コレクター天国 きまぐれ徒然草 .


2009.08.02「旧車会」に参加してきました。
過日、県内で開催された「旧車会」に参加してきました。
昭和レトロな車が100台近く集まっていた様です。
当方もポンコツな「フェアレディZ」にムチを入れて参入。まあそこそこ写真とか撮られていました。
下記画像はその時の様子です。
バスの前にパーマンを置いて、バス内で展示を行いました。
パーマンには帽子とカバンを。
子供達には赤電話も好評でした。もしかしたらダイヤルを回すのははじめて??
もちろん無料展示です。
とっても楽しい企画でしたよ・・・



2009.02.07「昭和の懐かしポスター展」開催中です。
秋田市のセリオンで「昭和の懐かしポスター展」開催しております。
2009年2月1日から28日までの1カ月間となります。
当方のポスターコレクション数百枚の中からトヨタのS800のポスターなど企業の広告ポスター、
江利チエミや三波春夫などの興行ポスターなど60枚程の展示です。
地元の新聞である秋田魁新報にも2/7付で掲載されました。
ちなみに展示しているギャラリーは地上90mにあるんです。

セリオンのホームページ
2008.11.09「CELICA天国」再開しました。
数年間お休みを頂いておりました「CELICA天国」の更新を再開させて頂きました。
現在ダルマセリカ49年型1600GTVに乗っております。
セリカはこれで7台目になります。
セリカとは別な旧車に乗っており、セリカとはもう縁は無いだろうと思っておりましたが・・
どうも腐れ縁みたいです、いつまで手元においておけるかはまた分かりません。
乗りながら少しずつ補修をしているといった状況です。
セリカの車内にはトヨタ系旧車特有のにおいがあります。
シート地や内装のにおい、エンジンルームからの油のにおいでしょうか・・
懐かしいにおいでもあります。
過日、雑誌「昭和モータース」の取材を受けました。
手元にはホームページでは紹介しきれていない初代セリカの
ポスターなどがあります。
第3号が出版されれば紹介される事になりますのでお楽しみに。

CELICA天国
2008.10.18「小さな願い」
どちらかと言えば、ディオンヌ・ワーウィックが唄ったものが有名ですが
アレサ・フランクリンのバージョンもなかなかです。
下記リンクは1970年のクリフリチャードショーのものですが
まさに入魂の熱唱という感じで素晴らしいです。
本当に素晴らしい。
ちょっと神かがっている感じです。
いろいろビデオクリップは見ましたが
これは最高ですね。
後年は声も枯れてきましたが、この当時はシャウトも最高です。
バックアップコーラスのお姉さん達もなかなかグッドですね。

http://jp.youtube.com/watch?v=STKkWj2WpWM。
2008.8.30「田吾作音頭」
「田吾作音頭」・・・私が若い頃そこそこに地元では話題になった曲です。
なんといっても名門エレックレコードから発売されていたのです。
エレックと言えばあのたくろうも所属していたと言う・・
滅多にラジオでも聴く機会も有りませんが名(迷)曲?です。
唄っているのは田吾作という二人組。
リーダー格の十全(じゅうぜん)氏は当時23才。
地元では現在もラジオや司会に活躍しています。



●左はEPレコード。 エレックの見本盤。EB-1026 ●右は萌芽舎(秋田市)から出版された十全さんの書籍 萌芽舎のホームページはこちらです。
2008.4.7「傘がない」
南こうせつが若い頃、井上陽水のアパートに遊びにいったそうな。
部屋の中を見回したが・・・
やはり傘は無かったそうだ。
(この短い文章を読んで意味が分からない方は分からなくて大丈夫です。分かる必要も無いでしょう・・)
2008.1.3「雨にやぶれかけたぁ〜♪街角のポスターに〜♪」
荒井由実が作詞作曲、バンバンが唄った「いちご白書をもう一度」・・
歌詞の中にある「街角のポスター」とは画像のものなのかもしれません。
1967年夏のコロンビア大学。
ポスターによれば「その日太陽は輝きを失った」とあります。
そもそもなぜ「いちご白書」なのか・・
学部長が学生の声明を評して「いちごみたいに甘い」とした「いちご白書」から付けられています。
典型的な学生たちの権力に対する反抗と挫折といった物語としての印象が強いが、
映画といいユーミンの作った曲といいある年代以上の方にはノスタルジーに浸れるものがあるでしょう。
近年、若い人が「いちご白書をもう一度」をいかにも気むずかしい
感じで唄っているのをテレビで見たがあれはやめて欲しかった。
私は、映画の挿入歌であるバフィ・セントメリーが唄う「サークル・ゲーム」も好きでした。
映画そのものは重くてちょっと冗長で、後味は良くなかったですね。
日本ではユーミンが作った歌の影響が多大で、時代が変わっても我々が生きている内は忘れ得ぬ一作となるでしょう。
かの米国ではとうの昔に忘れられているかも・・・



