錦林多摩記
2009年11月




11月1日(日)
陰暦 九月十五日

 COMIC CITY 4 に参加しました。お陰様で三冊売れました。とっても嬉しいです。ありがとうございました。

 ブースをチラチラ見てくれる人はいたんだけれど、なかなか手にとってもらえなかったです。オリジナルはなかなか難しいのかな。COMITIAの場合はオリジナルオンリーだからそのつもりでみんな手に取ってくれるけれど、今回はオールジャンルなので、元ネタが分からない作品は敬遠されがちな感じがしました。

 でも買ってくれた人はいたし、興味は持ってもらえたみたいなので、めげずに次回以降も参加しようと思います。今日は皆様ありがとうございました。



11月2日(月)
陰暦 九月十六日

 ブログの方が急に一日900アクセスになったからびびった。hatenaからリンクされていたのが理由。以前も一度そういうことがあった。三日もすれば沈静化するんですが。多少間違いが多くても刺激的な内容にした方が人目を引くのかなあ。だからテレビは間違いだらけの報道をするのだろうか?いや違うって?(笑)

 販売会用に、緑色か褐色でで古代チックなデザインのテーブルクロスが欲しい。アラベスクのようなデザインになった。ペルシャ絨毯のような。どこかに売ってないかなあ。



11月3日(火) 【文化の日】
陰暦 九月十七日 【望】【明治神宮例祭】

 うちの会社は国民の休日に休みにならないので今日もお仕事でした。でも年休を申請すればほぼ100%取りたい日に取れますけれどね。今の時代その方が仕事に変な波ができないからいいように思います。

 夕方になって煙草をふかしにいった上司がえらく興奮して戻ってきて月がきれいだから見てみろというので、喫煙所へ行ったところ月が冴え渡りとても美しかったです。あんなに影がハッキリと見えるお月様を見たのは久しぶりでした。

 職場の新体制のスタートを記念して小宴会を開くことになり、その幹事となりました。みんなの希望を入れてエスニック風味のお店にしたいということになり、多数決を取ったところトルコ・ベトナム・タイに割れて結局ベトナムとタイは近いからということでインドシナ連合が勝ってタイ料理に決まりました。まあタイ料理屋へ行けば生春巻きも出てきますしね。トルコ料理はまた今度ということになりました。

 私はトルコ料理にしたかったのですが、幹事でしたので大人しくしていました。ベリーダンスが見られると言ったら、男ではなくて女の方が食い付いてきました。これまでの経験から言うと、ただ単に露出が高いお姉ちゃんがいるお店へ行こうとしたら女性は嫌がりますけれど、踊りとか歌とか芸ができる女性が売りのお店はむしろ興味を示す傾向があるみたいです。この辺の心理が、私は男なのでなかなか分かりませんが、女にとっては雲泥の差があるのでしょうね。



11月4日(水)
陰暦 九月十八日

 日本のアニメは死にました。アニメに限らずテレビもラジオも新聞もおよそマスメディアは事業として死んでいます。

 TBSが四半期ベースで初めて赤字に転落しました。TBSが赤字転落、広告収入の不振で…中間決算(讀賣新聞)。

 テレビ東京は連結決算で6,300万円の赤字です。テレビ東京IR決算情報。平成21年度通年での予想は3億円の黒字で、これはほとんど儲けがないのと一緒。国内経済の悪化は深刻です。今年の春先には、2010年初頭には経済が上向くとされていましたが、この予想は露と消えました。したがって実際の業績は赤字になるでしょう。ちなみにテレビ東京は去年の第二四半期に一度赤字に転落しています。

 一番収入の落ち込みがひどいのが事業の柱である放送事業ですから悲惨です。広告収入がどのテレビ局も15〜18%も落ちています。テレビコマーシャルの宣伝効果はほとんどないと言うことが数年前に明らかになったため、企業はテレビCMを削っています。花王ショック(はてなブックマーク)。

 広告が集まらないから制作費を削る、番組がつまらなくなって視聴者が離れる、ますます広告効果が薄れる。という負のスパイラルにマスメディアは陥っています。ここから立ち直るには、テレビ局や新聞社の数が半分、もしくは放送時間や発行部数が半分くらいになるまで業界全体の規模が縮小しないと無理でしょう。

 広告収入に見合った規模まで、テレビ局や新聞社の規模が縮小しない限り、番組や紙面の制作には十分な金は流れません。現状では広告収入はテレビ局の正社員の高収入を守るために流れているからです。

 メディア関係者が"萌え"という単語を使用するとき、その意味するところは、市場調査で導き出された消費者を刺激する要素を盛り込んでパーツを組み立てるように作品を作る手法を意味しています。萌えとはいわばメディア産業におけるマーケティングであり、製造業ではもう何十年も前から行われている企画のやり方です(米国の映画産業はかなり前からやっています)。

