スペイン語の読み方: 基本編

スペイン語の読み方: 応用編

日本語では外国の固有名詞の表記に原音主義を採っているが, もとの言語と日本語では音韻体系が異なるので, 原音を完全に再現するのは不可能である。この限界をふまえれば, 外国語の読み方や表記の正確さに過度にこだわるのは, あまり有益なこととは言えない。筆者の立場としても, この点についてはあまりめくじらを立てず, できればうるさいことは言わないようにしたいところである。

しかしながらスペイン語に関しては, 本来非常に素直に, ほぼ原則どおりローマ字読みすればよいものを, 英語読みなどに毒された気持ちの悪い読みや表記がまかりとおっているのが現状である。

一例として, ある書籍中でのスペイン語のカタカナ表記の例を挙げる。

Valladolid ヴァラドリド, guardia civil ガルダ・シヴィル, Valencia ヴァランス, Buñuel ブニエル, Maya マイア

この例は, スペイン人であるピカソを主題として扱った本から拾ったものである。当然頻出するスペイン語の固有名詞の表記にもそれなりの配慮があってしかるべきところであるが, 実際には, とりあえず目についたものをいくつか挙げただけでも, そのでたらめさは歴然としているのがわかるだろう

これは極端にひどい例だが, これ以外にも似たようなでたらめ表記が氾濫しているのを目にすると, つい本来の立場も忘れ, 黙って見過ごすわけにはいかなくなってくる。そこでここでは, スペイン語の知識がまったくない人でもそこそこ妥当にスペイン語の固有名詞を読んだり書いたりできるように, また, マスメディアなどにおけるこれ以上の間違いの増加を少しでも防げるように, できるかぎり単純で網羅的な情報を提供して, 参考にしてもらうことにした。


前提

適用範囲

スペイン語の人名, 地名などの固有名詞や, 普通名詞でも日本語文中で外来語として使われることのあるものを対象とする。なお文中では便宜上「読み方」としてあるが, 以下に解説するのは, 実際には「カタカナでの書き表し方」である。

スペイン語の場合はほぼつづりどおりに読み, つづりと音が1対1で対応する場合が多いため, 以下の解説ではそれぞれのつづりごとに, 対応する原則的なカナ表記をひとつずつ列挙したが, 複数の表記があり得る場合は / で区切って併記した。また, 慣用によりつづりに対応しない表記が定着している場合は, […] 内に「慣用」と記し, 例外として示した。

なお, ここで「スペイン語」というのは, 広い意味のスペイン語であって, 同じイベリア半島内の言語であるカタルーニャ語, バスク語, ガリシア語や, メキシコ・中米の先住民語であるナワトル語, マヤ語, あるいはそれ以外の外国語 (英語その他) 起源の語も含む。
これらの例外的な語の場合にも, そのつど […] 内にそれぞれ「カタルーニャ, バスク, ガリシア, メキシコ・中米, 外来語」などと記すことによって, 本来のスペイン語の読み方の原則が当てはまらない, 特殊な例であることを示した。

ただし, これらの特殊な例については, スペイン語の文脈でスペイン語として読まれた場合を想定しているので, 必ずしも元の言語での正しい読み方と一致するわけではない。
また, ここではあくまで「スペイン語」の読み方を解説することが目的であるので, アメリカのスペイン語系地名や, ヒスパニック系アメリカ人の人名は対象とはしない。

方針

以下の解説は, 下記の方針に従う。

  1. 発音の基準は, なるべく筆者が実際に見聞きした範囲に求める

    具体的には, スペインの, 首都マドリードで実際に話されているスペイン語やテレビなどのメディアで使用されている標準的な発音を主な基準とし, メキシコでの標準的な発音でこれを補う。逆に言えば, ほかの地域――特に南米での発音についてはあまり考慮されていない。

