夢もみないで熟睡したのか、それともみた夢をさっぱりと忘れてしまってから目覚めた
のか。
どっちにしたって、気持ちのいい朝を迎えた。
「ああ、よく眠れた」なんて台詞、もしかしたらお年寄りくさいかもしれないけれど、ホ
ントによく眠れたんだから、しょうがない。思わず口をついて出ちゃうって、こういうこ
となんだ、きっと。
ベッドから起き上がって、窓のカーテンを開いてみると――今日も青い空の色が目にし
みるよう。
手早く制服の袖に腕を通して、階段をおりる。洗面所へ向かう廊下の途中、キッチンの
扉が半分開いていた。通り過ぎながら中へ視線をやると、台所で朝食の準備をしているお
母さんの背中が見えた。
「お早う、お母さん」
足を止めずに言い、洗面所へはいるわたしに、「お早う」というお母さんの声が届く。
顔を洗う水は少し冷たいくらいのほうが気持ちがいい。初夏と呼ぶにはまだ早いこの季
節、わたしはいまが一番好き。
いつものようにお母さんが準備してくれた朝食をさっさと済ませ、歯を磨いて、髪を改
めて梳きなおす。鏡に向かってチェック!
よし、一日の始まりだわ。
「行ってきます」
玄関の扉を開きながら言った。台所で洗い物をしているお母さんの声が、扉を閉める前
に聞こえた。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
わたしの家は、この住宅地の中でも高台に位置するので、高等学校へ歩く距離は在校生
の中でも恐らく遠い部類に入る。もっとも、中等部から通っているわけだから、わたしと
してはまるっきり慣れてしまっているといえば、それまでだけど。
中等部から。
ふと、思い出す。わたしがこの街に引っ越してきて、気づけばもう五年も経つんだ。
わたしは道端に立ち止まり、いま降りてきた坂道を見上げる。そのさきに、わたしの家。
お父さんはお仕事の関係で一年の大半を長期出張で過ごす。たまに帰ってきても、二三日
でまた出て行っちゃう。会えば、いつも優しいのだけれど、でも、少しとっつきにくい、
父親。
お母さんは。いつも笑顔で、しっかりしてて、そしてもちろん優しい。でも、お父さん
に不満はないのかしら? まるで母子家庭同然の生活なのに。
もっとも、お父さんのお給料は相当なモノらしいことはわたしにも分かる。贅沢はして
ないけど、何不自由のないこの暮らしは、間違いなくお父さんが一生懸命働いてくれてい
るおかげなんだわ。
「あれ?」
そんなこんなをぼうっと思い、何気なく家を見上げていたわたしは、二階の窓に人影が
動くのを見た。
わたしの部屋の隣、物置代わりにつかっている狭いほうの部屋。あの窓で、人影が動い
た。
わたしが出てきた以上、家のいるのはただひとり。
「お母さん?」
そのとき、至近から声が響いた。
「姫ーっ、おっはよーっ!」
「うわっ、大きな声っ」
思わず肩を竦めて振り向くと、同じクラスのリィコがいつものニコニコ顔で立っている。
「お早う、リィコ」
「なに、ぼうっと突っ立ってんのよ? 行こ行こ」
わたしの返した挨拶を聞いているのかいないのか、リィコはさっさと歩き出す。
いつも笑顔のリィコ。丸顔で、本人はえらく気にしてるけど、小さいお鼻が結構愛嬌あ
って可愛らしい、元気溌剌としたリィコ。彼女とはわたしが中等部へ転入して以来今日ま
でずっとクラスが同じ。大切な友達のひとり。
「姫、きょうの二限目の小テストの予習やった?」
隣に並び歩き、リィコが尋ねた。
「二限目の小テストの予習――って、あら? 今日、そうだったかしら?」
わたしは少々間の抜けた返事をしてしまった……。そうよっ! 今日、テストだったわ。
わたし、綺麗さっぱり忘れてたっ!
