凍った月

(11)




赤く染まった夕焼け空に一筋の飛行機雲がきれいに直線を描いた。
砂浜の上に顔を出している岩の上で、005がその軌跡を目で追った。
耳慣れた音が近づき、足の裏のジェットを逆噴射させ002がふわりと着地した。
「どうだ?」
「鳥一匹寄ってこねえ」
ちっ、と舌打ちして002が頭を振った。
波間から顔を出した008が波をかき分けて砂浜へと歩き出すと、迎えたメンバー達をざっと見渡して同様に 首を横に振った。
「そうか……」
難しい顔をした004が両手を組んだまま黙り込んだ。
それぞれ探索を終えてこの島に集合したが、誰も何の手がかりも見つけられずにいた。
「海中には不審なものは見つけられなかった。だけどこの海域にサイボーグ化された鮫や
 エイが混 じっているのも確かだ。この辺りのどこかにBGの施設が存在しているのは間違
 いないよ」
008の言葉に皆が頷く。
前回叩いた基地から得た情報では、フランソワーズを連れさったと思われるあの女性はソロモン諸島の 何処かの島に帰島しているはずだ。
サイボーグ戦士達は大小様々な島をしらみつぶしに調べてきたのだが、かなり派手に動き 回っているにも関わらずBG側からの接触は一切なかった。
008は背後のこんもりとした森を見やった。
木々のざわめきとねぐらに帰ってきた鳥達のさえずりが風にのって聞こえてくる。
のどかだ。
今までにもいくつもの島を調査してきたが、どの島も同じ様に平和で静かで、海の底に巡回している サイボーグ鮫さえいなければ誰もこんなところにBG の影があるなど想像もできなかっただろう。



キュイーンという音とともに砂浜の細かい砂が舞い上がった。
009が姿を表す。
どうだ?とたずねる前にその表情で彼の方もはかばかしい結果を持ち帰れなかった事が 判った。
「……008、あと幾つ残っている?」
「岩礁も調べるとなると、まだかなり残っているよ。」
「そうか……」
赤みが引いて段々夜の闇を映して暗く変わっていく海を見つめて、ジョーは皆に振返った。
「先にドルフィン号へ戻っていてくれ。僕はこの先の小島を調べてから帰るから。」
「おいおい。焦る気持ちは判るが、もう闇に沈む。いくら夜目が効くとはいっても昼間の
 様にはいかないぞ。
 それにお前は少し休め。このままじゃお前が先に倒れるぞ。」
004の制止にジョーは口元を少し上げて軽く微笑んだ。
「ありがとう、でも大丈夫。本当に小さな島だから直ぐに戻れるよ。」
なおも止めようとする004を002が制した。
「大丈夫って言ってんなら平気なんだろう。あんたらと違って俺らは若いからね。
先に戻っていてくれ。俺 もこいつに付き合ってから戻るから。」
そう言うやいなや、派手な音を立ててジョーを抱えて天高く飛び立つと、あっという間にジェットの姿は見 えなくなった。
「若いっていいねぇ……」007が空を見上げた。
002が作り出したジェット雲が星の出始めた夜空にたなびいている。
「今にも死にそうな顔をされるのもつらいけど、ああやって感情を押し殺してる姿を見る
 のはもっと辛いね。」
008がため息をついた。
「平気そうな顔をしてるけど、かなり参っているアル。」
006はそう言った後、自分の出っ張ったお腹をポーンと叩いて気合いを入れた。
「さぁ、ドルフィン号に戻るアルよ。ジョーとジェットの為にも元気の出る夕食、こしら
 えるアル。
 いっぱい食べて栄養つけて、明日こそフランソワーズを見つけるアルヨ!」





小島はすっかり闇の中に沈んでいた。
009と002が島の中央に在る小さな森に分け入ると、驚いた様に飛び立つ鳥の羽音が響く。
ざくざくと下草を踏みしめながら周囲を探るが、何も怪しい様子はない。
「オレはちょっと島を一周してくるぜ」
ジェットが飛び出していくと、あとはシンとした静寂に包まれた。
森を抜けると切り立った崖の上に出た。
視界に海が飛び込んで来る。ぽっかりと浮かんだ月の光が海を照らしてきらきらと輝かせている。
あまりにもまぶしくてジョーは手を額にかかげ、一瞬眼を細めた。




