、飛行機恐怖症の克服はまだ先のことになりそうです。
空港の出口では現地ガイド・・・じゃなかった、留学中の友人のD君が迎えに来てくれていました。中国語はさっぱり分かりませんので彼が頼りです。
空港は郊外にあり、市の外縁の龍陽路までは上海市ご自慢のリニアモーターカーで行きます。途中時速400kmまで加速します。一分弱だけですけれど、今のところ営業している鉄道としては世界最高の速度が体感できます。



ものの五分で時速430kmまで加速します。結構な力で後ろに押しつけられます。

時速430kmで流れる車窓(そこっ!ただ単にシャッター速度が遅いだけだろなんて言わない)

終点の龍陽路駅にて。折角なんだから先頭車の掃除ぐらいしようよ(>_<)
上海老站(站は中国語で駅の意)という料理店で夕食。非常に美味しかったです。D君がそのお店の呼び物の古い客車を利用した部屋を予約してくれていましたので、食堂車気分を味わうことができました。宋慶齢(あとで説明します)が愛用した車両なのだそうです。
だいぶ遅くなったので上海の夜景を見ながらタクシーで彼の自宅まで帰り、酒を飲みながら夜は更けていきました。日蝕のルポは明日にいたします。
7月24日(金)
陰暦 六月三日 【中伏】
「上海日蝕観察記 その二」
いよいよ日蝕の日がやってきました。前日に酔っ払いながらてるてる坊主を作ったにもかかわらず、残念ながら上海の空は一面の雲。それでも一縷の望みを託して、見晴らしの良い公園に向かいます。
徐家匯というところでタクシーを降り、朝食。中国人は朝飯を外ですませる習慣があるので、料理店は朝早くから開いています。D君お薦め?のケンタッキーのお粥を食べました。

これは浦東空港のケンタッキーですが、お粥があります。中華料理の朝飯といえばお粥です。


メニューにもお粥が。やはり皆さんお粥が好きらしく、みんなお粥を頼んでいました。私も鶏椎茸粥を食べました。7元(100円)でした。お腹をおこすには丁度いいくらいの量でした。

そのケンタッキーからちょっと歩いたところにある徐家匯公園で観察することにしました。既に中国人もたくさん集まっています。見た感じ学生と、台湾人(子供が二人以上なので分かる、都市の中国人は基本的に一人っ子)が多かったです。一瞬だけちらっと太陽が見えたのですが、時間を追うごとに雲は厚くなってくるばかり。

晴れないかな・・・・
しかし無情にも雨までぱらつき始めました。

現地時間九時頃から徐々に暗くなって来たのですが、9:25くらいから一気に暗くなりました。上の写真は9:25くらいの写真。次が9:30くらいの写真です。

五分くらいで夏の六時から七時くらいまで暗くなっています。そこから更に急激に暗くなって三分くらいで真夜中になりました。

皆既日蝕では空が暗くなり、星まで見えるようになると聞いてはいたのですが、音に聞くのと実際に体験するのでは大違いでした。まさかここまで真っ暗闇になるとは思いもよりませんでした。空が雲に覆われていましたので、より暗くなったのかもしれません。
皆既状態になる数分前から急に涼しくなり、雨が強くなりました。空気が冷やされたからだと思います。ほんの数分月の陰に隠れただけなのに、この温度変化。生命は太陽なしでは一日どころか一時間とは生きていられないであろうことが身に染みて分かりました。

明るくなるときも一瞬でした。ほんの数分でお昼に戻りました。いい加減ずぶ濡れで風邪をひきそうになっていたので、急いで近くの百貨店に逃げ込みました。太陽そのものが見られなかったのは残念でしたが、あっという間に昼から夜になると言う得難い体験をすることができました。
あの一瞬で真夜中になるのと、急激に空気が冷えるのはテレビでは体験することができません。太陽が見られなかっただけ、明るさの変化と、温度の変化が鮮明に脳裏に焼き付けられたといえるかもしれません。十万円かけ、年休を押し込んで、上海まで行った甲斐があったと思いました。
明日は観光地や上海の面白い文物をご紹介しようと思います。
7月25日(土)
陰暦 六月四日
「上海日蝕観察記 その三」
上海にはちょうど二十四時間滞在しただけでしたが、色々と面白いものを見ることができました。

