ロック遍歴
T 夜明け
俺には、4つ上の兄がいるが、彼とは別段仲がいいわけではない。ところが皮肉にもその兄の影響ぬきにして自分の音楽遍歴を語ることはまずできない。
最初に覚えているのがフィンガー5の「恋のダイヤル6700」と郷ひろみの「男の子女の子」。昭和49年、小学1年の時のことだ。洋楽ではS&Gの「明日に架ける橋」が生まれて始めて感動した曲だったと思う。録音の仕方がわからず、泣きわめいていたのを思い出す。モノラルのテレコに紙箱入りのカセットテープの時代だ。映画音楽も好きだった。こちらは父親が西部劇を良く観ていて「ハイヌーン」や「荒野の用心棒」などが良く耳に入ってきた。映画音楽を特集した番組ではベスト10で必ず「エデンの東」が1位になっていた。そして、その後にいよいよビートルズが入ってくる。彼らについては何度かふれることになるが、少なくともロックというものを始めてまともな形で耳にしたのは彼らの曲によってだった。今にして思えばそのことがどんなにラッキーなことだったかが改めて思い知らされる。良く昔のフィルムなどでファンが失神したりしているが、彼らの気持ちだけは良くわかるし、決して大袈裟と思わない。時代こそ違え、何の免疫もなくいきなり彼らの音を耳にしたという点で、リアルタイムに体現した当時のファンとほぼ同じ効果が俺にももたらされたわけだ。普通は音楽が好きになれば、まずヒットチャートをにぎわせているような曲から入っていき、その後に昔の曲を聴くようになるものだが、俺の場合好むと好まざるにかかわらず、半強制的にいきなり今まで聞いたことのない異質なものが入ってき、それからだんだんと耳に馴染んできたという、ちょっと普通とは違うルートだった。それがよりによってビートルズだったということが、結果として凄い化学反応を俺の中に起こしてしまった。このすさまじいリアルタイム体験の波はその次のクリムゾンあたりまで続くことになる。
一方この頃まではまだ日本のニューミュージックなども並行して聴いていた。よく旅行先の風景やメランコリックな情景などに曲がオーバーラップすることがあるが、おそらく五輪真弓の「少女」が第1号ではなかろうか。これといった具体的な景色は思い浮かばないのだが、少なくともこの曲だけは他の曲とは明らかに違う聞こえかたをしていた。そういう意味ではTV番組のテーマ曲の方がむしろわかり易い。境正章の西遊記でかかっていた「ガンダーラ」や向田邦子のあ・うんでの、アルビノーニの「アダージョ」。特に西遊記の場合、当時仲のよかった友達の家で1度見たことがあるというだけで、それ以後いつも彼の家のことが頭にうかんできてしまう。ちょっと後では、車の免許取得で福島で合宿していた時にかかっていた、徳永英明の「風のエオリア」。特に〜鷺色の〜というくだりが現地の寒々しい空気を代弁していた。一方、純粋にメロディーということでは陽水の「人生が二度あれば」や「心もよう」など。後者は俺のカラオケでのデビュー曲だった。
メロディーが奇麗であること、というのは、やはり最初の頃は好きな曲を選ぶ上での重要なファクターだった。先に書いたS&Gや数々の映画音楽、それに当時兄が弾いていたエレクトーンのレパートリーの中にすらも、例えば、ミシェルポルナレフの「ホリディ」、J・レノンの「ラブ」あるいはポールモーリアの「恋は水色」といった深い印象を受けた曲があった。
U ブリティッシュ
ビートルズのあとに最も影響を受けたバンドはクリムゾンとZEPである。前者は次章にゆずるとして、ZEPの「胸いっぱいの愛を」には少なくとも、今まで全く受けた事のないショックを味わった。ビートルズのヘルタースケルターよりもHeavyな音楽が存在するということにまず愕然とした。だがブルースの章で後述するように、ZEPはけっしてひとつのカテゴリーにおさまりきるようなバンドではない。だがこの時期はハードロックの1バンドとして彼らを位置付けていたし、それはそれで間違ってはいなかった。