 つまりメディア産業が言うところの"萌え"とは物語のテーマや脚本の内容や役者の能力よりも、設定で稼ぐ商売のことを指します。市場調査で必要とされた要素(猫耳、仮面の男、王子様、脇役にネームバリューの高い声優、主役に初々しい新人・・・などのいわゆる「お約束」)さえ盛り込めば、残りの部分は可能な限り費用をかけないで作るのが賢い仕事とされます。

 実力派のスタッフと声優を集め、脚本も背景もモブキャラのデザインに至るまで手を抜かない作品は、コストばかり喰って収益率が低いとして排除される運命にあります。

 しかし製造業でもそうだったのですが、このようなお客様をただの刺激受容マシーンとして軽視する企画はいずれ飽きられる運命にあります。作る側の魂が込められていない作品は、生活用品だろうが重機械だろうがアニメだろうが最終的には市場から淘汰されます。

 メディアの冬の時代は長く続きます。冬が明けたとしても、産業全体の規模は今とは比べものにならないほどに縮小していることでしょう。だからどう、ということではないのですが、これは厳然たる事実に基づく推測です。私はアニメーターと声優をプロとして尊敬しています。それだけに、彼等(彼女ら)が企業の近視眼的な経営に振り回されるのを見るのは忍びないです。願わくば彼等(彼女ら)に幸いのおとづれんことを。



11月5日(木)
陰暦 九月十九日

 例の会社の飲み会でから〜いから〜いタイ料理をたらふく食べてきました。ナムプラーのグルタミン酸と唐辛子のカプサイシンの大量摂取で軽いトリップ状態です。ヽ(゜∀゜)ノアヒャ 唐辛子と味の素には酩酊作用があると思う。辛い食べ物は大好きですが、私はいくら辛い料理を食べても平気の平左というタイプではなく、辛い料理を食べると汗はダラダラ滝のように流れ、気分は朦朧としてくるのですが、それがたまらないというタイプです。

 デザートに出てきた揚げバナナとバニラアイスが甘くて美味しかったです。今度自分でも作ってみようと思いました。

 土日は袋田の方へ友達と旅行へ行ってきます。

 「出雲國譲りの真相」第四話の制作に入りました。今度は一味違いますよ。三ヶ月ぶりくらいに漫画を描きました。腕は鈍っていませんでした。第一部の完結編です。しっかりと仕上げていきたいです。



 在京テレビ局の業績推移。まあなんというかひどいもんです。今年はフジテレビがかろうじて黒字になるかそうかといったところでしょう。そりゃアニメが死ぬわけです。アニメやドラマ単体ではまだ儲けを出す力があるコンテンツは日本には十分にあるのですが、放映権とか商品化権を握っている企業(テレビ局、広告代理店)が大企業病にかかっているので、彼等が一掃されない限りメディアの健全化はあり得ないでしょう。アッコにお任せの芸人の出演料が一日五千円ですか、工事現場で働いた方が実入りが良いではないか・・・芸能人を夢という言葉で騙すのはもういい加減にしてほしい。せめて一つ一つの仕事に対しては、人間らしい給与を支払うべきだ。



11月6日(金)
陰暦 九月二十日

「ナーガルジュナへの手紙」

 この一年くらい夢の話とか占いとかを日記に書くことが多くなったのですが、もともと心理学や占いは好きで大学の時も岸田秀先生の「ものぐさ精神分析」を読んだり、教職用の心理学講義を受けたりしていました(教員免許は途中で挫折しました)。

 お宮参りをしたり、自分で易の卦を立ててみたりしていると「あるいは?」と思うような現象に立ち会うことも稀にはあるものの、宗教家や占い師にでもならない限り、超常現象とかユングの深層無意識といった概念を持ち出すことなしに自然は説明ができると私は思っています。

 否定はしません。また、自然科学(一応理学修士です)はこの手のエーテルのような「あると仮定してもしなくても、現実の事象を説明する上で支障がない」存在を解明するようにはできていません。

 道具として不適なのです。自然科学が地上を走る鹿や空を飛ぶ鳥を射落とすための弓矢であるとすれば、宗教や占いは海の魚介を捕まえるための釣り竿や漁網のようなものであり、弓矢では魚は捕れませんし、漁網で鹿を捕まえようとしても大変です。

 心理学は微妙で、これは素手で動物を捕まえたり、素潜りで魚を捕らえるのにたとえられるかもしれません。陸にも海にも適用できるけれど、自分の手で触れられる範囲の獲物しか捕まえることはできません。速さと精確さでは弓矢にかないません。漁網のように深いところにいる魚を一網打尽に捕まえることもできません。

