遠い空から

(6)



「いい天気だなぁ……」
高く広くどこまでも蒼い空。白い雲が一つ、二つ、まるで大海に浮かぶ小船の様に浮かんでいる。
突き抜ける様な空を見上げながら、ジョーはこの空に続く遠い国へと想いを馳せる。




ラウルと共にフランソワーズが故郷へ帰国してから3週間が経っていた。
仲間も次々に自分の国へと帰って行き、今ギルモア邸は華のない男ばかりの三人暮らしとなった。
ギルモア博士はフランソワーズの不在が余程寂しいらしく、イワンを連れてここのところコズミ博士の家に入り浸りである。
身の周りの世話をしてくれるだけでなく、フランソワーズは博士のいい話相手だったからなぁ……。
ジョーではその部分はなかなか補えない。
誰もを笑顔にしてしまうフランソワーズの存在の大きさに今さらながら感嘆する。
今ごろ何をしているだろう……
フランソワーズの瞳を想像させる蒼い空から無理やり視線を外したとき、リビングの電話が鳴った。




それはフランスからの国際電話だった。
電話の相手はたった今思いを馳せていた彼女の兄、ジャンであった。
『妹がいろいろお世話になったようだね。大変だったろう?あのはねっかえりの相手をす
 るのは。』
やや緊張気味のジョーに対してジャンはかなりざっくばらんに話しかけた。
『時が経てば少しは娘らしくなって落ち着くかと思っていたが、あのはねっかえりなと
 ころはちっとも直らん。今回も1週間も部屋に閉じこもってハンガーストライキときた。
 いくら多少は飲み食いしなくても平気だとはいえ、どれだけ心配したことか。』
「……ハンガーストライキ……?」
なんでまたそんなことをしているんだ?フランソワーズは…。
ピンとこないジョーは電話の相手にボケッとした返事を返す。
「そんなことしたらいくら何でも……」
『ああ、心配しなくても大丈夫だ。後から聞いたら夜更けに窓から抜け出ていろいろ調達
 していたみたいだから。』
……えっと、確か彼女のアパルトメントの部屋は……
『3階だぞ、うちは。どこの世界に3階の窓から出入りする若い娘がいる?』
ああ、フラン。本当に一体何やっているんだ?
話についていけなくて頭がクラクラする。降りるのはともかく、どうやって登ったんだよ、フラン……。
『というわけでな、あんなはねっかえりの相手をしてたらこっちの寿命が幾つあっても足
 りん。悪いが返品させてもらうよ。』
「はい?」
本気でめまいがする。今なんて言いました?お兄さん。
『それにあんなこと言われたら、帰さんわけにはいかないからな。癪だから君には教えん
 がね。』
電話の向こうでラウルの爆笑する声が聞こえたかと思ったら、突然電話の相手がラウルに替わった。


『すごかったんだぜ、フランの台詞。百戦錬磨のフランス空軍中尉殿がお手上げだったか
 らな。まぁそのおかげで妹の告白にも哀しんでいる余裕もなかったようだから、それも
 フランの思いやりかもしれないがね。 しかしなんで忘れてたんだろう。
  この前フランの事、天使の様な子だっていったが……』
ラウルが堪えきれずにクククッと笑った。
『確かに天使の様に優しくて綺麗なんだが……悪魔の様に頑固で意地っ張りでもあったん
 だよ。』



もう一度ジャンに電話が替わった後、フランスからの電話は切れた。
ジョーはまだ状況の全てを理解出来ずに呆然としていた。
えっと、つまりフランは返品されたんだよな。ってことは……


思考がようやくまとまってくると自然と笑みが湧いてくる。
と同時に玄関先に車が乗り入れて止まる音に気が付いた。
考えるより早く体が動いた。
靴を履くのももどかしく、玄関のドアを開けた。




ドアの前で驚いた様に立っていたのは、予想どおり、意地っ張りで頑固者のかわいい天使だった。
きらきら光る金色の髪。今日の空の様な蒼い瞳が笑っている。
「ただいま」
ジョーはフランをおもいっきり抱き締めた。
痛いわよ、ジョー、と彼女が文句を言うのも今回は無視して更に強く抱き締める。
今腕の中にいるフランソワーズの存在を確かめる様に。
しばらくそうやって抱き締めた後、彼女が本当に此処にいることに安心すると、ようやく体を離し、フランソワーズの瞳を覗き込んで言った。
「お帰り、フランソワーズ」

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