凍った月

(7)




「……最近シドニーと会えないなぁ……」
フランソワーズはワンピースに付いた土をパンパンと払いながら立ち上がった。



あの後正式に許可がおりて、フランソワーズは中庭への出入りを許された。
シドニーとも前と同じ様に短い時間ではあったが楽しい時を過ごしていた。

もう此処に連れて来られてから一ヶ月以上が経つ。
足も随分と良くなり、歩くのには支障がなくなった。
脱出できないかと探ってはみたが、レベル4の厳戒体制のままの今の警備体制ではかなり至難の業だった。

それに フランソワーズの肌のような人工皮膚を作るのはかなり難しいらしく、研究ははかばかしい結果を得られていなかった。
つい 先日もハミルトン博士の報告にレイチェルが噛み付いていた。

それでも出来ないものは仕方ない。
ギルモア博士は希有の天才だ。
そうそう彼のレベルの研究成果を挙げれるわけがないのは、科学者であるレイチェルにしても承知 している。
だから不機嫌そうな顔をしながらも、レイチェルは科学者たちに時間をかけてもいいから必ず成功 させるようにと叱咤するに留まったが、それでも科学者たちは身を小さくして怒りの嵐が通り過ぎるのを 待っていた。
こんな状態では今すぐに処分される恐れはなさそうだった。
悔しいがこの状態で強行に脱出をはかるのは無謀に過ぎないと判断したフランソワーズは、BGサイドに従順な振りをして機会を待つことにした。




シドニーはあれから更に言葉を覚えた。
表情も増々豊かになり、フランソワーズはシドニーとの会話をとても楽しみにしていた。 今日こそ会えるかと楽しみにしていたのに、もう三日も会っていなかった。
病気にでもなったのかと心配して、それとなく博士達に聞いてみたが、言葉を濁すだけで何も言ってくれない。
それどころかフランソワーズの視線を避けている様なそぶりすらある。
それが何故なのか、そしてシドニーと会えなかった訳は翌日明らかになった。







フランソワーズが研究室に入ると、そこにはレイチェルが居た。
診察でも受けていたのか、スーツの上着を丁度羽織るところだったレイチェルは、入ってきたフランソワーズを見てうっすら微笑んだ。
レイチェルとハミルトン博士の後方にはシドニーとブラウン博士。
シドニーは処置台の上でうつ伏せになっていた。
シドニーの顔色の悪さに驚き、フランソワーズが駆け寄り声をかけると、少し顔を上げて弱々しく微笑んだ。
手を伸ばそうとするが、顔をゆがめてうめき声がこぼれた。
「シドニー?どうしたの?」
フランソワーズは慌てて伸ばされ損ねた小さな手を握ると、シドニーの身体を検索して息をのんだ。
「どうしたの?その背中の傷は!何があったの?」
シドニーは何も言わない。フランソワーズは科学者とレイチェルの方を振返って問いつめた。
「……この子に何をしたの?」


シドニーの背中の皮は20センチ四方に渡ってきれいに切り取られていた。
小さい身体にはあまりにも大きい傷は、シドニーに大きな痛みを与えていた。
すこし身体を動かすだけで、その口から苦痛のうめきがもれる。
「博士!この傷は何なんです?」


強い力を宿したフランソワーズの瞳にキム博士が視線をそらした。
下を向いて唇を噛み締めている。
俯いて黙り込んだ博士達になおも問いかける。
「ハミルトン博士!ブラウン博士!シドニーに何をしたんです?」
フランソワーズの詰問に答えられずにいる博士達を不愉快げに見やったレイチェルが口を開いた。
「よっぽど003に嫌われたくないのね、あなたたち。」
そしてフランソワーズの方を見ると、あの凍った瞳のまま微笑んだ。
「みんなあなたに嫌われたくなくて、自分達が何をしたか言えないみたい。
 ねぇ、どうやってたらし込 んだの?」
ふん、と馬鹿にしたような顔で黙り込む科学者を見た後、兵士達を廊下に出して人払いをすると、シドニーの手を 握ったままレイチェルをじっと睨んでいるフランソワーズの方へ向き直った。
「教えてあげるわ、003。その子の背中の皮膚を私に移植したのよ。」



一瞬何を言われたか理解できなかった。
シドニーの皮膚を移植した?
こんな小さな子供の皮膚を?



「背中に薄いしみが出来たのよ。もう前のオペから大分経ってた部分だったから交換した
 のよ。」
フランソワーズの瞳が大きく見開かれ、身体がわなわなと震えるのを押さえきれなかった。
なんてことを……!
身体の震えが止まらない。シドニーの手を握っていないほうの手で拳を作り、ぐっと力を入れた。
そうしなければ、渦巻く怒りの感情で、どうにかなりそうだった。
許せない!許せない!許せない!
どうしてそんな酷い事が出来るの?こんな小さい子供の皮膚を剥ぐなんてことが出来るの?シドニー はあなたの娘なんでしょう?
心の中に憎しみと怒りとシドニーへの憐憫の気持ちが溢れて、眼の奥がつんと熱くなる。
涙が溢れ出て 頬を伝っていたが、それすら気が付かずにレイチェルに向かって問いつめた。
レイチェルの答えは簡潔だった。なんの感情も込められていない、いや、涙を流し続けるフランソワーズ を明らかにおもしろがっていた。
「……他人のことでそんなに泣けるなんておめでたいわね。シドニーは私の為に作られた
 んだもの。 私がどう使おうと勝手でしょう?」

「作られた……?」
フランソワーズはベッドの上のシドニーを振返った。
レイチェルにそっくりのシドニー。
その瞳がじっとフランソワーズの瞳を見つめていた。


呆然とした表情で再び視線を戻したフランソワーズの様子を見て、 レイチェルの口元に大きな微笑が広がった。
「そうよ。私の為に作られたクローンなのよ、この子は。」






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