with you
ジョーのマシンがまっすぐにコーナーに向かって走り込んでくる。
他のマシンとしのぎを削っている時だけに今にもぶつかりそうに見えて一瞬息を飲まずにいられなかった。
団子状態にあるマシンの列から群を抜いて飛び出したジョーのマシン。
タイヤから白い煙を吐き出させつつ鮮やかなコーナリングテクニックを見せる。
これでまた更に1台抜いた。
観客の溜息ともどよめきともつかないものがうなり声をあげている。
観客席にいるフランソワーズの隣にいる女性2人はあんなに盛んだったおしゃべりを止めて、瞬きも忘れて
食い入る様にジョーの車を目で追っている。
フランソワーズはと言えば胸の高さまで持ってきた両手を祈る様に組んで固唾をのんでただひたすら事故が
起きない事だけを祈るしかなかった。
神がいるのかどうか、そんな事はどうでもいい。
自分が信じている者にすがるしかない。
事故が起きません様にと・・・・・・・・。
ジョーは今レースに参加している。
レーサーを職業に選んだのだから当然なのだが、彼が今回のレースに参戦するとはフランソワーズはもちろ
ん誰も思っていなかった。
何故ならついこの間までブラックゴーストとの戦いで殆ど調整ができていないのだ。
ジョーのチームメイトも調整に現れないのでてっきり不参戦だと思い諦めていた。
ジョーが調整に現れないのは珍しい事ではない。
彼が突然行方をくらますという事はこの業界では有名な話で、それ故にチャンピオンになれないのだと噂さ
れている。
だが、その理由を知るものはいない。
ジョーとの契約の時、突然行方不明になる事を不問にするのが条件だった。
メカニック達はそんな要求を呑めるはずがないと強く反論したが、実際彼に会ってその才能のすべてを見せ
つけられ仕方なく納得した。
チームメイトの相田はそんな事を思い出しながら煮え切らない思いを抱えてレースを見守っていた。
強く欲するならとっくの昔にチャンピオンになり輝かしい栄光のすべてをその手に握っているというのに・・
・・・・・・。
これまで不参戦になったのは数回。
一応電話で事前に連絡が入るのが常だが、今回は何の連絡もなく前日の夕方近くになってようやく現れた。
何もなかった様にスタッフルームに現れたジョーに契約どおり何の理由も聞かなかった。
マシンとジョー自身の調整はすぐに行われたが本来なら数週間前から行う調整を一晩で終えるというのは
容易な事ではない。
スッタフは殆ど睡眠を取れないままレースに臨むしかなかったし、マシンから片時も離れる事のなかった
ジョーは少しも休もうとしなかった。
サーキットロードの短い地平線上で点に見えるジョーのマシンがこちらに向かってくる。
早いかもしれないとは思ったが相田は残り10週だと合図を送った。
点に見えていたマシンは突風と轟音を引き連れてあっという間に目の前を過ぎていく。
素晴らしいテクニックと感だ。まったく申し分ない。
相田ははこのままだと2位までのびると踏んでいた。
ジョーの現在の順位は4位。
目の前の3位はすぐ抜いてしまうだろうし、2位も軽く抜けるだろう。
だが、1位を現在キープしているフランス人、ミシェロはジョーのテクニックを持ってしてもそう簡単には
追い抜けないだろう。
彼の才能はジョーに匹敵するものがあると評判だし、相田自身の目から見てもそれは間違いないと思われる。
いつもの調整をクリアできていれば優勝も間違いないのだろうが、そういった意味で今回のジョーは最悪だ
と言える。
「ま、どうかね。あいつならやっちまうって気もするが・・・・・・。」
チームの最長老おやっさんがたばこを燻らせて相田の思いを読んだ様にそう言った。
「ええっ!?あれだけの調整で優勝はないでしょう。・・・・・ったく惜しいなー。休まなきゃジョーは
とっくに優勝してるのにさ・・・・。何か事情があるんだろうけどなー・・・・。」
「仕方ねえぜ、それを言っちゃおしまいよ。その事情とやらも奴の才能のうちなのさ。」
「才能ねぇ。」
溜息まじりの言葉はおやっさんには聞こえなかったらしい。
相田は少しホッとしながらそれでもおやっさんの言葉をどこかで信じてみようと思っていた。
あと、2週。
ここまでジョーはよく頑張っている。
スタートが芳しくなかった割に今は2位にまで順位を上げている。
そして1位も目前だ。
しかし、現在1位の彼のテクニックもずば抜けているのだろう。
ジョーの順位はそこからは上がらない。
フランソワーズの胸の中は今にも張り裂けそうで堪らなかった。
いつジョーの乗ったマシンがスピンして横転するか、ハラハラして見ていなくてはならないのだから。
レースでのジョーのテクニックがどんなに素晴らしいものなのかは、人の話や雑誌なので嫌でも耳に入って
きているので分かっているつもりだ。
こうして実際に見ても他の誰よりも優れていると思う。
だがどんなに素晴らしいものを持っていたとしても、事故がいつ起こるかそれは誰にも予測つかないものだ。
まして今回は練習も殆どなしで参戦している。
あんなに止めて欲しいと言ったのに彼は、
「大丈夫だよ、フランソワーズ。今から行けば十分間に合うし、事故は絶対起さないから安心して。」
と言って傷付いた身体を押して出かけてしまったのだ。
・・・・・そう、ジョーは傷付いている。
肩から背中にかけて大きく斬りつけられたのだ。
傷は浅いものの、ギルモア博士からは1週間の安静を言い渡されている。
なのにジョーは出かけてしまった・・・・・・。
(ジョー、無事に・・・・無事にかえってきて!!)
