Jealous Days

(5)

カフェを後にしたジョーは、セーヌ川のほとりをひとり歩いていた。
脳裏に浮ぶのはさっき見てしまったばかりのフランソワーズとジョナサンの楽しげな姿。
それを打ち消したくて、ジョーは頭を振った。
1回、2回、3回……
ジョーは頭を振り続ける。
しかし、どれほど振り払おうとしても、その光景はジョーの脳裏から消える事はなかった。

ふと視線の先に寂しげに飛び込んできた空のベンチ、それにジョーは腰掛けた。
(これからどうしたらいいんだろう。)
フランとジョナサンのことを祝福してやる気には到底なれないことはわかりきっていた。
(どれほどフランに嫌われているとしても、僕はまだ……)


自分ではない他の男のそばで微笑むフラン。
そいつの事を抱きしめるフラン。
そしてー
様々な情景が浮んでは消えて、ジョーを苛んでいた。
その情景を振り払おうとするかのように、また頭をひとつ振ったジョーはそのまま瞳を閉じた。


どれくらいそうしていただろうか。
突然、背後から目隠しをされたジョーは、慌てて問いかけた。
「えっ、フラン?どうしてここに?」
「よく私だってわかったわね。」
ジョーが振り返ると、くすくす笑うフランソワーズがそこにいた。
「そりゃぁ、ね。そんな事よりもフラン、どうしてここに?」
同じ質問を繰り返すジョーの様子を楽しげに見つめながら、フランソワーズはジョーの隣へ腰掛けてこう言った。
「結構探したのよ。ちょっとメ眼モも使っちゃったし、疲れたんだから。」
「だってフラン、君は今日はジョナサンとデートのはずで。」
「そうよ、デートしてたのよ。でもジョー、あなたがあのカフェに来るんだもの。気になって仕方なかったわ。」
笑いながらこう言うフランソワーズにジョーは驚きを隠せなかった。
「フラン、気づいてたんだ。」
「勿論よ。私があなたに気づかないわけ無いじゃない。だから、追いかけてきちゃった。ジョナサンさんに悪いことしちゃったわ。」
悪戯っ子のようにちょっぴり頬を膨らませているフランソワーズの様子に、ジョーの声は段々と小さくなっていった。
「だってフラン、君達の様子が本当に楽しそうだったから、邪魔したくなかったんだ。それに、ジョナサンだろ、以前、君に絵をプレゼントしたのは。
『自分じゃないみたい。』なんて言いながら、フランってばうれしそうでさ。その絵のことをすごく喜んでたじゃないか。
ー僕はそんなに素敵に君を描くことなんてできないから。」
俯きがちにこう告げたジョーに、驚いたような、少し怒ったような眼差しを送ったフランはため息ひとつ、その後、ジョーに微笑み返した。
「何ばかなこと言ってるの?私はあなたに”私の絵を描いてほしい”なんて思ったことは一度もないわ。
誕生日やクリスマスに贈り物をしてくれるのもうれしいけれど、それが全てじゃないもの。あなたはあなた。他の誰にも変えられないわ。
こうして二人寄り添っていられる、私のそばにいてくれる。そのことが一番うれしいもの。」
「フラン、それってー」
狼狽するジョーの様子に少し呆れながら、でも笑みは絶やさずにフランソワーズは言葉を続けた。
「ジョー、シャイなのにも程があるってものなのよ。もう、しっかりしてね。」
こう言いながら、フランソワーズはジョーの首に腕をまわすと、そのまま柔らかく抱きしめた。
「昨日はごめんなさい。」
自分の肩に顔をあずけて、こう囁くフランソワーズは小さく震えていて。
「いや、僕のほうが悪かったんだ。フラン、君を不安にさせたりしたから。……ごめん。」
その耳元に囁きかけながら、ジョーはフランソワーズの身体に腕を回した。


華奢なその身体を腕の中に包み込んで。
彼女への愛おしさがこみ上げてきたジョーは、フランソワーズを抱きとめながら、彼女の髪に腕を伸ばした。
いつも手入れを欠かさない、艶やかな亜麻色の髪。
その感触を楽しむかのように、ジョーはフランソワーズの髪を梳き始めた。
フランソワーズもいつからかジョーの首に回していた腕を解き、その身体をジョーにもたれかけていた。


ただ二人、静かに寄り添っているだけなのに、言葉にするよりも多くの想いを伝え合う事ができるような、そんな濃密な時間が流れゆく中、 フランソワーズの髪を梳くジョーの手が、偶然彼女の頬に触れた。
それは一瞬の逢瀬。
でも、指先に残るその熱は、確かにフランソワーズを感じさせ、その感覚はジョーの身体を巡り行き……
想いがあふれ出しそうだった。


(ーやっぱり押すべき所では押していかないとな。)
不意に昨日のジェットの言葉が思い出された。
”押すべき所”
正直、それがどこなのか僕にはよくわからないけれど。
僕のフランへの想いは真実ここに存在して。
”今、この瞬間にも彼女に触れていたい”
留まることなしにあふれ出すそれは、僕の中で悲鳴をあげているから。


フランソワーズのつややかな髪を梳いていたジョーの手は、流れるようなその動きのまま、自然とフランソワーズの頬を捕らえていた。


突然頬にジョーの体温を感じて、フランソワーズはジョーのほうへと視線を上げた。
その視線の先にあるのは、ジョーの瞳。
いつに無く真摯な色を湛えたその瞳に、自身の全てをからめとられそうな感覚を覚えて。
フランソワーズはジョーから視線をそらすことが出来なかった。


「ジョー……」
囁くように自分の名を呼ぶフランソワーズの頬にもう片手も添えて。
手のひら全体でその柔らかい感触を感じ取ろうとするかのように、ジョーはフランソワーズの頬を両手で包み込んだ。


「フラン……」
ジョーの視線が絡みついてくる。
それは、とても甘美な束縛。
そして、頬に触れる手のひらの熱が与える、甘やかな刺激にその身をゆだねて。
フランソワーズはそのまま瞳を閉じた。








                                          TO BE CONTINUE