生身の文章には一種独特な迫力がある。既婚者である以上もはやお互いの住所へ宛てた手紙のやり取りは不可能となってしまったが、俺の手元には今でも当時の個性あふれる面々からの手紙(特に女性の場合、自分の個性を語ることは男以上に大変で勇気のいることだと思う)、あるいはぼろぼろの大学ノートに鉛筆で書かれたそれらの相手にあてた今から見ると実に初々しくもあり熱くもある俺の返事の下書きが残っている。尚、この手紙に出てくる名前の部分は俺のものも含めて実際には全て苗字で書かれている。今となってはそれも新鮮なのだが。

 

●ステューデントタイムズ(学生を対象にした英字新聞)

 

1990.6/貴子さん(筆ペンによる宛名の字は実に達筆だった)

元気ですか?返事はやく下さいと書いてあったのにこんなに遅くなってしまって本当に申し訳ない。この前送ってくれたItalian RockWay Coolでした。もう本当すごく良かった。何かいろいろなジャンルの取り入れ方がたくみだった。あまり聴くので今度CDを捜しにいこうと思っています。マサト君は今、私が何者なのか知らなかったの?STに年が書いてあったと思うんだけど、私は実は16歳高2です。年の差とか気になりますか?私は30代の女の友達とかいて互いにいい影響にしたりする人々がいるので気にならないけど。私はまだ16年しかこの世にいないし、未成年だけどマサト君(マサトさんの方がいいのかな)と文通続けたいと思っています。私の周りの男の子は将来の進路を決めていたりとか夢や目的をしっかりしている人が殆どいないのです。(まだいいかもしれないけど)6/17Cambridge英検を受けに横浜に行きました。(中略)ひとつ思ったのは横浜の若者(他もそうだけど)はみんな雑誌に載っているような同じかっこうをして気取っている気がする。かっこつけるならもっと個性的になってかっこつければいいのに。だから同年代に限らず大学生も高校生も見分けがつかないような今頃なんじゃないかな。あまり書けなかったけどスペース上終わります。

PS ロスアンジェルスにはどのくらい行くの?

 

最近僕は石川好という人のストロベリーロードという本を読みました。60年代にアメリカに渡ってイチゴ畑をやりながらカリフォルニアの日系人社会や、アメリカという移民国家としての特殊性を生々しくえぐっていく事で、逆に日本人というものがよく見えてくる本です。僕は今日本というマジョリティ社会になじめないでいるけど、それを言い訳にするのもシャクだし、逆にアメリカがいいとか言うんじゃなくて、こういう日本人がいてもいいじゃないかという気持ちのほうが強い。確かに僕の中には自分の生まれた頃の60年代のアメリカに対するあこがれみたいなのがあるけど、今のアメリカには別に興味ないしLAに行ってもそんなに感傷的にならないで済むと思う。LAには半年くらいいます。下記の住所にホームステイする予定。僕の方から絵葉書でも出しますよ。貴方は16歳にしてはしっかりしてるよね。(中略)とにかく今の僕は先が見えない状態なのでナーヴァスになってます。こんな人手不足の時にあえて就職浪人やってる僕はバカなのかも知れないけど、早く就職したいと思う反面、先が見えちゃうような就職だけはしたくないという気持ちもあって・・。そういう葛藤が僕を苦しめてます。

 

●ロッキン・オン(渋谷陽一編集長の硬派洋楽月刊誌)

 

1991.2/美里さん

約1年ぶりにお便りします。すっかり忘れはてられていると思うのですが、どうしてもお礼がしたくて手紙を書くことにしました。とりあえず思い出してもらうために自己紹介を・・・。ロッキンオンの去年の3月号の友達募集のコーナーに載っていた美里です。そのころは19才でしたが今は20才になり4月から大学2年になる予定です。マサト君にはテープを2本送ってもらいました。クリムゾンとTen Years Afterとレイナードスキナードです。送ってもらった時は、聴いてはみたものの、ピンとこなかったのですが、最近新しい音楽に飢えて何かないかなーと思ってマサト君のテープをかけてみたところ、Ten Years Afterを大変大変・・・気に入りました。(今も聴きながら書いている)。今までプリンスが1番好きだったのだけど、今ではTen Years Afterが1番好きになりました。もう、久々にテープを聴いた時の感動はこの手紙では伝えられません。既におわかりかと思われますが、筆不精の私がこうして手紙を書いてしまうという、そのくらい、いやそれ以上感動したのです。Ten Years Afterは、60年代後期〜70年代中期にかけて活動していたバンドと知って、もうライヴは見れないのかーとがっかりしたのだけど、90年にライヴをやったみたいですね。ビデオが出てた。日本にくることはないのかなあ、と思います。もし来日が決定したら徹夜して並んで、全日程のチケットを全て買いたいと思っているのですが・・・。マサト君のくれたテープの中では、やっぱりI’m Going Homeが一番気に入りました。このテープに入っているのはAt Railway Hotel In Londonというやつですが、これはCDでは出てないそうだし、ひょっとして廃盤になってたりとかいうシロモノですか?実は大変悲しいことに間違って他のものを録音しちゃったんです!!それで、と同じものを買おうと思ったんだけど、なくて・・・。結局ベストを買ったんだけど、その中のI’m Going Homeは違うライブので・・・。その他の2曲も入ってないし。それで今持ってるのはベストとTen Years AfterRock&Roll Music To The Worldです。いずれ手に入れられるアルバムは全て揃えようと思っています。マサト君のお薦めは何ですか?

