バクバクの会(人工呼吸器をつけた子の親の会)会報掲載
実践報告(1997年5月)
パソコンを使った表現手段の獲得について 〜新徳真弓さんとのかかわりのなかで発見したこと〜 教諭 小笠原 裕
1 はじめに
人は、どれだけ自分の思いや気持ちをどれだけの相手に伝えることができるのか?例えば、外国語を話せたり、手話ができたり、文章を書いたりするなど、様々な手段で人に自分の思いを伝えることができるということは、生活をより豊かなものにしていきます。ましてや、呼吸器を付けた人にとっては、その思いは切実なものです。昨年1年間、新徳真弓さんと一緒に、『パソコンを使って、どれだけの表現手段ができるのか』ということを取り組んできました。その取り組みについて述べていきたいと思います。
2 取り組みの経過
新徳真弓さんは、現在、本校の小学部4年生の女の子です。昨年、3年生の時に担任をもたせていただきました。彼女は、1年生からの積み重ねで、特製入力スイッチ(写真1)でブザーを鳴らすことによって会話ができ、2年生の2学期頃には、漢字Pワードを使って簡単な文章を書くことができました。
マッキントッシュのパソコンを使い始めたのが昨年の7月頃で、約半年の間に、彼女はパソコンの電源を入れることとCDの出し入れを除いた全ての操作を行うことができるようになりました。まず最初に彼女が取り組んだのが、『スキャンボード』(図1)の操作です。このボードは、マウス操作(9方向)や、クリック、ダブルクリックなど、パソコンの画面を操作するために必要な命令をパネルのなかに収め、集めたものです。まず最初にスイッチボタンを押すことで、画面上にこのボードがあらわれ、ボード内のパネルごとに次々とスキャン(点滅していきます)を開始します。希望のパネルのところでスイッチボタンを押すと、そのパネルを指定することができます。そのほかのボードも、基本的にはこれと同じやり方で進めていきます。この一連の操作と各パネルの決定はうまくいったのですが、彼女が直面した問題はマウスの操作でした。はじめは画面のマウスの動き、つまり2次元の動きがうまく理解できず、思い通りにマウスを動かすことが難しかったようです。しかし、練習を重ねるごとに思い通り動かすことができるようになっていきました。これによって、アイコンやボタンを選んでクリックしたり、電源を消したりすることが可能となりました。
そして、次に、文字入力する際に使用する『50音かなボード』(図2)の使用について指導していきました。以前から漢字Pワードを使用していたこともあって、文字の入力の仕方についてはスムーズに理解することができました。この操作を使って、作文指導を行っていきました。
基本のボードを使いこなせるようになると、市販のパソコンソフトのゲームを自分で開いて遊ぶことができるようになりました。そんななかで、市販ソフトに対応したボードをこちらが、新しく作成することによって、より快適に操作を行うことができるようになりました。その一つとして、絵を描く、色を塗るといった操作が行いやすいように『お絵かきソフト専用ボード』を作成しました。これにより、簡単に絵や色塗ができるようになりました。
使っていく度にこちらが操作してあげる場面も減り、文字サイズの変更などの各種設定や、文章を印刷する作業も、自分の力で行えるようになりました。
さらに、あらかじめ登録した言葉を自由に再生できる『コミュニケーションボード』(図3)を使って、自分の気持ちを伝えることができるようになりました。このボードのパネルに、「吸引してください」や「ちょっときてください」など彼女の生活する上で必要な言葉をいれることによって、音声による会話ができるようになりました。また、このボードの機能を使って、校内の文化祭では劇のナレーション役をつとめるなど新しい形で参加することができました。
『50音かなボード』『コミュニケーションボード』など、各パネルを彼女自身が必要に応じて選択することができるようになりました。これにより、例えば、はじめは『スキャンボード』でワープロソフトを選び、自分で『50音かなボード』に変更させて文章を打ちこみます。作業をしていて、途中、わからないことが出てくれば、「ちょっと来てください」と録音したパネルを再生することによって介助の人を呼ぶことができるというわけです。