  2. 日本語の音韻として, 自然で無理のない表記を目指す

    たとえそのほうが原音に近くても, 自然な現代日本語の音韻としては難がある「スィ」「クェ」や「グヮ, グァ」などの類いは使わない。同様に, 小書きのカナ (「」など) の導入もしない。Luis と Ruiz のように, 日本語にしたとき特に区別しない/できない音韻を, 無理に書き分けるような無為な試みもしない。

  3. 慣用が定着しているものはそれに従う

    慣用としてすでに定着している「セビリア」を改め, 原語の発音に近い「セビーヤ」を新たに採用するような類いのことはしない。
    また, これとも関連するが,

  4. アクセントの位置を表すことにはあまりこだわらない

    補足の「アクセントの位置と慣用表記について」参照。

  5. 不必要な「ッ」は, なるべく省く

    スペイン語では, 日本語の捉音に相当する音はほとんど現れないし, 「フィリッピン」や「アッピール」のような表記がかもし出すじじくささを避けるため。

  6. 複数の語からなる固有名詞 (Los Angeles などの地名や Juan Carlos のような複合洗礼名) を書き表す際, 語の区切りの「・」(中黒) は使わない

    新聞などの一般的な表記法にならって。

読み方詳説

以下につづりごとに読み方を示す。かっこ内の×は英語などの読み方に毒された, よく見かける間違い。

母音字

すべてローマ字読みでよい。2つ以上組み合わさった場合でも読み方は変わらない。

子音字

凡例

x- 母音字との組み合わせ (- は任意の母音字を表す)
x* 語頭で後ろに子音字が続く場合, -x* 音節末 (- は任意の文字, * は任意の子音字。後続の子音字が l か r のとき, 本来は2重子音となり別の音節をなすが, 今回は便宜上ここに含める)
-x 語末 (- は任意の文字)

補足

ll, y について

ll- の音については地域によっていくつかの変種があり, スペインの発音, 中南米の発音といってもそれぞれ一様ではない。以前は「リャ」の子音に似た音 (硬口蓋側音) で発音され, それが規範とされていたが, 現在では多くの地域で次の y- と同じ音に移行している。

次に y- についてだが, スペイン語の y- の音 (硬口蓋摩擦音) は日本語のヤ行音 (硬口蓋接近音) よりも摩擦が強いので, 語頭や -n の後など, 現れる位置によっては「ジャ」(後部歯茎摩擦音/破擦音) のように聞こえることがある。また, これも地域によっていくつかの変種があり, 明らかに「ジャ」と発音するところもあるが, スペインと中南米の大部分ではどちらかというと「ヤ」に近い。

このふたつの音に対して, 自己流でスペイン語――特に中南米の――を身につけた人に「ジャ」を好んで使う傾向が強いように思われるが, この音をなんでも無条件に「ジャ」で表すのは筆者には抵抗がある。しかしながら, 出現する位置や, それぞれの地域での発音をすべて考慮に入れて使い分けるのもまた困難であるので, ll-, y- の両者には, 方針1と上記の理由により, 最も多くの地域で使われている標準的な音としてヤ行音を一律にあてた。また逆にジャ行音には, いろいろと異論もあろうが, これを無条件に使うことに反対する意味で×をつけた。

アクセントの位置と慣用表記について

スペイン語では, アクセントの位置はアクセント符号があればその音節に, そうでなければ後ろから2番目の音節にある。ただし後者の場合でも, -n, -s 以外の子音で終わるときには最後の音節にアクセントがくる。

そこでアクセントの位置を正確に写すためと称して, そこに「ー」(音引き) を挿入することがある。例えば Granada グラナダ を, 原語の後ろから2番目の音節にくるアクセントを反映させるためにわざわざ「グラナーダ」と改めるようなのがその類いだが, 推奨しない。その理由は以下のとおりである。

上の解説では, アクセントの位置を表すことにはあまりこだわらずに, 慣用化しているものについては手を加えずそれに従い, また, そうでないものについても, 過度に「ー」を使わないようにした。