 

1991.8/かおりさん(抜粋)

私自身人のコトどうのこうの言える程エライ奴じゃないからホントはあまりこんなコト言いたくナインだけど「はっきり言ってみんな同じ!」なんだよね。これはファッションとかそーゆー外見的な事だけに限っていってる訳じゃ無くって個人個人の中身についても言ってる訳なんだけど。はっきり言っちゃえばみんな同じというよりは中身が無いような気がする・・・ここまでいっちゃうとちょっとヒドイかなって思うけど、みんな思想的にどこか似通ってるんですよね。「自分はちょっと一般の人間より変わってるけどこれはアートなんだ!」って考え方なんだよね。とにかくボンジョビとかニューキッズ聴いてたら格好よくない!常に一般常識からちょっとかけ離れてて個性的なのがベスト!なんです。確かに個性的でもなんでも“アート”って事にしちゃえばいかにもアーティストっぽいし、バカそうにみえて(そんなコトないか!?)実はバカじゃないってカンジがする。美大なんかによくいそうなタイプだけど。でも私にしてみたらこれってものすごく低俗な考え方だと思う。なんだかホントにエラソーだけど、結局こーゆー考え方って既にいかにも“オシャレアーティスト”(特にNew Wave野郎に多い!)定番の決まりきった思想じゃない。個性だなんだかんだ言っても結局は固定された風潮でしょ。そーゆーのがかっこいいなんていってマネしてるのってはっきりいって情けない。そうやってマネをするという行動自体に既に自分の個性が消え失せてると思う。じゃあホントの自分の個性っていうのは一体何なんだ!?ってなるとこれは結構ムズカシイけど最終的にはやっぱり“自分で考える”コトだと思う。ものすごく単純だけどこういう事が実際ものすごーく必要不可欠の最重要要素で、人間にとって根本的なものなんじゃないかなあ。私はあんまり頭よくないからうまく表現できないけど、とにかくまわりを見てると“自分の考え”っていうのを持ってる人間ってものすごく少ないような気がする。本当の“自分の個性”ってものがない。自分で考える、という事が全く無かったら結局“自分”っていうのはただの形にすぎなくて中身が誰でも一緒な訳でしょう。そんなのゼッタイ変!だと思う。私自身は昔からよく“個性的”といわれるタイプでまあ一般の人から見てみれば変わってんのかなって思うこともあるけど、でもそれは世間一般によくいる人間と比べての話でしょう。フツーの人と多少違うからってそれが直接個性に結びつくかっていうとそれは違うと思う。過剰な言い方をすればただの変人!になっちゃうよね。(やっぱり私もその類に入ってしまうんだろうか・・・)私の場合は“一般常識”から見てちょっと変わってるかな、というタイプの人もそれなりに違った刺激があったりしてとってもオモシロイ!って思うけど他人から見たらただの変人の集まりで“類は友を呼ぶ”たぐいなんだろうなって思う。だけど相手がどんな人であろうと自分にとってプラスになってれば、それはそれですごく素敵な事なんじゃないかな。本当の意味で人間性とかいろいろお互いに影響しあえる人ってのはそう数々いるわけじゃないけど、やっぱり多少なりとも自分とつきあう人間にはお互いに影響しあう部分がある訳でしょ。それがプラスの方向に行くかマイナスの方になるかは別としても。(ちなみにこの影響しあうトコロがマイナスかプラスかっていうのはある程度そのまわりの環境とか群集心理に左右されるものがあるよね)今現在の時点で私がすごいナって思うのは情けないコトに自分のお父さんだったりするんだよね。以前受験の面接試験の本見てたら“尊敬する人”に自分の肉親を答えたらイケナイ!てかいてあったけど(視野が狭いとみられるんだそうです)でも実際いろんな人の話聞いたりしてもそれ程共感できる人っていないんだよね。どーもイマイチそれは違うんじゃないか!?って思ったりして。相手からすればなんて憎たらしいガキだ!ってコトになるんだろうけど。普段は全くお父さんと会話しない人間なんだけど、そういう話になるとさり気なく聞いてたりする。でも自分の父親ってのはやっぱり血のつながりのある肉親な訳だから共感できる部分があるのは当り前なんだよね。全く血のつながりのない他人でももっと尊敬できるような人間がいてもいいんじゃないかなあって思う。

 

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