「ひーめー?」
リィコがまじまじとわたしの顔を覗き込む。
「わ、忘れてた……。の、わりには、気持ちよく朝まで眠ってしまったわ――」
つい、いわいでものことまで口にしてしまうわたし。っていうか。
「忘れてたから、気持ちよく眠れたのね、うん」
納得。
「はあ? 姫、なーにぶつぶついってんのよ? ははん、やってないわね、予習!」
人差し指をぴんと突き立てて、確信をもって断言するリィコ。
「そのいい方だと……リィコは完璧にやったわけ、ね?」
尋ねるわたしに、人差し指どころか五本の指全部をひらひらさせて、リィコは笑う。
「あはは、予定ではそうするつもりだったんだけどさ。なんたって、昨日はあのドラマの
最終回だったでしょう! メモリーディスクに録画して後から見るつもりが、ついついリ
アルタイム鑑賞の誘惑にほだされ、引き摺られ、引っ張られ、エグイことに」
「誘惑に負けた、と一言いえばすむと思うわ、リィコ」
「またまた、姫は現実的な物言いをなさいますなあ、さすがさすが」
「なによ、それ」
「あはは」
他愛ないおしゃべりの通学路。いくつ目かの十字路で、わたしたちはまたクラスメート
と出くわす。
「お早う、姫、リィコ」
「あ、おっはよー、レム」
リィコの速攻挨拶返しに、クラスメート・レムは耳をほじくる仕草をして見せた。
「大きな声っ! この至近距離でそのボリュームはないんじゃない?」
「あはは、朝は元気が一番よぅっ」
いいながら歩き続けるリィコを見て、わたしはレムと目を合わせ苦笑をもらす。
「まあ、元気のないリィコなんて想像つかないけどね、確かに。ね、姫」
「そうね」
「そういいたもうな。こんなわたくしとて、お昼前にはエネルギー不足に陥ってパワーが
減衰いたしますれば」
振り向きながら笑顔を振りまくリィコ。ホント、いつも元気だわ。
「その減衰分を取り戻そうって、いつもいつもデザートをあれだけ食べてたら、本当にそ
のうちぷくぷく太っちゃうよ、リィコ」
「ほほほ、こんな若いうちからレムみたくダイエットダイエットって大騒ぎするくらいな
ら、太ったほうがマシよ」
「その台詞、忘れるんじゃないわよ。あとで後悔したって知らないからね」
「あとで後悔? あとで後悔とは解せぬいいようですなぁ、レムさま。あと≠ナ悔や
む≠ゥら後悔なんであって、あとで後悔≠セと、言葉が重複してるって、あははは」
「揚げ足とるんじゃないよっ」
「あんたのがりがり足なんて、とったってつまらーん」
「いったわねぇっ。こう見えても、つくとこには肉ついてんのよっ」
「おお、ダイエッターが、肉付きを自慢するなんて! 世も末ねぇ どこについてんのか、
アタクシに見せてごらんなさい、ほれほれ」
「ここよここよ、ほらほら」
「天下の公道で、それも朝っぱらからお尻パンパンたたかないのっ」
ふたりとも、朝から元気ねぇ。そんなことより、わたし、二限目の小テストぉ……。
「おはよ、姫、レム、リィコ」
もうすぐ校門、ってところで、もうひとり、クラスメートと出逢った。まあ、いくらな
んでも登校前からこんなふうに仲良し四人組がぞろり揃うなんて、珍しいかも。
「おっは――」
さっさとレムとの喧騒を放棄して「おはよう」を発しようとしたリィコの顎を、ぐいと
つかんで口塞ぐ彼女。
「二ブロック先からでもあんたのおっはよー≠ヘ聞こえてたよ、リィコ」
「あぐあぐあぐ」
「わたし、あんたのおっはよー≠ェ聞こえるたびに思うんだけどさぁ」
「あぐあぐあぐあぐ」
「あんた、その調子で家でも騒いでんの? いっただきまーす≠ヘ――まあ、いいか。
ごちそうさまーっ≠煖魔ケるか、うんうん。でも、ごっめんなさーい≠ニかおっや
すみなさーいっ≠トいうのは、その勢いでいうべきもんなん?」
「ぐあぐあぐあぐあ」
「その勢いでおっやすみなさーいっ≠トいわれちゃあ、いわれた側はまだしばらく目が
冴えて寝られないんとちゃう?」
「ぐあぐあぐあ」
「ちょ、ちょっと、ユゥミィ」
わたしは思わず彼女・ユゥミィに声をかける。
「え? なに、姫?」
「……苦しんでない、リィコ?」
「あ」
「わ」
「きゃ」
まあ、このあとしばしは大変だった。リィコは肩怒らせてぜーぜーいうんだけど、ユゥ
ミィは、「あ、悪りぃわりい」の一言で済ましちゃうし。挙句、リィコはいってはならぬ
一言をつい口走り。
「なんつう腕力なんよっ! それでも女の子? 信じらんないっ!」
すべての光源を暗転させるこの台詞、ユゥミィにいってはいけないのにっ。
「なーんか、いま、いったかなー、リィコぉ」
「ひ、ひぇ」
鞄なんか道端に放りだして、ユゥミィがリィコにじわっと迫る。この、じわっとってい
うのが、怖いのよね。さくっとでも、じりっとでもなく、じわっとっていうのが。
「い、いや、あのさぁ」
リィコの声、裏返ってるわ。可愛そうに。でも、自業自得ね。
「このわたしに向かってぇ、なーんか、いま、いったかなー?」
「べ、べつ、別に」
「女の子がどうしたぁ、腕力がどうたらぁ、信じるものは救われるとかなんとか、いった
かなー?」
「い、いってない、いってない、最後のはいってないって」
「わたしのこと、おとこ女って、いったかなー?」
「いってない、絶対、それ、いってないっ」
「リィコォーっ」
「ご、ごめんなさーい!」
「お?」
突然、それまでの怒り心頭モードを解放して、ユゥミィが拳で手のひらをぽんと叩く。
「ごっめんなさーい≠ヘ声大きいほうが効果的か、うんうん」
……なんなのかしらね、この娘も。ていうか。
わたしたちみんな。
くす……。
楽しい、なぁ――
「あ、姫、なにひとり含み笑いしてんの、気色悪い」
レムったら、なに冷静にひとのこと見てるのよっ!
