少年よ大志を抱け

(7)



マンションはもぬけの空だった。
お世辞にもきれいとはいえない散らかったリビングを見回すと、アニメ雑誌 が山の様に積まれている。
かわいい絵柄の女の子が微笑むカレンダーやフィギアが、この部屋の主の趣味を物 語っている。


リビングを抜けその先にある部屋を覗いてジョーは固まった。
寝室らしい部屋の真ん中に置かれた大きめのベッドの上にあるのは、 フランソワーズが着ていた服だった。
間違いない。つい数時間前にこの服を着てフランソワーズは買い物に出 かけたのだった。
その服がここにある……。
ジョーはきちんと畳まれた服を手に取り、フランソワーズが今 どうしているのかと不安に震えそうになる心を気丈に保とうとした。
いやな想像をしてしまいそうになるのを、必死に押しとどめる。
(無事でいてくれ。生きていてくれれば、必ず僕が助けに行くから。)
フランソワーズの香水の香りがふわっと漂ったのを感じてぎゅっと服を胸に抱 え込んだ。


『?』
ジョーの胸に何か固いものが当たった。
慌てて薄いブラウスを捲ると、フランソワーズが愛用している口紅がスカート との間に挟まれていた。
そしてその横にきれいに畳まれた水色のハンカチがあった。
そっとハンカチを広げたジョーの眼に飛び込んで来たのはピンク色のルージュ で書かれたメッセージだった。

伊豆の父親の別荘 
 
犯人の眼を盗んで書かれたフランソワーズからの伝言を指でそっとなぞり、 ジョーは踵を返した。
待っていて、フランソワーズ。今すぐ行くから。






伊豆の別荘はすぐに割れた。
マンションの持ち主である犯人の父親の名義になっている別荘が伊豆にあった。
フランソワーズが手がかりを残していてくれたからこうして早く次の行動に移 ることができる。
彼女の機転に感心すると同時に、自分たちが助けに来てくれる事を信 じてくれていることに尚更早く彼女を助けなければと思う。
「悪いけど僕は先に向かうよ。グレート、健太君を頼む」
グレートの返事を待たずにジョーの姿が消えた。
「わわっ、島村さんが消えた!」
「あれ?ジョーが加速装置使うのを見るのは初めてだったかい?」
「うん。父さんから話は聞いていたけど、見るのは初めて。」
ギルモア邸で一緒に暮らしていても彼らのサイボーグとしての力を見る事 は滅多になかった。
ジェットに空の散歩に連れて行かれたときと、イワンのクーハンが宙にぷかぷか浮くのを見るくらいだった。


横浜までは鳥に変身したグレートの背中に乗って来た。
変身するグレートを初めて見た健太はさすがに一瞬固 まってしまったのだが、 そこは適応力の早い子供。
あっというまに慣れて、もっとスピード出ないの?と急かす程だった。

グレートが臍のスイッチを押し、大きな鳥に変身した。
「そうか。じゃ、我が輩たちもぼちぼち行きましょうか。ここは街中だから誰 が見ているともかぎらんからな。」
健太がグレートの背にまたがると、「しっかり掴まっていてくれよ、少年。」 というが早いが空に向かって急上昇した。










別荘は近くの町からかなり奥まった所にあった。
周りにある家もやはり別荘らしく、シーズンオフのこの時期には人気を感 じない。
女の子たちの泣き声が別荘から聞こえたとしても、気付く人もいないだろう。
あれから4時間。夜の7時を回った頃にようやく別荘に着くと、フランソワーズと愛 は8畳ほどの 洋室に放り込まれた。
そこには小さくなって固まる様に寄り添っている3人の少女たちがいた。
「あっ……」
フランソワーズの姿を見つめると怯えていた瞳に光がさしこんだ。
「エンジェルマリン……」
「マリンちゃんが助けに来てくれたの?」
恐怖に泣いていただろうその瞳が輝くのを認めて、フランソワーズは思わず微笑 んだ。
もう、なんでもいい。この子たちがそれで安心するのなら。
フランソワーズは少女達をその腕の中に抱える様にして抱くと、ゆっくりと優 しく言った。
「怖かったね。よくがんばったわね。でも、もう大丈夫。
 エンジェルマリンが来たからには、あなたたちを守ってみせるわ。」
女の子たちからすすり泣きが溢れた。その背を優しく撫でながら大丈夫よ、 と声をかけ続けた。
「今はちょっとドジっちゃって掴まってしまったけど、でも必ず助けてみせる。
 お家に帰してあげる。絶対みんなで帰ろうね!」
フランソワーズの背中がふっと温かくなった。
背中を見やると愛が両手 をいっぱいに広げて 抱きついていた。
「マリンちゃん大好き……」
フランソワーズの胸が熱くなった。
そうよ、エンジェルマリンは強いのよ。絶対に帰るのよ、みんなで。
わたしも ジョーのところへ 帰るの。あの海の傍にある私の家に。


緊張が緩んだのか少女達は泣きながら寝入ってしまった。
部屋のソファーにあった毛布をそっと掛けると、フランソワーズは視力と聴力の レンジを最大限にあげた。
まだどこにもジョー達の姿は無い。
助けに来てくれるとは信じているが、此処まで辿り着くのは至難の技だ。
手がかりは全くないのだろうから。
やはりここは自力で乗り切らないと……。


犯人たちは先程のエンジェルマリンのDVDの続きをを菓子パンやカップ麺を食 べながら見ている。
全く緊張感の欠片もない。

別荘で監視役をしていた男はマリンのコスプレ姿のフランソワーズを見て涎を垂 らさんばかりに喜んだ。
しかし、テレビからマリンのアニメが流れると、途端にそちらに夢中 になった。
現実の女の子より虚像の中の女の子の方が彼らの中では大きいらしい。
全く無気味な奴らだ。
でもそのおかげで此処に連れて来られたあと、何かされるのではないかとの心配 はしなくてもよさそうだ。
とりあえずこのアニメが終わるまでは。
今のうちに出来る限りの手は打たねば。
さっそくフランソワーズは行動を開始した。

 
 

TO BE CONTINUE