●左は「いちご白書」のポスター。 なかなか品物自体が出てこないので流通していないみたいです。 上下2枚組になっています。けっこう大きくて迫力あります。 ●右はロビー用スチール写真。あの名場面が・・・
2007.11.18「歌のアルバム 同窓会コンサート」
過日、チケットが回ってきまして観てきました。
玉置宏の名調子の司会のもと、懐かしい面々に会えてに楽しい時間を過ごせましたよ。
・三田明 「アイビー東京」が良かったです。小学生の時レコードで聞いていました。
・黛ジュン 「恋のハレルヤ」59歳でミニスカート、おしゃべりがおもしろかったです。
・田辺靖雄 和製ポップスが良かったです。
・九重佑三子 コメットさんを初めて見まして感無量でした。生きていて良かった・・
・平浩二 「バス・ストップ」これですねえ・・歌唱力は抜群。
・あべ静江 清純派もすっかり熟女になっておりました。
皆さんキラキラで艶があるのが印象的でした。
チケットが回ってこなければ、観に行く事もなかったと思うんですが、
実際に行ってみたらもろにタイムスリップ・・・また行きたくなりました。
年輩の方には「勇気と希望」がわいてくるようなそんなコンサートです。
2007.7.10「未来惑星ザルドス(ZARDOZ)」
映画は見たことはありません。(20世紀フォックス)
でも、サントラ盤のレコードは持っています。
ベートベーンのOpus92をアレンジした曲みたいです。
なかなかいいアレンジで気に入っています。演奏はZZEBRA。
アフロ・ジャズ・ロックの分類にはいるかと。
文章で表現するだけの力量が無くて残念です。
気になったら一度聞いて見てください。
夏の暑い夜に似合う1曲ですよ・・・
(ポリドール DP-1936 1974年)
2007.6.2「DAX」
若い頃、ホンダのDAXに乗っていました。
当時はスズキからはバンバン、ヤマハからはチャッピーとかがありました。
やっぱりDAXが一番人気だったかと。
50と70があり、50の方がお手軽でした。
デザインが今見ても独創的ですね。海外でも人気でした。
エンジンやミッションはカブと同等品だったかと。
アップマフラーも初期タイプは芯がビスで固定されており
簡単に取り外し出来ていい音がしたものです。
後に溶接して市販される様になりました。
かわいいやつでした。
スズキのバンバンは太いタイヤが特徴でしたが
街中以外で乗っているヤツを見たことはありませんでした・・
DAXとは永遠のライバルで、50、90、125とか3種あった様な?
この年代のバイクはなかなかおもしろいです。
暴走族の全盛時代でもあり、風の便りでは中学では同級生だったSもバイクで
亡くなったと聞いています・・


店頭パネル。幅で80cm位かなと。当時物、未使用の美品です。
これは70CCタイプでハンドルがはずれて車に積載可能。
横にしてもガソリンが漏れないように工夫されていた様に思いました。
短足・胴長で「DAX」というネーミングに拍手です。

今はDAX(ミニチュア)を飼っています・・ こいつがまたかわいくて。
2007.1.13「The 5th Dimension Travelling Sunshine Show」
The 5th Dimensionの人気絶頂期の映像が収録され
カーペンターズやディオンヌ・ワービックもゲスト出演している楽しいDVDです。
途中、ディオンヌとマリリン/フローレンス達がお互いの曲を交換して唄うのですが、
マリリンが唄うと、その後にディオンヌいわく「私よりうまい・・・」
The 5th Dimensionの最大のヒット曲である「輝く星座」も唄われていますが、
69年に発売されたこのレコードのレコーディングはロスアンゼルスの線路に近いスタジオで録音された為、
よーく聞くと機関車の音が入っているとの事です。私も確認してみたいと思います。
70年代後半からマリリンとビリー夫婦が一時期グループを離れて活動し、
ヒットを出していましたが、その後再び5人となり1990年にハリウッドの
「ウォーク・オブ・フェイム」の仲間入りをしています。
近年ソフト・ロックとして評価されている彼らの、70年代初頭の懐かしい雰囲気が楽しいDVDです。
残念な事にカレン・カーペンターも、そしてThe 5th Dimensionのロンももうこの世にはいません。
5角形ではなく4角形になった?(ロンは2001年に他界)

このDVDはジェネオンエンターテイメントから発売されています。 音も画像もけっして良くはありません。 しかし、ワンアンドオンリーの貴重なアーカイブと言えます。
2006.12.7「リズ・ダモンとオリエント・エキスプレス」
遠い昔、まどろみながらラジオを聞いていた昼下がり、ラジオからこの曲が流れてきました。
「遠い初恋(1900 Yesterday)」・・・なんて、美しい曲なんだろう。
リズ・ダモンの歌声がすばらしい。まどろみながら聞いた日の事が昨日の様に思い出されます。
それは初めて初代セリカクーペを見たときの感動の様にいつまでも消える事がありません。
たくさんはなくても良いですから、忘れ得ない思い出はいつまでも大切にしたいものです。
自分の埋葬曲はナンシー・シナトラとフランク・シナトラのデュエット曲の「恋のひとこと」に
決めていたのですが「遠い初恋」もいいなあと迷ってきています。(苦笑)
臨終の時は、まどろみながらラジオを聞いていたあの昼下がりの様に、好きな曲を聞きながら
そのまま眠りたいものです。
そういえば、「ヴィーナス」で有名なオランダのショッキング・ブルーの女性リード・ボーカルだった
マリスカ・フェレスさんが亡くなりました。がんだったそうな、59歳。
こちらも素敵なボーカルでしたねえ・・。合掌。

このCDはエアー・メイル・レコーディングスから 発売され、今(2006.12.7現在)なら入手出来ます。 オリジナルは1971年です。
2006.9.3「エド・サリバンショー」
我々の年代にとって「エド・サリバンショー」というのはとても貴重なネタ元です。
私のお気に入りのビデオは1970年のFifth Dimension が唄ったAquarius/Let The Sunshine In(アクエリアス・輝く星座)です。
Fifth Dimensionの5人がUFOみたいなステージでAquarius/Let The Sunshine Inを唄い、踊るわけですが、
背景には輝く星空が・・・
マリリン・マックーの腰の振り方がたまりません。やはり血が違うなあと・・・
Let The Sunshine Inの曲の後半からどんどんぐぐぐっと盛り上がって、
曲の最後の方では背景に太陽が出てきて、やがて5人を乗せたUFOステージごと
太陽に飲みこまれて夕日のあの赤になってエンディング・・・圧巻です。
見たことのない方はぜひご覧になって下さい。マリリン・マックー(右側の女の子)の腰の振り方に注目!
このAquarius/Let The Sunshine In(アクエリアス・輝く星座)はヘアーというミュージカルの
テーマ曲にもなっていますがなかなかの名曲ですね。
Fifth Dimensionは他に「悲しみは鐘の音と共に」も、この番組で唄われていますが
これもまたまたマリリン・マックーの熱唱でグレートなんざんす。

