少年よ大志を抱け

(9)


犯人の男の別荘の近くまで来てジョーは一旦加速を解いた。
辺りを見回すが、真っ暗の別荘が立ち並んでいるだけで、どこにも人の気配は感じられない。
すっかり暗くなった森の中で聞こえるのは、闇の中から聞こえるホーホーという鳥の鳴き声と、木々の擦れ合う音だけ。
もう一度加速をしようと奥歯を噛み締める寸前に、 悲痛なフランソワーズの声が頭の中に飛び込んできた。
『ジョー、助けて!』

『フラン?』
慌てて呼び掛けるが何の返答もない。
『フラン、何処だ?返事をしてくれ!』

何度呼び掛けてもフランソワーズからの返事は返ってこない。
ジョーは加速装置のスイッチを入れ、別荘地の更に奥へと向かった。
切羽詰まったフランソワーズの声がリフレインし、規則正しい自分の心臓の音さえも不協和音を奏でている様ないやな気持ちを抑えきれない。


月の光だけが照らす木立の間を縫う様に走る道をジョーは急いだ。
途中で懐中電灯を持って歩く二人組の男とすれ違った。
何かを捜しているのか辺りに懐中電灯の光を当てている。
彼らも犯人の仲間かとも思ったが、ジョーはあえて無視した。
まずはフランソワーズの救出が先だ。
加速装置を使っているのでジョー以外の時間はゆっくり流れている。
彼女が助けを求めてから実際には時間はほとんど経っていないはずだ。
それでも今フランソワーズが助けを待っているかと思うと、自分の動きが遅く思 われてジョーは焦った。



更に進むと、別荘地の一番奥の大きなコテージの窓から明かりが漏れているのを見つけた。
白いカーテンのはためく窓の下で加速を解除すると、聞こえてきたのは物が倒れる大きな音だった。
開いた窓から中を覗いたジョーの眼が大きく見開かれた。
気を失ったフランソワーズを巨体の男が組みしいていた。
その手にはスタンガン。
血が沸き立つような感じがした。その感覚を確かに感じる間もなく、ジョーは 部屋の中に飛び込んだ。



男達は何が起こったか分からずに固まった。
窓から飛び込んで来た男の姿を捉えると、フランソワーズから離れようと腰を浮 かし掛かった。
そこにジョーのパンチが飛んで来て、筋肉男が吹き飛んだ。
バリケードの残骸の机や椅子に勢い良くぶつかり、そのまま動かなくなる。

「あっ……」
陰湿男が後ろにズリズリと体を移動させようとした。
ジョーの背中から怒りのオーラが立ち上り、ゆっくりと振返ったその瞳 はぞっとする程冷えきっていた。
「あ、謝るよ、謝る。だから勘弁してくれ……」
片手を前に出して、必死に許しを請う。
しかしジョーは冷ややかな視線を向けたまま、陰湿男の方へゆっくりと歩み寄った。
目の前に来ると拳を上げ、そしてそのまま顔面に降り降ろした。


顔に当たるぎりぎり寸前で拳は止まった。
生身の人間相手に本気を出せば、何の苦もなく命を奪ってしまうだろう。
ちゃんと冷静に判断できる力が自分に残されていたことにホッとしながら、ジョーは白目を剥いて気絶している男を見下ろした。



ジョーはフランソワーズの元へ駆け 寄って助け起こした。
捲れ上がったスカートの裾を直し、そっと頬に手を当てる。
そして聞く者の胸が温かくなるような声で囁いた。
「フランソワーズ……」
乱れた髪を直してもう一度囁く。
「遅くなってごめん、待っただろう?」
ジョーはまるで大事な宝物であるかの様にフランソワーズを胸に抱き寄せた。
大丈夫。首筋にスタンガンを当てられた時に出来た、うっすらと赤いやけどの跡はあるが、他にはめだった怪我はしていない。