「まあ、姫がご機嫌よろしゅうて、なによりですなぁ」
ユゥミィのどこまで本気でどこまで冗談かわからない声。いつもの、声。
校庭を校舎へむかって横切りながら、リィコがさっそく復活した。
「ユゥミィ、あんたは今日の小テストの予習したの?」
「うんにゃ」
うんにゃって、ユゥミィ。わたしたち、お年頃なんだから、もうちょっと。
「ドラマ、観ちまった」
「あ、ユゥミィも」
いったのは、リィコではなくレムだった。
「ユゥミィもってことは、レムも観たんだ」
「観た観た、感動的だったねー」
「うんうん、泣きがはいっちゃったね」
「……許せん」
レムとリィコがドラマの件で盛り上がるかにみえた直前、ユゥミィの一本調子の声がそ
れに水をかけたわけ。
「ゆ、ユゥミィ?」
リィコとレムがユゥミィを呼ぶのが同時だった。ユゥミィっていったら、拳を握り締め
て……な、なによ?
「な、なにが感動の最終回よ。看板に偽りありってのは、ああいうのをいうのよ」
ぼそりとつぶやくユゥミィ。
「え? 感動しなかった、ユゥミィ?」
問うレム。リィコも彼女に同意の頷きを繰り返している。
「泣けたわ。あのラスト。愛するひとにその思いを告げられず去っていくヒロイン。その
背中が小さくなって、もう消えてしまうってまさにそのとき、愛するひとが彼女の名を絶
叫して走る――」
「あざといけど、泣ける、うんうん」
レムとリィコったら、ドラマの世界にトリップしたみたい。
「だからっ!」
そんな二人を現実世界に引き戻す、ユゥミィの一喝。わたしもびっくりしたわ。
「だからっ! 感動の最終回ってやつなんでしょ、それが!」
「そ、そうよ、そう。ね、レム?」
「そうね、うん、リィコ」
「だったら!」
ユゥミィ、両人を睨み倒す。こういうとき、迫力あってこの娘は結構、コワイ。
「だったら、なんなのよ、そのエンディングのあとのあれは!」
「は、あれ?」
「そうよ、なに、あの予告編! 次週は、スペシャル特番、二人の恋人たちの後日談
だあ? 時間拡大版だあ? なに、それ! 最終回ってたじゃないの!」
「は?」
「ほ?」
ユゥミィ、ちょっと、怒りどころが違ってたみたい。
「ねえ、番組欄にもちゃんと最終回≠チて載ってたよね!」
「うんうん、の、載ってた」
「わたしも……見た」
「でしょ、でしょう? それが、なに? 次週、特番だぁ? 後日談? なにそれ! 終
わってないじゃん! ぜんぜん、終わってないじゃないのよさ!」
「……のよさって、ユゥミィ……言葉乱れちゃっちゃってる」
「ちゃっちゃって……あんたも乱れてるわ、リィコ」
「許せんっ、断じて許せないわっ! 視聴者を馬鹿にした製作側のこのあざとい商法!
馬鹿にするんじゃないっての! ディレクター、呪い殺す!」
「あはは、ゆ、ユゥミィ、そうエキサイトしなくても」
「そうよ、それでまた面白いドラマをもう一話観れるんだから、それでいいじゃん、ね
え」
「ウルサイっ。あれだけ感動させといて、まだ引っ張るかぁ? それで、あれ以上に面白
いもんが出来るなんて保証、どこにあるのよ!」
「保証は、ないと思う、うん」
「そうね、けど」
「けども井戸もない! ディレクター、呪い殺す!」
「あはは、ゆ、ユゥミィ、そうエキサイトしなくても」
「そうよ、それにディレクターなんて所詮は頼まれ仕事に決まってるわ。視聴率取れると
踏んで、お話を引き伸ばそうとした責任者はプロデューサーじゃないの、こういう場合
?」
「そっか! じゃ、プロデューサー縊り殺す!」
はあぁ、とわたしを含めた三人の深いふかーい溜め息。熱血だからなぁ、ユゥミィは。
ユゥミィ。わたしたち三人より頭ひとつぶんも背が高くて。わたしたちは、それはもう
お年頃だからって、髪も伸ばしたり、レムなんて少し染めてたり。でもユゥミィは首筋見
えるショートカットで。
それになんたって、恰好いい。運動神経抜群なんだ。彼女がグラウンドを全力疾走する
ところなんか、何回見たって惚れ惚れするくらい。恰好いい。
男女共学とはいえ、それは実質中等部までの話。高等部は男子部と女子部が完全に分離
している我が校。さすがにグラウンドは共用だから、男子がスポーツするところもたびた
び見かけるけれど、そして見栄えのよい――あ、これはリィコのいいかただからね――男
子も確かにいくらかはいるけど。
そんな男子と比べたって。
ユゥミィが走る姿は。
恰好いい。
あんなふうにわたしも走れればなって、憧れちゃう。
そして実際。ユゥミィは次の全国大会で上位を狙ってる。上へ進学するにあたって特
待生資格≠ゲットしてやるんだって、はっきりいってる。目標、もってる。
恰好いい、なあ。
わたしたち四人は上履きに履き替えると、肩を並べて教室へ向かった。
いまはリィコもレムももう、別の話題で笑いあってるし、ユゥミィも相槌うって笑顔。
わたしの顔も綻んでる、きっと。
――こんな時間が。
このさきも――。
――ずっと、続けばいいのに――
「あ、そういえば、姫」
朝のホームルーム開始直前、後の席のリィコが話しかけてきた。