以下に, おもなアクセント重視の表記例を挙げるが, 上に述べたとおり, なかば慣用化したものを置きかえる必要性を認めなかったのと, 冗長で煩わしい表現になると考えたことから, ここでは採用していない。

地名: Andalucía アンダルシーア, Barcelona バルセローナ, Toledo トレード
姓: Dalí ダリー, García ガルシーア, González ゴンサーレス, Miró ミロー
洗礼名: Felipe フェリーぺ, José ホセー, María マリーア
その他: peseta ペセータ, quetzal ケツァール

ただし, La Coruña ラコルーニャ など「ラコルニャ, ラルニャ」(それぞれラコ, コにアクセント) のような気持ちの悪い頭高のアクセントで呼ばれるのを避けるため――実際に NHK の番組予告でそう発音されていた――積極的に「ー」を挿入したものもある。

スペイン語圏の人名について

基本的に「洗礼名 + 父方の姓 + 母方の姓」という構成からなる。

Pablo Ruiz Picasso パブロ・ルイス=ピカソ
Jaime Mayor Oreja ハイメ・マヨール=オレハ
Gabriel García Márquez ガブリエル・ガルシア=マルケス
Arantxa Sánchez Vicario アランチャ・サンチェス=ビカリオ
José Ortega y Gasset ホセ・オルテガ=イ=ガセット
José Luis Rodríguez Zapatero ホセルイス・ロドリゲス=サパテロ
José María Aznar ホセマリア・アスナール

普通は母姓を略して父姓だけを名乗るが, ピカソのように父姓を略する人もいる。マヨール=オレハのようにどちらも省略しないで名乗ることもある。特にありふれた父姓の場合は, ガルシア=マルケス, サンチェス=ビカリオのように両方とも名乗ることが多い (日本では「サンチェス」と呼んでいるが)。同様の場合に, 母姓を通用姓としている人もいる。
父姓と母姓はオルテガ=イ=ガセットのように y でつなぐこともある。
最後のアスナールは父姓だけを名乗った例だが, 洗礼名が2つからなる。このホセマリアのように, 洗礼名が2つ以上組み合わさった例も非常に多い。

最後に間違いやすい例をいくつか挙げる。


あとがき

筆者はスペイン語と日本語の音声学については素人であるので, 専門家の立場から見れば多くの初歩的な誤りを犯しているかもしれない。また, 限られた知識からくる勘違いが含まれている可能性もある。その他, 慣用との兼ね合いで一貫しない点や, 特に「ジャ」の是非に関する部分などの筆者の見解についても, 異論や不満があろうが, そういう面もあることに十分留意して利用されたい。

冒頭でも述べたとおり, 日本語では外国の固有名詞を表記する際に原音主義を採っている。これは, ラテン文字 (ローマ字) などの表記体系で書かれたものをカタカナという別の表記体系に移し変える必要があり, そのためには文字ではなく, 発音に従うしかないからであるが, 元の言語と日本語では音韻体系が異なるので, 正確に再現するのは困難である。

しかし, 求める精密さの程度によって表記が異なってしまうことも少なくないし, なにより元の言語での発音を知っていなければ表記できないというのは大変不便である。口頭での表現についても同じことで, 例えばたった1語外国語を発するためにしても, その負担は小さいものではない。

これらを解決するために, いっそのことカタカナを廃止してはどうか, と考えてみた。外国語は全部ローマ字のまま表記すればいい, そうすればいちいち読み方を気にする必要はなくなる――正しい読み方についてくだくだと解説する必要もなくなる――と1度は思ったのだが, しかしキリル文字やアラビア文字などのことも考えると, どちらにしろ表記体系の変換が必要になってくる。結局は, 現在の原音主義一本槍ではなく, ローマ字読みでも良いことにするぐらいのことが最も現実的な解決策なのかもしれない。

スペイン語の読み方: 応用編

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