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・美空ひばり プロンズ像 国民栄誉賞受賞 平成元年7月6日の 記念品と思います。 二科会会員 小山由寿さんの作 |
・東郷青児作の盾 日本レコード大賞の物です。 もちろん本物です。 ある方のご好意で 譲り受けました。 |
・結婚記念ソノシート 小林旭・美空ひばり 昭和37年平凡12月号付録 歌と対談「ダーリンと和枝」と なっています。 右は「愛のブロマイド」 あちぃー・・・・ |
・リサイタルのパンフ 昭和30年4月3日 東京体育館 主催は順天高校 チケットの値段は 2階席で200円です。 |
・「東京ブギウギ」のパンフ 昭和23年 日本劇場 「ニュールックショウ 東京ブギウギ」 キャスト/淡谷のり子、橘薫他 全12ページ 戦後数年ですからねえ・・・ まだ紙質は悪いです。 新しいリズム「ブギ」を 基調として、現実の東京の 姿を題材としています。 「ブギ」のリズムが 都会の心臓からほとばしり でる脈拍なのです。 どんなショーだったのか 叶うなら観てみたいものです・・ |
・銀座カンカン娘の楽譜 発行は全音 新東宝映画の主題曲 作詞は佐伯孝夫 作曲は服部良一 |
・東京ナイト・クラブ/グッド・ナイト 発行は全音 作詞は佐伯孝夫 作曲は吉田正 |
・モコ・ビーバー・オリーブのポスター 1969年のポスターです。 私が小学生の時のポスターです。 ボロですが、私の数少ない お宝のひとつです。 けっこうレアと思いますが・・ |
・小柳ルミ子のポスター 1971年のデビュー曲です。 ミニが初々しいですね。 ベルトに時代を感じます。 けっこうレアと思いますが・・ |
・奥村チヨのポスター 「恋の奴隷」です。 1969年のポスターです。 またまたけっこうレアと思いますが・・ |
・三波春夫先生の絵皿 1970年、 15周年記念とあります。 芸能生活でしょうかね。 |
・菅原ツヅ子さんのポスター 若い・・実に若い・・・ ペットも吹いてますう。 このポスターでも分かる様に 当初は「ツヅ子」だったみたいです。 このポスターもまたまたまた レアかと思っておりますが・・ 今でも時々懐メロ番組に元気に 出演されておられるのは 嬉しい限りですね。 |
・菅原都々子さんのちらし 昭和20年代末から30年頃かと。 まだ「月がとっても青いから」が 出る前です。 この方の父上が、あの「お座敷小唄」 の作曲者なんですよね・・・ 「月がとっても青いから」という本も 出ていますから一度読んでみて下さい。 |
・歌謡曲 これからの唄い方 NHK専属ピアニストの 天知真佐雄著 昭和26年発行 時代的にはラジオ歌謡の頃であり、 そしてまだ戦後でもありました・・ なんか、どこにでもいる様な お姉さん達な気もしますが、 やっぱりどこにもいません。 昭和26年にいるんです・・ 今元気だとして80代ですね。 お宅のお婆ちゃんでありませんか? |
・左側のお姉さんは多分荒井恵子さんかなと。 農林省食料管理局の女性事務員だった方で、 昭和24年、NHKの「素人のど自慢」で 優勝、後にプロになった方です。 この番組からプロ歌手になった第1号です。 「森の水車」などのヒット曲があります。 |
・ピンキーとキラーズ出演 映画「恋の季節」のB2判ポスター 当時この曲が大ヒットしましたね。 独特のファッションも、 インパクト有りましたね。 |
・黛ジュン出演 映画「天使の誘惑」のB2判ポスター やはり当時この曲が大ヒットしましたね。 お相手は石坂浩二。 この映画にはあのオックスも出てるよ。 |
・「東京の夜は泣いている」B2判映画ポスター 宇津井健と松尾和子。 原案は川内康範、音楽は吉田正。 主題歌を唄っているのはもちろん松尾和子。 松尾和子が来ているトレンチ・コートも決まっている。 宇津井健が来ているコートも品は良さそうだ。 昭和30年代の東京の夜景というのがなかなか・・ |
