

交流 「ねえ、なんか今日見かけない人が多くない?」 奈々に言われて香代は初めていつになく見知らぬ人間が校内に溢れていることに気がついた。 「ほんとだ。あれってうちの制服と違うモンね」 白とエンジの組み合わせは昔ながらの紺を基調とした綾樫学園のものとは違う。 「あら、知らなかった?」 驚いた顔をして見せたのは昭美である。 何が?と聞く二人に昭美は説明した。 「今日は尊美学院との交流試合の日よ」 「尊美学院?聞いたことないけど」 奈々も香代も首をかしげる。 「この辺の学校じゃないからね。四年に一度、交流会を開いているけど今年がその年に当たるらしいわ」 「で、何の交流会なの?」 香代の問いに昭美は知らない、と答えた。 「何よ、それ」 奈々の突っ込みに先輩から聞いただけだからと昭美が返す。 「でも、かなり伝統のある行事らしいわよ。うちの学校が出来たときくらいから既に始まっていたって聞くし」 「うちの学校って出来て何年だったっけ?」 「校史には百三十年くらい前からあるって書いていたけど実際にはもっと古いって噂もあるわよ」 「うわっ、それって寺子屋じゃん?」 「すげえ、うそっぽい」 二人の言葉に昭美は「校史」に書いていることだからと顔をしかめた。 話に夢中になっている三人の横を白にえんじの制服の生徒たちが次々と通り過ぎていく。 でもさ、と奈々が小声で囁く。 「なんか、みんな顔色悪くない?」 奈々の言葉に香代も昭美も思わず頷いた。 女子も男子も彼らの顔色は妙にさえない。それどころか目の焦点もどこかあっていない感じだった。それがゆっくりと吸い込まれるように学校の奥に向かって歩いていく。 「なんかあのゆらゆらしたような足取り、映画で見たことがあるわ」 生気のない集団がゆらゆら歩いているさまは確かに見ていて気持ちよいものではなかった。奈々はいつしか、スーパーマーケットの中をあのような集団が歩いている映画の一場面を思い出していた。 「あれって何の交流なんだろ。試合っていってたけどあれでスポーツなんて出来るのかな」 三人が気持ち悪そうにえんじの集団を眺めていたときのときだ。 「そうですかあ?」 後ろから突然声を掛けられて、三人同時に肩をひくつかせた。 驚いて振り返ると、そこには白にえんじの制服の小柄な女の子が立っていた。 「先輩たち、綾樫学園の方ですよね?」 「え?ええ、そうだけど、あなたは?」 昭美は答えながら自分たちに声を掛けた女の子の様子を観察した。 綺麗に染めた長い茶髪を後ろにたばねた、明るい感じの女の子だった。 少し顔色は優れないけど、見た感じは普通の子じゃない…。 「あたしは尊美学院一回生の華羽根ミクっていいます。うちの生徒って顔色はさえないけど、なんでも意外とやりますよー」 ミクの言葉を聞いて思わず口を押さえる三人だった。だが、ミクは特に気にする様子もなく話し続けた。 「あたし、今日の試合楽しみに来たんです。うちと違って綾樫の方は普通の人も結構来てるからどういう感じで試合をするのか全然想像できなくって」 「まあ、確かにうちは変わった人間もいるからね」 奈々が茶化して香代が笑うが、昭美は何か引っかかりを感じた。 普通ってどういう意味の普通? 綾樫は私立の学校である。特色としては毎年一定量の生徒を国公立や有名私立大学に入学させていることから進学校としてのカラーも持っているがスポーツもかなり盛んで全国でそれなりの成績を収めている分も多い。 これだけなら取り立てて珍しくもないのだが、問題はその中身なのだ。 綾樫の特色は、普通ならとても行けないようなところに簡単に合格したり、ずば抜けて能力に秀でていたわけでもないものが全国上位に入ったりすることにあった。 勿論、裏口入学やコネ、何らかの操作があったということではない。彼らはその後も実力を保っており、試験をすればきちんと成績も残している。 つまり、普通の生徒が急に力をつけるのが綾樫学園の特徴なのだった。ごく普通のどこにでもいる学生が綾樫で学んでいる間に天才やトップアスリートになるというので、世間では綾樫マジックといわれていたが、一方で自殺者や行方不明者がでるなど暗い噂もある学園だった。