笑顔の力
ぽっかりと開いた穴からは光が差し込み、青い空が覗いていた。
そこから顔を出し下を覗いた僕は、心の中で大きくため息をついた。
眼下に見えるのはほぼ垂直に切り立った崖と、その下に広がる海。
波間からごつごつと顔を出した岩々にぶつかって、波が白いしぶきをあげている。
今からこの崖を降りなければならない。
『降りる』というより『落ちる』といった方が近いのではないかという気がする。
しかし前方の通路は土砂で埋まり、今来た道を戻る事も出来ない。
今僕らがいるこの廊下はさっきからギシギシという不快な音をさせており、あとどれくらいもつか分からないのだから、残された脱出方法はこの崖を駆け降りるしかないのだ。
思案にくれている僕の横からフランソワーズがひょっこりと顔を出して下を覗き、小さく息を飲んだ。
もちろん彼女は、此処が切り立った崖であることはその眼で言い当てていたが、やはり真上から下を見た時の衝撃はかなりのものだったようだ。
それでもフランソワーズは何も言わなかった。
ただ僕の戦闘服の袖を掴んでいた手にぎゅっと力が入っただけだった。
「怖い?」
彼女の答えは予想できたけれど、なぜか聞いてみたい気がして尋ねた。
袖を掴む手はそのままで、彼女は僕の顔を正面から見つめた。
「怖くないわ。それに進むしかないでしょう?」
言うと思った。
ジョーは心の中で思わず苦笑した。
この一ヶ月の間、彼女がどんな風に過ごして来たかは分からないが、此処がBGの施設であったことを考えれば決して心易い日々ではなかっただろう。
一人どんな想いで日々を過ごしてきたことだろう。
だけど彼女はいつものまま。
この細く華奢な身体の中にとてつもない芯の強さを潜ませて、いつでも前を向こうと顔を上げる。
だけど、僕には分かっている。
君が心の中の恐怖や悲しみや怒りや心細さ……そんなものを一生懸命に封じ込めていることを。
僕の戦闘服を握る手が小さく震えているのを僕は知っている。
僕は彼女をしっかりと抱き上げた。
緊張していることを僕に気付かれないように、小さく深呼吸をした彼女のけなげさに、愛しさが込み上げてくる。
彼女の笑った顔が急に見たくなって耳もとで囁いてみたら、僕の期待通りに驚いた顔をした君は、次の瞬間溢れる様な笑顔で笑ってくれた。
君は知らないだろう?
君が僕にどれだけ勇気をくれるか。
君が笑ってくれると、身体の中にどんどん力が湧いてくるんだよ。
彼女の身体を抱く手に力を込めた。
目標地点をじっと見つめて、そして誓った。
必ず君を守ってみせる、と。
「行くよ」
僕は宙に向って一歩を踏み出した。