それから、ビートルズのアビーロードを聴きおわって、もう終ってしまった、とがっかりしていたところに、手をさしのべてくれたのがウイングスであり、クイーンだった。特にクイーンの音はまるでひっくり返したおもちゃ箱だった。次々と豊富なアイデア、メロディーをひっさげて俺を楽しませてくれた。兄貴のテープを聴きたかったがそれが出来ず、自分で貸しレコード屋に行きながらひとつひとつ確かめていかざるを得なかった状況のなか、ある種宝物を掘り当てるような喜びをもっともあたえてくれたのがクイーンだった。名曲「White Queen」の持つメロディーラインの奥深さはブリティッシュそのものだ。
クイーンがある種、ビートルズ超えを果たしていたのにくらべ、ウイングスの場合はむしろ音楽的には何ら目新しいものはない。だが、アビーロードの続きは十分に果たしていた。Band On The RunやVinas & Marsも良いが個人的にはRamやLondon Townのもつ、前者は寂しさ、後者は寒々しさという、いずれも負の要素なのだが漠然とした感慨を与えてくれる両作品が好きだった。これはビートルズの他のメンバーにおいても、Jレノンであれば「ジェラスガイ」、Gハリスンでは「ビウェアオブダークネス」などで、やはりこみあげてくるような同種のいいものを見つけることができるが、やはりその生産量においてポールを取ることになる。
V プログレ
プログレとの出会いというとやはり兄がパイオニアのステレオで聴いていたクリムゾンの「宮殿」や「太陽と戦慄」だった。それまでビートルズしか知らなかった俺にとって、それらの音は凄まじいというか恐ろしいものだった。だが一方で「トリオ」や「夜を支配する人」等メランコリックでノスタルジックな(ある種、ラファエル前派のhaunting beautyという形容がぴったりなミレイの絵を彷彿させる)奥の深さというものも兼ね備えているこれらの音たちに、俺はすっかり惹き込まれていった。プログレの魅力というのはその語彙の豊富さゆえに、イマジネーションの宝庫であり、ある種、深い森に迷い込んでしまうような心地よさが体現できる楽しみがある。K・ブッシュの「魔物語」しかり、クリムゾンの「リザード」しかり、とにかく無数にある。
さて「宮殿」が東の横綱とすれば西の横綱はイエスの「危機」ということになるだろう。曲のクライマックスの荘厳な響き、そして何よりも18分という曲の長さ、その何もかもがプログレッシブそのものだった。同傾向の傑作にイングランドの「Poisoned Youth」、グレイシャスの「Heaven」などがあるが、やはり最初に聴くべきものは聴いておいたほうが良い。
プログレ四天王の残りのふたつ、PフロイドとELPも良く聴いた。74〜75年頃までの作品であれば、彼らのレコードは全て聴く価値がある。クリムゾンの解散した74年、俺はやっと小学校に入ったところだった。後に人生の大半において影響を受け続けることになるプログレがその年に死んでしまったことなどつゆ知らず・・。
W ユーロ
プログレ四天王に飽きはじめていた頃、NHK−FMの「軽音楽をあなたに」でやっていたユーロ・ロック特集を聴いたのがそもそものきっかけだった。当時キングレコードなどから昔の復刻版が一気に出はじめたのでオンエアーされたようだ。そうでなければ、絶対ありえない企画だった。いずれにせよ俺にとってそれはクリムゾン以来のショックだった。自然とエアチェックしていた俺も偉かったが…。
1曲目はニュートロルスの「アレグロ」。今までバロックとロックがこれだけダイナミックに共存した音は聴いたことがなかっただけに何か感動を通りこして、爽快感すら感じる曲だ。そもそもバロックとの融合はD・パープルからY・マルムスティーンに至る、ハードロック路線でも聴くことはできるのだがどうもカチっとまとまりすぎていて、ここまでワイルドではない。2曲目のアダージョも同じ意味で生々しくて凄い。そしてノヴァリス、PFMと続いてテープが切れた。ところがその後にかかったカナリオスの「四季」がまた凄かった。テープに録れなかった悔しさが大きかった分、大分あとになって渋谷のハンターでレコードを見つけたときの嬉しさといったらなかった。しかも、ユーロ・コーナーなどではなく、カ行のところに無造作に置かれていたのだ。