それでも入試が比較的簡単なこととうまくいけば他校に行くよりも良い成績が出るかもしれないということで子供を入学させる親が後を絶たない。だが、入試に合格しても後で万が一のこと、即ちわが好みに降りかかるかもしれない不幸を予測して入学を辞退するものも少なからずいたため綾樫学園は学園の運営資金には困らないという説もある。 そんな学校だから、しばらくして天才ぶりを発揮するものもいたが、残念ながら今ミクと話している三人にはその兆候は見られていない。 ミクが言ったことがそれを指しているのであれば、悔しいけどそれは当たっている。 だけど…、と昭美は思った。 もしミクの言っている意味が別のものだとしたら? 自殺者や行方不明者が毎年出る綾樫には怪談話の類には困らない。 呪いの木の話や、トイレの怪談は昭美も知っている。学校の先生の中にはその存在が分からないような人もいるという。その時によって、いることになっていたり、いないことになったりするらしい。噂によると見た目は綺麗な女の先生らしい。見かけたときは「XX先生だよ」と名前を教えてくれるが、後で聞くとそんな先生は知らないといわれるのだそうだ。考えてみればそれも妙な話だった。 そんな噂が数多くある綾樫だからこそ、ミクのさっきの言葉に込められた意味が昭美には気になるのだ。 だが、それをミクに聞くのはためらわれた。 理由はない。ただ、それを聞くのが何となく怖いのだ。自分のいる学校がどんなに恐ろしいのか知らされるような気がしたからだ。 我ながら馬鹿らしいとは思ったが、昭美はそのことには触れずにミクに聞いた。 「今日は何の交流試合なの?」 「じゅそ」 「へ?」 昭美はミクの言ったことが分からず思わず間の抜けた返事をした。 「体育館でやるから。先輩たちも見たら分かるよ。凄く面白いから。絶対見に来てね」 そういうとミクは体育館の方向に向かって駆けていった。 「面白そうじゃない?」 奈々と香代が昭美にその交流試合を見に行こうと誘った。 「ええぇ。でもぉ」 昭美は何だかそこに行ってはいけないような気がしたが、それが何故かは上手く説明できなかった。 「今から用事あるわけじゃないでしょ?さっきも暇だって言ってたんだし」 「うん。でも…」 「じゃあ、行こうよ」 結局二人に押し切られるような形で昭美は体育館に足を向けた。 「おい、お前等何処に行くんだ」 突然後ろから声を掛けられて三人が振り向くと、そこには現国の教師、加藤が立っていた。 「なんか体育館で対抗試合やってるって聞いたんですけど」 加藤はそれを聞いて不思議そうに首を傾げた。 「そんな話、あったのかな」 「先生、知らないんですか?」 昭美は呆れた顔で加藤に聞く。 「何をだよ」 「だって今日は尊美学院との四年に一度の交流会だって」 それを聞くと加藤は一瞬表情を曇らせた。 「ああ、あれか」 「何か知ってるんですか?」 「いや、俺が着任したときにな、あれには余り係わり合いにならないほうがいいって言われたんだよ、長く勤めたければってな」 「じゃあ、見られたことはないんですか」 「俺にも家族があるからな」 そういった途端、加藤は顔を真っ赤にして打ち消すように続けた。 「それ以前に俺は忙しいんだよ。お前たちみたいな生徒をどうやって指導していけば良いかいつも頭を悩ませてんだからさ」 そう言って加藤が三人から離れて歩き始めようとしたとき、昭美が再び声を掛けた。 「そういえば長い黒髪の綺麗な女の先生がいるって聞いたんですけど」 加藤は立ち止まり、少し首をかしげた後、ゆっくりと横に振った。 「いや、聞いたことないな」 加藤が歩き去ったあと、昭美は奈々と佳代に聞いた。 「なんか、ちょっとやばそうな感じがしてきたんだけど、どうする?体育館」 佳代は悪戯っぽく笑った。 「面白そうじゃない。やばいっていったって別に命をとられたりするんじゃないし、どうせ試合が過激だとかそんなんでしょ。それより、これを逃すともう一生見られないんだよ」 「答えは決まってるってか」 三人は顔を見合わせて笑った。 |
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