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「クローン……?」
フランソワーズは絶句した。
もちろん今の科学でクローン人間を作る事など簡単だろう。倫理観などBGでは問われないだろうから。
自分自身であるから、移植をしても拒否反応がおこることがない。定着する確率は極めて高い。
しかしクローンというのは自分と同じ遺伝子を持つ、いわゆる自分の分身ではないか。 分身の
身体の一部をもう一人の自分の為に利用するなんて絶対許されるはずがない。
渦巻く感情で胸がいっぱいになり、言葉にならない。 ただ涙が流れ続けるだけ。 そんなフランを見
ながらレイチェルは続けた。
「ねぇ、知ってる?人間は生まれ落ちたときから皮膚の老化が始まっているんですって。 赤ん坊のあの柔
らかい肌でもよ。 きれいな肌なんてせいぜい10歳くらいまでよ。思春期になるとダメね。どうしてもオイ リー
な肌になって。 いろいろ試したけど、一番BESTなのは2,3歳、精々5歳位の肌だわ。若い肌だと持ち も良
いから手術の間隔が開くしね。」
レイチェルは漫然と微笑んだ。
「私の肌きれいでしょう?定期的に交換してるからこんなに瑞々しい肌を保っていられる のよ。」
こともなげに言うレイチェルの姿をフランソワーズは呆然と眺めた。
レイチェルは自分の頬をそっと両手で包み、その感触を楽しんでいた。
「……でもね、あなたのその人工皮膚さえ手に入れられたのなら、もうこんなふうに何度 も手術を受ける必要
がなくなるのよ。私も忙しいから手術の度に時間を割かれるのは堪 らないし。
いちいちクローンを育てるのも面倒だしね。」
先程まで渦巻いていた負の感情は今度は吐き気に変わった。
いろいろ試した?
今までも同じ様にクローンをつくり出してはその肌を剥いできたということ?
自分の若い肌を保つ為に、それだけの為に。
なぜそんな事が出来るの?
同じ人間なのに。クローンはもう一人のあなたなのに。
フランソワーズは吐き気を押さえようと深呼吸をして息を整えた。
「……悪いけど理解出来ない。何故?あなたはまだ充分若いじゃない。なぜそんな残酷な 事をしてまで若
いままでいたいの?」
レイチェルは眉をちょっと上げて、そしておもしろそうに微笑みながら「そうねぇ……」と呟いた。
「ねえ。私、幾つに見えて?25?それとも26?」
レイチェルは嬉しそうに笑うとフランソワーズの方に向き直った。明らかにフランソワーズの反応を楽
しんでいる。
彼女が嘆き哀しむのを楽しんでいるレイチェルの瞳はおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
「うふふふ。そうねぇ、あなたに私の本当の年齢を教えてあげるわ。
私ね、若い頃のギルモア博士と会った事があるのよ。」
「え?」
若い頃のギルモア博士に?だって博士はもう60をとうに回っている。
その博士の若い頃を知っているってことは……。
「……そうよ。私は本当は60を過ぎているのよ。 信じられる?それなのに私の肌はこんなに若いのよ。」
この事を知っているのは此処に居る博士達とBGの上級幹部だけなの。だから内緒よ、とレイチェルは口元
に人さし指を立てながら微笑んだ。
そうやって微笑むレイチェルは大抵の男ならば魅了してしまう程美しかったが、話のおぞましさとの落差に
フランソワーズは鳥肌が立つのを押さえられなかった。
レイチェルはなおも微笑みながら話を続けた。
「醜くなるのはいや。年をとって瑞々しさを失って、シワだらけに なって、そんな風になって生きてるなんて
真っ平だわ。 私は時間の流れを止めたのよ。いつまでも20代のまま。醜くもならない。 これで人工皮膚が
完成すれば、もう移植手術は必要なくなるし、半永久的に若いままで いられるのよ。」
「どうして?どうして年を取る事がそんなにいやなの?」
フランソワーズの言葉に意外な事を言われたような顔をしてレイチェルが振り返った。
「若くありたいと思う気持ちはわかるわ。女ならば誰にでもそういう気持ちはある。 でもこんな酷い事
をしてまで若さを保とうとするのは絶対間違
えているわ。
年をとることの何がそんなにいやなの?あなたはあなたじゃないの。
人の価値は外見じゃ無い。その中身だわ。
年齢を重ねる事全てを否定してしまったら、それは一生懸命生きて来た自分までも否定
することにはならない?