「なに、リィコ」
「二、三日のうちに、転入生が来るんだって?」
「え? そうなの?」
わたしの反応に、リィコ、また得意の人差し指。
「いかんですなぁ。クラス委員長たる姫が情報未取得とは。いやいや、それよりもこれは
わたし自身の情報網の確かさを誇るべきか。おほほ」
「なにわかんないこといってんのよ」
リィコの隣、つまりわたしの左後ろのレムがリィコに突っ込む。ちろっと舌を出すリィ
コ。やっぱ、この娘は愛嬌あるわね。
「で、どんなんが来んの?」
とは、わたしの右隣のユゥミィ。あはは、よくもこの四人の席が見事にこんなに固まっ
ちゃったもんね。
「どんなんって……そこまでは知らないわよ。でも、学期が始まって経つのに、この中途
半端なタイミングでの転入なんて」
意味ありげに片目を閉じるリィコ。思わずわたし、レム、そしてユゥミィまでもリィコ
を見つめる。わたしは尋ねた。
「転入なんて……なんなの、リィコ?」
問われ、リィコが得意げに答えた。
「きっと」
「きっと?」
「きっと、わけありよ」
「……」
しばし、無言。
で。
「その程度かい。情報屋はん」
ユゥミィのちょっと低い声。怒ってはいないみたいだけど。呆れてる……。
「な、なによ?」
リィコは不満げだ。
「わけなきゃ、転校なんかしてこないっての」
「で、でもさぁ」
「ああ、阿呆らし、やめやめ。リィコの話なんか真面目に聞こうなんてつもりに、一瞬で
もなったわたしが悪かったわ」
「なによ、そのいいかた。第一、阿呆だなんて、あんまりだわっ!」
「あら、馬鹿よりも可愛げあるじゃん、阿呆の方が」
「見解の相違だわっ!」
「大同小異っつうの」
「なにそれ、信じらんないっ」
「信じろなんて、いってないって」
まったく、リィコとユゥミィの二人は、ある意味いいコンビってやつだわ。
レムは。学年一番の成績をいつも堅守してるレムは、ちょっと違うかも。結構わたした
ち三人のこと、冷静に見てる。冷めてる、てわけじゃないけど、結構、冷静。落ち着いて
るっていうほうが正しいかな?
「はいはい、二人とも。先生くるわよ。お口閉じなさい」
って、今回も見事(?)な宥め役。わたしはといえば――。
二人が可笑しくて、楽しくて、ただ笑ってただけ。
でも。
「姫。笑ってる場合じゃないでしょ」
レムの突っ込み。はい、その通りです。先生が教室に入ってきた。
「起立ーっ」
クラス委員長たるわたしには、大切な日課があるのだ。
わたしの号令一下、総勢二十五人のD組女子全員が立ち上がる。
「礼っ」
「着席っ」
先々月に進級したとき、一年のときと同様に、わたしはクラス委員長に選ばれた。二年
連続。もう、慣れた。
わたしは、ウリト学園高等部二年D組、クラス委員長、フィデリア・ル・ゲトワ。十
七歳。
リィコ、レム、ユゥミィ。そして彼女たち以外でも仲の良い級友や知り合い・友達はみ
な、わたしのことを姫≠ニいうニックネームで呼ぶ。
その理由が、わたしの大層な名前に由来していることは、わたし自身理解している。フ
ァーストネームと、ラストネームの間にル≠ェつくなんて娘、他にはいないものね、確
かに。中等部に転入したときは、ホント、珍しいもの見る目で見られたもんだったわ。で
も。
――ねえねえ、フィデリア――
――えっと……はい、なに、ミス・カレド――
――あはは、リィコでいいわよ。ねえ、フィデリア――
――なに?――
――ル・ゲトワなんて、すっごい恰好いい名前ね? あなた、もしかしてお嬢様?――
――はい?――
――うふふ、物腰もしとやか……つうか、丁寧だし。この界隈にゃ、いないわ、うんう
ん――
――界隈、にゃ?――
――気にしないで。わたしも実のところ、あなたが越してくるつい前にここに転入して
きたんだから――
――そうなんだ――
――そ。だから――
――はい?――
――仲良くしましょ、お嬢様――
――お嬢様って……わたし、べつにそういうんじゃないけど――
――高台の上に引っ越してきたんでしょう? こないだの休日に荷物積んだトレーラー
が上がって行くの見たわよ。トレーラーだったもんねぇ。庶民の感覚じゃないわ――
――そ、そう? わたし、よくわからないけど――
――ありゃりゃ、こりゃホントのお嬢様だわ。普通、あんな物々しいトレーラーなんか
で引越し荷物運ばないって。あはは――
――そう……――
――おやまあ、その憂いを含んだ表情。これはもう、お嬢様というより――
――か、からかわないでよ、ミス・カレ……リィコ、さん――
――リィコ、でいいって。お姫さま!――
――お、お姫、なに?――
――あはは、決めた。あなたのこと、姫≠チて呼ぶことにするわ、あははは――
ほとんど冗談、ていうか、リィコの百パーセント冗談のはずだったのに。なぜか、いつ
しか。みんなわたしのこと姫≠ネんて呼ぶようになって。中等部三年の時には担任の先
生までが呼ぶようなっちゃった。
で。
高等部進学したときにはもう、わたしのこと名前で呼ぶ人の方が少なくなってたりして。
どうなってるの?
