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2005年のお誕生日でクラウディオ・アバドは72歳を迎えます。27歳で指揮者デビューして以来、ミラノ・スカラ座の芸術監督、ウィーンフィル、ロンドン響の主席指揮者、ウィーン国立歌劇場の音楽監督、そして2002年まで務めたベルリンフィルの音楽監督と、アバドはクラシック界のトップ指揮者として約40年間立ち止まることなく突っ走ってきました。2002年以降は、これらの重責から開放され、ルツェルンフェスティバル・オーケストラの音楽監督やマーラーユーゲントとの仕事を中心に活躍していますが、ベルリンフィルやウィーンフィルへの客演、それから多くのファンが待つ日本での公演にも大いに期待したいところです(^-^)。

2000年秋の来日公演では、胃がんの手術をしてまだ体調が完全に回復しないにもかかわらず、「トリスタンとイゾルデ」とベートーベンのプログラムをエネルギッシュに指揮して奇跡を呼び起こし、ファンに大きな感動を与えてくれました。その後のアバドの演奏はそれまで以上に喜びに満ち溢れたものになっています。




Abbado
Photo by Deutsche Grammophon

     


以下、アバドの魅力をポイントを押さえて(?)まとめてみました(本来こんなスペースではとても書ききれませんが)。 言うまでもなく、100パーセント製作者の主観です(^^;。


研究への熱意
 〜 並々ならぬ曲へのこだわりと熱意がすばらしい演奏を生む

音楽家・・・特に一流の指揮者なんていうのは、"旅と研究" が仕事といってもいいほどです。ひとつの作品をじっくり掘り下げて研究し、自分なりの解釈をうち出さなければ指揮台に立つことなどできない、それはもう私たちが想像する以上に頭と体力と時間を必要とする仕事です。

アバドがひとたび取り上げた曲に対する愛情の注ぎ方は、版へのこだわりに始まりスコアの細部にまで及び、その結果、その作品本来のすばらしさを呼び覚ましてくれるような新鮮な感動を聴き手に与えてくれます。聴き馴染んだはずの曲に嬉しい発見があるのもアバドの演奏ならではです(^-^)。
そんな作品の本質に迫る演奏は、もちろんこれ見よがしな演奏でも奇をてらったものでもありません。しかし、そのスコアに忠実なごくあたりまえになるはずの演奏を、"魔法の棒" は決して退屈にはしないどころか、聞き手に大いなる喜びをもたらしてくれるのです。その演奏からは指揮者の曲に対する愛情がひしひしと伝わってくるようで、こちらも真剣に曲の素晴らしさと向き合える気がします。 もちろん、私は今までこのマエストロの演奏に裏切られたことはほとんどなく、研究熱心なその姿勢にただただ心から敬服し感謝するばかりです。


幅広いレパートリー
 〜 こだわりながらもこのレパートリーの広さ!
   つまみ食いはせずとことん考え抜かれた選曲に今後も期待♪


アバドは現在活躍している指揮者の中では、もっともレパートリーの多い指揮者の一人です。レパートリーの広げ方は極めて慎重ですが、ひとたび自分のものにした曲はそれだけで満足することなくとことんまで追求を怠らないので、聴き手は演奏に触れるたびにその曲に新たな魅力を発見することになります。

ブラームス、ベートーヴェン、マーラー、シューベルト、チャイコフスキーといった全集ものはすべて安定したすばらしい録音を残しており、ブルックナーもアバドならではの美しい曲作りを繰り広げているので是非とも次なる録音を期待したいところです。

イタリア人としてラテン系の実力を最大限に発揮させたロンドン交響楽団とのラヴェルは豊かな表現力で魅了、ヨーロッパ室内管とのハイドンも、その切れ味と思い切りのよい健康的な演奏はいつ聴いても嬉しくなります。
ほかに協奏曲や合唱曲もこの指揮者のの忘れてはならないレパートリーのひとつです。協奏曲はその録音量からしても如何に多くの演奏家たちがアバドとの仕事を望んでいるかがわかるほど。合唱曲では、アバドの優れたバランス感覚により、特にライブではオケと合唱の絶妙なサウンドに包まれる喜びに心から酔いしれることができます。

また、アバドは周知の通り若い頃からオペラ指揮者としての才能もピカ一で、その優れた頭脳とタフな精神力で振り切る演奏には少しもあやふやな部分を残さず最後まで聴き手を惹きつけます。お得意のヴェルディやムソルグスキーを中心に、「ヴォツェック」や「エレクトラ」等の上演に力を注いだ時期もあり、21世紀に入るといよいよワーグナーも本格的に手がけ始めてくれました!
さらに付け加えるならば、シェーンベルクやベルクといった新ウィーン楽派や、現代音楽を代表するノーノなどを積極的に取り上げてくれるのも、このマエストロの最も意義ある仕事のひとつといえるでしょう。

あれもこれもとつまみ食い的な選曲をするのではなく、著名な作曲家の知られざる名作を世に送り出してくれたり、原典版や自筆譜にこだわった立派な演奏を残してくれたりと、いやはや、このマエストロの作品に対する愛情とこだわり、そして計り知れないエネルギーにはただただ驚かされるばかりです(*^_^*)。

Abbado
Photo by Deutsche Grammophon


本番で最高の力を発揮
 〜 ライヴのすばらしさはアバドの最大の魅力!

ライヴレコーディングが多いことからもアバドの本番でのすばらしさはお墨付きです。何がそうさせるのかはわかりませんが "この指揮者の本番はとにかくすばらしい" とアバドと共に仕事をしてきた楽団員たちはみな口をそろえて言っています。

アバドがカラヤンの目にとまり初めてザルツブルグ音楽祭でウィーンフィルを振りマーラーの『復活』でセンセーショナルな大成功を収めたのは有名な話ですが、その時の練習は散々で最後のゲネプロでさえまともにできなかった、と後にマエストロ本人は語っています。
ところがとにかく本番はすばらしかったのです!ウィーンフィルは、当時まだ32歳の若さでありながら世界の桧舞台でマーラー(当時音楽祭でマーラーを演奏するのはまだ珍しかったそうです)を振り切ったこの指揮者とこの後も親密な付き合いを続けていくことになりますが "ライヴがすばらしい" という伝説が芽生えたのは思えばこの時からなのかもしれません。 弾く側からしても、演奏会で自分たちの実力をあますところなく引き出してくれる指揮者との方が当然気持ちよく仕事ができるわけですからウィーンフィルとの息の長い付き合いもベルリンフィルからの招聘もアバドのこの才能が大きく買われていたに違いありません。


本番で楽譜を使用することを好まず(あのヴォツェックでさえ暗譜!)奏者とのアイ・コンタクトを重要視していることもすばらしいライヴを生む理由のひとつでしょう。指揮台の上であれだけ細かく機敏で的確な指示が送れる指揮者は他に知りません(曲によってはあえて指示を抑えているものも最近では多く見かけますが・・・)。
『偉大なる名指揮者たち』というドキュメンタリーでマエストロとは幼なじみである画家のクレパスは「アバドは本番で完全燃焼するタイプなので演奏会の後はいつも疲労が激しい」と語っているのも大いに頷けます。一打一打に込められたエネルギーが奏者に伝わりすばらしい演奏を生む・・・私もそんなライブを何度も体験してきました。そしてこれからもできる限りアバドのライヴに触れていきたいと思っています(^-^)。



↓おまけ(^-^ゞ
Abbado's Animation

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