しわだって何だってその人の歴史じゃない。自分に恥じる事なく生きてきたなら胸を
張っていればいいじゃない。」 フランソワーズはレイチェルの眼を真正面から見据えた。
「……それに自然な時の流れに逆らう事が素晴らしいと本気で思っているの?時に置き去 りにされた人は孤独
だわ。あなたの親しい人との時間の差が広がれば広がる程孤立して いくのよ。
そんな寂しさを
あなただって感じているんじゃないの?」
時は自分だけを置いて過ぎていく。
親しい友人も家族も、会う度に少しずつ年齢を重ねていく。
顔に手に髪に、少しずつその人の歴史が刻まれていく。
なのにわたしはいつまでも17歳のまま。
同い年の友人は自分を遥かに追い抜かし、兄は父親の年齢へと近づいていく。
それでもわたしは、そしてわたしの仲間だけは変わらない姿で在り続ける。
何年経っても何十年たっても、改造されたときのまま。
理解してくれる人もいる。わたしたちがサイボーグだと知っている一握りの人間だけは。
けれどほとんどの人
はいつまでも若いわたしたちを奇異に思うだろう。
そうなる前に徐々に距離をとっていかなければならない。
出会った瞬間からいつか離れる日の事を考えながら
接しなければならない悲しみは、同じ時を止めた者にしか判らない悲しみのはずだった。
だからレイチェルの瞳を見上げたフランソワーズの瞳にそのとき浮かんでいたのは
怒りでも憎しみでもなく、哀しみの感情だった。
憎まれるのは慣れていたし、そんな瞳で睨まれる事は逆に
レイチェルにとっては自分の優位を感じさせるものに他ならなかった。
しかし今フランソワーズの瞳に浮かんでいるのは怒りでも憎しみでもなく、
あきらかに哀しみの心。
フランソワーズにしてみれば、それが強制されたものと自主的なものという違いはあったが、同じように時
に置き去りにされた者としての感情だったのだが、
レイチェルはそうはとらなかった。
同情、憐れみ、そうとらえたのだ。 レイチェルは否定するだろうが、フランソワーズの言う『孤独』を
レイチェル自身が感
じていたからかもしれない。 そしてフランソワーズのレイチェルに対する哀れみの感情はレイチェルの
自尊心を多いに傷つけ、その為に
彼女はいつもの冷静さをかなぐりすてて激嵩した。
レイチェルの眉がきりきりと上がった。
いつも冷たい視線で相手を見つめるレイチェルの姿はそこになく、彼女はかん高い声でヒステリックに叫
んだ。
「黙りなさい!黙りなさい!あなたに何が判るのよ!若いというだけでそれだけで愛され て、年老
いたというだけで疎まれる。 そんなきれいな肌をしたあなたに、だんだん衰
えていくことがどういうことかなんて判 る訳無いわ。ずっと若いまま生
きていくあなたに判る訳がないっ!」
『許してくれ、シドニー。他に好きな人が出来たんだ。』
ああ、どうしてあの時のことを思い出すの?
もうニ度と思い出したくないのに。
記憶の奥底に沈めていたのに。
この娘を見ていると、あの女の姿と重なって苦しくなる。辛くなる。思い出してしまう。
あの女の笑う顔。太陽のように輝く顔。幸せを身体全体で歌っているかのようなあの笑顔。
止めて,止めて,止めて。
これ以上思い出させないで。
フランソワーズに向かって何かを吐き出すかの様に叫んだまま動きを止めていたレイチェルに、
あまりの剣幕に立ち尽くしていたハミルトン博士がおそるおそる声をかけた。
その声を聞いて、どこかに意識を飛ばしてしまったかのようなうつろなレイチェルの瞳に再び光が戻ってきた。
レイチェルはゆっくりと顔をフランソワーズの方に向け、
蒼い瞳を睨みつけるように見つめた。
レイチェルの瞳は凍りつくどころか、熱く、ギラギラと残忍な光をおびていた。
「……年をとっても自分は自分だって言ったわよね、003。あなた本当にそう思ってる の?
だったら試してみましょうよ。身体が老婆になっても果たしてそんな台詞を言える のかどうか。」
レイチェルはフランソワーズに向かってにっこりと微笑んだ。
「外見が変わってもあなたがあなたらしくいられるものなのか、醜く変わったあなたを変 わらずに愛
してくれる人
がいるのか、私とても興味があるわ。」
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