|
目を覚ました時、まず目に入ったのはジョーの笑顔だった。
「おはよう。気分はどう?」
なかばまだ夢の中を漂っていたフランソワーズは、昨日の事を思い出し、ガバッと身を起こした。
「ラウルは?ラウルはどこ?」
ジョーは必死の面持ちで尋ねるフランソワーズを落ち着かせるように肩に手を置くと、顔を覗き込むようにして言った。
「まず君に謝らなくてはいけない。君が寝ている間に僕らの事をラウルさんに話した。」
フランソワーズの瞳が大きく見開かれた。
「ラウルさんは機械工学の第一人者だ。 ギルモア博士の事も知っていて、僕らがサイボーグであることを隠してはおけなかっ た。 君がサイボーグにされたことも彼はもう知っている。」
フランソワーズがため息をついた。
ジョーが謝る事ではない。ラウルは昔から疑問に思った事をそのままにしておくような人ではなかったし、その探究心が彼を若くして科学界の第一人者にしたのだから。
「ラウルさんが話をしたいそうだ」
ジョーの声はいつもと同じように優しかった。ジョーの顔を見つめてフランソワーズは思った。
どうか私に勇気をください、現実から逃げない勇気を。
心の中で何度もつぶやいた。
ラウルは泣き明かした様な赤い目をしていた。
いくら予想していても、驚きそして哀しんだはずだ。
そしてラウルの姿が兄ジャンの姿にだぶった。
兄もこうして泣くんだろうな。
私の事を思って哀しんで、自分を責めるんだろうな。
何も知らなくて何もしてやれなくてごめんな、って言うだろうな、優しい人だから。
フランソワーズもラウルも何も話さなかった。
話すきっかけを捜しあぐねていた。
やがて重い口を無理やりこじ開けるかのようにしてラウルが話し始めた。
「聞いたよ、君に何があったか。」
自分の指を何度も組み直し、落ち着かない様子で続けた。
「いろいろ考えたんだが、できるだけ早く君をフランスに連れて帰りたい。」
フランソワーズは首を横に振った。
「会えないの。もう、兄さんには会えないの。哀しませるくらいなら会わない方がいい の。」
何かを振り切るように言い放った。涙が込み上げて来て声が震えた。
「サイボーグになったこと、兄さんにだけは知られたくないの。」
「でも本当は会いたいんだろう?」
ラウルの目が優しくて、二年前のあの幸せだった日々に戻った様な、そんな錯覚がした。
「ジャンは受け入れてくれるよ。そういう奴だって君が一番わかっているだろう?
そりゃあ哀しむし苦しむだろうけど、今だって君が姿を消してからずっと心配している んだ。同じ苦しむなら全てを知った上でのほうがいいってあいつなら言うと思うよ。」
フランソワーズの大きな瞳からハラハラと涙がこぼれ落ちた。
お兄ちゃん、今でも私を待っていてくれているの?
「ジャンはフランのことをずっと想っているよ。何を話しても必ず君を守ってくれる。
フランだって帰りたいだろう?フランスに。」
帰りたい。
本当は兄に会いたい。
「本当は今すぐにでも君を連れて帰りたいんだけど、さすがに君のメンテナンスの仕方を 覚えるのには時間がかかりそうでね。
今からギルモア博士やイワン君にレクチャーしてもらうことになってるんだ。 フランスに帰ったら俺一人でしなくちゃいけないし。」
フランソワーズは驚いた。
「ちょっと待って。どういうこと?わたし此処には戻れないの?」
展開が早すぎてついていけない。ラウルと再会してのが昨日。気を失って目が覚めたのはほんの数十分前だったのだ。
「当たり前だろう。なぜ此処に戻る必要があるんだい?心配することないよ。君はジャン や俺が絶対に守るから。」
ラウルが笑いながら言った。
「それにジョー君がね、君を連れて帰ってくれって。」
フランソワーズがピクリと身じろいだ。
「お兄さんに会いたいはずだから連れて帰ってあげてくれと言われたよ。 フランの為にはその方がいいって。」
目を見張ったフランに更にラウルが言った。
「君がいなくても彼らの方は大丈夫だと。ジョー君が君をフランスに帰す事を他のみんな に説得してくれたんだよ。」
「ジョーがそう言ったの?私がフランスに帰った方がいいって?ジョーが言ったの?」
ラウルの服の端を掴んでフランソワーズが叫んだ。
ジョーが?
私がいなくてもいいって?
帰った方がいいって?