現在、彼女は、パソコンを使って、@パソコンの基本操作、A文字入力、B会話、C絵を描くことを一人で行うことができます。これらの機能を果たすボードは、あらかじめ彼女が操作がしやすいように、彼女用(Mayumi Scan 1.5)にアレンジしていきました。
年末には、ついに、自宅にパソコンを購入し、それまでは学校生活の中でカリキュラム上、週約4時間程度しかさわることができなかった状態から、毎日使えるようになりその理解・上達は、一層はやくなりました。家庭において、日記など書くことは、もちろんのこと、『コミュニケーションボード』を使って、家族との会話を楽しんでいるようです。 現在4年生になって担任は変わりましたが、今も日記を書くことを続けており、今の担任が、フロッピィディスクのなかに足し算、引き算などの計算問題をあらかじめ作って渡し、家に持って帰らせています。自分でそのフロッピィディスクを開いては問題を解き、解いた問題を印刷して持ってきています。
このパソコン指導の結果、様々な手段で自己表現できる力を獲得しました。と同時に、自分の手で“もの”を生産していくことが可能となり、その喜びは大きなものだったようです。交流している地域の学校に、写真を文章に張り付けた(デジタルカメラで撮った映像を画面の文章のなかにいれる)お手紙を送ったのですが、受け取った子どもたちに、「すごいなぁ!、ありがとう、ありがとう」と言ってもらい、その反響ぶりには彼女も「うれしい」と気持ちを伝えてくれました。自分の作った作品を人に認めてもらうことは、どんな人にとってもうれしいはずです。きっと、今までの生活では体験できなかった満足感を得ることができたのではないでしょうか。自分が作ったものを人に認めてもらうという充実感や満足感、達成感を味わうことは、彼女の人格形成のなかに大きな影響を及ぼし、自分でできる力を使って一生懸命に取り組むといった姿勢を養い、自立の精神を育てていったような気がします。だからこそ、操作を覚えるのもはやく、飽きずにじっくりと取り組むことができたと思います。ベットの上から、物を眺めて過ごす生活から、自ら外界に働きかけることができる生活へと、大きく変化をもたらしたのです。
言葉の面においても変化は見られました。それまでは、介助者とともに文章を考えなければ、なかなか書けなかったのですが、パソコンを購入してからは、連絡帳に毎日5行程度の日記を書くようになり、自分の思っていることを文字で表現できる力もずいぶん伸びました。最後に彼女が作った作品を紹介します。(図5)毎日、自分で、ワープロソフトを開き、文章を考えていくことで、言葉の使い方を知り、理解を深めていったのです。
また、画面の中で、自分が作った手紙や絵のアイコンを整理するなどといった活動から思考力と『自分の力で』判断する力を育てることにもなりました。
違う側面から考えると、一人で物事を進めていくことができることは、普段付き添っていらっしゃる介助者の負担の軽減にもつながるのではないかと思います。例えば、条件さえ整えば、次のようなことも可能です。今まで本を読むにしても、介助者が本を持ってページをめくらないと読むことが出来なかったのが、パソコン画面の中に本の画像を取り込んだデータを作成することによって(もちろん著作権に関して出版会社等の許可が必要)自分の操作のみで、パソコンの中に入っている本棚から自分で選んで本を読むことも可能なのです。
自分だけの独立した時間を過ごすことができ、じっくり自分の中で考えたこと、感じたことを文章で表現したり、絵を描いたりすることができることは、多感な時期の子どもたちがたどる道筋と同じように、人としては重要な時間の過ごし方かもしれません。そういった特別な“時間”を手に入れたのです。
4 使用した装置とその特性