・昭和36年のビクター誌 表紙は松尾和子、「誰よりも君を愛す」で日本レコード大賞を受賞した頃の物 大賞を受賞しての彼女のメッセージをご紹介しましょう。 いつまでも真心こめて歌う 松尾和子 「小さい頃から歌を口ずさみ歌を愛してきた私にとりまして1960年度の 日本レコード大賞をいただくことになりましたことは、身にあまる光栄と感激しております。 「誰よりも君を愛す」という歌は川内康範先生の作詞、吉田正先生の作曲に なるものでありまして、私のもっとも好きな歌の一つでございます。 私はただ全身を打ちこんで歌うだけでありまして、作詞、作曲してくださいました 両先生と、一緒に歌っていただいたマヒナ・スターズの方々に深く感謝いたします。 生きとし生ける全ての方は一度は味わい、苦しみ、涙し、愛してまいりました人を 思う心が、そのまま表現されていると思います。 新人の身にあまる光栄をお受けいたしました機会に、私の生命であります歌を愛し、 果てのない人の世にあって、短い人生のすべてを、いつも真心をこめて歌って いきたいと思います。」 昭和を代表するハスキー・ヴォイス。 確かに「短い人生」でしたね。 享年57歳、杉並区・西照寺に眠ります。 |
・ミュージカル・コメディパンフ 「ぼんぼんと番頭と丁稚どん」 浅草・国際劇場 昭和35年9月 花登筺の作・演出 ぼんぼんがフランク永井な訳。 フランク永井と松尾和子の デュエットも唄われました。 「東京ナイトクラブ」 関西系のお笑いと東京のモダニズム の融合か・・ 想像するだけで楽しそうですねえ。 ちなみに、 この公演のSPECIAL SEATチケットが 当時500円で、 45年後にこのパンフを私が500円 で入手したのです。 このパンフ自体は当時定価30円です。 |
・フランク永井・松尾和子 「東京ナイトクラブ」 松尾和子にとってのデビュー曲 昭和34年 もう二人がデュエットする事は 永遠にありません・・ |
・フランク永井のパンフ 簡単には5冊揃いません。 昭和32年から33年頃 昭和を代表する「魅惑の低音」と言えばこの方ですね。 力道山、フランク永井、松尾和子・・ 関係があるんですよね。 フランク永井が力道山の経営する赤坂のクラブで 唄っていたハスキー・ヴォイスの持ち主、松尾和子を 発見しスカウトしたという。 その力道山も、松尾和子も故人となり、 そしてフランク永井は・・ 元気な姿を拝見したいものですがね・・ やはり昭和は遠くなりけりか。 松尾和子とのデュエット「東京ナイトクラブ」は素敵ですね。 どろどろした演歌とは異なり、都会的なモダニズムと 哀愁が漂います。 |
・’74 8.8 ROCK DAY やぐらに組まれたYAMAHAの巨大なスピーカー群。 大音響が命です。 関西圏では初めての本格的野外ロックイベント 場所はビワコバレイスキー場 若者のファッションも懐かしい。 当時の雰囲気が伝わる、いい写真だなあと・・ しかし、74年と言えばもうハードロックの時代はとうに 終わっており、ウッドストックなどと重ね合わせるには 無理があると言えるでしょう。 自分の記憶では73年には完全にハードなロックからは卒業していた・・ 120デシベルの大音響に興奮するよりは、ジェームス・テイラー やキャロル・キングなどのソフトな音楽を好む様になっていたから。 ビートルズが大音響へ走らずに解散したのもある意味象徴的で この頃発売されたベスト盤「赤」と「青」を好んで聞いていたものでした。 そして、この後いよいよ陽水やユーミンが台頭してくるあの時代になる訳です。 |
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このレコードの宣材 (表面) ブライアン・ジョーンズも 元気な頃ですね。 |
(裏面) ストーンズは「王者」だったんですね。 VSビートルズでは熱い論戦が あったものです・・ファン同士で。 さて、レコードと宣材どちらが高い? |
ママス&パパス 60年代後期における 米国ポップスシーンを 語るときには忘れられない。 ヒッピー、フラワームーブメント 西海岸、サイケデリック・・・ 私もチャールズ・A・ライク著の 「緑色革命」を読んだものです・・ その私がサラリーマンの道を 歩んだのは正に歴史の皮肉か。 黄色の服を着たママ・キャスは 1974年に死去。 左から二人目のミッシェルは元モデル 後にあのデニス・ホッパーの夫人に・・ |
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