まあ、いいけど今さら、べつに。
「ううっ、エネルギー充填ーっ!」
「こらリィコ、がっつくな、はしたない」
「そんなこといったって、ユゥミィ! お腹空いてるもんはしょうがないわよ」
「ほっぺたにジャムくっつけたまま叫ぶなっつうの!」
お昼休みも賑やか。本来ならば学校にいて一番楽しい時間――のはず。
だけど、さすがに今日は少しばかりユーウツ。なんたって。
「まいったね、小テスト」
ああ、ユゥミィ、あっさりといわないでちょうだい。
「全然授業進んでない範囲じゃんっ。最低だわっ」
「だから、ジャムつけたまま叫ぶなって、リィコ」
「あれは小テストっていうより、抜き打ちテストよ、抜き打ち」
「終わったことはもう、いいじゃない」
「あ、その余裕の発言。さすがレムは違うわね」
「そうじゃなくて、リィコ。終わったことくだくだ考えながらご飯食べたって美味しくな
いってこと」
「それを余裕っていってるの」
「あーあ、やっぱ最終回は録画で観りゃよかったわ。ね、姫」
いきなり振られて、わたし苦笑。
「わたし、観ないから」
一瞬、食べ物を口へ運ぶそれぞれの手の動きを止めるリィコ、ユゥミィそれにレム。
「そーだったわね。姫ってビジョン観ないひとだったもんね」
リィコが肩を竦めていう。
「お母さんもお父さんもビジョン観ないひとだから、わたしも」
「珍しいわよね、ビジョン観ないなんてさ。ネットワークは使ってるのにねぇ」
「いいじゃんか、リィコ、ひとんちのことなんだから」
「そうはいってもユゥミィ。もしわたしんちがビジョン観ない家、なんていうのを想像し
たら――」
「想像したら?」
「――想像したら」
「だから、想像したら、なに?」
「……想像、できん」
ユゥミィとリィコのやりとりにレムが一言加える。
「リアルタイムでなきゃ我慢できないわけだわ、家族中で」
「そんなこといったって、レムだって観たんでしょ、昨日の最終回!」
「昨日だけは」
「じゃあわたしたちと同じじゃんか。小テストだって――」
「わたし、出来なかったなんて一言もいってないもん」
今度はわたし、リィコそれにユゥミィの手が止まった。
「これだもんね、やっぱ、さすがレム」
溜め息交じりのリィコ。
「テスト出来たってのが嫌味に聞こえないのは、あんたの人格の賜物だよ、まったく」
かなり本気でいってるユゥミィ。そうだった。わたしとリィコが中等部からずっと同じ
クラスでいるみたく、ユゥミィとレムも長い付き合い≠ネんだった。
「えへへ、でも全部出来たってわけじゃないから」
ユゥミィに褒められ(?)、ちょっと言い訳がましいレムの言葉。でも。
「授業やってないとこ全部出来てたら、それ、嫌味だよ――嫌味だわ――嫌味じゃん」
これ、わたしたち三人一斉の回答。語尾が微妙に違うのが三者三様ってことで。
まあ、やっぱりお昼休みの時間が、学校にいて一番、楽しい。
放課後。担任の先生に呼ばれて教員室へいっていたので、教室に戻ったときにはあらか
たの生徒は帰ったあと。窓際にひとり、レム。開け放った窓から外を見て立ってる。わた
したち二年生の教室は校舎の二階。
「あ、レム」
「ああ、姫。なんだったの、呼び出し」
レムはちらっとわたしを見ただけで、窓の外へ視線を戻した。
「呼び出しなんて。明日、うちのクラスに転入生がくるから面倒みてあげなさいって」
「あはは、情報屋リィコの面目躍如か」
楽しそうな笑い声。
「うふふ、そうね。で、その情報屋さんは?」
「先帰るって。なんか、前に録画しといてまだ見てない連ドラがあるんだとさ。今日のお
話の放送前に観とかないと、話が続かないとかなんとかいってた。結局リアルタイムに振
り回されてるじゃんか。好きだね、あれも」
「あはは、リィコらしいじゃない」
わたしもレムの隣に行き、外を見た。
グラウンド。
さまざまな部活動をやっている生徒たちの中で、ユニフォームに着替えたユゥミィがト
ラックを走ってる。
「あ、ユゥミィ」
「……うん」
――レム、ユゥミィ見てたの?