 宗教はどこまでいっても自然科学のように精確に自然現象を叙述することはできません。自然科学もどこまでいっても、生命の神秘を解き明かすことはできないでしょう。心理学はついに両方を極めることはできないまま終わるでしょう。お互い守備範囲が違うのです。

 不思議な現象の話はここまでで次に最近得た知見について説明をしようと思います。

 これまで私は「意識」というハッキリとした記憶の集合があると思っていました。意識が大脳にある言語野に命令して言葉を発したり、運動野に命令をして歩いたりするのだと思っていました。

 しかし意識をそのような「意味を持った記憶の集合体」とみなすと、どうも夢や無意識や多重人格や野生児(動物に育てられた人間)の問題を理解できなくなります。動物と機能的に断絶があるわけでもない人間の脳にだけそのような意味の体系ができるでしょうか?

 そこではたと気がついたのです。意識とは言語を司る部分と一次的に接触している記憶ではないかと。

 言葉によって引き出すことができる記憶こそが意識なのではないか。

 人間は言語でコミュニケーションをとります。すると、コミュニケーションで頻繁に使う記憶と、滅多に使わない記憶に分離していきます。コミュニケーションで頻繁に使う記憶は、当然社会性を持った記憶です。

 通常意識が社会性を持っているのは、言葉を社会的生活を営む上で使うことがふつうだからでしょう。社会生活を営む上で害のある記憶は、子供であれば行動や言葉で表出したときに叱られたりすることで、言葉との接触を失い(子供の場合言葉でなくて行動で覚えている記憶が多い)、大人になれば自分から自発的に言語との接触を避けるようになるのでしょう。

 逆に言うと反社会的な記憶を言語化できる"場"を得ることができた人は反社会的な意識を持つことができるようになるでしょう。

 夢の機能というのは、脳が記憶を整理して、言葉化するかしないかの仕分け作業をしているのだと思います。

 ここで多少説明が自家撞着に陥っています。記憶を整理する主体としての記憶の集合があることを認めているからです。

 ここで多少修正が必要です。脳の中には多数の記憶の集合があるけれども、言語を司る部分と一次的に結合している記憶の集合が意識なのだと。そして接触を失ったのが無意識なのだと。だから意識というのも、訓練を繰り返すことによって人間が複雑な作業や運動ができるようになるのと一緒の現象で、一種の言語を扱う技術なのだと思います。

 ただ、記憶の集合といっても意味があるわけではなくて、言語を司る部分と頻繁に接触すると言うことで、作られた雑多な記憶の集まりなのだと思います。従って意識に意味としての統合は不可欠とは言えません。立場によって言語化される記憶に差がある人は時と場合によって人格が違うように見えるでしょうがこれは別に脳がおかしいわけでも何でもなく、脳が器用だと言うだけなのでしょう。

 葛藤というのはこの二つの記憶が分かちがたく癒着している状態を表しているのだと思います。完全に分離していれば多重人格となります。

 「意識」というのは「言語を扱う技術」の体系なのです。おそらく碁を打つ技術や体操をする技術と仕組みの上では変わらないと思います。

 そして意識が言語化できる記憶の総体であるということは、意識は嘘をついて当然となります。記憶を完全に言語化はできないからです。記憶の中で頻繁に引き出される部分が意識ですので、その周りに意識を否定するような記憶が隠れていたとしても、言語と接触することがなければ意識には上ってきません。

 主体的な意識という実在はないと思います。あるのは言語を扱う技術の体系です。

 そうなるとすぐ虚無主義が現れて技術の体系なら消滅させても問題はなかろう。と持っていきたがる人がいるわけですが、言語がない動物や魚や植物も生きています。生命と言語は関係はありません。「生命」と「言語と癒着した記憶の体系に過ぎない意識」をゴッチャにしているから、虚無主義に陥るのではないでしょうか。

 言語がなくても生命はなくなりません。逆に言うと言語がない人にも生命はあります。言語的な意味合いで無価値に見える人にも生命はあります。権力とか知能というのは言語です。総理大臣もノーベル賞の学者も白痴も植物人間もこれは言語化ができる記憶に差があるというだけで生命の価値には全く差はありません。言語自体に生命的な価値がないわけですので、言語価値が低いから殺して構わないと言うことにはなりません。



11月8日(月)
陰暦 九月二十三日

 茨城県の大子町に旅行へ行ってきました。袋田の滝と温泉がとても良かったです。

 しばらくドタバタしそうですので日記を短縮バージョンにします。ご了承下さい。COMITIA 90 には予定通り参加できると思います。



11月10日(火)
陰暦 九月二十四日 【下弦】

 土曜日に茨城県の瓜連と大子の方へ旅行へ行ってきました。この日は立冬だったのですが、ポカポカと暖かく、ジャンパーを羽織ると軽く汗ばむほどでした。今年は夏がそれほど暑くなかったのに、秋はいつまでたっても暖かいですね。