最終コーナーに差し掛かった。
ミシェロのマシンにジョーのマシンが接触すれすれで近付いている。
そのままの態勢を保ちつつコーナーに突進していく。
グッとジョーのマシンがスピードを出し鋭角に入ってくる。
インコーナーのミシェロもスピードを上げそれに立ち向かう。
スピードがまったく落ちない。
それどころか、アクセルはもっと踏まれてスピードがどんどん上がっていく。
コーナーに差し掛かっているととても思えないスピード。
ジョーのマシンが頭を出した瞬間車体が小刻みに揺れ、車体の安定が保てなくなっていた。
「スピンするぞっっ!!」
ジョーのマシンはコーナーを鋭角に入ったままの姿勢を保ち更にスピードを上げ、ミシェロのマシンを
数ミリの間を置いてすり抜いて走り去った。
直線に入ってスピードを上げたジョーはミシェロのマシンを頭1つ抜いて、何もなかった様にチェッカー
フラッグを受けた。
「「「ジョー島村優勝!!!!」」」
誰が発したか分からない言葉に惑わされる事なく目を見開き全てを見ていたフランソワーズの深い蒼い瞳
が・・・・・そっと波打ち・・・・・・・・やがて大粒の涙を流しはじめた。
「ジョー!!」
「ジョー、この大バカがっ!コーナーをあのスピードで切るたぁ無謀すぎるんだよ!!」
「いや、おやっさん。一か八か懸けてみたんだよ。僕だってこんなにうまくいくとは思わなかったけど。」
舌を出して笑ってみせるジョー。
「お前って奴ぁ、命は惜しくねぇのか?マシンがバラバラになってたかもしれねぇってのに・・・・・・。」
「命はともかく、僕はおやっさんの調節してくれたマシンを信じていたからね。恐くはなかったよ。」
涼しげな顔をして答えるジョーは悪びれるふうもなく、どこか自信に満ちている感じを受けた。
(こいつは思った通り、大物になる奴かもしれねぇ)
何人ものドライバーを見てきたが、ジョーの発しているオーラは今までにほんの数人しかいなかった天才ド
ライバーのそれを遥かにしのいでいる。
突然行方不明になる事を聞いた時は1番先に「そんな奴の面倒は見れねぇ」と断ったのは他ならぬおやっ
さんだった。
だがオーナーが連れてきたジョーのレースにかける意気込みと華麗なドライビングテクニックを見せつけら
れしぶしぶ納得せざるを得なかった。
そしてチームとして行動を共にしているうちにジョーにはとてつもなく大きな可能性が含まれている事に気
付いた。
それが何処まで成長するのか分からないが、抱えている厄介な事情もそれでカバーできるのかもしれないと
も考えていた。
なにより、純粋にジョーの可能性に懸けてみたい、と思った。
お陰ですっかり引退する年齢にきているのに、それを拒み続けジョーの晴れの姿を見るまではと頑張ってい
る自分がここにいる事におやっさんは気付いていた。
「お前さんは・・・・・・大ばか者だよ!!」
脇にジョーの頭を抱え髪をくしゃくしゃにしてみせた。
「や、やめてよ、おやっさん。まだ表彰台に上がってないんだ・・・・困るよぉ・・・・・おやっさん。」
「ええい、心配懸けたんだからこれくらいさせろ!」
突然、おやっさんの手が止まった。
「おやっさん、どうかした?おやっさん?」
ふざけていたおやっさんの力がふいに抜けたので、ようやくジョーは顔を上げる事ができた。
乱れた髪のまま目線を正面に移すとそこに・・・・・・・・亜麻色の髪を風になびかせた、蒼い瞳のフラン
ソワーズが立っていた。
「フランソワーズ・・・。」
時間は止まっていた。
マシンの油と排気ガスの匂いの立ちこめるスペースで、似つかわしくない人が立っている。
少し困った様なでも頬をほんのり赤らめて恥ずかしそうにしている。
「あ、ああ、知り合いかい?そ、そうだな、ちぃっとは話す時間もあるぞ。呼びにくるまでここで話すと
いい。」
おやっさんは何かを察したのか、そう言い残すといそいそとその場を後にした。