フランソワーズの無事を確かめ一息つくと、周囲を見回した。
一緒に誘拐された 少女達の姿が見 えない。
『フランソワーズ、眼を覚まして。僕だ、ジョーだ。もう大丈夫だよ。』
脳波通信で呼び掛けるとフランソワーズの睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開 かれた。
何度かパチパチと瞬きをすると、瞳に優しく微笑むジョーの姿を捉えて フランソワーズも微笑んだ。
「……絶対に来てくれると思ってた。」
フランソワーズはジョーの首に腕をまわして抱きついた。



二人は少しの間抱き合っていた。
フランソワーズは嬉しそうに顔をジョーの胸板に擦り付ける様にすると、「とんだことに巻き込まれちゃったわ」と呟いた。
「ねえ、フランソワーズ。他の女の子達はどうしたんだ?」
「あっ、そうだった。みんな無事よ。」
フランソワーズは慌ててジョーから身を離して立ち上がり、部屋の隅にある クローゼットに向かうと、そっと呟いた。
「もう大丈夫よ。エンジェルマリンが悪い人をやっつけたわよ。」

その言葉が終わるやいなや、クローゼットから涙を一杯に溜めた少女達が飛び出 して来て、フランソワーズに縋り付いた。
「良かったぁ。すごい音がしてたから、マリンちゃん大丈夫かなって心配だったの。」
「怖かったよぉ、マリンちゃん。」
そして4人はフランソワーズに抱きつきながら大声で泣きはじめた。
「みんなえらかったわ。何があっても私が声をかけるまでこの中に隠 れているっていう約
 束をちゃんと守ってくれたものね。
 泣き声も出さなかったものね。」
ジョーは泣いている少女達の背中をそっと撫でているフランソワーズを嬉 しそうに見つめながら聞いた。
『ねぇ。エンジェルマリンってなんだい?』
ジョーの質問にフランソワーズの顔が赤く染まる。
『いじわるね、ジョー。それよりあとの二人はどうなったのかしら?』
真っ赤になったフランソワーズの顔がかわいい。
『やっぱりさっきの二人組は犯人グループのメンバーだったんだね。
 グレートと健太君に頼むことにするよ。
 此処に来る途中で会うだろうから捕 まえておいてくれって。』



ジョーが脳波通信で007と連絡を取ったとき、既に残りの二人は取り押さえられた後だった。
怪しい二人組を見つけた途端、「あいつら絶対おたくだぜ。」と言うや否や 健太が突進していったというのだ。
人違いだったらどうするんだってヒヤヒヤしたよ、とグレートは苦笑していた。

健太は面目躍如とばかり大活躍だったらしく、小太り男とにきび面の男は顔中ひっかき傷だらけだった。
気絶した四人が揃ったところで、ジョーが別荘の中から見つけて来た紐で犯人達を縛り上げた。
身動き一つ出来ないくらいキュウキュウに縛り上げたのは、犯人達 へのせめてもの意趣返しだろう。


「もうすぐ此処に警察がくるわ。エンジェルマリンは正体がばれると困るから もう此処に
 は居られないの。
 あなたたちだけでも大丈夫よね?」
膝をかがめ、少女達の瞳を覗き込む様にフランソワーズが言うと、少女達は一斉 に頷いた。
そして小さい声で、でも明るくしっかりした口調で言った。
「ありがとう、マリンちゃん」
「わたし、マリンちゃんに会えてすごく嬉しかった。」
そんな少女達にもう一度微笑み返すと、フランソワーズは脳波通信でグレートに話 し掛けた。
『グレート、白鳥に変身して。私達が乗れる位大きい白鳥に。』
『白鳥?!なんでまた?』
『いいから白鳥になって私達を乗せて。』

訳がわからないままグレートが白鳥に変身すると、少女達は一斉に大きな歓声 をあげた。
「すっご〜い!本当にスワニーに乗って帰るのね!」
8つの瞳がキラキラと輝く。
ちなみにスワニーとは、エンジェルマリンのペット として一緒に地上に転生して来たインコの変身した姿である。
いつもラストにこのスワニーに乗って、マリンは空へと飛び立って行く事 になっているのだった。

「じゃあね、みんな。」
グレートの化けたスワニーに最後に乗り込もうとしたフランソワーズを、愛が慌 てて止めた。
「マリンちゃん、忘れてるよ。」
「はっ?」
「まだ最後の決めポーズしてないよ。」