笑いながらそう聞こうとして彼女を見るのと、レムがわたしを見るのがほとんど同時だ
った。
「別にわたし、そのケないからね」
「わ、わかってるわよ」
機先、制された、残念。ていうか、やっぱ、さすが、レム。からかう隙を与えないわね。
「でもさあ、姫」
「うん?」
レムは、トラックをゆっくりゆっくり自分のフォームを確かめるように走るユゥミィに
もう一度視線を戻しながら、いった。
「あの娘、やっぱり恰好いいよね」
「……うん」
「あ、姫。わたしが恰好いいっていうのは、別にみてくれじゃないよ」
「え?」
わたしはレムの横顔を見る。もともと黒髪なんだけど、二年に進級する前くらいから、
すこしずつ赤茶色に染め始めてる。それはもう、じっくりと時間をかけて染めてきている
から、毎日接していると逆に気づかないくらいだけど。こうして見ると、一年の最初の頃
とは随分違う色合いになってきてる。肌の色はわたしたち四人の中で一番色素が濃い。褐
色っていえる。わたしやユゥミィみたく白の肌からすれば素敵な#ァだと思うんだけど、
レムはわたしたちみたいな白が好きなんだって、いつかいってた。
深緑色の瞳が、グラウンドのユゥミィの動きを追ってる。
「わたしがいう恰好いいっていうのはさ、姫」
「うん」
「あの娘、ユゥミィはさ。一年のときからもう、上へ進学するってきめてて、それもあれ
――」
レムがそういった時、ユゥミィがスピードを上げた。全力まではいかないけど、かなり
力入れて走ってる。
「あれでさ、全国大会出て、記録出して、それで特待生資格を自分の力で勝ち取るんだっ
て、目標決めて」
「そうだったね」
「それで、その目標達成するため、毎日本気で生きてるじゃん」
「うん……」
「それがさ、恰好いいって、わたし思うんだよね」
「そうね」
わたしたちは、窓辺に並んで、しばらくユゥミィが走る姿を見つめる。早く走り、しば
らくしてスピード落として、息整えてまたスピード上げて、しばらくしてまた落として。
頑張ってるユゥミィ。
わたしはぽつりと、でも心底の思いで呟く。
「勝つといいね、大会」
「勝つよ」
間髪いれず、レムが答えた。
「て、いうか。もう、勝ってるんだよ、ユゥミィは」
「レム?」
「わたしらなんかと違って、あの娘は勝ってるんだ」
さ、冷めたものいいね、レム。でも、いいたいこと、分かるような気もするわ。
「目標もって、それを越えるために毎日本気で生きてる。ユゥミィはもう、勝ってるよ」
「うん、そうね」
くるり、と音がしそうなくらい派手なターンで、レムが身体を廻した。今度は背中をグ
ラウンドに向け、教室の天井を見上げる。そして、溜め息。
「はあ、あの娘に比べちゃうと、自分はなにやってるんだろうって気になるわ」
「またそんなこと。レムはいつもしっかり勉強してるじゃないの」
「まあね」
まあね、ときたか。でもそれが嫌味に聞こえないのは確かにこの娘の性格の良さかも。
「でもわたし。べつに目標とかあって勉強してるわけじゃないし。出来るからやってるっ
ていうか、出来ないわけないっていうか」
……ちょっと、嫌味に聞こえるような気が。
「出来ないわけないっていうのはさ、姫」
「え?」
あ、いまわたしのココロ、読んだ、レム? 冷静な娘だから。
「つまり、やれば出来るって思ってるから。やるまえに出来ないって思って放り出すのっ
て、わたし、癪なんだよね。だから、やってやろうって気持ちになる。新しい科目とか問
題とかを前にすると、そういう気持ちになるんだよね」
「へ……え」
それは知らなかったな。初めて聞く、秀才レムの心情。
「でさ、解けたとき、正解だしたときって。やっぱ、それなりの達成感、あるんだ」
「だろうね」
「そしたら、次も次もって、ついつい思っちゃうんだ」
「それって凄いことだと思うよ、レム。わたしたち、とてもそんな風には思えないし出来
ないもん」
「またまた、学年でいつも十指に入る成績の姫の台詞じゃないね。そんなん、リィコが聞
いたらまたヒスっちゃうよ」
「ヒスっちゃうって、レム」
「まあ、あの娘はあの娘で、ああやってわたしら四人の中で騒ぎまくってくれてるおかけ
で、わたしらのちょうどいい調整弁なってくれてるもんね。気配り屋だよ」
「レム?」
「悪くないと思うよ、あの娘も。鼻が低いだの小さいだのって本人はよく喚いてるけど」
「わ、喚いてはいないと思うな、わたしは」
「あれであの娘の鼻がツンと高かったら、却って嫌味っぽくなるって。あれくらいがちょ
うど可愛い」
「うん、わたしもそう思う」
「もしわたしたち三人が落ち込んでるときでも、彼女のスイッチ入れれば、みんな元気に
なれるもんね、得がたい存在よ」
「スイッチって、レム。機械じゃないんだから、あはは」
「うん――でも、レムはスイッチ切り替えてるよ」
「え?」
「多分、意識して切り替えてるよ、あの娘。気分転換がうまい、とかそういうんじゃなく
て、場の雰囲気を変えるっていうか、盛り上げようとするとき、率先して自分にスイッチ
入れてる。そんな気がするな。そういう気配りできる娘、リィコって。得がたい存在だと
思う」
「へえ」
凄いのね、レムって。ホントに冷静に周り見てるんだ。
でも、そしたら……レムには、わたしってどう見えてるんだろう?
