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壁がギシギシと悲鳴を上げるかのようにきしんだ。
床は波打ち、ときおり突き上げる様な振動に震えていた。
電気系統が壊れたのであろう。光を失った暗い廊下をジョーは走り抜けた。
暗闇も足場の悪さも全く意に介さない。
もはや研究所は最後の時を迎えようと断末魔の苦しみにあえいでいたが、揺れる廊下を彼は飛ぶように駆けていった。
腕の中のフランソワーズの巧みな誘導で出口までの最短ルートを走っていたジョーは、急に息を飲んだフランソワーズの声無き悲鳴に慌てて足を止めた。
「駄目!この先にはもう進めない!」
その言葉が終わるや否やすぐ先の天井が広範囲に崩れ落ち、壁の残骸が石つぶてのように二人に降り注いだ。
フランソワーズに当たらぬ様に背中を向けて自分の身体を楯にしたジョーは、もうもうと巻き上がる土煙りがおさまると振返り息を飲んだ。
出口に続く廊下はすっかり土と岩とコンクリート片に覆われ、どうやってもこの先には進めない状態だった。
「まいったな……」
即座に他の脱出路を捜し始めたフランソワーズが固い表情でジョーを見上げた。
「駄目だわ。どこももう塞がってしまっているわ。此処だけが唯一の道だったのに……」
「どこか他に外に出られそうなところはあるかい?」
ジョーの問いに再び眼を使い始めたフランソワーズがコンクリート片の山の横の壁を指さした。
「……あそこの壁……あそこを崩せれば外に出れるわ。ただし外は断崖絶壁だけど。」
壁は既にぼろぼろと崩れ、岩肌が露出していた。
その岩肌さえもところどころに亀裂が入り、かなりもろくなっているようだった。
フランソワーズをそっと下に降ろすと、ジョーは壁に向き合った。
そしてレイガンを最大モードにセットすると、亀裂の入った部分に標準を合わせて撃ち込んだ。
レイガンの光は壁を突き抜け、その衝撃で周りの岩盤までもがグズグズと崩れ落ちた。
開いた穴から光が差し込んでくる。
ジョーがとどめに壁を蹴りあげると、二人が充分に抜けられる程の大きな穴が開いた。
そこから下を覗き込んだジョーの顔は険しかった。
フランソワーズも穴から顔を出して、足元のほぼ90度の角度で切り立った崖を見て黙り込んだ。
崖の下には青い海。ただ岩礁が波に洗われながらいくつも顔を覗かせている。
さすがの009であってもこの高さからあの岩場に落ちたらただでは済まないだろう。
「怖い?」
ジョーの声に顔を上げると、目の前に真剣な表情のジョーの顔があった。
正直怖い。鳥の様に羽があるのならいざしらず、こんなところから脱出しようなんて普通思わないだろう。
だがもう引き返す道も崩れ去り、進む道も閉ざされてしまった。
フランソワーズはその能力で仲間の姿を捜したが、
002も007もようやくドルフィン号に着き、今ギルモア博士が慌てて彼らを出迎えたところだった。
二人がこちらに戻ってくるのを待っている時間的余裕はないだろう。
フランソワーズはジョーの顔を見つめた。
「怖くないわ。それに進むしかないでしょう?」
「そうだね。」
再びジョーがフランソワーズを抱き上げた。 しっかり掴まっていてと言われたので首に両腕を回した。
「別に期待はしてなかったけど……」
フランソワーズは、ため息と一緒に耳元で囁かれた言葉にびっくりしてまじまじとジョーの顔を見つめた。
「怖いって言っておびえる女の子を励ますのがこういうシチュエーションの醍醐味なんだけど、フランったらちっとも怖がらないんだもんなぁ……」
言葉も出なかったフランソワーズだったが、真面目にぼやくジョーを見て笑いが堪えきれなかった。
(随分余裕あるのね)
クスクスと笑うフランソワーズを見てジョーも微笑んだ。
「やっと笑ったね。大丈夫。絶対にうまくやってみせるから。」
そしてフランソワーズを抱く腕に力を込めると断崖絶壁へと一歩を踏み出した。
「行くよ」
フランソワーズは両の眼をぎゅっと閉じてジョーに縋り付いた。
この先遊園地に行くことがあっても、もう絶叫マシーンなんか怖いと思わないだろう。
身体が右に左にと絶えまなく動き、落下する恐怖とごうごうと風が髪を吹き上げ頬を叩く激しさにフランソワーズは必死で悲鳴を上げまいとした。
断崖のほんの小さな出っ張りを見つけてはそこに足をかけてジャンプを繰り返す。
ときおりその脆い足場が崩れると、バランスを取ろうとジョーが必死に体勢を整えようとするのがわかる。
どこをどう跳んでいるのかもわからない。
ただジョーにしがみついて唇を噛み締めるしかなかった。
ふわっと身体が浮く感じがして、慌ててジョーの首に巻き付けた腕に力を込めようとしたとき、耳元でジョーが優しく囁いた。
「……眼を開けても大丈夫だよ。」
そうはいっても両方の瞼はあまりに力を入れ過ぎたせいかすんなり開いてくれない。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこはもう地面の上だった。
断崖を三分のニほど降りた所にある岩の反り出た部分に二人は立っていた。
信じられない様に今自分達が降りて来た断崖を見上げたフランソワーズは、自分をしっかりと抱いて立っているジョーの顔を呆れた様に見つめるしかなかった。
「……あそこから降りてきたのよね……」
うん、よく降りてこれたよね、とジョーもため息をついた。
多分、ううん、一生忘れない。
こうやってジョーが助けにきてくれたこと。
わたしを離すまいとしっかりと抱いていてくれた腕の強さを。
こうやって二人でいられる喜びを。
あなたが命をかけて守ろうとしてくれたことを。
フランソワーズは込み上げて来る涙と喜びをどうやって表現したらいいのかわからず、ぎゅっとジョーに抱き着いた。
大きな音がして研究所が完全に崩れ落ちた。
半地下につくられた研究所はまるで飲み込まれるように地面の中に吸い込まれていった。
先程二人が出て来た壁の穴もすっかり潰れ、上からぱらぱらと石や欠片が降り注いだ。
遠くから002のジェット音が近づいてくる。
フランソワーズはジョーの腕の中で大きく腕を振って合図した。
青い空に、白いジェット雲が丸く円を描いた。
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