錦林多摩記
2006年5月
5月17日(水)
四月廿日
やっと日記が再開できました。
胃炎もどうやら快方に向かったいるようです。
インドの旅行記など書きたいと思っているものの、まだ疲れていますので、明日以降ご報告します。
5月18日(木)
陰暦 四月廿一日
今回インドへ行って分かったこと
「あちゃー」の語源はヒンディー語(サンスクリット語?)であること。
デリーの人は困ったことがあるとすぐに「アチャー」と言います。
これは面白かったです。
多分仏教用語として伝わったのではないでしょうか。
莫迦(バカ)もサンスクリット語です。おっちょこちょいという意味です。
お経には「莫迦梵天」という早とちりな神様が出てきます。
つまり「バカボン」というわけです。冗談なようで本当の話です。
5月21日(日)
陰暦 四月廿四日 【小満】
なにやらわかりませんが、うちのインターネットエクスプローラー5がまともに動かなくなりました。立ち上げた時に飛ぶMacのホームページが多分5では対応できないからでしょう。でもMac用の6はない。こういうのは困ります。おのれビル・ゲイツ。これだからフリーソフトは嫌です。金払ってもいいから、ちゃんとサポートがきいて継続的に使うことができるインターネット用のソフトがほしい。
酒が飲めるまでに胃は回復しました。でも節酒は続けたいです。いつまで続くか分かりませんけれど。そのためというわけではないけれど、吾妻ひでおの「失踪日記」を買ってきました。滑稽な絵で包んでいるけれど、すごい内容です。いやはやお酒は怖いね。
「インド旅行記6」
考えてみれば、去年の旅行記をインド旅行二日目の昼で中断していました。てなわけで去年の旅行から書き起こすことにします。
インドの列車の普通車はまさしく公園の木製ベンチ並みの椅子です。けれども新幹線よりも幅があるゲージですので、あのガタピシ車両の割には揺れませんし、車内も広く、クッションもないベンチの割には疲れませんでした。3時頃までは順調に進んでいたのですが、そのあと急に列車は止まってしまいました。そこにいること二時間。インドの郊外線はたいてい単線です。北側にもう一本線路がありましたからそこはどうやらすれ違いポイントのようでした。今考えると、出発からして三時間くらい遅れていましたので、かなりダイヤが乱れていたのでしょう。行き先にはガーツ山脈が見えていました。要するにこの先すれ違いポイントがないので延々コインバトールのターミナルから出てくる列車を待っていたのです。暢気な国です。切符を買う列に並ぶ時や横断歩道を渡る時にはあれほど急ぐのに、こういう時には急がないのがインド人です。目の前にいる奴に後れを取るのは気に入らないけれど、みんなして遅れるのは苦にならないらしい。みんな列車から降りて遊んだりしていました。けれどもこっちは目的地を通り過ぎたのか、はたまた何かの事故かと気が気ではありませんでした。
列車が動き出して小一時間でコインバトールに着きました。今日はここに宿を取ります。勿論予約なし。ロンリープラネットの略地図を頼りに大きい道を歩いてやっとこマシなビジネスホテルを見つけました。飛び込みでしたが快く泊めてくれました。去年の旅行では初日以外は宿探しに困ることがなく、そのせいで今年は痛い目に遭ってしまうのですがこれはまた別の話です。荷物を置いて(大事な物は身につけました)、夕食を食べに来た道を戻ります。定食屋のようなのを見つけて入りました。メニューはさっぱり分かりません。店員も英語が分からないらしい。というわけで店長が出てきて、適当にみつくろってもらいました。料理は思ったほど辛くはなくて美味しかったです。お米がものすごく細長かったのには驚きました。タイ米よりも細長くてパサパサ。インドが菜食主義というのは本当で、肉は全くなし。ですからカロリーを取るためにとにかく脂を使って料理をするので、我々日本人は最後には胃と腸がくたばることになります。果汁と脱脂粉乳と果糖を混ぜて作るジュースがとても甘くて美味しい。
この後ホテルに戻るとなんとパスポートが入ったナップサックがない。さっきのレストランに忘れてしまったのです。冷や汗が出ましたが、レストランに戻ると、ちゃんと保管してくれていました。これで私の中のインドの好感度は急上昇です。南インドは人が良いんですよね。
部屋は風呂場にシャワーはなく、バケツと蛇口だけありました。水(ぬるま湯です)をかぶりタオルで身体をふいてそれで終わり。でもかなりさっぱりしました。乾燥しているのですぐに乾きます。まだ風呂に毎日入るという習慣はないようです。というかあの人数がみんなして風呂に入り出したら水が足らなくなるでしょう。クーラーは、どこかに大きいクーラーがあって、そこから冷風が吹き出すという構造でした。それでもないよりマシ。昨日のチェンナイ駅とは比べられません。前日は寝ていないも同然でしたから、すぐに寝ました。
5月22日(月)
陰暦 四月廿五日
夢の中で奇抜であるが美しい衣装を着た美少女キャラが現れたので今その絵をおこしています。
遂に私も自家発電ができるようになりました。
まだ顔が決まっていないのですが、あの子は今日の夢できっと顔を見せてくれるでしょう。(昨日は後ろ姿のシルエットでした)
嗚呼なんと素晴らしき”俺キャラ”
この川を渡るともう娑婆に戻ってくることはできない悪寒が(^^;
5月23日(火)
陰暦 四月廿六日
「インド旅行記7」
インド三日目の朝。フロントで払いを済ませ駅に向かいます。ホテルの前の路地を南に下るとすぐに駅前に出ました。ぐるーっと、Uの字のルートを通って駅の近くまで来ていたのでした。そこら辺のスタンドでバナナと揚げパンを買って朝飯。
さて駅へ行って時間を確かめてみると、黒板にこんなことが書いてあります、
「今度の列車は定刻より一時間早く出発します」
って、予定より早く出るのかよ!