下記で検索してもただでビデオが見られます。いい時代になりました・・
(エド・サリバンショーはDVDでも発売されています。)


http://video.google.com/videoplay?docid=7970284024022481807&q=5th+Dimension&hl=en


<おまけ>
こちらはアンディ・ウィリアムスも唄ってヒットしたMusic To Watch Girls By(恋はリズムに乗せて)ですが、
こちらも腰の振り方が見事です。この曲もなかなかの名曲です。

http://video.google.com/videoplay?docid=-734286949252067012&q=Andy+Williams&hl=en

2006.8.6「山梨シルクセンター出版部」
「GS」のコーナーにタイガースのB2ポスターがあります。
下の方に「渡辺音楽出版」と印刷されておりこれは納得。
もう一つ「山梨シルクセンター出版部」とも印刷されています。
なんで山梨なんだろう?
シルクはシルク印刷のシルク?
とか不思議に思っておりましたが、最近偶然謎がとけました。

その昔「山梨シルクセンター」と社員が6名ほどの会社があり、
社長は辻信太郎氏。山梨県出身。
手当たり次第なんでもやる会社。
ハンカチ、サンダル・・
そのうち、あの「やなせたかし」さんと社長が知り合い
キャンディケースのデザインをやなせさんに依頼。
その縁で、やなせさんが自費出版するつもりで置いてあった原稿を見せると
出版社でもなかった「山梨シルクセンター」がやなせさんの初詩集「愛する歌」を出版する事に。
この時「山梨シルクセンター出版部」として1名にてスタート。
これがきっかけでタイガースのポスターも出したのだろうと・・

この「山梨シルクセンター」というのが今の「サンリオ」な訳です。
「サンリオ」として躍進するきっかけのひとつになったと思われるのが
やはり、やなせさんが編集長で「山梨シルクセンター」から「サンリオ」に
名前を変えた頃に出版した「誌とメルヘン」のヒットみたいです。

以外な所で以外な展開があり思わずうなってしまいました・・・

2006.2.4「昭和30年代パノラマ大画報」
機会があり、宝島社から発行された
「昭和30年代パノラマ大画報」という本に編集協力しました。
三丁目の夕日の時代が満載です。"パノラマ"という通り、カラー口絵が多く
見て楽しめる一冊になっていますよ。

「昭和30年代パノラマ大画報」

「昭和30年代パノラマ大画報」監修 コモエスタ八重樫  株式会社宝島社 2006年2月15日 発行
2006.1.25「昭和レトロ商店街」
機会があり、早川書房から出版される
「昭和レトロ商店街」という本を読みました。
著者は「昭和レトロ」のカリスマ、あの町田忍氏。
正式な肩書きは「庶民文化研究家」ですね。
学生時代はヒッピーだったとの事ですが、転向も素晴らしく
警視庁警察官の勤務経験もあるという。まあ、ヒッピーといっても色々ありますが・・
さて、この「昭和レトロ商店街」という本は、
昭和の時代から生き延びている、ロングセラー商品たちの
知られざるヒストリーを中心に、見て楽しいレトロなパッケージ
や読んで懐かしい商品たちのエピソードが38のコラムとして
掲載されています。
見慣れたあの商品にも意外でおもしろエピソードがあって目からウロコ!
といった感じです。
ケロリン、正露丸、グリコキャラメル、甘栗太郎、赤チン、都コンブ・・・。
もちろん、中には既に知っているエピソードもあるものの、
町田氏の思い入れを基にして、新たな切り口から独自の取材がなされており、
それによって明らかになった新事実も多数掲載されていて昭和レトロ資料本としての
価値も高いと思われます。
巻末には泉麻人氏との対談も収録されており、実はここが一番おもしろかった
という。二人の対談を読みながら、うんうんとうなづいてしまう私でした。
「誰も残そうとしない小さなものこそ、残さなきゃ」っていう使命感。
分かるなあ・・
昭和レトロコレクター必携の一冊と言える本でした。

「昭和レトロ商店街」町田忍著 早川書房 2006年1月31日 発行

2005.9.11「VAN」という名の喫茶店
過日、機会があってU市にある「VAN」という喫茶店に立ち寄りました。
名前の通り、あのVANを意識した店内には色々な古いと思われる
VANグッズがありました。色が茶色にくすんだ物が多く、そこが
また歴史を感じさせていい雰囲気でした。写真で言えばセピア色ですね。
マッチもVANのノベルティと間違える程の物で、かなり古いのか
ケースとマッチを止めているホチキスの針の部分が錆びていました。
お願いしたら1つ頂けました。赤にVANの白抜きのロゴ。
はやっている様には思えませんでしたが、場所がいいので
まあなんとか生き残っているのかなあと。タイムスリップ感覚が味わえる空間でした。
年輩の女性の方が店番をしていて、知り合いのおばさんが遅い食事を
しているといった、これまたのどかな雰囲気でしたね。
メニューにあったオレンジジュースを注文したら、切らしているとかで
「なんでもいいから冷たいの」と言ったら、レモンスカッシュみたいのが出てきました。
以前は有線で音楽を流していて、営業マンが料金を集金に来ていたのに、振込制度に
変わってしまい振込に行くのが大変とかで、有線を止めたそうです。
それでカセットに録音した音楽を流しているとかで、時々ママさん?がカセットを裏返すんです。
どうもカセットもオートリバースでないみたいです。30分毎にガチャ・・・
だんだん機能的というか、安く・早く・便利・きれいといったコーヒーショップが
増えている中で、時間が止まったような今時珍しいこんなお店に出会ったのは
なんかもうけもんな気がしました。
コンビニにしろ、コーヒーショップにしろ、かちっと規格化されたものは便利ですが面白くないです。
別に今時便利なのを喜ぶ事もない訳ですから・・
まだまだ広い日本には色々なお店があるんだなあと・・
一度、機会がありましたら遊びに行ってみてください。(お店の場所等はASK)
マッチのホチキスが錆びているのがいやな方、メニューを切らしているのがいやな方、
有線がなくてカセットがいやな方にはお勧めしませんが。
あっ、そうそう、レスカみたいのにステック状のお菓子が1本付いてきました。
多分、ママさんの気配りなんだろうなあと・・

