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「フランソワーズっ」
呼び鈴が鳴ると同時に、玄関から一人の少年が飛び込んでくる。
もどかしそうに靴を脱ぎ、けれどちゃんと礼儀をわきまえていて脱いだ靴を揃えてくるのが可愛らしい。
そして脇目も振らずキッチンに向かうと、そこにいたフランソワーズに抱きついた。
「やっぱり!マドレーヌの匂いだと思った。オレ、これ大好き♪」
「うふふ。今お茶にするから手を洗っていらっしゃいな。」
はーい、と元気に返事をして洗面所へと向かったのは、只今ギルモア邸に居候をしている若月健太、当年9歳であった。
健太の父親は生体工学の権威である。
コズミ博士の教え子で、ギルモア博士も懇意にしている。
妻を早くに亡くし父と息子二人で生活してきたが、1ヶ月前BGに誘拐され、サイボーグ戦士の活躍で救出されたものの大怪我を負い、ただいま入院中なのである。
他に頼るところのない若月博士は当初コズミ博士に健太の養育を頼んだが、のんびりとしたコズミ博士が元気の良過ぎる健太少年に振り回されているのを見るに見兼ねたフランソワーズがギルモア邸で面倒をみるといいだした。
健太はフランソワーズにすぐになついた。
兄弟のいない健太はイワンの世話を嬉々として行い、ギルモア博士にも物怖じせずに話し掛けるので可愛がられた。
つい先日まで滞在していたジェットはおもしろがってまるで子分の様に健太を連れ歩き、悪い事を吹き込みやしないかとフランをやきもきさせた。
父子家庭の為自分で作る機会も多いらしく、料理の腕もなかなかのもので、張々湖も教えがいがあると張り切っていたし、ピュンマも多忙な中、彼に海の話やアフリカの事を語って聞かせるのが楽しいようだった。
子供など嫌いなのではないかと心配していたが、意外にもアルベルトとグレートもすんなり彼を受け入れた。
音楽や本の話、歴史の話etcと健太の興味はとても9才とは思えない程広く、二人の話を眼を輝かせて聞く様子ははたから見ていても微笑ましく、そのつぶらな瞳で博識なところを感嘆されれば、誰だって悪い気はしない。
ジェロニモに対しても、さすがにその大きさにはじめビビっていたようだったが、すぐに彼の優しさに気付き、肩によじ上ったりといい遊び相手になっていた。
彼らが故郷へ帰る頃には健太はすっかりギルモア邸に溶け込み、ジェットなどはトランクに詰めて帰りたいと半分本気で言うくらいだった。
しかし、ただ一人健太に受け入れない人物がいた。
ジョーである。
これは意外の一言につきる。
ジェットほどではないが、今まではジョーも女子供には絶大な人気を誇っていた。
それなのに健太はどうしてもジョーになつこうとせず、他のメンバーはファーストネームで呼ぶと言うのに、ジョーだけは1ヶ月経っても『島村さん』と呼ぶのである。
何かしたんじゃないのかと皆に聞かれてもジョーに心当たりはなく、見るに見兼ねたピュンマが聞き出そうとしたが、健太にも『別に理由なんてないよ』と切り替えされただけだった。
そして今、ギルモア邸はジョーとフラン、イワンと博士、そして健太の5人暮らしである。
人数が多いときにはさほど気にならなかったが、こうなるとジョーと健太の不仲は目に付く。
フランソワーズはお茶を運びながらちらりとリビングへと眼を走らせ、小さくため息をついた。
ソファに座るジョーは健太の存在を無視するかのように背を向けてテレビを見ているし、健太は健太で一言も話し掛けず、夜の時間のイワンのクーハンを覗き込んでおり、全く視線を合わせようとしない。
ギルモア博士は出かけているし、イワンは寝ている。この冷えきったリビングの雰囲気をどうにかするのはどう考えても自分しかいないと思うとちょっと胃が痛くなった。
(なんでこんなに仲が悪いのよ、この二人は……)