遅延は何度も経験しましたが、時間を繰り上げる列車は生まれてこの方初めてです。さすがは神秘の国インド。駅に確認しに行ってほんとに良かった。
目的地のコチまで4時間くらいですので、再び三等でも良かったのですが、今度はエアコン付きに乗りたいというM君の提案で、A/C carに乗車することにしました。A/C carは予約が必要です。しかしチェンナイ駅のマリオ似のおっさんの説によると、空いている席に座って検札に来た車掌と交渉すればA/C carの座席を売ってもらえるそうです。前日睡眠も取ったので、元気も回復。車内での切符購入に挑戦することにしました。
9時半くらいに列車到着。予定通り?定刻よりも早く来ました。A/C carは結構空いています。適当な席に座っていると、15分くらいで車掌が来ました。乗車券だけ見せて、「A/C carの座席を買いたい」というと、大福帳みたいな座席帳を取りだして、席を見繕ってくれました。ここがインドの鉄道の進んでいるのか遅れているのかよく分からない所で、座席予約システムが国柄の割には異様に発達しています。前日までであれば、インド国内のどの駅からでも、好きな列車の席を取ることができます。それで、前日までに埋まらなかった空き席は、どうやら主要駅であれば出発の直前まで買えるみたいです。全ての駅がネットワークでつながっているからです。なかなか進んだシステムです。そして車掌さんは座席表をコンピューターから打ち出して、それを持っています。一旦走り出したら、あとは車掌さんの裁量で座席を売ることは可能というわけです。車掌さんが端末を持っていないと言うだけで、日本とほとんど同じ販売システムです。
ただ、インドというのは宗教がうるさい国ですので、なるべく同じ宗教の人は同じ席に(切符を買う時に提出する紙に宗教その他の事項を書く欄があるくらいです)、女性と男性は別々に座らなければならない、等のしばりがあります。日本だったら空いている席に押し込むだけですが、ここら辺がインドの車掌の腕の見せ所なのでしょう。私たちも、取り敢えず座った場所とは別のコンパートメントを売ってもらいました。そこはコンパートメント全体があいていて、私たち二人だけで使うことができました。
5月25日(木)
陰暦 四月廿八日
「カードキャプターさくら」
小狼は男前ですねえ、惚れ惚れするな。
えーっと、修羅場です、失恋です。苺鈴ちゃんが泣いてます。アニメでここまではっきり書いたのはなかなかないと思います。オレンジロードはそこまで行き着く前にアニメは終わっちゃいましたし、めぞん一刻ではこづえちゃんは唐突に結婚してしまいます。どっかにないかな、と思ったらありました、「とんがり帽子のメモル」です。そうか、だからあのラストは評判が悪いのか(笑)
少女マンガでは主人公の恋が成就して、適役は失恋するのですが、女性作家が作る場合たいてい敵役にも相手を作って話をまとめてしまいます。失恋させて救いがなし、というのは男にしか描けません。
女の作家はその他大勢を躊躇なく殺したりするくせに、ライバルを失恋させたままほっておくことはできないらしい、女心は分からん(^^;話の筋でアウトオブ眼中の人物が死ぬよりも、思い入れがあるキャラが恋の道で救われないことの方が女性にとっては残酷なのだろうか。そんな感じがしますね。
何度も言いますが、物わかりのいい知世は嫌いだ!