同じ頃、俺はお茶の水にあるジャニスという貸しレコード屋に出会った。それまでの友&愛にはどうも飽きたらなくなっていた頃だった。そこは全国でも最大規模ということだったが、プログレ&ユーロコーナーがあるのには正直、感動した。そして俺がジャニスで始めて借りたレコードがPFMの『幻の映像』だった。ジャニスまでの道すがら明治大学の重々しい校舎を目にするといつも頭に浮かぶのが「ミスター9時から5時」の途中にちらっと流れる教会音楽風の厳かなメロディーだった。思えば子供のころから祖母が熱心なクリスチャンだった影響で教会の讃美歌はよく聴いたりうたったりしたもんだ。どうやら俺は明治大学の校舎に長崎の教会をオーバーラップさせてしまったようだ。
ユーロ・ロックといっても俺が好んで聴いていたのは、殆どがイタリアン・ロックだった。ジャーマンやフレンチにはどうもピンとくるものがない。ひとつにはやはり一番英米ロックの影響を受けておらず、かつ国柄としての歌心が俺の気持ちにもマッチしたしいわゆる一つの個性となってストレートに音楽に反映していたからだろう。その証拠にミーハー嫌いの俺がイ・プーの曲にすら素直に感動するし、気づいたら彼らのレコードを3枚も持っている。きっと日本人の感性に近い部分もあるのだろう。ニュートロルスの『UT』に入っている「誰が知るか」という曲など、徳永英明かと思った。
名曲といえる曲は数多いが、その中でもオパスアヴァントラの「イルパヴォーネ(孔雀)」、レアーレアカデミアムジカの「パドレ(父)」、イルバレットディブロンゾの「メディタジョーネ」あたりはできるだけ多くの人に聴かれるべき曲だ。
ところでイタリアンロックの魅力はメロディアス路線ばかりではない。のちにクリームや次章のフランクザッパとの出会いによって、俺はブルースロックやジャズロックに目覚めるのだが、それによって、アレアや後期PFMの良さもわかるようになった。中でも『ライブ・クック』の「残りの9時から5時」では凄まじいインプロヴィゼイションを体験することができる。『チョコレートキングス』も最初ジャケットを見て買ったクチだったが、それこそ内容のほうもイギリスのバンドに負けない素晴らしいものだ。ちなみにイギリスでの同傾向の作品の最高峰としてソフトマシーンの「Softs」および「Alive&Well」をあげておきたい。
X F・ザッパ
ザッパの曲と一体化するのはたやすい。音が非常に近く聞こえるのだ。距離がまったくない。こんなアーティストは初めてである。最初はザッパというよりMOIだった。曲の意外性という点ではプログレ・ユーロにまったくひけをとらない。当時そんなアーティストに飢えていた俺にとってそれはまるで救世主のような存在だった。レコードが手に入りにくく高価だったというのも魅力だった。15,000円も出して「アンクルミート」を買ったものだ。MOI時代のマスターピースとしてはAbsolutely Free(完全な自由)を挙げておきたい。
さて、MOIは確かに、プログレ・ユーロにないむしろ「陽」の部分でのアバンギャルドな要素を十二分に提供してくれた。だがそれだけでは、俺はここにわざわざひとつのセクションとしてもうけることはしなかっただろう。MOIから今度はザッパへの重要な分岐点としてHot Ratsという作品が浮上してくる。最初俺はこの作品にMOI路線を期待していた為、全く良さが分からずにレコードを売るという愚を犯してしまった。だがその後CDでGunbo variationの完全バージョンを聴き直した頃には俺はすでにブルースやジャズロックに完全に目覚めていた。そして、この曲を皮切りに俺はその後のザッパの作品におびただしい数の同傾向の曲をみいだしてしまったがゆえに、どっぷりとその世界につかってしまうことになる。彼の場合はそのほとんどがライブ音源ということもあるが同じ曲が何度も再登場し、その都度、まるで個々に命がやどっているかのように毎回違った形で演奏されるので、飽きが来ない。彼がいみじくも述べているが「俺の曲は商品には見えない」のだ。だから彼に限って言えば、70年代だけが最高という俺の理屈は全く意味をなさない。You are what you isやBroad way the hard wayなどいずれも80年代以降の作品だがお気に入りの5本の指にはいってしまう。好きな作品は全てブルースロック絡みというわけでも全然ない。クリントイーストウッドのB級作品に等身大のアメリカを見るのと同じで、彼の作品から同じようにそういったものが随所に感じられてしまう。彼の個性的なポリシーを含め、とにかく曲以外の多くのものを彼は俺に与えてくれるのだ。
