第二次広島時代
1999年 ウーリーバガーとアブ
1998年は、Kさんとの釣行が多かった。
だいたい山陰への釣行が多く、それなりに釣れていたが、山陰の川もメジャーになり、関西/山陽ナンバーの車で溢れていた。釣れるサイズもだんだん小さくなっていってしまった。
もっと大きな・・・できたら尺ヤマメを釣りたいなーと思っていたが、29CMとまりだった。
なかなか壁は越えられないものである。
イワナについては、最終釣行で尺がなんとか釣れた。
来期の目標は尺だなぁ・・・と思っていると、10月また転勤で広島へ戻ることになった。
忙しい転勤族FFMである。
転勤した98年10月にハワイに長期出張で1ヶ月滞在する機会があった。
英語なんてろくに話せないが、なんとか意思疎通をしているうちに一人アメリカ本土でフライが好きだったというオジサンに出会った。話によると50CMを越えるニジマスをバンバン釣っていたらしい、日本の20cmほどのヤマメの話をすると、「そんな小さな魚しかいないなんて、お前は可愛そうだ。こんど釣り方を教えてやる」と同情される始末だった。
そのオジサンの家にお邪魔したときに自慢の道具の数々を見せてもらったが、それはスゴイものだった。
フライはウーリーバガー一辺倒。大きいの小さいの黒いの赤いの・・・、ロッドは餌釣りの竿なのかルアーの竿なのかよく分からないようなフライロッドだった。
アメリカというと、ヘンリーズフォークなどのつりをイメージしていたが、多分こんな感じが主流だし、これで十分に楽しめるほどのキャパがあるのだなーと一人で感心。
しかし、言葉が十分に通じなくても釣りの話だと、会話になるんだぁ・・と釣りバカは世界共通であることを再認識してしまった。
さて、年が明けて1999年の広島での釣りは、第一次広島時代に最初通っていた川の下流部でのライズ狙いから始まった。相変わらず人が少なく、頻発するライズを相手に思う存分釣りができた。
Kさんもはるばる岡山から遠征してきて、なかなかの釣果を上げていた。
家から車で20分ほどで、太田川があった。太田川といえばサツキマスである。
5月の連休ごろからは、太田川のサツキマスを釣りたくて、毎週のように通った。
#6ロッドを購入し、慣れないウェットフライを夜な夜な巻いて出撃したが、一匹も釣れなかった。
しかし超大型のウグイ(40CM以上ある)や時には大きなボラが掛かり、結構楽しめた。
一応ウェットフライという釣り方も選択肢の一つに加えれるようになったのが収穫である。
夏前からは、太田川上流へ通い、そこそこ釣れていたが、念願の尺にはどうしても届かなかった。
そういえば、この夏初めてアブの襲撃にあってしまった。
いつもの河原へ家族でバーべキュウに行った際に、自分にだけアブが寄ってくる。
変だなー?なんて思いつつ、ちょっと釣ってきまーす!と短パンで川へ入っていくと足へアブが寄ってくる。その数がどんどん増していって、手で追い払うのが困難になってきた。何匹にも追いかけられ、大変なことになった。
田舎の川でも、車にアブが沢山寄ってくることはあったが、噛まれたことは一度もなかった。
しかし広島の山のなかでは次々を噛まれた。噛まれすぎで気分が悪くなってしまうほどだった。
しかも、自分だけ噛まれるのである・・・。頭がボーとしてきた。
気が付けば、99年のシーズンも尺は釣れなかった・・・。
どーして??
2000年 つれないアマゴ
20世紀最後の年になってしまった。
この年も、広島太田川上流吉和村付近と帰省時の鳥取の川が釣行のメインとなった。
印象に残っているのは、初めての尺ヤマメと、どうしても釣れないアマゴ・・・
初めての尺ヤマメは、鳥取の川で出た。
真夏の午前中の出来事で、すでに釣行レポに書いている。
つれないアマゴについては、実は1999年から伏線がある。
1999年の夏に、家族とバーべキュウに行った際、小さなプール対岸の岩の窪みに大きな魚影を発見した。双眼鏡でみてみるとはっきりとしたパーマークが確認できた。
最初は沈んだ木と間違えたほどで、サイズは30CM台後半くらいはありそうだった。
その日は、ホフク前進で接近し、アブの襲撃にあいながら岩の後ろに隠れ、1時間ほど対峙した。
時折ライズするもののフライには反応しなかった。・・・というよりも上手く流せなかった。
悔しくて、翌日も、そいつに的を絞って出撃した.