知世ちゃんには「さくらちゃん素敵ですわー」とはしゃいでいてもらいたい。目がいってる知世ちゃんは好きなんだけれど、慈愛に満ちた眼をする知世はキモイ。あんなに物わかりのいい子供はこの世にいない。気持ち悪い、子供は子供をやらなきゃ駄目だ。きっと歳を取ってから境界性人格障害になると思う。
5月27日(日)
陰暦 五月二日
昨日は長崎出身の友人と、長崎料理店へ行ってきました。久しぶりに日本酒はうまかった。アゴ(トビウオ)の一夜干し、鯨の竜田揚げ、皿うどん。どれもおいしかったです。一番印象に残ったのは丼入りの茶碗蒸し。そのお店の名物らしい。全体的に魚市場の料理を上品にしたような風味でした。
「ふしぎ星のふたご姫GYU!」
学生時代のタンバ・リン先生がなかなか可愛らしかったです。「ドデカサイズの通信簿」ですか。ドデカなんて懐かしい響きです。タネタネ人はやはり大きい物に憧れてしまうのでしょうか。
これで担任の先生は味方になりました。
減点街道はまだつづく。この調子じゃ最後まで浮かびそうにないですな(^^;
最終話で逆転満塁ホームランでしょう。
「エウレカセブンDVD-vol11」
さくやは何だか普通の女の子でした、もうちょっともったいぶったキャラクターかと思ったら肩すかしを食らってしまいました。ありゃあ普通の女子中学生ですな(^_^)あの少し細くなったハートマークがいかにも女の子らしくて見ているこちらは心臓が痒くなりました。うん、でもその方がかえって話に奥行きが出て良いです。さくやの前でおどおどするノルブがほほえましかった。
オーディオコメンタリーで名塚さんはおっさんが好みであることが判明。なんか嬉しそうだった。
いや、まあおっさんは人畜無害だからなんだろうけど(^^;
最終回のすぐ後に収録したから浮かれてたのでしょうか。珍しくハイでしたね。
5月30日(火)
陰暦 五月四日
治療がうまくいって、現在薬を全く飲まないで精神の平常状態が維持できています。ただし頭にいかないで内臓に来るようになったようで、今日もちょっと下痢気味でした。
普段であれば、春先の元気がいい時期に囲碁に凝って、夏に鬱になるとともに打つ元気がなくなっていましたが、今年は引っ越し後から練習を始めて、やっと最近会社の人と打つ気になってきました。部屋が広くなって碁盤と碁石を置くスペースができたというのもあります。金曜日に一年ぶりに部活に顔を出そうかと思っています。
「嬰児神」【歴史】
これから先は神話の解釈ですので強く真実と主張するつもりはないです。
天忍穂耳一族は高天原から天下りして、その後は特に何もしません。神武天皇だけは人界に降りていろいろと動き回りますが、そのあともこの一族はしばらく何もしません。日本中を転々として、その土地土地の神々、あるいは豪族から、女と住居と食糧の提供を受けているだけです。これは素戔嗚尊や大国主命が苦労して田畑を広げたり外敵を倒して奮闘しているのとはだいぶ様相が異なっています。これでは天忍穂耳一族かなり厚かましい居候にしか見えません。
そもそも天忍穂耳命は真床追衾にくるまれた嬰児の姿で高天原から天下りします。これは何を意味するかというと、天忍穂耳命の神格というのは、嬰児のように一方的に世話を受け歓待されること自体にあり、彼自身にはなんの能力もなく、むしろ嬰児のように世話をさせることによって周囲に幸福を与えることにあると私は考えます。出典は思い出せないのですが、このような嬰児神、童形神というのは世界的に珍しい存在ではなかったと思います。
嬰児というのは世話を受けるだけですが、家族は心の底から喜んで世話をします。なんの見返りも求めません。嬰児がいる家庭では育てるという作業を中心に家族がまとまります。嬰児は世話を受けているだけですが、限りない幸せを家族にもたらします。まさに神からの贈り物です。
私は、皇族の根源的な役割は、この嬰児のように、ひたすら歓待されることによって社会をまとめることにあるのではないかと考えるようになりました。よくわかりませんが、とにかくひたすら歓待を受ける価値がある一族というのを社会が選び出し(あるいはどこかから来たのかもしれません)、聖なる一族を歓待することによって維持される社会というのがかつてはあったのではないか。
少し意地悪な見方をすれば、歓待する側にも功利的な理由があるのです。豪族は、皇族をもてなさなければいけないから、という理由で支配民から財物を徴収できます。地方の神や豪族は、古代における最大の財産であった娘を提供し、子供が生まれるとすぐに次の娘を提供します。これは古代豪族が母系制であったと言うよりは、聖なる一族が飽きて他の場所へ去ってしまわないように、次から次へと財産を提供している状態であろうと思います。