 水郡線の静駅(しずえき、茨城県のど田舎にしてはえらく清楚な名前です)で降りて水郡線の撮影をしました。


キハ130系、JR東日本の最新鋭ディーゼル列車


駅から真っ直ぐ延びる道。そのどん詰まりに神社が。

 こういうのは匂います。道幅が一間(約1.8m)で、古い家が両側に並んでいますので古い道だと言うことが分かります。列車の時間が近づいていたので、全速力で走ってお参りしてきました。


 道の先にあったのは瀧神社、創建千二百年!!これはすごい。佐竹氏よりも古いではないか。

 でも由緒書きもなく、家に帰ってから検索をしても何の情報も得られませんでした。完全なふつうの村の鎮守なのに創建千二百年とは。さすが常陸國、歴史があります。

 明日は袋田の瀧と生瀬の瀧の写真をお見せします。



11月11日(水)
陰暦 九月二十五日

 袋田の瀧です。





 瀧の正面から見ることができます。紅葉とよく合っていました。

 瀧の南側に登り口があって、上まで行くことができます。奧には生瀬の瀧という小さな瀧があります。


袋田の瀧の豪快さとは対照的に、静謐な雰囲気が漂っていました。

 袋田の瀧が落差百二十メートルですので、それだけ階段を上ったことになり、かなり疲れました。最初は「こんなところに見事な瀧があるなんて本当?」といぶかしがっていた京都と東京から来た友達も袋田の瀧と生瀬の瀧には喜んでくれました。

 この後、大子温泉の本田屋旅館へ行き、温泉と料理を堪能しました。

紅葉の岩肌(写真が大きいのでリンクにしておきます)



11月12日(木)
陰暦 九月二十六日

 あー女日照りだー、純愛も限界だー、彼女がほしいぞー、女といちゃいちゃしたいぞー!えっちで何が悪いんだーぐぉー

 疲れているせいか、かなりきていますね(^^;

 週末は用事があるので出掛けます。COMITIAには出先から直接向かいます。



11月15日(日)
陰暦 九月二十九日

 COMITIA 90 に参加しました。

 お陰様で四冊売れました。ありがとうございました!

 ただいま当方立て込んでおりまして、お礼を十分に伝えることや販売会の報告はできませんが、とても嬉しかったです。これからもサークル桜小径および錦林亭をごひいきによろしくお願いします。



11月16日(月)
陰暦 九月三十日

 今日はちょっと良いことがありました。このまま何事もなく物事が進んでくれればいいのですが。


 易経の爻辞の言語学的な分析を進めています(ちょっと良いこととは関係がありません、ここからは別のお話)。白川静先生が甲骨文と金文の分析に使った手法で、難しいことはなく、爻辞ごとにカードにして似たような文体を同じ封筒に収めていくという作業の繰り返しです。

 これまでに10個くらいの卦について作業を終えたのですが、どうやら文体が四つくらいに分類されることが見えてきました。

 おそらく(1)と(2)が古く、別々の文化が成立に関わっているのだと思います。(1)が周の文化圏の人物による著述で、(2)が東夷の文化圏の人物による著述ではないかと私は推測しています。

 (3)はおそらく(1)と(2)を収集して、宗教の教典として整理した人物による書きくわえであり、孔子本人もしくは初期の儒教教団による著述と推測されます。

 (4)は易経を最終的に現在のような形(六十四卦、各卦に六つの爻辞)にまとめた人物による書きくわえであり、戦国時代でしょう。象辞もこの人物による書きくわえである可能性があります。私は荀子あるいは斉の学派ではないかと推測しています。

 易経を白文で読んでいると、どう見ても他の卦の解説が紛れ込んだとしか思えない錯簡があります。(3)や(4)の著者が駅の開設を整理したときには既に易の原典はかなり混乱した状態にあったのでしょう。竹簡の紐が切れてバラバラに保管されていたのかもしれません。(1)と(2)がない卦もありますので、失われた内容も多かったことが窺われます。あるいは最初は六十四卦ではなかったのかもしれません。これも文体の分布から明らかになると思います。

 同時に吉凶悔咎などの評価の分析も進めています。これにもどうやら体系がありそうです。易経の成立を分析する補助になりそうです。



11月17日(火)
陰暦 十月朔日

 急に寒くなりましたね、お昼と夕方では十五度くらい差がありそうです。皆さんも風邪をひかないようにご自愛下さい。

 どうやら順調に着地ができそうです。落ち着いたらご報告します。

 COMITIA 90 で杏仁紅茶というサークルが出している支那の後宮をイメージしたイラスト集を買いました。他の同人の絵がきれいだなと思ったのはこれが初めてでした。女性の画家が描く、可愛くて、装飾的で、ちょっぴりエッチな絵が好きです。男性画家が描く胸や性器を誇張しすぎた絵はちょっと苦手です。