雨の中1日粘って一度出ただけで、スッポ抜けに終わってしまった。
その後の平日に台風が通過し、大増水の明けた土曜日、まだソイツはいた。
そして、遂にCDCカディスにライズしフッキングした。
思ったより冷静にフッキングできたが、やりとりの最中には足が震えてしまった。
そして、もうすぐランディングという段階で、魚が大暴れしフックが外れた。
しばらく、魚がその場でボーとしていたので、ネットで掬おうとしたが、やはり逃げられてしまった。
これが、1999年。
2000年の梅雨。
再度その場所に昨年よりもちょっと小さく感じるが、やはり大物が現れた。
やはり雨の日だった。
非常にメジャーな川な上に、道路からも見えるポイントでもあり、餌師が1日に何人も通過するような場所なのだが、全身を露にして悠々と定位している。
昨年と同じく、霧雨の中ホフク前進で接近し、悠々とライズする対岸のエグレへフライを送り込む。
昨年よりも上手くドリフトが出来た。フライは昨年フッキングしたのと同じCDCカディス。
背鰭が出るほど表層でライズを繰りかえしているそのアマゴは、フライの流れる筋にレーンチェンジし、鼻先を出してフライを咥えた。
いきなり出てしまったことで、あせって早合わせしてしまったのか、フライはスッポ抜けてしまった。
なんの手ごたえも無く、アマゴも何事も無かったかのように、元の位置で定位している。
すこし間を置いて、再度同じフライでアプローチ。
何投目かで、再度フライに反応し、同じようにフライを咥えた。
ちょっと間を開けてアワセを入れる・・・・。
またもやスッポ抜け。こんども手ごたえ無し。
ドキドキしながら魚を確認する。
幸いにも、まだ定位位置で悠然と泳いでいる。
しかし、その後は流すフライをことごとく無視し、やがて深みへ消えていった。
しかたないので、他の場所へ釣りにいき、夕方再度確認してみると、また定位していた。
今度は、定位しているだけで、ライズはしなかった。
ぼんやりと見える魚影に対して、ニンフなどを送り込んでみたが、全く無視されてしまった。
翌週、朝イチで現地へ急行すると、小雨の中、既に餌師が釣りをしていた。
上がってくるまで護岸上から釣れないことを見学確認し、川から上がっくる餌師に聞いてみた。
「釣れましたか?」
「小さいのが3匹」・・・ということで、魚篭をみせてもらったが20CM前後のアマゴのみ。よし!
雨続きで、水位が上昇している。
岩の後ろにスタンバって待つ。
そうすると、大アマゴらしき魚影がぼんやりと流れのヨレに見え始め、次第にその影は明確になり、そのうち対岸のエグレに定位した。
いま思えば、この登場の仕方からして現実的では無い。
ちょっと時間をおいて、深呼吸してからアプローチ開始。
なんども手前の流れにラインを取られ、ドリフトに失敗するが、幸いアマゴは気にしない。
そして、上手く定位する筋へフライがスラック十分な状態で着水した。
アマゴはフライと同調して浮上し、フライを咥えた。
先週の失敗を思い出し、ロッドを上げる角度まで気にしつつ、ユックリ目にアワセを入れた。
しかし、またもやスッポ抜け。
だが、まだ定位している。・・・これだけスッポ抜けが続くと、ちょっ気味が悪くなってきた。
さらにもう一度スッポ抜けた。本当に手応えがまるで無い。かなり気味が悪い。
まだ定位している。
少し時間を開け、気を取り直して再度アプローチ。
何投目かで、また出た。
今度は。「カッ」という手応えがあった。・・・すこしホッとした。
だが、フッキングはしていない。
手応えだけを残して、アマゴは急旋回をして深みへ消えていってしまった。
悔しいというより、やっぱりホッとした。
その魚が実在していた証拠である。
それっきりで、その後は定位する姿を二度と確認できなかった。
結局2年にわたり、通算5日間、1箇所のライズで、7回出てきて1回フッキングしたのに釣る事が出来なかった。何かに守られているとしかいいようの無いポイントだった。
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