混乱するフランソワーズの髪をなぜながら、ラウルが言った。
「ジャンが待っている。準備が出来次第、君をあいつのところに連れて帰るよ。」
フランソワーズは首を激しく横に振った。
そんな事できるわけがない。自分ひとり故郷に帰り、何もなかったかのように暮らすことなんて出来ない。 仲間を捨てて、自分だけが安全な場所で笑って暮らす事なんてできない。
「何を心配しているんだい?君がいなくても大丈夫だと彼らも
言っているんだよ?」
「でも、今までずっと助け合いながらやってきたのよ、私達。どんなときも、
どんなつら いときにも、ずっと一緒だったのよ。 大事な仲間なの、離れるなんて
出来ない!!」
ラウルは驚いた様にフランソワーズの話を聞いていたが、やがて顔が険しくなり、ぎゅっと握った拳がぷるぷると震えた。
「君はジャンがどんな想いで君を心配していたか知っているのか?」
必死に怒りを押し殺しているラウルの低い声に、フランソワーズはハッとした。
「君が誘拐されたあと、あいつは仕事の合間を縫って、フランス中を飛び
回ったよ。君の 写真を持って、この娘を見た事が無いかって聞いて歩いたんだ。
俺も一緒に探し回ったさ。でも何一つ手がかりすら見つけられなかった。 一年が経つ頃には正直いって、もう元気な君とは会えないんじゃ無いかって思ってたけ ど、ジャンだけは希望を捨てなかった。
不安に押しつぶされそうなくせに無理に笑って、探し続けていればきっと君に会えるっ て信じようとしてた。」
深いため息をつき、ラウルは握りしめていた拳の力をそっと抜いた。
「俺がアメリカのシンクタンクからの招聘を受けたのは、もちろんそれが
科学者として魅 力あるものだったということもあるが、本当はあれ以上あいつの顔を見るのがつらくな ったからなんだよ。」
フランソワーズは何も言えなかった。ただただ、涙が溢れて、その頬を濡
らしていた。
「アメリカに渡ってすぐ、ジャンから電話がきて、フランソワーズが帰って来
たと報告し てくれた。 凄く嬉しそうで、あいつ電話の向こうで泣いてた。 親父さんやおふくろさんが死んだときにだってじっと堪えていたあいつが、ワンワンと 泣いてた。
何があったか話さないけど、無事に帰って来てくれただけでいいんだ、っと
言ってた。 たった一人の家族が、大事な妹が生きていてくれただけで嬉しいって。
研究が忙しくてアメリカを離れられなくて、ようやく1年後に契約期間が終わってフラ ンスに戻ったとき、まっ先にジャンの所に行ったよ。君が笑って迎えてくれるだろうと 思って。
でもアパルトメントにいたのは、フランソワーズがまたいなくなったと沈
んでいるジャ ンだけだった。」
フランソワーズは胸がはりさけそうだった。
BGとの闘いが終わって、フランスに戻ったとき、兄は何も言わずにただ
黙って抱き締めてくれた。
自分の身に起こった事を話せば、兄が苦しむ事がわかっていたから、記憶に無
いの一点張りで通した。
兄はそれでも自分を受け入れて、見守ってくれていたのに。
(それなのに私はそんな兄に黙って姿を消してしまった……)
「もちろん昨日ジョー君には事情を聞いたし、確かにサイボーグ
にされたなんて言えない と思った君の気持ちもわかるよ。だけど、
わけもわからず、ニ度も妹を失ったジャンの 気持ちも考えてやってほしい。」
呆然として涙を流し続けるフランソワーズを見て、ラウルは痛ましそうな表情
をした。
「君が彼らにとって大事な仲間なのはわかる。君にとっても。
だから君が仲間を思って此処に残りたいと思うのも無理はない。フランは優しい子だか ら彼らが心配なんだろう? でも彼らは君を連れて帰ってくれと言っていたんだ。ジャンの為にもその言葉に甘えて いいんじゃないか?」
********************
テラスから海を見つめているジョーにジェットが声をかけた。
「おまえ本当にいいのかよ、あいつを帰しちまって。」
ジョーはジェットの方をちらりと見るとまた海へと視線を返す。
「いいんだよ。」
大した事ではないかのようにジョーは続けた。
「彼女には幸せになって欲しいんだ。」
君を愛してる
「幸せにならなきゃいけないんだ」
君が笑ってくれるなら僕はどんなことでも耐えてみせるよ。
どんなにつらくても。
どんなに悲しくても。
|