凍った月

(5)




「う〜〜〜〜〜〜〜〜む」

ここのところ毎日、ギルモア博士はモニターの前で腕を組み唸り続けている。
その視線の先には先日潰した基地の監視カメラの映像。
フランソワーズが乗せられたと思われるあの飛行艇のタラップに足をかけている金髪美人の横顔。
どこかで見たことがあるとは思うのだが、はっきりしない。
年齢よりも10才は若いと自負していた博士は記憶力の低下にショックを受け、喉元 にひっかかったまま出て来ない金髪美女の事に何よりもイライラしていた。
情報が乏しい今の状態では少しでもフランソワーズにつながる情報が欲しい。
あれから一言も弱音を吐かずにもくもくと情報収集に励むジョーを見ていると、早く思い出さねばと焦る。
しかしその想いとは裏腹に記憶はどんどん深く沈んで行く気がしていた。
『ワシも歳をとったもんじゃ。若い頃はコンピューター並の記憶力を誇ったものだが
 なぁ。たった一度きりしか 会ったことのない人の名前も顔もちゃんと覚えていたもん
 じゃが……。』
ため息をつき、肩をポンポンと叩きながら椅子から立ち上がろうとした博士は、中途半端なところで動 きを止めた。
(若い頃?)


画面を睨みながら根を詰めている博士を秘かに心配していたジョーは、変な姿勢のまま固まっている ギルモアにそっと声をかけた。
「博士……?」
博士は以前ぎっくり腰をやったことがある。
身動きが出来なくなって、ジョーとフランソワーズで慌てて病院へ担ぎ込 んだこともあった。
もしかして今回も……と危ぶみながら近づいたジョーは、眼を爛々と輝かせた博士に腕を掴 まれた。
「…シドニーじゃ……」
シドニー?オーストラリアのシドニーが何か?
首を傾げたジョーの腕をなおも掴みながら博士は叫んだ。
「シドニー.ブロンテ。生殖医療の権威だったブロンテ博士じゃ!」




「すぐに思い浮かばんはずじゃ。20年、いや30年以上昔に一度会っただけだからな。
 しかしはっきり思い出したぞ。あの映像の女性はシドニー.ブロンテ博士に瓜二つなん
 じゃ。」
ギルモア博士の興奮とは反比例するかのように、集められた面々の顔には困惑の色が隠せない。
「博士、お言葉を返す様ですが、あの映像の女性はどう見ても20代ですよ。
 とてもそんな妙齢の女性には見 えませんよ?」
「当時20代か30 代だったとしても、今はもう50か60にはなっているだろうからな」
004と007が呟くと、008がう〜んと唸った。
「……つまり博士はあの女性がシドニー.ブロンテ博士と血縁関係がある人物だと 思って
 らっしゃるんですね?」
008の言葉に博士が大きく頷く。
「そうじゃ。本当に本人かと思う程そっくりなんじゃ。あの頃のまま。」
「しかしよく覚えてましたね。一度会っただけなんでしょう?」
「うむ。所属していた組織が違っていたから会ったのは一度だけじゃ。研究の参考にした
 いと一度会 いに来てくれたのだが……」
博士はちょっと遠い眼をして言った。
「何だかのう、すごくきれいな女性じゃったが寂しそうな眼をしとったんでな、記憶に
 残っているんじゃ。」
無理やり連れて来られたのではなく、自分で志願してBGに加わったというのになぜだか寂しそうでな。
研究も生殖医療と当時のBGではめずらしい分野だったから良く覚えてるんじゃよ、と説明した。


また随分BG には似つかわしくない研究ですね、という008の言葉に博士が答えた。
「食料を制するものは世界を制するのじゃよ。家畜の間に伝染病をはやらせて死滅させ、
 人工子宮で育てた 家畜を売って資金を稼ごうという計画があったらしい。」
やはりBG。どうあっても犯罪者集団だ。
そこにいたメンバーが大きくため息をついたとき、ずっと黙っていたジョーが口を開いた。


「……確か今回の地殻プレートの稼働計画の中で、ブロンテという名前があったと思いま
 す。」
ジョーは立ち上がり、PCの端末に歩み寄ると手際良く操作し、ある名前を画面に導きだした。
レイチェル.ブロンテ博士。この計画のコーディネートをした人物のようだ。
かの国のある大物人物が自分の私腹を肥やす為にBGにメタルXの発掘を依頼し、BG側は利益の何割かの 上納とひきかえに、そのままでは地中深すぎて採掘できない鉱脈を地上近くまで上昇させようとした。
その大物とBGの橋渡しをした人物だ。
「名字が一緒だからといってこのレイチェル博士がシドニー博士とつながりがあるとは断
 定出来ませんが、 それ程似ているなら可能性としては大きいかもしれません。
 第一、他には何も手がかりがないんですか ら……」
ジョーの言葉に002がポンと肩に手を載せた。
「行こうぜ。少しでも可能性があるならそれに賭けよう。
 この美人の行方を捜して、あいつを取り戻 そうぜ。」