11月18日(水)
陰暦 十月二日

 昨日は寒かったのでアンカをつけました。

 易や西周の歴史を調べていて思うのですが、周はよっぽど商の呪力を恐れていたのだと思います。帝辛(紂王)を倒した後もいつ反乱が起きるか気が気ではなかったのでしょう。帝辛についてはあまり気にしていないのですが、帝辛の父の帝乙に対してはえらく気にしている感じがします。

 文王と武王は帝乙に何か恩義があったのかもしれません。あるいは宮城谷昌光先生が推測しているように文王か武王の母親が帝乙の娘か妹であったのかもしれません。どうも周は帝乙を祖霊の一つとして畏怖しているような形跡があります。

 雷沢帰妹という卦があります。押しかけ女房のことを表す卦とされていますが、私の推測ではこれはおそらく帝乙とその息子たちを説明した卦です。帝乙とその正妻の間には三人の息子がいました。長子が微子啓、次男が微仲衍、三男が帝辛(紂王)です。

 なぜ三男が王位についたのか、従来は三兄弟の母親が初め正妻ではなく、正妻に引き上げられてから生まれたのが帝辛であるからという説明がなされていましたが、これは周の文化である長子相続を商に当てはめた事による誤りではないかと思います。

 商は兄弟の間で持ち回りで王位を継いだ形跡があり、儒教の影響を受けた後世の支那よりもむしろ古代日本の天皇家の皇位継承に近いところがあります。古代の天皇家では、応神王朝の頃まで末子相続が行われていた形跡があります。おそらく商にも末子相続があったのでしょう。

 雷沢帰妹を読んでいると、帝乙が妹に帰る。その時に「女弟(てい:同母の弟)」を連れて行く、須(ひげづら)を連れて行く、とあります。帝乙は妹では腰を落ち着けてしまってなかなか別の土地へ行こうとしない。という記述があります。この場合の「妹」は女兄弟ではなくて、地名とみなすべきでしょう。

 即ち妹は帝乙の長子微子啓の食邑であったのだと思います。そして「女弟」は帝辛であり、「須」は微仲衍だと思います。商は王の妻の勢力が強く、妻どい婚だったと推測されますので、となると王位を継ぐ末子は母親の実家の本拠地で大事に育てられると言うことになります。長子は父の本拠地を受け継ぎます。つまり妹は元々帝乙が生まれ育った場所であり、帝乙が商王になってからは、王位は継げない長子の微子啓に譲られたのではないでしょうか。

 雷沢帰妹の第五爻には「帝乙妹に帰る、それ君の袂なり、その『女弟』の袂の良きにしかず」とあります。これの意味は「帝乙が妹(地名)に帰る。その土地は帝乙が慣れ親しんだ本拠地である、(微子啓の)同母弟の帝辛の食邑(即ち滅亡時の商の都)の立派さにはかなわないけれど(どうか帝乙様慣れ親しんだ妹の土地で穏やかにお眠り下さい)」であり、商を滅ぼして帝乙が怨霊化することを恐れた周が、帝乙の鎮魂のために編み出した祝言だと思います。

 「帝乙帰妹」の文は「地天泰」の第五爻にも入っています。古事記に易経の概念が組み込まれていると主張する「古事記の暗号」には、「大和朝廷は大地の神様である大国主命を高層建築の宮(古代の出雲大社)に祀ることによって地を天の上に置く『地天泰』を表現して、万物の生成(地天泰は万物が生み出される状態を表すとてもめでたい卦)を期待したのではないか」という推測がありました。

 私の推測では「帝乙帰妹」とは滅ぼされた商王朝の怨霊を慰めるために周が編み出した祝言であり、これが出雲大社を表す地天泰の爻辞の中にも出てくるというのは非常に興味深いことです。古代の日本には儒教の影響を受ける前の古代支那の知識が何らかの形で伝わっていたのかもしれません。



11月19日(木)
陰暦 十月三日

 今週末も用事で出掛けます。ここ数日ほど急激に寒くなりました。皆様も風邪をひかないようにして下さい。

 私事ですが・・・日記だから私事でもいいのか・・・明日は誕生日です(^^;>


表紙を変更したのでこっちに持ってきます。

 漫画「出雲國譲りの真相」第一部の主役、ヒトマロとナルメです。ヒトマロは漫画オリジナルで、ナルメは小説では初期に少しだけ登場します。漫画版も第二部はタカヒコを主役にして縦横無尽に活躍させる予定なのですが、小説の導入部は舞台が九州・大和・出雲・播磨と転々とするため、このままでは歴史の知識がない人にはちんぷんかんぷんになってしまうのではないかと思い、物語をつなげる狂言回しとして二人を作りました。

