洗濯機は踊る

(後編)



昼近くになってようやく問題の二人が一階へ降りて来た。
「……はよ〜……」
胸元をポリポリと掻きながら、ジェットが気の抜けた挨拶をする。
いまだパジャマ姿である。大方小腹がすいて起きて来たが、腹ごしらえを済ませたらまたベッドに潜り込むつもりなのだろう。
「おはよう、みんな。」
ジェットよりはましではあるがジョーもまだ覚醒しきれてない様子だ。
若いせいか二人共すこぶる朝は弱い。

「おはようじゃないよ、もう昼だよ、二人共」
ピュンマが冷静を装い返事をするが、いらだちは押さえきれない。
当然だろう。こっちは逃げそびれて朝から気の休まる時がないというのに、多分その元凶であるこの二人はまったく呑気なのだから。
「仕方ねーだろう。ジョーと飲んでて寝たの明け方なんだぜ。」
ジェットが豪快にあくびをしたところにフランソワーズが二人分のコーヒーを運んできた。

「おはよう、ジョー、ジェット」
コーヒーを手渡しながらにこやかに笑うが、いまだ目は笑っていない。
「きょうはシーツやパジャマを洗ってしまいたいから、特にジェット、私に見つかって困る物があったらちゃんと片付けておいてちょうだい。」
心当たりがあるのだろう。ジェットはニ階へすっとんで行った。
以前シーツを剥がしにきたフランソワーズにお宝本を見つけられ、速攻で処分されたにがい過去があったからだ。
サラダとオムレツを持って来たフランソワーズに礼を言いつつテーブルに着くジョーを横目で見ながら、ピュンマとアルベルトは確信を固めていた。

『……ジョーだな。』
『ジョーだね。』


もしことの元凶がジェットなら、今ごろ有無を言わさずジェットの部屋は急襲され、ダイナマイトボディのお姉さん達はゴミ箱に放り込まれていただろう。
先程のフランソワーズの台詞はかなり恩情に溢れたものだった。
ということは消去法で元凶はジョーということになる。
しかしジョー本人は全くこの張り詰めた空気に気付いていないらしく、のんびりコーヒーを啜っている。
恨めしい。思わずピュンマとアルベルトが睨みつけるとようやく二人の視線に気付いたジョーがのろのろと顔を向ける。
「…何?なんか顔に付いてる?」

ピュンマがグッと拳に力を入れたのが分かった。
分かるぞ、ピュンマ。俺もマシンガンをぶっ放したい気分だ。
だが幸いにリビングに銃声が響く事はなかった。
すごい勢いでジェットが飛び込んで来たからだ。
口から泡を吹きそうな勢いでジェットが叫んだ。
「俺のジェシカちゃんがいねえ!!!」



一瞬の沈黙の後ピュンマが聞いた。
「ジェシカって誰?」
「俺のスイートハニーさ。金髪で、こう胸がボインボインでさ、腰付きがキュートでめ
  ちゃめちゃいけてる女で。おっかしいなぁ、なんで部屋にねえんだろう?」
オムレツをつついていたジョーの口が『あっ』という形に開いた。
「昨日ジェットがリビングに持ってきたやつじゃない?すごくいかす娘がいるから見せて
 やるって。」
「あ?」
慌ててリビングを見渡すと部屋の隅に車の雑誌と共にグラマラスな美女が表紙の本が積んである。
ジェットは安心したように一番上にあったグラビア雑誌を手に取ると、嬉しそうにピュンマ達の横に座り、スイートハ二ージェシカちゃんについて熱く語りはじめた。
胸にばかり栄養がいってしまったかのようなトロンとした半開きの瞳。
あいかわらず趣味が悪い。

「そんでよ、この娘がジョーのお気に入りのリーファちゃんだ。」
ジェットの開いたページには黒髪、黒い濡れたような瞳のこれまたグラマーな中国人美女が微笑んでいる。
ほ〜ジョーはこの手が好みか。
思わずアルベルト達に見つめられてジョーが苦笑した。
「話が混乱しているよ、ジェット。」
サラダのきゅうりをつつきながらジョーが言った。
「君がイシュキックはどんな女だった?って聞くからこの娘に似ているよって言ったん
 じゃないか。」
イシュキックを知っているアルベルトが確かに似ているなとつぶやく。
「どっちかっていうと僕は次のページの娘の方がいいって言ったんだよ。」
次のページをめくるとそこにいたのはこういうグラビアには不似合いなほど清楚な雰囲気の女の子だった。
髪や瞳の色は違うがどことなくフランソワーズに似ている。

