〜日本料理を変えた名料理人の人生〜

(書名)吉兆 湯木貞一のゆめ
(編者)湯木美術館
(出版社)朝日新聞社
(ISBN)4-02-258678-8
(価格)本体\8,000
(版)2002年7月1日 第1刷

 日本料理の最高峰と言われる料亭「吉兆」の歴史は思いの外長くない。初代・湯木貞一さんが一代で築き上げた、「吉兆」は近代日本料理史上の奇跡である。彼は神戸の料理屋「中現長」の長男として1901年に生まれた。家の方針で上級学校への進学は許されず、15歳から料理修行を始めた。
 湯木貞一さんは、このまま人参などを相手に生涯を捧げてよいのだろうかと葛藤していた時に、松平不昧公の茶会記を読み、その懐石料理の季節感にふれて、料理を一生の仕事とする決意をする。そして、1937年(36歳)には表千家の門を叩き、本格的に茶道の勉強を始めている。
 1930年(29歳)から「中現長」を離れて自分の店を持つが、店の繁盛や戦禍の為に店は転々とするも、贔屓の客は離れなかった。それどころか、良い不動産を斡旋したり、良い条件で資金提供したり、彼の才能に惚れて支持する人々が絶えなかった。ついには1961年(60歳)に東京進出を果たす。
 こうした躍進を支えたのはもちろん彼の料理である。飲食に茶道の趣向を取り入れたのである。ただ旨いだけでは満足しなかった。「吉兆」の料理は器も客室の設えも含めて、五感で味わう料理である。この本には入江泰吉さんの撮影した料理の写真が豊富なので、ご覧になれば、その美しさに引き寄せられることであろう。こうした写真を手がかりにコピー料理「吉兆風料理」が現在でも横行しているが、スケールもセンスも比較にならないことに気づく。
 料理そのものへの研究も熱心なのは当然なのだが、これらを「吉兆味ばなし」を含めて、洗いざらい公開してしまうのは、湯木貞一さんの自信とともに、日本料理への愛情が感じられる。なんとか日本料理を残さなければと言う意志だ。
 この「湯木貞一の生涯」に先立って、いくつかの章がある。熊倉功夫教授は懐石料理の歴史的視点から「吉兆」の料理を分析している。しかし、懐石料理の歴史的位置づけは十分だが、懐石の中での吉兆の料理の独自性の追究に欠けるのではないか。これを補うには、続く高原慶三さんの「懐石文学」と湯木貞一さん本人の「新味を加えた茶事懐石」に頼らなくてはならない。
 献立を読むのはお腹がすくものだが、あたかも文学に触れたように、季節の表現が美しい。「吉兆」の懐石での工夫も如何に季節を楽しむかに集約されている。テキストとしてはこの本の中核をなすものであろう。
 湯木貞一さんの茶道具のコレクションの一部も掲載されている。彼はコレクターとしても猛者だったようだが、店の儲けは殆ど美術品に注がれたと言う。彼はこれを店のもてなしでどんどん使ったと言う。それが彼なりの社会還元だった。今は大阪に湯木美術館もあり、多くの人々の目を楽しませている。

2002.9.18 コンノート