「フランソワーズ・・・・。」
来てくれるとは思わなかった。
このレースに出る事を反対していたし、どのサーキット場で行われているかも何も話していなかったのに・・
・・・・・・。
「迷惑だとは思ったんだけど・・・・ジェットがスタッフパスポートをくれたの。これで中に入れるはずだ
って・・・・。そ、それでここに入れてね・・・それで、それでね・・・・・・。」
後の言葉は涙になって続いていかない。
「心配、して来てくれたんだね。そうなんだね?」
ジョーが一言そう呟くとフランソワーズはいても立ってもいられずその場を駆け出しジョーの胸の中に飛び
込んだ。
「ジョー・・・・・・・・おめでとう。優勝おめでとう。ジョー・・・・・・・・。」
「ありがとうフランソワーズ。こうして君に祝って貰って初めて・・・実感が湧いてくるよ。」
「うん・・・・。」
柔らかな髪を素手で撫でたかったが、皮のグローブはぴったり手にフィットしているので簡単には外せない。
ジョーは仕方なくそのままで何度も何度もゆっくり肩を抱き髪を撫でていた。
「もうこんな無茶しないでね。お願い。」
「それは・・・・・約束できないよ。少しは無理しないと普通の生活は遅れない。君を幸せにはできない。」
「ジョー、そんな・・・・。無茶してまで私、私・・・・・。」
「幸せにはなりたくないって言うんだろう?・・・・優しい君が言いそうな事だ。」
ジョーはフランソワーズから身体を離して、小さな椅子にフランソワーズを座らせた。
自分も適当な箱を捜しフランソワーズの正面を陣取った。
「フランソワーズ、よく聞いて。僕は普通の男として君と一緒に生きていきたいと思ってる。・・・・もち
ろんいろいろ困難な事があるのは知っているけど・・・・・だけど、それを理由に普通の生活を送れない
事はそれに負けた事になるって思ってるんだよ。」
「ええ、分かるわ。分かるんだけど・・・・・。」
「無茶は駄目だって言いたいんだろ?」
フランソワーズは軽く頷いてみせた。
何が無茶で何が無茶でないかは他人には難しい判断だと思う。
その判断は僕に任せて欲しいとジョーはフランソワーズを説得しようと口を開きかけた時おやっさんが入っ
てきた。
「すまねぇなジョー、タイムリミットがきちまったぜ。」
「ああ、おやっさん。今いくよ。」
振り返ってジョーはフランソワーズにできるだけ優しい声でこう言って去って行った。
「ここでちょっと待ってて。おやっさんの傍にいたらいいから。すぐ戻るよ。」
「お嬢さん、ジョーとは恋人同士かい?」
おやっさんと言われていた白髪まじりの黒髪をした初老の男は、ぶしつけにもそうフランソワーズに聞いて
きた。
「えっ!?」
そうです、ともいいえ、とも言えず俯いてしまった。
顔が熱くなっているのが自分でもよく分かる位なのできっと真っ赤なのだろう。
そう思うだけでまた赤くなってしまう。
「ああ、ごめんよ。外人さんだから回りくどく聞くより・・・・・と思ったもんだから。スマン。」
「い、いえ。そんな・・・・・。」
薄汚れた白っぽいつなぎを着てさわやかに笑う「おやっさん」と呼ばれていた男は、人なつっこい顔つきを
していた。
「ジョーが大事にしてるってのは、はずれてない様だな。」
おやっさんはとても嬉しそうに笑っていた。
フランソワーズは「大事な人」と言われて何故だかホッと胸を撫で下ろしていた。
「恋人」と言われるよりも「大事な人」と言われた方がどことなくしっくりと合っている気がしたのだ。
こくん、とおやっさんに向かって頷いた。
「そうかい、そうかい。それじゃ、ああ、・・・・やっぱりそうだな。
ジョーのメットの裏に貼付けてる写真はお嬢さんかもしれんな。」
おやっさんはフランソワーズの顔を正面からまじまじと見つめてそう突然言った。
今ひとつ話を掴めずにいるフランソワーズ。
私の写真を・・・ジョーが?