2005.8.15「ブルーバード」
私が最初に乗った乗用車、それは父が運転した「ブルーバード」の310型でした。
まだ自家用車は持てず、休日に会社の車を借りてきた様です。
色は紺色。フェンダーミラーが前方に傾いてデザインされていて、
歩行者を引っかけて危ないという事で、途中からデザイン変更されたと思いました。
ヘッドライトの上向きと下向きの切り替えは、床にあるボタンで行うタイプです。
当時はまだシートベルトも無かったと思います。
助手席に座っていたら、ブレーキかけた時に頭をどこかにぶつけたみたいで
それからは後ろの席に座されました。
子供にとって、後ろの席は前がよく見えなくてつまらないものでした。
時々は借りてきてドライブに連れていってくれたものです。
外車に初めて乗ったのは小学生の時でした。
友達の家が旅館で、なぜか外車があったんです。米国車だったと思います。
クリーム色で形がちょうど初代マツダのキャロルを大きくした感じです。
特徴としてリヤウインドが逆に傾いているんです。
つまり、普通はトランク側へウインドが傾いているはずですが、
そうではなく、リヤシート側に傾いているという・・
リヤウインドが絶壁になっているという事かな。
友達のお母さんが運転して、市内の公園まで3人でドライブ。
今思えば、当時外車を運転するお母さんなんて少なかったなあと・・
そんなこんなで、今でもブーブーは嫌いではない訳です。
親父も最後の最後までハンドルは離しませんでしたね。

2005.4.23「トレイン」
"トレイン"と聞いて"ディスカバージャパン"を思い出す方も多いでしょうが、
私の世代では"1910(ナインティテン)フルーツガムカンパニー"の"トレイン"なんですよね。
前石橋防衛庁長官がFMラジオ番組に出演、彼が最初に買ったレコードがこいつだったとか・・
前長官が番組内で、この曲をリクエストしてかかりましたが、番組スタッフが探すのに苦労したとの事。
日本を代表するFMキー局がこれですからね。
まあ、製作スタッフも若いでしょうから知らないのもしょうがないか。
でも、プロなら一通り体系的にヒットチャートを賑わした曲ぐらい把握しておいて欲しいものです。
一応"バブルガム・サウンド"という、ひとつのジャンルを代表する曲ですからねえ・・。
日本のFM放送界の底の浅さを感じさせられました。
まあ、カメちゃんみたくみんな出世して、いつまでも現場にはいられないか。
私は"サイモンセッズ"も好きでしたね。
前長官は36年ぶりに聞いたとかで、そんなに時間が経ったかと感慨深いものがあると
話していました。
私が最初に買ったレコードは、小学生の頃でスパイダースの"夕日が泣いている"でしたね。
後に出た"太陽の翼"もなかなかいいです。
前長官でないけど、「そんなに時間が経ったのか・・・」

2005.1.30「真空管」
ICやLSIなどは黒っぽい樹脂パッケージの中でブラックボックス的に
機能を果たしますが、真空管は働いているのが目でわかります。
真空管動作時のほわーとした光はヒーターの発熱によるものですが
熱せられたカソードから電子が飛び、グリッドによって加速されて
プレート側へ飛んでいく訳です。
電流は電子の流れと逆に表現されると思いました。
2極管、3極管、5極管の他に複合管、ミニチュア管からGT管、
レーダーなどで使うでかい電力管まで種類もさまざまでした。
ガラスに封入されているので見栄えがします。
悲しいのは、ひびなどがあるとゲッターが白くなっておしゃかに
なる事ですね。ヒーターの断線というのはあまり経験ありません。
エミッションの減衰というのもありました。
真空管試験器も欲しかったもののなかなか高価で買えなかったものです。
プレート側には高電圧を掛けるので、中学生レベルの電気工作としては
多少あぶない所も。でもあぶない所や注意すべき点を知っていれば
さほど心配する事もありません。300V位で感電すると痛く電撃が走ります。
トランスレスのラジオなどはよくぴりぴりきました。
マジックアイという特殊な真空管もあり、ラジオの同調指示に良く使われました。
緑色の発光に扇型に広がる影の閉じ具合で同調が分かりました。
これがなかなかきれいなんです。
今時の発光ダイオードよりもずーっときれいでした。
手元にはそれなりの数(数百本)の真空管が眠っていますが
いつかまた「火」を入れるのが楽しみです。
良く自作パソコンっていうけど、昭和中期型の人間にとっては
「ちょっと違うんじゃないの?」という事になる訳です。
やっぱりはんだごて握らないとね・・
あのはんだの中のヤニの焼けたにおいには男のロマンがあるんです。