聞いてみたいような、聞くのは怖いような――。
「で、あなたはさ、姫」
う、レム、あなたホントに読心術の心得あり?
「そんなわたしらの中心」
「ちゅうしん?」
「そう、なんていうんだろうね」
レムはわたしの顔を見た。結構、マジな表情で。
「姫、あなたは、他にない雰囲気もってるんだよね」
「ふんいき?」
「そう。わたしらみたく三人とか四人寄り集まったとき、その中心にいるのが当たり前っ
ていうか。ばらばらのわたしたちをまとめるっていうか。分かり易くいえば――」
「?」
「――いえば、上に立つのが当たり前っていうのかな」
はあ? なにそれ?
実際、わたしはきょとんとした顔つきだったろう。そんな風に誰かに言われたこと、初
めてだったもの。
「なによ、それ、レム」
苦笑で応えたわたしに、真面目な顔つきのままでレムがいう。
「うん、上に立つってのは、表現キツイかもしれないけど。でもね、姫。姫がこうして去
年も今年もクラス委員長やってるのって、当然って感じするんだな。中等部のときも確か、
委員長やってたよね? それは、ごく自然、当たり前って感じ、するんだよね、姫って。
そういう意味からすると、中等部時代にリィコがあなたにつけたこの姫≠チてあだ名。
わたし、あなたにぴったりだって思うよ」
「な、なにをいい出すのよ、レムったら」
「ホントだよ。お姫様は、いつも取り巻きの中心にいるもんだよ」
「なんだか、気持ち悪いわ、そんないわれよう。わたしは別に――」
「うん、あなたは別に我が我が≠チて感じじゃない。ひとを見下したりとか、顎でつか
ったりとか、そういうことするわけじゃない」
あ、当たり前でしょう! 友達にそんなこと、するわけないじゃない!
「でもさぁ、ユゥミィだって、リィコだって――わたしもそうだけど――どっかで思って
るはずだよ。わたしら皆の関係って、あなたがいなくなったら多分、成り立たなくなるっ
て。うまくいえないけど、あなた、そういうひとなんだよ」
「……わからないわ、レムのいってることって、いまひとつ」
正直、困ったようにわたしはいった。するとレムもようやくマジな表情を崩す。
「あはは、わたしも偉そうなこといえないね。自分の感じてることをうまくひとに伝えら
れてないんだもんね。そっか、やっぱ、わかんないか」
「そうよ、わたし、そういう誰かの上にたつとか、中心になるとか、そういう風なひとじ
ゃないもん、きっと」
「――きっと、だろ、姫? 姫だって自分自身がどういうひとか、確信もってるわけじゃ
ないよ」
「それは……」
それは、そうかも。わたしは、わたしっていうのは。
どういうひとなのだろう? どういうひとになっていくのだろう、これから? どうい
うひとになりたい? どうありたい? わたしは――
――誰になるの?