ここでは、Apple社のマッキントッシュというパソコンと入力補助装置キネックス(DON JOHNSTON社製:写真2)を使用しました。この入力補助装置は、OS(Operating Systemの略:コンピューターと操作する人の仲介役を果たすソフトウェア群のことで、ウィンドウズ95、Mac OS 7.6などを指す)を自由に操ることができます。つまり、健常者が、通常行う操作を一つのスイッチ入力のみで全て行うことができます。この装置を使うことにより、様々なソフト(市販のCDソフトを含む)を使用したり、文章を書いたりするなど、パソコン操作を問題なく使用することができるのです。また、彼女が使っているような自作のスイッチとの接続も簡単にできたことがこの装置を取り入れた理由です。また、ボードのパネルも見やすく、パネルの内容も、その人その人にあわせて、簡単に作成することができます。そして、一番の魅力が、こちらがあらかじめ登録した音声を再生できる『コミュニケーションボード』を使って、人と会話できる点です。ワープロソフトや市販ソフトを使っている途中でも、『コミュニケーションボード』に切り替えることができ、こちらの設定次第で、何通りもの、音声の登録が可能です。 もしもこの入力補助装置に取り組むことをお考えになるのなら、まず、自分の意図通り入力できるスイッチをみつけることが大切だと思います。楽しみながらスイッチ入力の練習ができるソフトがあるので、それで練習するとよいと思います。発語することが難しい場合には、それと平行して、それぞれの人に合った『コミュニケーションボード』を作成し、練習するとよいでしょう。
その第一歩として、(図4)の「はい」「いいえ」のような簡単な、2つのパネルの中からの選択が自由にできるようになれば、ボードの中のパネルをどんどん増やしていくとよいと思います。なお、これは、大まかな進め方であって、人それぞれによってケースは異なると思いますので、またご相談ください。
5 おわりに
真弓さんと一緒に、このパソコンを使った取り組みを行っていく中で、知識をどんどん吸収していく姿には、本当に驚かされました。特に、彼女が生み出す作品には人を引き付けるものがあり、今まで隠し持っていたかのような、光輝きはじめた個性を感じ取ることができました。また、人が一つでも多くの表現方法を獲得することは、世界がどんどんひろがっていくんだということを彼女が教えてくれたような気がします。
この取り組みを進めるにあたり、いつもそばに付き、懸命に介助されているおかあさんには、いちはやくご理解していただき、そしてご自身も、パソコン操作の勉強やシステム管理など、四苦八苦しながらも勉強していただきました。現在では、おかあさん自身が、真弓さん専用のスキャンプログラムの変更を行うほどの腕前となり、すっかりパソコンに詳しい方となりました。
さて最後に、このたび、原稿依頼を承り、私のような若輩者の肉薄な知識と経験をつたない文章で記載させていただくことに恐縮しています。文章中、無知な知識から生じる間違った部分や文章がございましたら、この場を借りておわびいたします。また、ここで紹介したのは入力補助装置キネックスの使用例のほんの一部です。他にも「こんな使用方法あります」などのご意見がございましたら連絡いただけると幸いです。今後、もっと多くの方にこの入力補助装置キネックスを知ってもらい、多くの人の頭脳とアイデアで、障害者の方が持っている最高の能力を引き出していけたらと切に願っています。昨年一年間、真弓さんの内面から発する言葉の響きと表現に感動した実感を多くの方に経験していただきたいと思っています。
真弓さんのお母さんから・・・(寄稿に寄せて)
パソコンは、もう、文字を打つためだけのものではありません。色々なことをして、楽しんでください。真弓は、Ke:nxに出会うまでは、いつも受け身で、何をするにも人に手伝ってもらい、介助者中心の考え、やり方になっていました。本人は、もっとやりたくても、介助者が疲れるともうこの辺で...............という事が多かったのです。でもKe:nxでは、自分自身の力で思い通りに、カーソルを動かして、色々な事を、いつまでも楽しむ事が出来るようになりました。日常生活の中で、自分一人の力で出来るものが、見つかったという事は、素晴しいことです。そして今までのゲームでは、人がしているのをただ見ているだけでしたが、同じゲームに参加出来るという楽しさを知りました。是非、バクバクっ子のみんなにも、この楽しさをあじわってもらいたいと思います。そして、いつの日かインターネットでメール交換をしたり、親や介助者がいなくてもパソコンを使って、バクバクっ子達だけで、会話が出来るようになれたらいいのになぁと思っています。
97年5月
新徳 順子
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