これは宋慶齢記念館です。宋慶齢は戦前の広東の大富豪である宋家の姉妹(三姉妹と呼ばれることが多いが本当は四姉妹)の次女でした。客家で海外の華僑の間にネットワークを持つ宋家は、支那を近代化するために孫文の革命を全面的にバックアップしました。
ちなみに孫文も客家です。客家とは支那の南部に暮らす独特の風習を持った本貫地不明の民族です。漢族の習慣を取り入れた苗族などの長江流域の周辺民族なのではないかとされています。
宋慶齢は孫文の秘書として働くうちに親交を深め、亡命地の日本で孫文と結婚しました。孫文の死後は国民党と中国共産党の連携に努めました。そのため、国民党系の人物ながら中華人民共和国で副主席までなります。おそらく共産統治下における国民党の残党の保護者だったのはないかと思われます。
国共内戦はかなり激しかったのですが、中華人民共和国の建国後に国民党のシンパは(支那の歴史の基準で言って)それほどひどい迫害は受けていません。彼女の尽力なのでしょう。ですので元々国民党の勢力が強かった上海では今でも慕われているようです。

スターリンから贈られたリムジン
この記念館は宋慶齢の旧宅を利用したものです。住居も観覧できたのですが、撮影禁止だったので残念ながら写真はありません。趣味の良い家でした。よくでてくる孫文の写真がありました。金日成から贈られた絵もありました。飾ってある陶磁器のお皿がきれいでした。



