「+3℃」
太陽の光が雲の切れ間から降り注いでいる
その空に向かって白い長い階段が続いている
兄さんは…
兄さんは優しい笑顔で、私が立つこの場所よりも数段上から私に呼びかける
フランソワーズ
兄さんの声、はっきりと聞こえる兄さんの声
待って…私もそこへ行くから
そこへ行きたいの、だから待ってて
ほら、一歩近付けた…近付いたわ!
だけど私が一歩近付くと、兄さんは一歩階段を上って…
いつまでも、いつまでも…兄さんに触れられない
そのうち足が鉛のように重くなって…
一歩、たった一歩なのに前に踏み出せなくなる…
ほら、また重たくなってきた…
いや…兄さん行かないで!
私、前に進めないの、足が、足が動かないの!
声は届いているはずなのに…
兄さんはどんどん階段を上って行って……
もうすぐ…もうすぐ「夢」は終わる
そう、これは夢だって…夢の中で私は分かっているの…
いつもの夢。高熱が出てる時によく見る夢。
届かない相手は、ジャン兄さんだったり、両親だったり…。
もう、戻れない時間。もう、戻れない場所。もう、会えない人達ばかり……。
夢から覚めたい。
……目覚めたい……
「…ん〜〜…」
「フラン?」
「……」
うなされてるのか…。昨晩からだもんね。
…だいぶ辛いのかな。
すごい汗かいてる。このまま熱が下がってくれればいいけど…。
ジョーはフランソワーズの額の汗をタオルで拭った。
目線を落とすと汗でうなじに髪が絡まっているのに気がついた。
布団を少しずらして首筋の汗もタオルで拭う。
数日前から咳をしていて、軽い風邪だって本人は言ってたんだけど、昨日の夕飯の仕度の最中に具合が悪くなって、それっきり寝込んでいる。
博士とイワンは昨日から学会で居ない。なんで眠っているイワンも連れて行ったかは、たぶん仲間達からのさしがねというか…。
博士、変な気を遣わないで下さい。って言わなきゃいけない。
だから点滴も彼女の薬も僕が用意することになった。
フランソワーズは昨晩から何も摂取していない。
脱水症状を避けるための栄養剤と、細菌から彼女の生身の部分を守るための抗生剤入りの点滴を左腕に刺して、夜間それを外す時間に僕は目を覚ました。
彼女の腕から点滴を外して、また自室に戻ってはみたものの、時折うなされている彼女の様子が気になって、結局は隣に布団を敷いて寝る事にした。
現在時刻は午前10時。
今、僕は少しだけ眠い。眠いのに頭は冴えてて…。
ジョーは、目の前で眠る彼女の顔を見つめていた。
ピンク色の頬と半開きの口元を見つめていると、そこにキスしたい衝動に駆られるのだが、理性がそれを押さえていた。
「フランソワーズ…」
だめ、だめだよ!フランソワーズは具合が悪いんだ!それに、寝てる。
でも…
でも…額になら良いよね?
ジョーはベッドに腰掛けると、彼女の顔の横に両手を置き、顔を彼女に近付けようとした。
が、その瞬間、フランソワーズが寝返りを打ったために上手く近づけなかった。
その寝返りで、現在彼女の顔は、ジョーの腰の横辺りにある。
くるんとした長いまつげと、つやつやした口元はとても病人とは思えず…
やっぱり可愛いよ!
少し腰をずらしてもう一度、おでこに向かって再チャレンジ。
フランソワーズが早く元気になりますようにって願いを込めて。
「ん…」
よし!今度は上手くいった!
そして目に片方かかる前髪を上げて、そのまま彼女の額と重ねる。
昨日より熱、下がってるようだね。
間近で見る彼女の顔。
「フランソワーズ…綺麗だ…」
このまま抱きしめたい。
「!!」…な、何考えてる、僕は!
ジョーは体を起こすと、コツンと自分の頭をグーで小突いた。
「…ん……ん?ジョー…いたの?…何して…るの?…」
目を覚ましたフランソワーズが、寝ぼけ眼でこちらを見ていた。
「へ?!……お、おまじない!!」
ジョーは、突然眼を覚ました彼女に驚いて、身体を離すとベッドから降りた。
「……ゴホ、おまじない?…可愛かったから…ねぇ、もう一回して…。ゴホン、ゴホン」
ふふ。頭をコツンってしたら、どんな効果があるのかしら??