2004.12.31「卒業」
我々の世代にとって「卒業」と言えば、サイモンとガーファンクルですね。
なかなか素敵なデュオでした。
「サウンドオブサイレンス」,「ミセスロビンソン」,「スカポローフェア」等
名曲揃いでしたね。私も当時コンパクト盤を買い求めて良く聞いたものです。
映画の方はキャサリン・ロスとダスティン・ホフマン。
ミセスロビンソン(アン・バンクロフト)の大人の色気もなかなか良かったです。(苦笑)
当初、キャサリン・ロスはダスティン・ホフマンがハンサムでないので
共演をいやがったという逸話も。
ちなみにハリウッド・スターで原爆投下を謝ったのはダスティン・ホフマン
だけと言われています。
後年のダスティン・ホフマンが出た「真夜中のカーボーイ」も良かったですね。
「真夜中のカウボーイ」ではなく「カーボーイ」なんです。
この時代の米国映画にはなかなか名作が多いですね。

2004.12.05「紅白歌合戦」
今年もいよいよ師走となってしまいました。
昭和レトロに興味ある人間にとっては大晦日は紅白歌合戦以外は
あり得ません。紅白に対してはいろいろ言われてはいますがいいんです。
存在そのものに意義があります。
恐らく、番組が存在すれば一生大晦日は紅白でしょう。
そういう人間なんです。保守的と言えば超保守的かもしれません。
年々顔ぶれが変わりますが、子供の頃から知っていた方々の出演が
少なくなっていくのはいたしかありませんね。
世代は確実に交代していきますからね。
今年は老人ホーム始め3回の「昭和レトロ展」をボランティアで開催しました。
まだまだやりたいこと、やりかけの事がたくさんありますから、
フットワーク軽く師走を走り抜けたいものです。

2004.09.26「家つきカーつきババヌキ」
70年代に流行った言葉です。
当時のOLや女子大生の現代結婚の条件という事で、ラジオ番組のアンケートから出てきた結果です。
今日ではどういう条件になっているんでしょうねえ・・・
この言葉の生みの親は上野さんというニッポン放送のディレクターで、
あの「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」も担当していました。
この番組はモコ・ビーバー・オリーブがパーソナリティをつとめていて、私もお気に入りの番組でした。

2004.09.19「エヴァ・ガードナー」
SONYがMGMを買収というニュースが飛び交いました。
MGMと言えば、ライオンが吼えるトレード・マークでおなじみですね。
エヴァ・ガードナーは25年以上に渡り、MGMの映画に出演したものの
彼女いわく「MGMに居てもろくな事は無かった。つまらない映画に
ばかり出させられた。」と生前語っていました。
『キリマンジャロの雪』とか、けっこういい作品もあったと思うんですがね。
しかし彼女によれば、あれらは「見せ物」であったと。
本人としては「見せ物」は大嫌いっと言うんです。
単にMGMにいいようにされたと毒づいたんですが、それが彼女の
本心だったのでしょう。分かる気もします。
彼女は農村の出身でインテリではありませんでした。
フランク・シナトラはじめ芸能界の三人のお馬鹿な夫を持ちましたが、
もう少し、マシな男性との再婚を望んでいたようです。
全盛期を過ぎてからは少しお酒に溺れたようですが、
最後までけだかさは持っていたようです。
1954年には日本にも来日、あの帝国ホテルに泊まっています。
68才で亡くなりました。
年々歳々、古い人々は忘れ去られていきますが、
なつかしのスターはまるで昔の恋人ように記憶の底からやさしく微笑む
ものですね。

2004.08.28「月光仮面のオルガン」
全国には40台程の「月光仮面」と書かれたオルガンがあったはずです。
現在何台残っているのかは分かりません。
これはあの川内康範(かわうちこうはん)先生が個人で施設に寄付したものです。
「昭和レトロ」が好きで川内康範先生を知らない人がいたら「昭和レトロ」好き
を名乗らないで頂きたいですね。
先生は「月光仮面」の作者であり、「誰よりも君を愛す」、「君こそわが命」などの
作詞も手がけています。そうそう、森進一の「おふくろさん」も・・・
まだピンとこなかったら「まんが日本昔ばなし」を監修した人、あるいはこの
オープニングテーマの作詞者といったら分かるでしょうか・・
まあ、こういう書き方も正しくなくて、「誰よりも君を愛す」、「君こそわが命」などは
もともと小説なんです。そう、そもそも先生は小説家なんです。
でも、映画化され、その主題歌がヒットしてそれが最も記憶として残っている。
歌が時代の節目として記憶され、最初の小説は忘れ去られているのが現実です。

一方、先生は日本最後の無頼とも呼ばれています。風雲児という言葉も似合います。
先生が戦後遺骨収集に携わったのは有名な話で、先生が私費で遺骨収集活動を続けて
いたからこそ、やっと国が遺骨収集に予算を付けたという。
先生が活動するまで遺骨は顧みられずほったらかしにされていたのです。
戦後における海外抑留者問題、この遺骨収集問題等、当時の政治の取り組みの遅れに対して
私費で活動を続けていたのが先生なのです。
戦後日本における不条理と闘ってきた人なんですね。
我々の世代は既にある程度復興した日本に生まれ落ちてきましたから、戦後日本の不条理を
良く知らない面があると言えます。
川内康範先生いわく「日本人は何かを忘れている気がする−何かを!」と。
それを探すのが我々の「昭和レトロ道」かと。


余談ですが、先生はキーボードによる物書きにも一言。
「ものを書くということは、田植えと同じことだと思う。田畑に稲を一本ずつ植えて、太陽の恵みと自然の調和によって
食べ物を作っていく。その営みと同じだね。
手で文字を一字ずつ綴りながら、その言葉を覚え、その文字にこめられた意味を滋養として育んでいくことだと信じている。」
んー・・・、流石です。

更に、もう一つ余談、
「君こそわが命」ですが、原爆で背中にやけどがある女性を主人公にした小説で、
『愛の遍歴を続けてきた男がついに本当の心底愛せる女に出会った。
いよいよ、ふたりが抱き合おうとするときに
「私の体を見たら愛が冷めるかもしれないけれど、どうして見て欲しい」と
襦袢を脱いで背中を見せる』という切ない、シリアスな背景のある作品なんです。
今度、カラオケなどで聞いたりした時にこの事を思い出してみてください。
知らなかった背景を知る事、それも「昭和レトロ道」かと。