フランソワーズ




ギルモア邸のそばにある海岸を二人でよく散歩した。
手を繋いで、ときには肩を抱いて。
春も夏も秋も冬も。
ゆっくりと歩をすすませながらいろんなことを話した。
夜の散歩はどこか秘密の匂いがして、なんだかワクワクしたよね。
あのときも海の上にぽっかりと月が浮かんでいた。


僕の部屋の窓から覗く月。
細い弓のような月も、満ちた光り輝く月も、僕らは月明かりを浴びて寄り添っていたよね。
手を握りあってまどろみから深い眠りにおちようとする君が、「まぶしいわ……」と呟いた。
そのまま寝入ってしまった君を見つめたあと振返った僕の眼に映ったのも、こんな丸い大きな月。


荒涼とした戦場で黒い煤に汚れながら、その背筋をまっすぐに伸ばして遥か向こうを見つめていた君。
愛しくて愛しくて。守りたくて。
思わず抱き寄せた僕に君は微笑んで、そっと手をにぎりしめた。
そんな僕らを黙って見ていたのも、こんな満月だった。




いつのまにか俯いていたジョーのブーツのつま先に涙がポタっと落ちた。



ギルモア博士もイワンも言っていた。
とどめを刺そうと思えば容易に出来たはずのフランソワーズを連れて行ったということは、彼女に何らかの 利用価値があったということだと。
だから生きている可能性は極めて高いと。
生きてさえいてくれれば必ず迎えに行くと、そう誓ってからどれだけの時間が流れた?
何度月は満ち欠けを繰り返した?
蜘蛛の糸のような細い細い手がかりにすがるように此処までやって来たが、いまだBGの基地の在り処さえ見 つけられずにいる。
君に会いたい。
君の声が聞きたい。
君を抱き締めたい。
君がどんな想いで僕らの助けを待っているかと思うと自分が情けなくて堪らなくなる。


また一つ涙がブーツを汚した。
ぐいっと月を仰ぎ見る。震える拳で涙を拭った。




君を取り戻す為に僕の出来る事はなんだ?
こうやって悲しみに沈むことではないはず。
君は絶対に僕を待っていてくれる。
だから僕も必ず君に辿り着く。
その為には下を向くな、島村ジョー。上を仰ぎ見ろ!
この満月を再び君と見上げる為に、全力をかけるんだ。




フランソワーズ。
待っていて。
必ず君を助けに行くから。

ジョーは口をきゅっと噛み締めた。





『なんもねえ。帰ろうぜ、ジョー。』
島をぐるっと回ってきた002から通信が入る。
崖の上のジョーを横掴みに抱えると、そのまま勢いを殺さずに仲間との合流地点へと向かう。
先程一人で月を仰ぎ見ていたジョーの寂し気な後ろ姿が気になってしかたなかった。
(大丈夫かよ、こいつ……)
夜、何度もうなされて飛び起きているのを知っている。
他にすべがなかったとはいえ、あのとき一人フランソワーズを残した事で、どれだけ自分を責めていたかも 知っている。
(だけど、あのときお前が地殻変動装置を叩き壊していなかったら、どれだけ多くの人の命が奪 われていたか……。お前は当然の事をしたんだ。フランだってそれを望んだんだから……)
けれどそれはなんの慰めにもならないだろう。
ジェットは小さくため息をついた。
(フランソワーズ、お前絶対に生きてろよ。それでなきゃこいつどうかなっちまうぜ)
そしてわざとらしいと思いつつ、黙りこんでいるジョーに大声で話し掛けた。
「超特急で帰るぜ。夕飯冷めると006が怖いからな」
更に加速しようとしたジェットをジョーが止めた。
「いいじゃないか。月でも見ながらのんびり夜間飛行といこうよ、ジェット」



「ああ?」
何だ、こいつ。とうとうおかしくなったか?
おれは野郎となんかデートしてやる気はないぜ、と言おうとしたジェットの頭に脳波通信が聞こえて来た。
『さっきから鳥が一羽、付かず離れずついてきているんだ。』
『鳥ぃ?』
ジョーが微笑んだ。
『やっと手がかりが掴めそうだ。こんな夜に飛ぶ鳥を僕らの船に案内しないとね。だから
 ゆっくり飛 んでくれよ、ジェット。ちゃんとついてこれるように。』






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