Y ブルース
ここでいうブルースとは、いわゆるホワイトブルース(白人によるブルース)をいう。その中でも、クリームに代表される英国風のものと、J・ジョップリン等が歌う、アメリカ風のものに分かれるように思う。この両者の違いについては最初意識していなかったし、また全てにあてはまるわけでもないだろう。多分、これは俺が勝手に分析しているだけのことであまり意味のない事かもしれない。だが少なくともクリームやTYAなどに言えるのは、ジャズの影響やインプロヴィゼイションが多いかなということ。これはブルースロック以外の他のイギリスのバンド、例えばクリムゾンなどがアイランドなどでみせるブルースロックにしても言えることだ。一方、ジャニスやCCRには、楽器よりボーカルの比重が多い感じだ。つまりよりダウン・トゥー・アースでエモーショナルとでもいおうか。もちろん例外もある。サボイ・ブラウンなどは初期はイギリスのバンドらしくブリティッシュ風だったがStreet corner talkingあたりからアメリカっぽく、別の言い方をすればカントリーが少しはいったようなところも見受けられるようになった。まあそういうわけで国籍にこだわるよりは、単にふたつのタイプと言い直してもいいかもしれない。
この、ブルースに入り込むきっかけになったのは前述したクリームやザッパもそうだが、もう少しさかのぼると、ZEPのIn my time of dyingやSince I’ve been loving youだったような気がする。もともとZEPはただのハードロックバンドではないと思っていたし、むしろハードロック自体はあまり好きではなかった。例えばブラックサバスのような単純なリフの繰り返しのものや、いわゆるヘビーメタルと呼ばれるものには、かえって単調さを感じてしまい、特にヘビーとも思わなかった。逆にボンゾのドラム以上にヘビーと感じる音は他になかったし、その中でも自然とブルースっぽい音に惹かれていったのかもしれない。ちなみに無意識に聴いていたものを入れるとビートルズのヤー・ブルースのほうが早いのだが(笑)。
さて、自分が気に入った音がブルースとわかれば、(ここからは意識的な話になるが)最初に来るのは3大ブルースギタリスト、つまり残りの2人であるクラプトンのクリームとジェフ・ベックしかない。とくにクリームにははまった。そこにはインプロヴィゼーションの極致があった。I’m so gradやCross roadの格好良さ!この2曲が起爆剤になったといってもいいくらいだ。その後、同傾向の長いソロがふんだんに聴ける、ザッパに走ったのは自然な成り行きだった。ザッパに関しては前章で詳述したので繰り返さないが、ブルースアルバムのリコメンデーションとしてはHot ratsとChunga’s revengeを挙げておきたい。
ザッパのあと出会ったのがJ・ジョップリン、TYAといったところ。前者はソウルフル路線、後者はジャズ路線の代表格といえる。ボール&チェインやミー&ボビーマギーには深い感動を、TYAのUNDEADでの演奏からはドライブ感の極致をそれぞれ味わうことができる。ところで、J・ジョップリンってちょっとロバートプラントに影響を与えてるんじゃないかという感じがするのだが気のせいだろうか。まあ、同じ業界だから多かれ少なかれそういうこともあるのかも知れない。
その後、メイブリッツ、パトゥー等マイナー路線に入り込んだあと、現在はR・スチュワートにはまっている。いわゆる回帰現象というやつで、CCRにしてもそうだが、以前から単純にいいと思っていた音を今は少しブルースというものを意識しながら聴いている。ブルースそのものからはちょっと外れるかもしれないが、イーグルスやレイナードスキナードなどたいていのアメリカンロックは基本的にブルースフィーリングを持っていると思う。だとすれば、つまるところそういったものに俺自身魅力を感じてきたのかもしれない。
もっと70Sロック
インプロヴィゼイション