 ナルメのデザインは早くに決まったのですが、ヒトマロの方は時間がかかりました。当初は十六歳くらいを想定していたのですが、作者のdragon_suplexさんから「子供らしいデザインを」という要請がありましたので、十二歳くらいの少年にしました。それに合わせてナルメも当初の設定の十四歳から同じく十二歳くらいに下げました。

 個人的にはこの二人のデザインは好きです。70〜80年代の少年漫画を彩る少年少女たちの雰囲気を出せるように作りました。この二人は私の可愛い子供みたいな存在で、とても愛おしく、絵も描いていて楽しいです。この二人は私の漫画には今後も登場し続けるような気がしています。この二人はいわば私の理想みたいな感じです。

 後になってから気がついたのですが、ヒトマロとナルメの性格やデザインは「太陽の子エステバン」の影響を受けているかもしれません。ヒトマロがエステバンで、ナルメがシア。カラがタオに当たるかと思います。あのアニメも大好きでした。アニメを見直したのは、漫画「出雲國譲りの真相」を書くようになった後なのですが、頭の片隅に記憶が残っていたのでしょう。ああいうハラハラドキドキさせてくれる冒険活劇になるように頑張っていきたいです。



11月22日(日)
陰暦 十月六日 【小雪】【豊川稲荷秋季例大祭】

 どうやら最大の山は越えたようですが、あと一つだけ関門があります。もう少しです。

 昨日の「日立不思議発見」は巻向遺跡と卑弥呼がテーマでした。良くできていたと思います。皆既日蝕が続けて起きたことは知っていましたが、初めが日没と同時の日蝕で、翌年が日の出と同時の日蝕というのは知りませんでした。古代の人はかなり驚いたことだろうと思います。

 あの番組では触れていませんでしたが、皆既日蝕の状態で日没になると、夕方なしで、日没と同時に漆黒の闇に包まれますので、かなり恐かっただろうと思います。また皆既日蝕の状態で日の出となる場合は、一度朝焼けになったのが再び暗くなって夜に戻り(地平線の下で日蝕が既に始まっているから)、その状態で黒い太陽が昇ってくることになりますので、これもまたかなり劇的であったろうと思います。

 太陽は、どこの古代文明でも信仰されていたのですが(エジプトが有名、古代支那の商〔殷〕王朝も太陽崇拝、ケルト人も太陽崇拝)儒教やキリスト教といった新しい宗教が広まるにつれて太陽崇拝は力を失っていきました。それなのに主要な文明では日本にだけ現代まで太陽崇拝(皇室を中心とする神道、神道を意識していなくても朝日に手を合わす人は今でも多い)が残ったのはこの時の劇的な経験が影響しているかもしれないと番組を見ていて思いました。

 神仏混淆の中世の国家宗教である真言密教と天台密は、大日如来(やはり太陽神)と天照皇大神を一帯とみなす信仰ですので、太陽崇拝です。

 卑弥呼と大和朝廷の関係についてはまだ不明な点が多いです。卑弥呼、台与と女王を崇拝していた三世紀の倭人が、四世紀以降はなぜ男の王が基本になったのか。また、大和に本拠地を置いていた皇室がなぜ日向(宮崎県南部と鹿児島県東北部)を自分の発祥の地と主張してきたのか。卑弥呼の変形であると考えられる天照皇大神(あまてらすおおみかみ)はどうして大和ではなくて伊勢に祀られているのか。しかも伊勢神宮公式の神話では、大和を追い出された太陽神の巫女である倭姫命が近畿地方南部を放浪した末に伊勢にたどり着いたことになっており、一時的な太陽崇拝と巫女崇拝の断絶が窺われまる。・・・などなどといろいろな疑問が残っていて、おそらく卑弥呼の政権と現在の天皇家は直接にはつながっていない可能性が強いのではないかと私は考えています。

 神武東征神話にあるように日向から大和を征服したのか、崇神天皇や継体天皇の即位の経緯から推測されるように入り婿の形で大和に入ったか、あるいは神功皇后の三韓征伐の神話から推測されるように外国からやって来た可能性も否定できません。邪馬台国もおそらく全国統一政権ではなかったと考えられますし、まだまだ古代のロマンはつきることがありません。