フランソワーズの頭は一瞬で真っ白になった。
最後の決めポーズって……ええええええええ?あれをやるの?
「……今日はパスしちゃいけない?」
「ダメだよ、マリンちゃん。最後はちゃんと決めないと。」
愛の言葉に他の3人がブンブンと頷く。顔は真剣である。
こ、断れない……。



フランソワーズは後ろをキッと振り返った。
ジョーとグレートはアニメにはとんと疎いが、それでもなんとなく事情 を察したのか、フランソワーズと視線を合わせない様に眼を泳がしている。
そして健太はといえば、エンジェルマリンの決めポーズが何であるのか明らかに 知っているようで、笑いを堪えているのか下を向いた顔が時おりピクピク とひくついている。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。
早く此処から立ち去らなければ 面倒なことになる。

フランソワーズは覚悟を決めた。
「ジョー、グレート、健太君!眼を閉じて耳を塞いでて!」
そう言うとフランソワーズは人さし指と親指をを立てた右手を高々と上げ、左手 を腰に当てた。
スッと息を吸い込み、右手をぐるっと回す様にして口元に持って行くと、高 らかに宣言した。とびきりの笑顔と共に。
「迷える子羊救います!スーパーエンジェル、スイートマリン、今日も元気に 大活躍♪」





遥か上空で、警察が別荘に到着したのを確認すると、 巨大な白鳥に乗ったフランソワーズとジョー、健太は一路ギルモア研究所を目指 した。
拉致されてから6時間。もう夜中である。
「安心したらお腹すいてきちゃった」
健太が大きなお腹の音をたてたので皆で笑った。
健太も一緒に笑っていたが、急に真面目な顔をしてフランソワーズに言った。
「ごめんね、フランソワーズ。オレのこと逃がそうとしたから、自分が逃 げられなかった
 んだよな。 オレ、何にも出来なくて……」
俯いてしまった健太にフランソワーズは優しく言った。
「そんなことない。だって健太君、一生懸命走ってジョーに知 らせてくれたんでしょう?
 ……足、痛かったでしょうに。」
フランソワーズの指が両膝に貼られた大きな絆創膏をそっと撫でた。
「健太君がジョーに早く知らせてくれたから、私もあの子たちも助かったのよ。
 ありがとう、健太君」
フランソワーズが健太の頬に感謝のキスをしたので、白鳥に化けたグレートや ジョーから 抗議の声があがった。
「マドモアゼル、わが輩もかなりがんばったであるよ」
「健太君にだけご褒美があるのかい?」
「わかったわよ。二人には、あっ、張大人にも後でちゃんとお礼をします。」
「じゃあさ、今度その格好で店に出てくれよ。うちの常連にもアニメ好きな人 が多いか
 ら、 さっきの『大活躍♪』っていうのやって見せたら喜ぶよ。」
グレートの提案にフランソワーズがとんでもない、と断る前にジョーと健太が慌 てて言った。
「ダメだよ!絶対!腕を上げるだけでかなり際どいんだから。絶対に ダメ!!!」
「そうだよ。さっきだってパンツ見えてたもん。」
「えっ、嘘っ。見えてた?」
フランソワーズが赤くなってスカートの裾を下に引っぱった。
そうなんだよなぁ。このスカート短いからなぁ。
決めポーズも変身シーンも確実 に危ないわよね。
……ちょっと待って。
何で知ってるのよ、決めポーズのこと。

「……あなたたち、見てたのね……」
「えっ……」
まずい。3人の顔が引きつった。
「いや、あのね、見たっていうか……」
「……眼も耳も塞いでてって頼んだわよね……」
「そ、そうなんだけど……」
「でも見たいじゃない、やっぱり。」と健太が無邪気な子供を装う。
「いや〜、好奇心には勝てなくてね。」グレートが視線を泳がしながら言った。
フルフルとフランソワーズの肩が震えた。
一生の不覚。あの姿を見られるなんて……。
ジョーが慰める様にフランソワーズの肩に手を置いた。
「でもすごく可愛かったし……」
「そんな問題じゃな〜い!!!」

グレートの背中で皆の笑い声がこだました。


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