なんとなく物思いに沈んだわたしとレム。時間なんて、あっという間に過ぎていく。ま
るで手の平からサラサラ零れ落ちる砂みたい。
夕陽に染まるグラウンド、校舎、そしてわたしたちの顔。
「綺麗な夕焼けだね、姫」
ぽつりと、レムがいった。
「そうね」
「ここの双子太陽の夕焼けは、いまの季節が一番綺麗」
「うん」
「信じられる、姫? この宇宙のほかの星ではさ、太陽がひとつしかない世界もあるんだ
なんてこと」
「うふふ、そうね。この目で見なきゃ信じられないかも」
「理屈としてはわかるけど、太陽がひとつだなんて。なんかバランス悪い感じ」
「うん」
「まあ、わたしらみたいに、生涯この星以外の世界へいくことなんてないだろうモンにと
っちゃ、どうでもいいことだけどさ」
――この星、以外の世界へ――
「おーいっ」
ふと、頼もしい(?)呼び声を耳にしてわたしたちは我に帰る。
紅く染まったグラウンドから、ユゥミィが派手に右手を振りながらわたしたちがいる窓
を見上げていた。
「おーい、二人ともまだいたんだぁっ?」
「やっほー、ユゥミィ!」
レムが両手を口に当て、大声出して応える。
「これから着替えるから待っててー。一緒に帰ろっ」
「五分だけっ。それ以上かかるんなら、先帰るっ!」
え? 待ってってあげようよ、レム。
「ひっどいなーっ。乙女が汗かいてさぁ、わずか五分で着替えられるわけないじゃん!」
「じゃあ、六分だっ」
「おにーっ! 友達甲斐ないこといわないで、待っててよーっ!」
更衣室へ走り出すユゥミィの背中へ、レムが叫ぶ。
「分かってるって、冗談だよ、ユゥミィーっ」
ニヤニヤ笑うレムの横顔に向かって、わたしはいった。
「あんまりあせらすと可愛そうじゃない」
「お、その気配りはやっぱひとの上に立つものの素養ってやつだねぇ」
ウィンクするレム。
「馬鹿いわないでよ」
「あはは、だって、ユゥミィも面白いんだから。前もこんなふうに急かしてやったらさ、
ブラウスのボタン全部掛け違ったままで更衣室から飛び出してきたんだもん」
「やっだ、恥ずかしい」
「うん、でも、わたしがそれ指摘したら、廊下歩きながら堂々とボタン掛け直してた」
「へ?」
まったく、ユゥミィらしいっていえば、らしいけど。
「しかも、いったん全開にしてからだよ。あのときは正直、わたしの方が恥ずかしかった
な。いくら女子しかいない校舎の中だったってさぁ」
「あ、あはは……」
ら、らしいわ、ユゥミィってば。
「それでまた、ユゥミィって、いい身体してるから」
「い、いい身体って、レム……」
「いや、実際、惚れ惚れするよね。背、高くて、運動あれだけしてるから締まるとこ、き
ゅっと締まってて。それでいてさぁ」
「は、はい?」
「出るとこ出てるんだよね、これがまた、ちゃんと」
……ちゃんとって、レムったら。
「わたしみたいなガリじゃなくてさ、スタイル、いいんだ、ユゥミィ」
「そうだよね」
レムも、リィコにいわれると結構むきになるくせ、自分では自分のことガリ≠セなん
ていう。やっぱり、冷静な娘なんだ。
「さ、今日もユゥミィのセミストリップが見られるか? 我が校で一、二を争うナイス・
バデイは、果たして拝めるのかーって――行こう、姫」
「せ、セミストリップって」
笑いながら、レムがわたしの腕をとる。わたしも笑い返し、レムの手を握った。
こんなふうに自然に笑いあえて、手を取り合える友達=B
大切な、わたしの友達=Bレム、ユゥミィ、それに、リィコ。
わたしたし四人、ずっといっしょに――。
「……一緒に、いられたら、いいね」
レムと、更衣室へ向かって廊下を軽やかに走りながら、わたしは呟いた。ホントに本当
にそう願って、呟いた。
隣を走るレムが「そうだね」って答えたような気がした。
実際にそういったかどうか、わからない。でも、わたしはこのとき、彼女がそういった
ような気がした。そういったと、思う。
――わたしたち、四人。友達。ずっとずっと、このさきも一緒にいられたらいい。わた
しがどんなひとになっていこうと。彼女たちがどういう大人になっていこうと。わたしが、
誰になろうと――
「ずっと、一緒に」
大切な友達。ずっと一緒にいられればいいのに。
そう願ったけど。
十七歳のいま。心からそう思ったけど。
やがて、そうはいかなくなった。
願いは、崩れていった。みんなの中で、壊れていった。
そう。
彼女が。
あの娘が。
わたしたちの前に現れた、あの日から。
わたしの願いは、思いは。
崩れていく。
「起立ーっ」
朝、ホームルームの時間。
「礼っ」
わたし。右隣にユゥミィ。
「着席」
後にはリィコ。その左隣にレム。
いつものと同じように始まった、学校の一日。みんな揃ってる。わたしたち四人も、ク
ラスメートも全員、いつものように揃ってる。毎日の、始まり。ただ――。
ただ、違ったのは。
「今日はまず、皆さんに転入生を紹介します」
担任の先生のこの一言が。
これまでの、日常を。
変える。
「さあ、自己紹介を」
「……はい」
――わたしたちを。
変える――。
「パトレ・ポリーです、よろしくお願いします」
彼女が。パトレ・ポリーが。
わたしたちを――。
to be continued
Written by 那入 晶
この作品はフィクションであり、登場する人物名・団体名等は実在する同名のものとは
一切無関係であることをここに明記いたします。
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