これが多分彼等の有徳人の生活イメージなんでしょう。
続きまして、中国らしいスナップ写真をどうぞ。

かの有名な竹と紐だけで組んだ足場です。竹は丈夫ですね。あと紐の摩擦力というものは大したものだと思いました。

観光地や公園には必ずいるお掃除おじさん。内陸からの出稼ぎでしょう。

支那名物、シャツいっちょで自転車をこぐおっさん。

上海鉄道博物館。残念ながらお昼休みで入れませんでした。

上海メトロ

支那で一般的な電気機関車

お昼を食べた新天地(美観地区)の料理店。

なんだかんだで楽しい旅でした。急なお願いだったにもかかわらず、温かく迎えてくれたD君ありがとうございました。
7月26日(日)
陰暦 六月五日
旅行の疲れが出たのか、風邪をひいてしまいました(+_+)いい天気ですが大人しくしているしかありませんね。吉祥寺に切符を買いに行こうと思っていたのに残念です。こりゃ十一月は立ち見かな。
15:00 熱が三十八度八分、これはやばい。こんなに熱が出たのは三年ぶりだ。種なしになってはかなわないので解熱剤を飲むことにした。
16:00 熱がまだ八度を下らない、しかし汗が出てきたので峠は越したかもしれない。
頭がハッキリしていて、咳も頭痛もないのでインフルエンザではないと思う。なんだろう。疲れているのに昨日プールに行ったのが悪かったのかもしれない。明後日は会社で研修があるので意地でも直さなければならない。
19:30 やっと平熱に戻った。いやはやひどい一日であった。
7月27日 (月)
陰暦 六月六日
出社はできたけれど、金曜日に出したレポートが考えられないようなミスだらけで、一日中その修正に追われた。気がつかなかっただけで、帰ってからずっと疲れでおかしかったのかもしれない。健康優良児だったのですが独り暮らしを始めてからよく身体を壊すようになりました。一人だとストレスがかかるのかな。どうも身体を壊すと心細くなりますね。
去年の八月にブログに書いた「沙石集」の記事のアクセス数が割りと多いので、続きを書きます。教科書に載っているのかもしれません。あれは現代人にも分かり易い文章な上に内容も面白いですからね。古文の教材にはぴったりです。
巻六 十一「正直の人宝を得ること」
最近支那から日本に帰ってきたお坊さんから聞いた話としてある人が言うには、宋朝(支那の王朝)に貧しい夫婦がいた。餅を売って生活をしていた。ある時道の横で餅を売っていると、人が袋を落としていった。中を見たら銀の小判が六つ入っていた。そこで夫は家に持って帰った。
妻は心が素直で欲のない人であったので「私達は今の商売でなんとか暮らしていけます。けれどもこの袋の持ち主はどれほど困っていることでしょうか。可哀相なことです。持ち主を捜して返してあげましょう。」と言った。夫もそうだなと思い、広く触れ回ったら持ち主という者が現れた。
持ち主は大いに喜んで、小判を三つお礼として差し上げましょうと言ったが、渡すときになって惜しくなって「小判が七つあったはずなのに、六つしかないのは何故だ、お前達が一つ盗んだのだろう」と言い出した。
夫婦は「そんなことはありません、最初から六つしかありませんでした。一つ猫ばばするつもりだったのなら、なんで最初から持ち主を捜したりしましょうか」と言い合って、果ては地方長官の前で申し開きをすることになってしまった。
その長官は聡明な人物で、持ち主が不実で、夫婦が正直者だとすぐに見抜いたが最終的な確認を取るために夫と妻を別々に尋問したが、両方とも全く同じことを言った。さて、長官が判決で言うには、「この二人は正直者である、一つ盗むくらいならば持ち主を捜したりはするまい。そうでなければ最初から六つ全部盗むはずだ。この持ち主が落とした小判は七つだという。ならばきっとこやつが落とした小判はこの小判ではないのだろう。お前は七つの小判を探すがよい。」といって、小判を六つとも夫婦に与えた。
宋朝の人もこれを素晴らしい判決だと褒めそやしたということである。
心が素直であれば、天がひとりでに宝を与えてくれる。心が曲がっていれば、冥王(閻魔大王)の咎めで財産を失うのである。返す返すもこの心がけを守って、正直に生きて、冥王のご加護を願うべきである。聖徳太子のお言葉にも「策略によって眼前の利得を得ることができたとしても、最後は仏神の罰を受けて終わるのだ。正直であることによって今日明日の利得を失うこともあるかもしれないが、必ずお天道様やお月様の哀れみを受けることができるのだ」とあるが、本当だったのだなと感じた。人並みの心を持った人はこの心がけを念ずるべきである。
7月28日(火)
陰暦 六月七日
七夕だと思って暦を確認したら、何も書いていない。よく見ると陰暦の先月は閏五月で、今月は六月でした。すみません後で訂正します。ということは今年のお盆は新暦の9月3日か、だいぶ遅いですね。
無事研修が終わりました。うちの人事の研修にしては非常に良くできていた。今までで一番のヒットじゃないだろうか。
今さっき見た「ときめきトゥナイト」第十話のあらすじ、透明人間の少女が魔界から家出してきて蘭世のところに転がり込んできて、すったもんだの挙げ句、帰る前に自分の姿を見てみたいと言うことで蘭世の服を着るのだが、現れたのは寸胴短足で、がっかりして帰るという話だった、アニメオリジナルの話だけど少女漫画って残酷だよなあ。
7月29日(水)
陰暦 六月八日 【上弦】
熱は引いたが喉が痛いのが三日続いている。まったくしつこい風邪だ。
風で喉が痛すぎて文章を考えたり絵を描いたりする余裕がありません。会社から帰ったらお粥をすすって寝るだけ。侘びしいなあ。
7月30日(木)
陰暦 六月九日
「ときめきトゥナイト」のアニメ版が第十三話に入ってから急にお色気が強くなってきた!
スキー合宿では蘭世ちゃんの入浴シーンがあるは、熊にズボンをかじられて神谷さんのお尻が見えるは、次のお話では健康診断で二人のシミーズ(死語)姿が出てくるは、け、けしからーん!ハァハァ(*´д`*)
男の漫画家が描く露骨なエロよりも、女の漫画家が描くチラリズム満点のお色気シーンの方が好きです。少女漫画のラブシーンの方が現実に密着しているだけエロイと思うんだな。でも最近の少女漫画は描写が露骨になっちゃってあんまり魅力を感じません。
チラリズム万歳!あと貧乳万歳!・・・何いってんだ、俺_| ̄|○
こんな文章が書けるようになったと言うことは風邪が少し回復したみたいですね。決して熱に浮かされているわけではありません。
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7月31日(金)
陰暦 六月十日
あれれ、携帯電話がどこにもないぞ。そういえばここ三日間くらい携帯電話を見ていない。全然かけることもかかってくることもないので当座は困らないのだが・・・でも困った。会社に置き忘れたのかな。
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