ジョーはそこに集う仲間の顔を見渡した。
ちょっと泣き出しそうなジョーの眼に映ったのは決意を新たにした仲間達の顔。
「待ちくたびれてふててるかもな、フランソワーズ。」
「遅いわよ、とか怒られそうだな」
そんな軽口を言いながら002と005、007がドルフィン号の整備へと向かった。 目覚めたばかりの001と、004、008がモニターの大画面に世界地図を写し出して、ブロンテ博士に関する情報を集める為に 幾つかBGの末端組織を攻撃しようと話し合っている。
006はいつものように、「腹が減っては戦は出来ないネ」と言いながらキッチンに消えて行った。


そんな仲間達の姿に目頭が熱くなる。
ずっと押さえていた感情が溢れ出しそうになるのを、ジョー は大きく一つ息を吸い込んで堪えた。
まだ始まったばかり。
でも必ず君の元に辿り着くから。
ジョーは口元をきゅっと結ぶとモニターの前に集う仲間のもとへと歩き出した。







サイボーグ戦士達はその後5箇所の基地、研究所を叩いた。
シドニー.ブロンテもしくはレイチェル.ブロンテの情報を得る為に。


イワンは怒っていた。
フランソワーズは彼のママだ。
いつも抱き上げてくれ、頬ずりしてくれる優しいママ。
彼が昼の時間には絵本を読んでくれ、優しく抱き上げてくれる。
眠りに落ちる前にはゆらゆら揺らしながら腕の中で子守唄を歌ってくれるフランソワーズ。
他の誰が抱き上げてくれても、あの柔らかい腕の包容とは比べものにならない。
そのフランソワーズがもうずっと不在だ。
地殻変動装置を押さえるのに力を使い果たし、半日ほど眠ってしまったことが悔やまれてならない。
目が覚めたときにはフランソワーズの姿はもう何処にも感じられず、彼女の行方を知るすべもなくなっていた。
そんな中で本格的に夜の時間を迎えてしまったとき程、自分のこの身体を恨めしく思った事はない。
それでも容赦なく睡魔は襲ってきてイワンは眠ってしまい、フランソワーズが救出されているかも……と一抹の希望を持って2週間後に眼を覚ましたときにはやはりまだ行方すら掴めていなかった。
もちろんジョーをはじめとした00ナンバー達は手をこまねいていたわけではなかった。
イワンが寝ている間にも、掴んだ情報を元に探し当てたBGの研究施設を叩いてはいたが、そこにはフランソワーズの姿はなかったのだ。


優しく微笑むフランソワーズがいない。
心地よい声色で「イワン」と呼んでもらえない。
ミルクの温度も少しぬるかったり熱かったりでムカつく。
おしめを換えるのも男どもは雑で仕方ない。
抱き上げてもらっても、ごつい腕の中では居心地が悪くて落ち着かない。

積りに積もったイワンの怒りは全てBGへと向かった。
イワンは目覚めてからその能力をフル活動し、大小さまざまなBGの関連施設を探り当てた。
2週間の短い期間に5か所。驚異的な数であるが、みんな手がかりを得ようと必死だった。
そしてようやく5か所目でお目当ての欲しかった情報を手に入れた。



レイチェル.ブロンテが一週間前にその基地を訪れていた。
飛行記録や飛行艇との通信記録を確保して引き上げた00ナンバーズたちは、さっそくその情報の解析を始 めた。
その結果導きだされたのは、レイチェルがソロモン諸島近辺からやって来たということだった。
そこにレイチェルとフランソワーズがいるとは限らないが、ほんの小さな確率にも賭けようと皆で決 めたのだ。
明日夜明けと共に、ドルフィン号で旅立つ予定になっていた。



「ありがとう」
今にも眠りにつきそうなイワンにジョーがそっと言った。
「本当だったらもうとっくに夜の時間だもんな。かなり無理してたよね」
ベビーベッドの中のイワンの頭をそっと撫でた。
「フランのように歌は歌えないけど、君が眠るまで側にいるから。」
ジョーがそっと微笑んだ。
イワンよりも誰よりもフランの不在を辛く思っている人物からの感謝の言葉は、イワンの心の中にストンと落 ちて、不覚にも泣きそうになった。
大丈夫だよ、フランはきっと見つかるよ、と言おうと思って止めた。
がんばって、と言おうと思ってやはり止めた。
どの言葉もジョーは毎日自分に言い聞かせているだろうから。
ふわ〜、と大きくあくびが出て、もう目が開けていられない。
瞼が降りる寸前にようやくジョーにかける言葉を捜し出し、そしてイワンは眠りについた。


『今度目が覚める時にまたジェットにでも覗き込まれたら本気で暴れるよ,ボク。』


思わず苦笑したジョーだったが、 寝入ってしまったイワンの小さな手をそっと握って、こつんとベッドの端に頭をつけた。
「……うん。」
(君のママを早く迎えに行かないとね……)
眼をつぶると浮かぶ愛しい人の姿。




フランソワーズ。
今どうしてる?
元気でいるよね?
もうすぐ君の元へ辿り着くから、もう少しがんばって。
きっと辿り着くから。だからそれまで…………。




翌朝早く、ドルフィン号は飛び立った。
ソロモン諸島を目指して。






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