11月23日(月)
陰暦 十月七日 【笠間稲荷献穀献繭祭】

 週末ごとに行ったり来たりしていますので疲れが出たのか風邪をひいてしまいました。軽そうなので今日一日寝て治します。

 いよいよ新聞社で正社員のリストラが始まった。とうとう早期退職者の募集開始! "高給取り"朝日新聞が失墜してゆく、ほどなくしてテレビ局に及ぶだろう。

 欧州では自然保護運動に変調が起き始めている。経済の低迷と日米との技術競争についていけなくなったため、欧州の大企業が自然保護のための諸政策の緩和を欧州連合に訴え始めた。それにともない、二酸化炭素悪玉説がインチキであることや、クリーンエネルギーと称される風力発電や燃料電池技術の問題点が報道されるようになってきた。

 おそらくこれからの数年間で、二酸化炭素悪玉説に根拠をおいた環境保護運動は消滅する。それにともない、マスコミは政府や非営利団体からの環境保護促進を名目にした広告収入を大幅に減らし、最終的に破綻する。

 テレビを発表媒体としたアニメーションやドラマは一時的にどん底に落ちると思う。映画と雑誌しか生き残れれないだろう。雑誌で連載する職業漫画家も、二三の売れっ子を残して漫画だけでは食えないところまで落ち込むだろう。おそらく脚本・人物・背景などを分担するチーム制の漫画作成システムが維持できなくなる。

 マスメディアの支配が緩むので、現在のように画一的な絵柄やストーリー展開をみんなで追いかける時代が終わるだろう。そう、同人誌の時代が来る。職業作家の未来は暗いが、我々同人の未来は明るい。同じような絵を描くのはやめよう、誰も君の絵を笑ったりはしない。同人なのだから自分の好きな絵やストーリーを描こう。どうせ職業作家だってたいして良い生活をしているわけではないのだ。折角先人たちが培った漫画という財産を今の作家は食い潰してしまった。こんな連中に漫画やアニメを任せてはおけない。我々は勝つ。



11月24日(火)
陰暦 十月八日

 昨日は自分の心の中で何かが弾けました。なんか心の底から、今の自分を生きているのが楽しいなと思えました。なんで急にそのような心境になれたのかは自分でもよく分からないのですが。発表媒体とか名声へのこだわりがなくなったのが良かったような。

 一番になれた喜びではなくて、自分にしかない物を持てた強みといったらいいでしょうか。歴史にしても、今私が到達した境地はきっと文科系の学部へ進んでいたらきっと細分化された学問に反撥して飛び出していたでしょうし、漫画にしても美大に進んでいたら(高校の時に一時期悩みました)やはりたどり着けなかったでしょう。あの時の私は自分の絵に悩んでいました、技術だけ伸びても満足はできなかったでしょう。

 回り道だけれど、いろいろなことを経験したからこそ今の自分の学問があり絵があるのであり、これからも現在の生活の延長上に自分の満足できる人生がある、この路に一生をかけても悔いがない、それが見えたような気がしました。

 要するに文学部と美大へのコンプレックスが解消されたと言うことなのだと思います。でも三日もたてば気持ちが変わるかもしれませんけれどね(^^;

 年収云々は失礼でしたね。あれは余計でした。不快に思った方がいましたらお詫びいたします。




 カラ、鬼道(古代の魔法のようなもの)をヨサミ老人に教わっている少年。ヒトマロの親友。冷静でヒトマロ一行の参謀的役回り。邪馬台国の官吏の息子で、親は鬼道を習うことを快く思っていない。生真面目で多少堅苦しいところがある。双子の妹がいる。

 カラも非常に好きなキャラクターです。なぜなら自分の分身だから(双子の妹はいませんが(笑))。正岡さんが「男性の作家は自分の分身を主人公の親友にする」という説を提唱されていましたが、漫画を描き始めてなるほどなと思いました。自分が主役になるよりも、主役の脇についていく人物(ドラゴンボールのクリリンのような)になりきって物語を紡ぐ方が気分が楽なんですね。

 漫画を詳しく読んでくだされば分かりますが、カラには結構ちゃっかりとしたところがありまして、そこを含めて私の分身なんです。




11月25日(水)
陰暦 十月九日 【上弦】

 今日は良いことがありました。でもちょっと悪いこともありました。全体としては少しづつ良い方向へ進んでいます。来月になればご報告ができると思います。



11月26日【木】
陰暦 十月十日 【出雲大社神迎え祭】【亥の子餅】

 仕事で部長の前で発表がありましたが無事終わりました。でもかなり疲れた。

 まだ完全には安心できません。でもあと少しです。



11月27日(金)
陰暦 十月十一日

 会社のパソコンがウイルスに感染した・・・_| ̄|○
 パソコンがボッシュートされてしまった。まあなんとかなりそうではありますが。
 休んでいる人のパソコンを借りて作業をしましたけれど、やっぱじぶんのじゃないと使い勝手が悪いです。

 この週末は自宅でのんびりできそうです。この一ヶ月間いろいろと大変でしたので少しゆっくりとしようと思います。でもまあ、大変だったけれど無駄にはならなそうです。身体というのは丈夫そうに見えていても、無理をすると何時の日かがたが来ますので皆さん、日頃から節制をして、休息はこまめに取るようにしましょう。

 もうちょっと色っぽい絵を描きたいので、少し人物の書き方を修正中。第四巻は、パッと手にとって買ってもらえるようになりたい。絵で買わせるような画家になりたいです。



11月28日(土)
陰暦 十月十二日

 「よつばと!」の第九巻がやっと出ました。即購入。一年ぶりだよなあ、確か第八巻の折り込みチラシも日めくりカレンダーだったから。もしかして年末に出した方がカレンダーの売り上げが良いとか考えてる?