台本にないセリフ。気持ちの高まり。これがインプロヴィゼイション(即興演奏)の醍醐味だ。あのエリッククラプトンがクリーム時代演奏が終った事も気づかず延々とギターソロを続けていたという有名なエピソードがあるが、所謂トランス(恍惚)状態にあったことは間違いない。通常、生(ライブ)演奏であればスタジオ録音と違ってその時だけの演奏が聞けるではないかと思うかもしれない。だが生であってもあらかじめ大まかな段取りは決まっているだろうし、延々とアドリブを繰り返す演奏というのは今ではあまり聞かれることはない。70年代にこそ、そうした演奏が多く聞けた訳だ。もちろん全てが素晴らしいものばかりだったとは言わない。ダラダラと長いだけで冗長のそしりをまぬがれないものもあった。そんな中で伝説的な演奏と言うべきものにはどんなものがあるのか。
大きくわけるとブルース系とジャズ系があるが、前者としてはまず冒頭にもふれたクリームの“アイムソーグラッド”が挙げられる。ヤードバーズの3分たらずのロックンロールがクラプトンのギターとパトリックジーヴァスのベースによる壮絶なバトルを擁した9分の大作に大変身している。ビートルズの起承転結ロックしか知らなかった俺にとって、彼らの奔放な演奏には度肝を抜かれた覚えがある。その後にFザッパにはまったことはロック遍歴にも書いたが、やはり16分におよぶ“ガンボバリエイション”が大きなきっかけとなった。この曲を長く感じたことは一度もない。臨場感あふれるザッパの集大成がここにある。ギターソロだけでなく、サックスやヴァイオリンのソロも聞き物だ。ちょっと過激さ強引さがすぎるがジミヘンの“ワイルドシング”のライブテイクも聴く価値ありだ。アンプが壊れんばかりに暴れまわるギターの勢いがとどまる所を知らずまさしくそのワイルドさにおいて右に出るものはない。それからこれは番外編になるが楽器というよりヴォーカル(語り)による説得力という点ではジャニスジョプリンの“ボール&チェーン”(ライブ版)も必聴だ。本来の歌詞にない語りで聴衆に切々とメッセージを訴えかけるまさに魂の叫びとも言うべき迫力は他の追随を許さない。
ジャズ系はやはりプログレ&ユーロ勢が中心だ。中でもイエスのライブ演奏にその要素を多く見る事ができる。例えば「イエスソングス」の中の“ユアズイズノーディスグレイス”など、サードのスタジオ録音とは比べるべくもない。当初「危機」や「こわれもの」が名作なのは理解できても「イエスソングス」の評価が高いのは何故だろうと不思議に思っていた。その豪華なアルバムジャケットほどの魅力を感じなかったことは確かだ。だが今はスタジオ演奏よりむしろライブ演奏を聴くことのほうが多くなった。英プログレ界のもう一方の雄、クリムゾンの「太陽と戦慄」から「レッド」までの時期におけるインプロヴィゼイションが、何か計算されつくしたものが見え隠れしているのに比べイエスの場合はより自由なドライブ感がある分飽きが来ない。
ロックがジャズに与えるもの
再びイエスの話しになるが、アルバム「リレイヤー」に収められている“サウンドチェイサー”はその卓越したテクニックや曲展開においてラウンドアバウトの進化した姿と呼べるくらいの絶対的評価が俺の中には存在している。プログレというブランドは74年を境に陳腐化したが、商業的な部分とは無関係にそのクオリティーやテンションが74年以降も全く落ちていないのがイエスだと思う。先の「リレイヤー」から80年の「ドラマ」までの作品群はただ売れなかった(つまり時代にとりのこされた)というだけのハナシでその内容はどれも素晴らしいものばかりだ。特に「イエスショウズ」はその時期の彼らの集大成ライブでもあるということで「イエスソングス」同様今でも聴くことが多い。
クルマを買い替えてテープが聴けなくなってしまった為に今やむなく車中ではCDを聴いているが、ジェフベックの「ブロウバイブロウ」と「ワイアード」はCD向きであり車内向きでもある。この2枚を聴いているとやはりただのジャズではなく“ジャズロック”でないといけないなと思ってしまう。ジャズの持つドライブ感はロックにない魅力なのだが、そこにベックの切り裂くようなギターがあるからただのBGMに終らないのだと思う。
これはジャズだけでなくクラシックについても言える。リストのピアノは確かに素晴らしい。だがアルバム1枚を聴きとおすのはつらい。クラシックファンからすると邪道かも知れないがやはりリックウェイクマンのアルバムの中でロジャーダルトリーが歌詞付きで歌っている“愛の夢”のほうが心にズーンと響くし、サラッと右から左へ逃げていかない分印象にも残り易いのだ。