「え?!」
(もう一回して。ねぇ、もう一回して…)その言葉が頭の中でrepeatする。
「ま、また後で…。それより大丈夫?さっき博士に連絡したら風邪の熱だから2,3日休養すれば治るだろうって。寒くない?これ、新しいパジャマ出して置いたから」
僕は何をそんなに焦ってるんだ。額にキスしただけで、なんにも悪い事してないんだから堂々と話せよ。
もう一回して…ってもう一回「おまじない」したら今度は額じゃなくて…。
「…寒くないわ。ゴホッ…」
声が枯れてる。咳は痰が絡んだような感じだし…。喉が痛いかもしれない。
きっと喉に炎症があって、そこから熱が上がったのかも…博士に薬の処方、確かめておいて良かった。
「ゴホ…ゴホ。大丈夫。ありがとう。…ほんと全身に汗かいてるわ。着替えなきゃ…」
「うん、そうだね」
フランソワーズは新しいパジャマに手を伸ばすと、胸元のボタンに手をかけた。
数種類の薬は用意してあるんだけど、ビタミン剤も入れとこうかな。風邪の時はビタミンCの摂取が大事だから。
「ジョー、あの…着替えるから…身体も拭きたいから…」
「うん、その方が良いよ」
あ…ビタミンに関しては、薬よりもりんごジュースとかが良いかな?みかんもあったけ。
「…大丈夫よ。手伝ってくれなくても一人で出来るわ。着替えられるわ。ゴホ、ゴホ……」
そうだね。一人で着替えられるようだね。一人で着替えられるって…。
あ!!
違うんだ。僕は今、君の症状を見てたんだからね。勘違いされちゃうじゃないか!
「…えっと、じゃあその…お粥か雑炊、作ってくるから待ってて!」
「お粥?雑炊でも良いわ。ありがとう。嬉しい」
ジョーが部屋を出た後、着ているパジャマをするすると脱ぎ、タオルで全身の汗を拭く。
ふと手を止めて窓を見ると、窓の外ではチラチラと粉雪が舞っていた。
太陽の光に照らされて、雪が銀色に輝いて見える。
今日、誕生日なんだ…。
ジョーと誕生日のお祝いするはずだったのに、風邪で寝込んじゃった…。
ごめんね、ジョー。何か考えてくれてたみたいなのに…。
去年の今頃は「誕生日だからって二人にはさせないぜ」なんて笑いながらメンバーがお祝いしてくれたっけ。
ノそういえばノジョーと二人だけって初めてなんだわ…。
今年は皆それぞれの生活が忙しくて、年末年始に集まって年が明けたら、早々と国に帰っちゃったわね。どうしているかしら…。
新しいパジャマに着替え、体温を計るためにベッドに腰掛ける。
ピピッ…。37.3℃。
まだ微熱がある。けれど昨晩39℃あったことを思えば、随分と身体が楽だ。
新しいパジャマに着替えると気分もスッキリしてきた。髪をとかそうと、鏡の前に座る。
ルージュの横には、ブルーの箱に白いリボン。
プレゼントかしら?
ジョーは毎年、プレゼントをくれるけど…アクセサリーって貰ったことなかったな……。
どうしよう。こんな目立つ場所に置いてあったら、貰う前に見つけちゃったわ。
でも…ジョーから手渡しされたわけじゃないもの。…知らんフリしていよう…。
「フランソワーズ、着替え終わった?」
「あ!……ええ。終わったわ」
「両手、塞がってるんだ。開けてくれる?」
ガチャリ。
土鍋を乗せたトレーを持ったジョーが、部屋の中に入ってくる。
フランソワーズはパジャマの上にニットのカーディガンを着るとテーブルの前に座った。
そのテーブルに食事を置き、ジョーがフランソワーズの横に座った。
「雑炊にしたんだけど、食欲ある?」
土鍋を開けると天井まで湯気が上がって、食欲を誘ういい香りが鼻腔をくすぐった。
「いい匂い。熱も37.3℃まで下がったの。お腹もすいてるみたい。ジョー、今日のこと、ごめんね…ゴホゴホ…」
「咳、大丈夫?今日の事は別に構わないよ。今年は静かだね。たまにはこうゆうのも良いよね。…って君の誕生日に僕が言うのも変だけど…」
「そうね、こうゆうのも良いわね…」
「……あのさ…中、見た?」
プレゼントの事よね。
「さっき気がついたけど、…まだ貰ってないから勝手に見てないわ…」
中は何かしら。有名ブランドの箱だったけど…。アクセサリーかな?