それでも大きく一つ息を吸い込むと、わざとらしくない程度に明るく振る舞いながらリビングに入っていった。
「お茶にしましょう、二人共。マドレーヌ、とてもおいしく焼けたのよ。」
「ああ、おいしそうだね。フランの作るマドレーヌは絶品だからね。」
ジョーに褒められてフランソワーズの口元に自然に笑みが浮かぶ。
健太がそんなフランソワーズの様子を面白くなさそうにちらりと見た後、やたら挑戦的に言った。
「オレ,大好物なんだ。ありがとうフランソワーズ、オレの為に焼いてくれたンだよね。」
「……ちなみに僕の好物でもあるんだけどね。」
「へ〜、島村さんってマドレーヌも好きなんだ。好きなのは木苺のタルトとガトーショコラだと思ってたよ。」
ジョーの紅茶のカップを持つ手がピクっと震えたのをフランソワーズは見のがさなかった。
(うわっ、まずいわよ健太君。ジョーの機嫌がわるくなっちゃうわ。)
健太の方には全くといって良い程、歩み寄る姿勢は感じられない。むしろジョーのいやがる話題をあえて選んで、喧嘩を売っているとしか思えない。
フランソワーズは思わずため息をついた。
F1を再開してから、その容姿に惹かれた女性達の間で、ジョーはアイドル並みの人気者になった。
彼自身は周りからのそういう好意と好奇の視線を煩わしく思っているのだったが、ジョーがマスコミ嫌いなのが更に好奇心に拍車をかけるらしく、毎週の様にゴシップ雑誌が彼の記事を掲載していた。
先週の記事はよほどネタがなかったとみえて、ジョーが銀座の有名洋菓子店でケーキをテイクアウトした、というものだった。
そこから『彼がおみやげのケーキを恋人と食べるのだろう』と無理やりこじつけるところはもうあっぱれとしかいいようがない。
ただ問題はジョーが買ったそのケーキをギルモア邸の誰も食べていなかったことだった。
ジェットが「本当に女の所で食べて来たんじゃねーの?」と命知らずにもつっこみ、フランソワーズがむくれ、慌ててジョーが弁解するといった騒ぎがあったのだ。
結局木いちごのタルトとガトーショコラは、その日誕生日を迎えたというのに、一人残業に追われていた彼のチームのプレスの女の子にジョーが差しいれたものだったのだが、ただケーキを買っただけでこんなにも騒がれることに、ジョーのマスコミ嫌いは増々激しくなってしまったのだった。
さすがに温厚なジョーも、何かといっては挑戦的な健太に優しく接することなど出来ず、最近は不機嫌な顔を隠す事もなく黙り込むようになった。
頭がクラクラとするのを感じながらなんとか穏便にこのティータイムを乗り切ろうと会話を盛り上げようとするが、フランソワーズの気持ち等おかまいなしで、二人の間には寒々しい空気が漂うだけだった。
「か,買い物に行きたいんだけどっ……」
たまらなくなってフランソワーズが言うと、健太がジョーが口を開こうとするのを遮る様な勢いで慌てて言った。
「オレが荷物持ちしてやるよ、フランソワーズ!!!」
「えっ、でも宿題があるでしょう?いいわよ、イワンと留守番していてくれれば。」
本当のところ、すこしジョーと二人になって彼の機嫌を直したかった。 このままの気まずさで夕食まで突入したら、何を作ってもおいしくなんか感じられないだろう。
「夕食の後でやるから大丈夫。それに島村さんと一緒に行って変なマスコミに追っかけ回されたらどうするんだよ。島村さんは自業自得だろうし役得も一杯あるんだろうから仕方ないけど、フランソワーズは迷惑するじゃないか。」
(ああ……だからなんでやたら好戦的なのよ、健太君。ほら、増々ジョーが怖い顔になっちゃったじゃない。)
こうなったらとにかく二人を離した方がいいと判断したフランソワーズは健太と共に買い出しに行く事にした。
今夜はジョーの好きなものを作ってあげよう、と思いながら。
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