ヘルメットに・・・・・・?
「ジョーのヘルメットの中にな、きれいな女の写真が貼ってあるんだ。・・・小さくてよく見たわけじゃな
いが・・・多分お嬢さんの写真だと思うがな。」
「私・・・・ですか。全然知らなくって・・・・・。」
「まあな、まじないみたいなものだし彼奴も恥ずかしがりやだからそんな事言わねぇんだろうよ。でも確か
にお嬢さんだと思うがな。ほら・・・・・。」
おやっさんは手にしていた、今までジョーがかぶっていたヘルメットをフランソワーズに渡した。
ずっしりと重みのあるヘルメットは磨かれてはいるがかなり使い込んでいる。
表にはいくつものメーカーのロゴが貼付けてあって、白地だが色とりどりの派手な模様を作り上げていた。
(もし私の写真でなかったらどうしよう)
こうしてヘルメットを手にしてもまだそんな思いを拭いきれないんでいた。
そんな女性がいるとは思えなかったが、もし違っていたら・・・もう自分は立ち直れないかもしれない。
漠然とした不安が頭の中に駆け巡っていた。
おそるおそるベージュ色をした、柔らかな内側を覗き込んだフランソワーズは驚いた。
自分の小さな写真が貼ってあるではないか。
直径3センチくらいの丸く切り抜かれたらしい写真。
見た事のない写真の自分は明るく笑っている。
袖の短いチェックの上着を着ている所を見ると夏にでも撮ったのだろうか。
「これは誰も知らない事なんだ。・・・・・白状しちまうとな、俺が気付いてるのもジョーは知らねぇだろ
うさ。」
だからここでの話はなかった事にしてくれと茶目っ気たっぷりなおやっさんは、フランソワーズを拝むよう
に頼んだ。
驚きと嬉しさが胸の中でごちゃごちゃに重なって収集ができないでいるフランソワーズにおやっさんは更
に話を続けた。
「ジョーは・・・・・それを大事にしていた、とてもな・・・・・。」
大事に・・・・・していた。
私の写真を・・・・・。
「お嬢さん、あんたは幸せ者だよ。なんせ2人で一緒にこのレースを走り抜けたんだからな・・・。」
涙が溢れてきた。
泣くつもりなんかないのに・・・・・。
胸がいっぱいで、温かい気持ちでいっぱいで満たされている。
嬉しくても人は泣くのかと心のどこかにいる冷静でいるもう1人の自分が感心していた。
こんなにも幸せな涙を流したのは一体いつだったか。
・・・・・思い出そうとしても思い出せないくらい遥かな昔・・・・・。
「お嬢さん、ジョー信じるこった。お前さんを大事に思ってるジョーをな。」
「・・・はい・・・。」
「さあ、ジョーの所に行って来な。あいつは今お嬢さんの笑顔を見たいと思ってるはずだぜ。」
月桂樹の冠を頭にかぶり光るトロフィーを手にしたジョーが駆け込んでくる。
フランソワーズもジョーに向かって走り出し2人は記者たちのストロボが明るく光る中抱き合って喜んだ。
ジョーはフランソワーズの腰を横から支え、抱き上げてくるくると回った。
スカートがふわりと舞ってまるで絵画でも見ている様な美しさだ。
おやっさんはそんな2人を眺めながら確信していた。
どんな事があろうとジョーはチャンピオンになる。
どんな事情を抱えているかは分からないがきっとそれも超えて、心の底から喜べる日が必ずくる。
お互いを信じる心が全ての力になる。
大好きな煙草に火をつけておやっさんはにんまり笑ってこれからのレースに思いを馳せていた。
END
リクエストは『レーサーのジョー』
とてもかっこいいジョーにわたくしの萌え度メーターは振り切れました!
まるで、プロポーズしてるみたいですね。(うっとり)
こんな素敵なプレゼントをいただけるなら、年に2回誕生日が来てもいいですっっ!
みっちゃん様、ありがとうございました。
みっちゃん様のサイトはリンクページから飛べます。
只今連載執筆中。こちらも素敵です!