 よつばちゃんがちょっと成長してテディベアを可愛がったり、言葉遣いが丁寧になったりと少し女の子らしくなっています。綾瀬姉妹の影響でしょうか。やんだは酒が飲めないことが判明。

 画風が変わっていました。パソコンで線を書くのはやめてペンに戻したようです。線も太くなっていました。それとアップの絵が増えて、背景のかき込みが緻密になっていました(これは第八巻の後半から続いている変化)。アシスタントが入れ替わったのかもしれません。

 生まれて初めて占い師に見てもらいました。なかなか面白かったです。四柱推命と手相を題材にはしていましたが、基本的にカウンセリングと同じで、占いを手掛かりにしてこっちが食いついた話題を広げて、こちらの性格を類推してアドバイスを与えるというやり方でした。

 でも返ってその方が信用できるような気がします。生年月日とか手相だけで何でも決めつけるような人は信用できません。それだけで分かるはずがないですからね。でもたまにハッとする指摘もあったりしました。いいお話が聞けて楽しかったです。

 「ズバズバ言うよ」と初めに念を押されましたが、あれくらいなら普段に家族としている会話と同じです。みんなあれくらいで傷ついちゃうのかなあ。最近になって分かってきたけれど、どうもうちの一族は父方も母方もかなりお互い言いたい放題包み隠さず話してしまう家系のようで、うちと同じ調子でしゃべっているとみんな驚くようです。「もうちょっとオブラートに包んで話した方が良い、特に女の子を相手にするときは」だそうです。なるほどそうかもしれませんね。

 自分でも思いますが性格が激しいんですよね。それがわかっているので、なるべく大人しくするように心掛けているのですが、これと決めると激しさが表に出てしまう。「趣味の世界を広げると交流が広がって人間に幅ができるから、激しさが和らげられるよ」とも言われました。これは嬉しいアドバイスだったので大事にしたいなと思いました。

 あんまり依存してしまうのはまずいのでしょうが、たまにアドバイスを聞くくらいなら占いも悪くはないかも、そう思いました。



11月29日(日)
陰暦 十月十三日

 出雲國譲りの真相のページを作りました。これから充実させていきますので、楽しみにしていて下さい。

 友達がその友達から余ったコナミスポーツクラブの株主優待券をもらったので、一緒に荻窪のスポーツクラブまで泳ぎに行きました。暖かくて、お風呂も付いていて快適でしたがビルの中のプールですので狭かったです、泳ぎまくるのはやはり300円の市民プールの方がいいなと思いました。

 そのあとに西荻窪のタイ料理屋へ行って晩飯を食べました。わけあって断酒中なので、唐辛子一杯のタイ料理でエネルギーを発散してきました。

 今年も残すところあと一ヶ月か。まあいろいろありましたが全体としては二勝一敗ですね。仕事と趣味で二勝、恋愛で一敗。囲碁で表現すれば二勝は一目勝ちか半目勝ちかと言ったところで僅差。恋愛は惨憺たるもので中押しで負け(ボクシングで言うところのKOです)。

 恋愛だけは高校時代からさっぱりと成果が出ないのですが、仕事と趣味に関してはどんどんと楽しくなってきました。味わいが深くなっているように思います。華やかな大成功というのはないのですが、仕事と趣味のおかげで人生が豊かになっていくのを日々感じます。

 まあ恋愛は点数制ではないので、あせらないで気楽に行くことにします。百戦して九十九連敗でも最後に一勝を挙げられれば良いのです。漢の劉邦の精神です。



11月30日(月)
陰暦 十月十四日

 会社のパソコンが入院から返ってこない、見かけによらず悪質なウイルスであったのかもしれぬ。

 「出雲國譲りの真相」のキャラクター紹介のページを作りました。最初はやはりヒトマロとナルメの紹介からです。

 今日は非常に良いことがありました。この一ヶ月大変でしたが、これで報われました。落ち着いてからお伝えしますね。



new 12月1日(火)
陰暦 十月十五日

 キャラクター紹介にカラとミマナを追加しました。

 今日は日帰り出張で疲れているので、これだけで失礼します。



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