「そーだっけ?でもお前だってやっぱ女は胸がでかい方がいいって言ってたじゃない
 か。」
酒のせいか今一つ昨夜の記憶があやふやなジェットが更に言いつのる。
おいおい、フランに聞こえたら大事になるじゃないか。
アルベルトたちは青くなるがジョーは動じない。
「君がジェシカちゃんとやらを一時間も熱く語ったうえに、『男なら誰でも巨乳が好きな
  はずだ、素直に認めないと寝かさねーぞっ』て無茶苦茶言ったんじゃないか。
 おかげで全然寝足りないよ。」
はふっ、とジョーがあくびをした。

全くこいつはろくでもない事を……
ピュンマとアルベルトが呆れながら顔を見合わせたとき、背後からピリピリとしたオーラが漂ってきて、二人は慌てて振り返った。
「げっ、フラン」

シーツを洗濯機に突っ込んで来たフランソワーズが、腰に手を当ててジェットをにらみ付けていた。
目が据わっている。本気で怒っている。
「……随分話が違うじゃないの、ジェット」
「あっ?」
「朝ここで酔いつぶれていたあなたが急に起き出したと思ったら、ジェシカちゃんがいか
 にゴージャスなボディの持ち主かを私に延々と語ってくれたのよね。」
ゴクッとジェットが生唾を飲む。背中に汗がツツっと流れる。
「俺そんなこと言ったんだ?」
「ええ。加えてジョーはこの女がいいってさ、ってさっきの黒髪の女性のグラビアを見せ
 てくれたあげく、胸がでかくないと女じゃないとジョーが言ってたと教えてくれたのよ
  ね。」



ピュンマとアルベルトは合点がいった。
今朝からの嵐の原因はこれだ。
ただでさえイシュキックに関してはトラウマのようになっているフランソワーズ。
濡れた様な瞳のイシュキック似の美女がジョーの好みと知らされておもしろいわけがない。
まして巨乳好きと聞かされたら……不機嫌にもなるってもんである。
『確かにイシュキックは目のやり場に困るくらい巨乳だったからなぁ』
『でも、じゃあ元凶はジョーじゃなくてジェットなんじゃないか』
二人が脳波通信ですばやく会話する。
ジョーがいきりたつフランソワーズに向かって言った。
「胸は大きさじゃないよ。大切なのは型と感度だろう?」
…………ジョー、お前まだ寝ぼけてるだろう、実は。レタス食いながら言う台詞かよ、それ。
アルベルト達が頭を抱える。
今まさしく火がつく寸前のフランソワーズに油を注ぐ様な事は止めてもらいたい。
だが幸いな事にフランの激情はジェットのみに向けられていたためジョーの問題発言はさらりと聞き流された。
そしてその怒りが頂点に達したときーーーーーー

ピィィィィィィィィィィィ……
いとも悲し気な大音声が鳴り響くとガタンガタンという振動を最後に洗濯機が動きを止めた。




ギルモア邸の洗濯機は今その一生を終えた。
本日のフル活動がくたびれかかったその体にとどめをさした。
叩いても蹴飛ばしても擦ってみても、もうビクともしなかった。

『ジェットのせいだね』
いつの間にやってきたのかイワンが空中に浮かんでいた。
『君が余計な事を言わなければ洗濯機は過酷な労働をしなくて済んだんだ。』

「俺のせいかよ?」
「君のせいだね」
「お前のせいだろう」
「ジェットが悪い」
ピュンマとアルベルトは容赦がない。
いつのまにかジェロニモまでもが会話に参加している。
精霊との交信は終了したらしい。
『……ということだから君が責任もって新しい洗濯機を調達してくるんだね。』




ギルモア邸の皆に責められ、しぶしぶジェットは電気屋に向かった。
最新式の大容量の洗濯機。
あの後イワンがカタログを取り寄せ、フランソワーズが欲しい物を決めた。
今人気の品らしく、どこの店でも品切れ状態。
それでも一番早く取り寄せてくれるという店で申し込むとジェットは帰宅した。
「2,3日中には届けてくれるってさ。」
「困るわ」
「へっ?」
「毎日多量の洗濯物が出るのよ、2,3日なんて待てないわ。」
「だってどうしてもあの機種がいいって言ったのはフランじゃねーか。どうしろっていう
 んだよ。」
困惑するジェットに、にこやかに微笑みながらフランが言った。
「ジェットが責任取ってちょうだい。はい、これ」
ジェットは手渡された物を見て顔色を変えた。
これで俺に洗濯をしろと?

「まっ、がんばるんだね」
「自業自得だね」
仲間の冷たい言い種にジェットは空中に浮かんでいるイワンに向かって叫んだ。
「てめぇ〜イワン、お前の陰謀だろう。洗濯機が品切れなのもこれを用意したの
 も!!!」
『さあね』
ニコッと笑いながらイワンは言った。
『この中でいつも一番服を汚すのは君だもの。たまにはフランの苦労を知るのもいいと思
 うよ。』



洗濯機が来るまで、洗濯板でこすれてジェットの指が傷だらけだったのはいうまでもない。

THE END 2003.12.6