ついでだから、もうひとつ。
「骨まで愛して」。城卓也さんの大ヒット曲です。
「骨」という言葉がつかわれた、数少ない曲ですね。
私が小学生の時に流行ました。
これも同名の物語の主題歌です。
なんで「骨」なの・・・
昭和41年にB727が羽田沖に墜落。
墜落して3−4日も過ぎてもなかなか遺体が見つからないご家族もいる。
4日目あたりになると引き上げられる遺体も痛んでくる。
自分の娘か夫かは知らないが、それをひしと抱きしめているのを先生が目にした。
その尊い姿をみて、「愛」それも「骨まで愛するような物語」を書こうと・・

最後に。
青森県の某所に「生涯助っ人」とのみ刻まれたひとつの小岩があるそうです。
「何処の誰かは知らないけれど♪・・」
誰かの碑であろうことが知れるばかりだそうです・・・。


2004.04.08「ジョニーは戦場へ行った」
予告編は見たことがあるが、本編はどうしても見られない映画があります。
それがこの「ジョニーは戦場へ行った」です。
予告編を見たのは中学生の頃でしょうか。
なんの映画を見ていたのかは思い出せませんが、予告編のこの映画の事は
覚えているという・・
とても重い映画です。
ストーリーもだいたい分かります。
避けて通っており、どうしても見る気になりません。
まあ、その程度の人間なんですが・・・
自衛隊が海を渡るこの時代、70年代に公開されたこの映画が
いよいよ重くなってきた様に感じられます。
若い内にこの映画を見ておけば、以降戦争観が変わると思います。
貴方は見られましたか・・・

2004.03.13 「ルナさん死去」
誰にでも若い頃はアイドル(偶像)がいたと思います。いなくては過ごせなかったとも言えます。
私の場合は、ゴールデン・ハーフのルナさんでした。「なぜ?」。理由とかはないですよね。
いざ亡くなってみると、その事が、また一つ時の経過を感じさせる節目となりました。
あれから30年以上は経過していますからねえ・・
ルナさんはホノルルで亡くなったとの事です。享年54歳。子供さんはおられなかった様ですね。
1年程前から入退院を繰り返し、知人の女性が3月3日に病床を見舞った際には、
呼びかけに反応するのがやっとだったという。こういう話を聞くと流石にぐっときますねえ・・
癌だったそうです。まだ若かったのに残念ですね。
2003年にフジテレビ系「さんま・玉緒・美代子の行きあたりばったり珍道中inハワイ」に夫婦で出演した
との事ですが、見たかったなあ・・。誰か録画お持ちでしたら見せてちょ。
「さらば・・アイドル」

2004.01.03 「東京タワー」
NHKさんから依頼があり、過日アンチモニー製の東京タワーの置物を3ケ程貸出しましたが、
その品が、お昼の番組の東京タワーからの生中継で放映されました。
今はデジタルのアンテナが付いてタワーの外観もちょっと変わってしまいましたね。
おみやげ品の東京タワーも今はアンチモニー製のずっしりしたものは無くて、
プラスチェック製のみとの事でした。
東京タワーは昭和30年代の完成ですが、レトロコレクターにははずせないアイテムです。
子供の頃に読んだ小学館などの「学習年鑑」には必ず東京タワーに関する写真や記述があったものです。
東京タワーと共に、もう一つはずせない東京物としては「モノレール」があります。
年鑑にも良く挿絵が描かれていてかっこいいなあとあこがれたものです。
東京タワーやモノレールそのものに「未来都市」をイメージさせるなにかがあるんだと思います。
少なくとも、東北の田舎都市に住んでいた少年時代の自分にはそう思えていたんです。

2003.11.16 「埋葬行進曲」
誰でも終わりの日が来ますが、私だったら「埋葬行進曲」には「恋のひとこと」をお願いしたいですね。
この曲を始めて聞いたのが小学生の時ですから、随分と親しんだ曲です。
「NANCY SINATRA天国」を開設している位ですから、相当思い入れのある曲とも言えます。
このコンサバ風のほんわかな感じのする曲を聴いていると、
「まあ、いろいろとあったがそれらを終わりとするのもいいだろう・・」という穏やかな気持ちで
その日に臨めそうです。
その日というのは穏やかにいきたいものです。
その日を「無念」といった感じで望んでしまう人もいるみたいですが、好みではありませんね。
未練たらたらという感じでいけません。
竹内まりやと大瀧詠一もデュエットで取り上げていますが、好きな人は好きなんだなあと。
分かる人には分かる一曲だと思います。
分からない人にはやはり分からないでしょう。
ところで、貴方の希望とする「埋葬行進曲」はなんですか?

2003.08.31 「地元新聞掲載」
縁があり、「コレクター天国」が地元新聞に紹介されました。
記者さんが取材に来ましたが、今は記者さんも光学カメラでなくデジカメを使用しているんですね。
取材の現場からも光学カメラが消えつつあるんだなあと・・
まあいちいち現像しなくてもいいし、すぐに編集できますからね。
そういえば、地元のアンティークカメラ屋さんがアンティークカメラブームも終わったと言っていたなあ。
記者さんは、流石プロというか記事の構成を意識しながら的確な質問を矢継ぎ早にしていきました。
実際の記事をみますとなかなか良くまとめられていて感心しました。
やっぱりプロの仕事はいいなあ。
自分も1冊本を執筆してみたいと思っていましたが、記者さんの仕事ぶりをみて発奮させられました。
いろいろ夢があって、今は「夢の途中」なんです・・
貴方にはどんな夢がありますか?