各地方を回って歓待を受けることで維持される王国というのは、遊牧民世界では珍しくありません。スキタイやロシアでは王は各部族を季節ごとに廻って、財産の提供を受けました。部族を巡回する王の天幕こそが政府そのものでした。ただしこっちの場合は古代日本と比べてかなり暴力的な面がありますが。
日本人がどのようにしてこのシステムを産み出したのかは想像するべくもありません。無能なるが故に社会をまとめることができる聖なる一族、これこそが皇族の出発点ではないのでしょうか。
五月三十一日(水)
陰暦 五月五日 【端午】
「南の虹のルーシー」
近くのTSUTAYAが名作劇場をそろえてくれました。ですので日本アニメのHPでデモを見て以来前から気になっていたルーシーを借りてきました。
映像やストーリーは全然覚えていないのですがどことなく見覚えがあります。ということは、カトリが名劇初体験かと思っていたけれども、ルーシーも見ていたようです。この時は4才でしたから、メロディーしか記憶に残っていなかったのでそしょう。となると「私のアンネット」も見ていたことになります。そういえばセーラー以外にもやたら意地悪で陰惨な物語があったような気がします。ただし「光の伝説」と混線しているような気もします。
お転婆でちゃっかり者のルーシーメイとおしゃまな姉のケイトの軽妙な掛け合いで話が進んでいきます。くるくると変わるルーシーメイの表情が魅力的です。ルーシーメイは動物が大好きで、三等客室で渡った植民者にもかかわらず英国からハムスターまで連れて行きます。そのほかにも、テントにカンガルーが来たり、コアラを飼おうとしたり、次々と登場するオーストラリアの動植物もこの作品の魅力みたいです。そういえば、この作品が流れた後にコアラが流行って、しばらくしてオーストラリアから日本中の動物園に贈られたような。
あのころは確か英国がECに加盟して、オーストラリアまで手が回らなくなったので、オーストラリアは白豪主義をやめて東南アジアからの植民や日本との貿易に力を入れ始めた時期でした。多分オーストラリアの宣伝の意味合いもあの作品にはあったのでしょう。
ルーシー一家は、極貧というわけではなくて、一応本国では土地持ちの百姓であったようです。けれども、7人の大家族、このまま英国にいてもうだつは上がらぬということで、土地を引き払って新天地を求めたという筋書きです。三ヶ月の船旅の末、南オーストリアに到着。植民者はまず砂浜にテントを張って雨露をしのぎます。なかなかよく調べています。ついつい最初から屋根のある家があったかのような錯覚を抱いてしまいますが、植民地の出だしはこんなもの。一番大きい都市がアデレードで、それでも人口が300人。都市ではなくて村ですよね。あとは推して知るべし。
カトリとスタッフが重なっているそうです。原作はかなり暗いのでだいぶ手を入れたとカトリの監督が語っていました。早くもルーシー(松井みのりさん)の明るさとケイト(吉田理保子さん)のつっこみ、それとしっとりとした美人な姉のクララ(声は玉川沙己子さんでデビュー作なのではないかと思います)の魅力にはまりつつあります。
6月4日(日)
陰暦 五月九日
「ローゼンメイデン」
引っ越して貸しビデオ屋が近くなったので、またビデオ屋通いを始めました。
ローゼンメイデンを見るよう知り合いから薦められていたので借りてみました。一巻はなかったので二巻から。
・・・
ディープなアニメですね(^^;
引き籠もりを救い出す話ですか。心理学を勉強していたら出てくる話が続々出てきて、作った人はかなり心理学に精通しているのが分かります。余りにもよくできていて、こっちも心の底からいろいろな物が吹き出しそうでぞくぞくしてしまいます。
沢城さんうまいなあ、この人は天才だと思います。真田さんの男の子もいいんですよね。この二人はもっと世に出て欲しいとずっと思っています。オタクの間だけで愛玩するにはもったいない人材です。
音楽は光宗信吉、「りりかSOS」と同じです。確かに似ています。
6月8日(火)
陰暦 五月十一日 【芒種】
水道の使用開始届を出し忘れていたら、「再来週止めるぞ!」という通知が来ました(笑)
電気ガス電話は何度も口座振替の用紙が送られて来るというのに、さすが役所、態度がでかい。
しかも17時で閉店、土日は休みときたもんだ、自慢じゃないが俺は携帯持ってないから平日の昼間に電話なんかできないもんね。ここは断固!実家の母に頼んで電話してとりなしてもらうことにしました。水道止められたら困るからね(^^;
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