少年よ大志を抱け

(2)



小さな悲鳴が聞こえた気がした。
慌てて耳のスイッチを最大限に発動させて周囲を探る。
風上に向かって神経を集中させる。
急に立ち止まったフランソワーズをいぶかしげに見上げる健太が口を開こうとするのを、口もとに指を当てて制する。

「やだっ!ママー、」
「おとなしくしろ!!」
小さな女の子の泣き声と、男の声をとらえた。あきらかに様子がおかしい。
慌てて声のする方に視線を移すと、すぐ近くの公園の木陰で男が女の子の口を手で塞ぎ抱きかかえるのが見えた。




フランソワーズは走った。
眼と耳をフルに稼働させて男の行き先を探ると公園の端に不自然に停められたワゴン車を見つけた。
(あれに連れ込むつもりね)
間に合って欲しい。フランソワーズの脳裏にここのところ巷を騒がせている少女誘拐事件が浮かんだ。
首都圏を中心に女の子が誘拐されていた。いままでに3件。
警察の懸命の捜査にも関わらず一向に手がかりが見つからないらしい。


ワゴン車の前に滑り込むと丁度ぐったりとした少女が車に詰め込まれるところだった。
「その子を離しなさい。」
突然現れたフランソワーズに男が動揺して手を離した為に、女の子は道路に崩れ落ちた。
「何をしようとしていたの?その子をどこへ連れて行くつもり?」
容赦ない追求に男の眼が泳ぐ。降参するように両手が上に上がる。
抵抗する気は見られない。




その姿にフランソワーズは力を抜いた。
これでも百戦錬磨のサイボーグ戦士である。普通の人間相手では確実に自分の敵ではない。
「フ、フランソワーズ……」
息を切らした健太が追い付いて来た。
忘れてた。買い物の途中だったんだっけ。
買い物のビニール袋を持ったまま凄んでいた自分に思わず苦笑すると、手を上げたまま動かない男の足元に倒れている女の子に駆け寄った。
「大丈夫?しっかりーーーー」


フランソワーズが女の子を抱きかかえたと同時に、脇の木の陰から男が飛び出して来て、健太を羽交い締めにした。
手にはナイフを握っている。
「!」
フランソワーズと健太は息を飲んだ。
車内に人陰がないので単独犯だと思い込んでいた。
フランソワーズは自分自身に舌打ちした。
もっと慎重に行動すべきだったのだ。
なまじ相手が普通の人間だったので油断してしまった。




フランソワーズは女の子を抱きかかえたままゆっくりと立ち上がった。
先程までおどおどとしていた男がフランソワーズの頬を殴った。
「生意気なんだよ,おまえ!」
「止めろ!人が来る。早く車に乗せろ!」
なおも殴ろうとする男を後から来た男が制すると渋々と従い、車に乗り込むよう顎で合図する。
(どうやら健太君を押さえている方がリーダーのようね。でもまずいわ、なんとかしなきゃ。)


女の子を抱えたフランソワーズに続いて健太を連れた男がワゴン車に乗り込む。
フランソワーズを殴った男は運転席に向かう。
男がドアを閉めようとナイフを持つ手を一瞬健太の首から離した。


フランソワーズはその隙を見のがさなかった。
男の手に飛びつくと健太に叫んだ。
「逃げて!早く!」

慌てて、ドアが閉まらぬまま車が発進しようとした。
健太が身を屈める様にして男の拘束から逃れると、転がる様に車から飛び出した。
健太を捕まえようと車を停めようとする男に「このまま行け!人が来るとまずい!」とフランソワーズと揉み合う男が命令した。
車が再び加速した。
そのはずみでフランソワーズと男がもんどりうって体勢を崩した。
格闘技でもやっているのかなかなか男は手強い。
狭い車内で女の子をかばいながらでは思う様に力が出せない。
それでも優位をとろうとした瞬間フランソワーズの首に衝撃が走った。
するどい痛みが全身を駆け巡った。
運転席の男が身を乗り出してスタンガンを当てたのだ。
声にならない悲鳴をあげて、フランソワーズは意識を手放した。




半開きのドアを閉めながらリーダー格の男が息を吐いた。
「なんなんだよ、この女。邪魔しやがって。」
「どうするんだよ、そいつ。」
予想外の展開に動揺する運転手に男が吐き捨てるように言った。
「どうするもこうも……とりあえずこいつも連れてくしかねえだろう。帰すわけにはいかねえよ。」

TO BE CONTINUE