2003.08.13 「月がなくなる話」
アポロ11号が月面着陸したのが69年の7月10日。暑い日でした。
この時に持ち帰った石が翌年の大阪万博に「月の石」として展示されました。
万博会場でもこの石は大人気で長蛇の列が出来ました。
当時、あの「空中都市008」の小松左京が「おみやげブーム」という作品を
「話の特集」誌に発表しています。
観光客がお土産に月の石を持ち帰るのがブームとなり、その結果月がなくなる
というお話です。「ブーム」というのは恐ろしいですね。
「ブーム」には大抵は仕掛け人がいる気がします。
昨今も色々な「ブーム」があり、コレクター界にも存在します。
まあ、あまり踊らされないように気をつけましょう。
祭りの後は寂しいものです・・・

2003.06.28 「ビートルズグッズ」
過日、某ビートルズグッズ専門店へ行ってきましたが、
自分が購入した当時3000円程度だったピクチャーシングルが
7−9000円程度まで値上げされていました。
ここ10年以内の購入だったと思います。
お宝の世界はなかなかデフレの影響を受けにくいのか・・
自分としてはビートルズグッズはあまり集めていません。
やっぱりビートルズは音楽を聞いて楽しむというのが正統であり、
星の数程あるビートルズグッズを集めてみてもなんかむなしいという・・
マーケットが大きいからグッズも豊富ですからね。
手元に当時のファンが新聞からビートルズ関連記事を集めたスクラップブック
があるんですが、こういうのはマスプロ生産でないのでなんか楽しいです。
ファンだった彼女の手書きのメッセージとかに熱いものがあります。
リンゴのファンだったみたいです。
どういういきさつで手放されたのかは分かりませんが返してあげたいくらいですね・・

2003.01.26 「遙かなる影」
カーペンターズといえば、「遙かなる影」ですね。
この曲をまどろみなから聞いていると、数十年はバック出来ます。
若い頃、この曲を聞いてなんて素敵で美しい曲なんだろうと感激しました。
カレンの歌い方もこの曲に合っていたし・・歌詞はたいした事ないです。
これを作曲したのがバート・バカラック。アメリカ人。
他に彼の作曲で有名なのが「雨にぬれても」かな。こちらは映画のサウンド・トラック。
当時はロック全盛時代だったけど、こういった曲に触れる事が出来たのは良かったなあと。
今になってロックはもう聞けないけど、こういったポピュラーな曲は一生聴けるしね。
まどろみながら音楽を聞くのが好きなんです。アルファ波?がどっと出てくる感じ。
アルコールで酔うことよりも音楽に酔う方が好きなんです。
人間は酔う存在ですね。人やモノに酔う事もあります。
さめてからえらい二日酔いになやまされる事もあります。
なんであんなに夢中になったのかと・・・
でも、なにも酔わない日々を過ごすよりは後でニ日酔いになるのが
分かっていても夢中になれている今を楽しむのもいいかも。
ほろ苦い想い出が残るのもそれはそれでいいのではと・・
コレクションにおいても二日酔いに悩まされる事があります。
でも、その時に好きで夢中になったのは他でもない自分ですからねえ・・。

2002.12.29 「鉄腕アトム」
来年2003年はいよいよアトムの誕生年です。
誕生日が来年というのは、逆転していて不思議な感じもしますが・・
白黒テレビで見た我々アトム世代としてはいよいよ来るべき時が来たなあという感じです。
アトムが始まる時間が近づくとテレビの前に正座して待ったものです・・(ちょっとオーバーかな)
当時の大人達もこれはすごいアニュメだと驚嘆していましたね。
アニュメのアトムの中では色々な舞台設定が出てきますが
流石にあの手塚先生も携帯電話がこれ程普及するとは想像に及ばなかった様です。
今日では小・中学生まで普通に携帯を持ち歩く時代となってしまいました。
デジカメ機能が付いても驚くのはほんの一時で、すぐあたり前になってしまいます。
電話に関しては当時の想像以上に進みましたが、もちろん当時予測されたものの
未だに実現されていない事も多数ありますね。
あまり変わらないのが我々一般市民の普遍的な悩み事ですかね・・・
時代に踊る阿呆もいれば踊らない阿呆がいるという事も変わらないかな。
確実に悪化しているのはやはり環境問題でしょう。
風俗や流行はレトロという事でリバイバル出来ても、環境は元に戻せません。
手塚先生も早くから警鐘を鳴らしておりました。
夢中になって集めている流行のコレクショングッズ・・
飽きたら見向きもしなくなり、まとめてポイっでは最初から集めない方がよろしいでしょう。
ゴミが増えて環境を悪くするだけですから・・・

2002.11.30 「白雪姫とつかさちゃん」
過日某TV番組の収録に参加し、その時に天知真理さんにお会い出来ました。
なんたって白雪姫ですからね・・・
まさかお会い出来るとは夢にも思いませんでしたね。
長生きはするもんです(苦笑)。
当時発売されていた下敷きを持参してサインも頂きました。
うれしかったのは手を組んで写真に収まってくれた事。
真理さんの方から手を組んでくれたんですよ!
今は当時とはちょっと違う路線で活躍しているようですがお元気そうでなによりでしたね。
オフレコで色々当時の裏話なんかを聞かせてくれたのも楽しかったです。
ここでそれらをオープンにする程やぼではありませんけど。
まあ、芸能界という所はけっこうおもしろい所だなあと・・
そうそう、「ひとりじゃないって・・すてきなことね・・」と
ソロで歌ってくれたのもうれしかったです。
声楽を勉強されておられたらしく、きちんとした歌い方でしたね。
それともう一人、伊藤つかさちゃんにもお会い出来ました。
つかさちゃんといっても、もう35才になったとの事。
かわいいのなんのって、とても35才とは思えませんでしたねえ・・
番組の中では当時のセーラー服に着替えて登場しました。
私とそこにいたもう一人のコレクターが生で拝めた訳です。
もちろんつかさちゃんにも持参した下敷きにしっかりとサインを頂きました。
サインをもらう時はタイミングが難しいです。
ディレクターさんなどとの下打ち合わせ中などは邪魔してはいけませんし、
マネージャーさんがいるとちょっと気を使います。
つかさちゃんが一人になったタイミングでうまくお願いできました。
サインを頂く間、ちゃっかりとつかさちゃんの隣に座らせて頂きました。
いやあ、楽しい一日でした。(合掌)