「…中、空なんだ」
「え……」
「僕が持ってる。直接つけてあげたくて…」
ジョーは、雑炊をよそいかけたお椀をテーブルに置いた。
「左腕、出してくれる?」
ジョーは彼女の手をとり、ジーンズの後ろポケットから、ダイヤが並んだハートのチャームが付いたホワイトシルバーのブレスレットを出すと、フランソワーズの左腕に巻いた。
「誕生日おめでとう。デザインが気に入ったんだ、君に似合うだろうなって思って。全然迷わなかった。君を好きになった時のように…好きだよ。フランソワーズ」
全然迷わなかった。君を好きになった時のように…好きだよフランソワーズ
その言葉は素直に嬉しかった。突然の出来事に身体が熱くなるのを感じながら、左腕を見つめる。腕には贈られたばかりのブレスレットが光り輝いていた。
「…ありがとう」
本当は指輪と迷ったんだ。だけど指輪を送るのは生涯に一度だけって決めてある。
だから、その時まで君の薬指は、空けておいてね。
今年は普段でも身につけられる物を贈りたかったんだ。
そう、僕はいつでも君のそばにいるよって意味で。
…なんて思うのは簡単だけど、なかなか言えないよね。
ジョーはかなり照れていた。フランソワーズから視線を外すと、またお椀を手に取る。
そして雑炊をよそおうとした時……。
「私もジョーの事が好き。もうどうしようもないくらいに好きなの…」
フランソワーズはストレートにそう言うやいなや、ジョーの肩にもたれかかった。
そしてお椀を持つ手がずれて、ジョーの親指に雑炊がかかる…。
「うわっ!熱ーーっ!!」慌ててテーブルにお椀を置いた。
「私も熱い。また熱が上がりそうよ…。ううん、もう3℃くらい上がったかも…ジョー…」
「…熱いって…熱?…」
フランソワーズは、僕の腕に手を廻してさらに肩にもたれかかり、瞼を閉じている。
陶器のように透きとおった頬は、紅く染まっていて、まつげは少し濡れている。
そして彼女は…穏やかな表情で溜息をひとつ漏らした。
僕の中で…抑制されていた気持ちがはじけてしまった…。
「フランソワーズ…熱、もっと上げても良い?」
そして恋人に優しいキスを一つ贈る。
いつものキスよりも、とても温かく感じてフランソワーズの胸はドキドキと高鳴る。
だけど理性が働いて…。
「ジョー、風邪うつるわよ…」
「予防線はってあるんだ」
そしてもう一度、今度は彼女の背中に腕を回して抱き寄せると、一度目よりも深く長く唇を重ねた。3℃上昇と本人が言うように、先程より少し熱く感じる体温。
「……予防線…って…?」
「さっき風邪薬、飲んできたから。自分でも呆れちゃうよ。君は病気だってのに…。君とこうなりたいなんて。それに、まだ足りないみたいなんだ…」
ジョーはさらに恋人のキスを求めてくる。
「待って…やっぱりうつしそう…」
「人にうつせば治るって迷信、信じてみる?」
「ジョー…困った人ね。…私用の風邪薬だもの。効かないかもしれないわよ。
…でも…倒れたら私が看病してあげる…あ、そういえば、さっきのおまじないの意味も教えて…ねぇ、もう一回してみて…」
すっごく可愛かったのよ。頭コツンって。でも男性に可愛いなんて失礼だったかな…?
「さっきの、もう一回するのかい?一回だけだよ」
そう言って、ジョーは困ったように微笑んだ。
そして強く彼女を抱き締めると、「額におまじない」を贈った。
「ん?ジョー…?」
「ん?足りない?仕方ないな。じゃあ、もう一回…」
そのあとは、恋人達のsweet time。
Fin
<あとがき>
AZUKIさん、一周年おめでとうございます。93ファンにとっては記念すべき日にサイトのOPENをなさったのですね?。
これからも末永く、AZUKIさんのペースでサイトの運営を続けて下さい。応援しております♪
みさやんさんの超ラブリーなSSと、水無月りらさんの華麗なイラストのコラボ作品です〜。
盆と正月が一度に来たような幸せです〜。
二人のLOVE度に、私の体温も3℃は上昇しましたぜ♪
こんなお誕生日を迎えられるなんて、お嬢さん、熱だしても幸せですね。
それにしても島村君、相手が病人でも自制できないのね……。
それだけお嬢さんが魅力的ってことなんだろうけど(苦笑)。
お二方、どうもありがとうございました。
May.27.2004