凍った月

(3)




カチャカチャという金属が触れあう音で眼が醒めた。
うっすらと瞼を開けると飛び込んでくるのは白くまぶしい光。
その強烈な刺激に眼が痛くなり、フランソワーズはすぐに瞳を閉じた。
規則正しく刻むモニター音や低音の機械の稼働音には聞き覚えがある。
ああ、ここは博士の研究室。
わたしは足に大怪我を負ったんだっけ、と朧げに思い出した。
安心してもう一度眠りに落ちようとしたとき、フランソワーズの耳に凛としたソプラノが飛び込んで来た。

「目が覚めたみたいね」

?!
驚いて眼を開けると、そこは見なれたギルモア邸の研究室でもドルフィン号の治療室でもなかった。
眼の前にいるのはきっちりとしたスーツを着込んだ美しい女性と、白衣姿の3人の科学者。
慌てて身体を起こそうとしたフランソワーズは、足の激痛に思わず苦痛の声をこぼした。


「あまり動かないで。せっかく綺麗に直したのに、傷が開いたら大変だわ。」
私はレイチェルよ、と自己紹介した後、彼女は言った。
「00サイボーグに会えるなんて光栄だわ。」


やはりBG。
そう思った瞬間に記憶が蘇ってきた。






009を見送ったあと、フランソワーズはロボット兵を止めようと果敢にもスーパー銃で闘いを挑んだ。
運も手伝って残り2体にまで減らしたところでレーザー光線の軌跡を読まれ、ロボット兵はフランソワーズ の隠れている隔壁の残骸へと攻撃を開始した。
足を怪我しているフランソワーズは逃げる事も出来ず、ひたすら身を小さくしてその攻撃に耐えた。
その時床が赤く変色したかとおもうと盛り上がり、爆発したのだった。
その先の記憶はもちろんない。


「脱出しようとした時に上からあなたが降って来たのよ。どうしようかなぁと思ったけ
 ど、あなたに興味 もあったから連れてきたのよ。」
あっけらかんと言うレイチェルは見惚れる程の美しさで微笑んだが、フランソワーズはその瞳の冷たさに 背筋がぞくっと震えた。
「……私をどうするつもり?」
とどめなら何時でもさせたはずだ。わたしをこうして連れて来て傷の手当てまでする目的は何?
フランソワーズの疑問を読み取ったかの様に、そんな彼女に向かってレイチェルは瞳を 凍らせたままにっこりと微笑んだ。
すっと手を伸ばし、フランソワーズの頬を撫でる。
「……きれいねぇ。透き通る程に白くて、柔らかい肌。とてもこれが人工的な物だなんて
 思えないわ……」
フランソワーズがその手を避ける様に身じろぎするのにもおかまい無く、ひとしきり愛でると、夢心地な声 で呟いた。
「まるで陶磁器のように白くて艶やかで。それでいてこんなに弾力があって。……一生老
 いることも醜 くなることもない。……素敵ね。」
レイチェルの瞳が熱を帯び始め,明らかにフランソワーズの肌に執着しているのが感じられる。
さっきまでの冷たい眼差しが嘘のようだ。
何も言わないフランソワーズのことなど気にせずに、レイチェルの瞳はただただ美しい肌を愛で、その感触を楽 しんでいた。
そしてようやくフランソワーズの肌から視線を外すと、再びあの冷たい光を瞳に灯して笑いかけた。
「私ね、あなたの肌が欲しいのよ、003。どうしても手に入れたいの。」







それからの日々は、与えられた個室と研究室との往復であった。
フランソワーズの傷の治療と平行して、彼女の人工皮膚の精査が始まった。
科学者たちは、人の肌に限り無く近く完璧といっていいほどの艶やかな肌に、ただただ感嘆 するばかりだった。
「素晴らしい。こんな人工皮膚を作れるなんて、やはりギルモア博士は天才だ。」
「ここまで完成度が高いとは……。強いだけの皮膚なら作るのは簡単だが、自然な皮膚に
 これ程近付けて作るのは 至難のワザだ。」


科学者達の賛美はフランソワーズにとって苦痛の何ものでもなかった。
彼らが賛美するのは実験体としての003。人工皮膚のすばらしさを誉めたたえられる事は、自分が サイボーグであることを強く認識させられるだけだった。


研究室から与えられた個室に戻り、一人になると、決まって思うのはなつかしい皆の事。
あの後みんなはどうなっただろう。
途中で床が崩落して、それに巻き込まれた為にそこからの記憶がない。
装置は止められたのだろうか。みんな怪我をしなかっただろうか。
ジョーは……ジョーは自分を責めていないだろうか?


ジョー。わたしは此処よ。ちゃんと生きているからあまり自分を責めないでね。


少しはにかみながら笑う、優しい笑顔を思い出そうとするのに、心に浮かんでくるのは感情を押し殺して悲 しみに耐えるジョーの顔ばかりだった。
ベッドの上で壁を背にして膝を組んでいたフランソワーズは小さな声で呟いた。
「……私が泣いているかもって、ジョーも心配してるかしら。」

会いたいな、ジョーに。帰りたいな、みんなの元に。
ならどうすればいい?
膝の間に顔を埋めてその姿勢のまましばらくじっとしていたフランソワーズは、ふっと顔を上げた。
浮かんでいた涙を拳で拭って、フランソワーズは目の前のベージュ色の壁を睨みつけた。


「負けないもん。負けてたまるものですか。
 絶対に皆の所へ帰るんだから。 泣いている暇なんかないのよ、フランソワーズ。
 みんなが此処に迎えに来てくれるまで、自分が出来る事 をやるのよ。」


まず足の傷を治す事。 表面の傷は綺麗に治してくれてあったが、思いのほか深かった傷は自然に完治 するのを待つしかなく、 走ったりするのは当分無理のようだった。
足が完全に癒えて、行動が起こしやすくなるまでは、じっと我慢の子になるしかなさそうだった。

そして情報収集。
この研究施設の目的。規模。レイチェルの正体。
レイチェルはフランソワーズの能力を熟知していながら、彼女の遠くまで見る事の出来る瞳からこの研究所 を隠すつもりはないようだった。
建物全体にはシールドが張られているため外を見る事は叶わなかったが、少なくとも所内に関しては 無防備ともいえた。
絶対に逃がさないという自信なのか、それともいつでも抹殺できるということなのかはわからないが、一部の シールドされている空間以外は見る事ができた。
今のところ何の研究をしているのかは判っていない。
科学者の数もそれほど多くない。
しかしなんにせよ、BGの研究所であるからには良からぬことが行われているに違いない。
もしこの先仲間が助けに来る事がなくても、必要ならば自分一人でも玉砕覚悟で潰 さなくてはいけないかもしれない。



わたしはわたしの出来る事をやる。
それが003としてもただのフランソワーズとしても今唯一出来る事。



ジョー見てて。
遠くから私の事見てて。
あなたが自分を責めないで済むように、わたしはもう泣かないから。
わたしは此処で自分なりに闘ってみせるから。
ぎりぎりまで一生懸命生きてみせるから。









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