イタリアンミラクル
イタリアンロックの持つあの癖のある独特な雰囲気にそれほど違和感が感じられないのは、その音にどこか昔の日本のポップスや歌謡曲が持っていたあの懐かしい哀愁のようなものが漂っているせいかもしれない。それがクラッシックの優雅さみたいなものやブリティッシュロックのテイストなどに微妙に溶け合っていたりするので、日本ほど軽すぎることもなく、むしろ非常に聞きごたえのある音楽にしあがっていることが多い。
その筆頭は、やはりイプーだろう。彼らの数多い作品の中で最もてっとり早くその全貌を押さえることができるのはやはり82年に発表された2枚組ライブ「パラスポルト」だと思う。まさしく心の琴線を震わせてくれるようなメロディーの宝庫なのだが、不思議と飽きる事がない。日本の歌謡曲と違って曲構成の奥が深く単純にサビを繰り返して終るような曲があまりないせいもあろう。その分メロディーが生きて新鮮さを保っている。基本はカンタウトゥーレと呼ばれるものだが、イプー以外のバンドにもスタイルの違いこそあれ、それぞれにそのイタリアン独自のテイストを残しているところに、イタリアンロックの良さがある。
ニュートロルスやオザンナのようにロック寄りの音にそのテイストが混じるとただでさえ濃いものがより強調されてまるで強い酒でも飲んでいるかのような火照った気分にさせてくれる。まさに人間で言えば非常に感情の豊かな情に熱い音楽ということができる。またイエスやクリムゾンの影響を受けた(と言うより曲の完成度は両者を凌いでいるのだが)PFMのようなクラッシックやジャズの要素が混じると、手品でも見ているような感覚になってしまう。まさに奇跡の音楽、イタリアンミラクルなのだ。
アニメ版「フランダースの犬」の主人公アロアが礼拝堂で遂げる感動的な最期のシーンがあるが、その時どうしてもオーヴァーラップしてしまうのはレアーレアカデミアムジカの“パドレ”という曲だ。その荘厳なメロディーはヨーロッパの童話の名作からインスパイアされその数百年の歴史を一瞬のうちにクロスオーヴァーして脳裏を駆け巡ったとしても不思議はない。あるいはPFMの“9時から5時”の軽快かつ牧歌的な笛の音色もイタリアン独自のものだ。
イタリアンロックの持つ音色の視覚的な豊かさや深さといったものは、プログレというジャンルの中で考えた場合、唯一ブリティッシュに対抗できるだけのものを備えていると言っていいだろう。
言葉に表せないもの
先日ふいにFザッパの“アンディー”が聴きたくなってテープをかけた。別に他の曲でも良かったのだろうが恐らくその時はたまたま“アンディー”の中に何か目に見えないアメリカ的なもの、あるいはFザッパ的なものが最も顕著に見え隠れしていたからなのかもしれない。もっと厳密に言うと“アンディー”〜“ソファー”に流れたあとのエンディングにザッパが日本語で“ヤッター!”と明るく叫んでいるように聞こえるその部分がフっと頭に浮かんで聴きたくなったのだ。その明るさがアメリカ的なものだったのかもしれない。
この言葉に表せない空気のようなもの。それがたまらなく好きで、俺がアメリカンロックを聴く大部分の動機はそこから来ている。恐らく、このカンジというのは、他人にはわからないだろうな、と思う。それこそ純粋に音楽だけが好きなのではなく、それを歌い演奏しているアーティストの属する国、その精神風土そのものが好きなのだから普通の洋楽ファンには負けようがない。負けたいと思っていても勝ってしまう。こんな変てこな気分って誰か解ってくれる人いるのかな。
ザッパに特にそのアメリカ的なものを感じてしまうのは、やはり彼の人となりに負うところが大きい。もちろんそれに音楽性が伴っていなければ、そこまで聴き込むことなんてないのだが、彼の場合はその生き方がかなりストレートに曲に反映してきている分、やはり聴いてしまうことになる。彼の生き方・・一言で言えば自由ということ。それは周りの環境からの自由。誰がどんな生き方をしていても認められる環境。自分の価値観にとことん邁進できる環境。それがアメリカ的なものなのではないかな。