2002.10.30 「ゲルマニュウム」
ゲルマニュウムといえば1N60を思い出します。
あのきらきらするガラスに封入されたダイオードが好みでした。
こいつは非常にポピュラーで入手も用意でした。
ゲルマラジオを入手したのは小学生の頃で、その頃から「ラジオ小僧」の片鱗が現れていました。
やがて中学生になるとTVの偏向ヨークのエナメル線をほどいてアンテナ代わりに屋根に張ったりしました。
なぜか遠い所から飛んで来る電波をコレクトする事に熱中したのです。
この頃から「コレクター」の片鱗も現れています。
まだ知識がなかったので、なぜか磁石を使うと電波も集まりやすいのではないかと、
半円のプラ製品の中央部に磁石をセットした自作のパラボラアンテナを屋根にセットしたのはその頃でした。
隣の家のおばあさんがそれをみて「円盤(UFO)が屋根に落ちている」と不思議がっていましたねぇ。
そのおばあさんも亡くなって久しいです。いつも静かににこにこしているおばあさんだったなあ・・
やがてハムの免許を取り、海外とQSO(交信)をしたり・・・
ちょうど習いたての中学生英語が役に立ちました。
インターネットも無い時代に、自宅から国内・海外の見知らぬ人達とコンタクトする・・
これは夢中になりますよね。当時中学生ですよ・・実はこの事が、その後の人生に多大な影響を与えたんです。

2002.10.5 「Z」
日産の新型フェアレディZがなかなか人気の様です。
私はZには乗った事はありませんが、昔から淡い憧れを持っていた1台でした。
あくまでも自分は初代セリカフリークを自認しておりますから、浮気は出来ません。
新型のZを見ていると伝統を生かしつつ新しい物に挑戦しているといったスタンスに
好感が持てますね。決して過去の栄光に溺れていない・・。
ふっきるべき所はばっさりと切っている。
しばらく元気のなかった日産ですが、良い方向にシフトしている様です。
今はトヨタ一辺倒の私ですが、その昔はB210クーペなんかにも乗っていましたから
隠れ日産党の所はあるんです。電車といわれたUS−110シルビアにも乗っていたなあ。
一時期は血迷いフィガロなんてフェイクカーにも乗ってしまいました。
親父が運転したブルーバードの410より前のやつでドライブに行った事もあったなあ・・
なんだかんだいいながら日産とのつき合いも長いんだなあ・・ぶつぶつ。
お金が無いので当面日産車を買うことはないでしょうが「がんばれ日産」と
陰ながら応援している訳です。

2002.09.25 「森を歩こう」
60年代後期になりますかね。ホルスト・ヤンコフスキーという方の「森を歩こう」がスマッシュ・ヒットしました。
ラジオ番組のテーマ曲などにも良く使われたので、曲名は知らなくても聞いた事はあると思います。
さわやかで軽やかなタッチのジャズ・ピアノの名曲です。
中学生の頃でしょうか、ラジオから流れたのを良く聞いていたので曲は知っていました。
長年レコードを探していたんですが、CDに収録されている事が分かりやっと入手出来ました。
そのCDというのが「ONE HIT WONDERS」。
つまり「一発屋」の曲ばっかり集めたというすごい企画のCDでした。
収録されている他の曲には、ピンキーとフェラスの「マンチェスターとリバプール」とか、
あの「コマネチのテーマ」なんかも。
ピンキーとフェラスというのは、日本では「ピンキーとキラーズ」かな・・
69年頃のヒットでしょうか。ラジオからは良く流れましたね。小学生でしたけど。
「コマネチ」というのは、あのモントリオールオリンピックのスケートの妖精のコマネチ(ルーマニア)です。
ビートたけしのギャグの方が有名かな。
もともとは「動物と子供達の詩」という映画のサントラだそうです。
なかなかいい曲ですよ。
「一発屋」なので、なかなか近年のメディアには出てこない曲が多いんですが
隠れた名曲もあってなかなか味わい深いと思います。
近年の消耗品というか使い捨てみたいな曲達とはちょっと違う気がします。
しかしながら、このCDも、もう廃盤でしょうかね・・・

2002.09.16 「サンダーバード組込ラジオ」
古い60年代の模型雑誌を見ていたら、サンダーバード2号のプラモに
ラジオを組み込むという製作記事がありました。なんとも大胆な・・
サンダーバード1号から5号までの中で、2号が最も容積があり組み込み
やすいそうです。なんとなく分かりますね・・
当時、私は小学生でしたがサンダーバードのかっこよさには
まいりました。やはり2号がお気に入りでしたね。
あのつるんとした曲線がなんとも言えません。
今思えば、カラーリングは地味なグリーンなんですが、それがまた
ぴたりとあうカラーなんですね。
イギリスってすごいなあ・・米国よりもあこがれがありましたね。
60年代は音楽シーンを完全にリードしていましたし・・

2002.09.08 「大阪万国博物」
大阪万国博関連の品を集めているコレクターもけっこういます。
当時、実体験した方も多く知っている分野なので集めやすいという事もありますね。
やはり70年代初頭におけるエポックメーキング的なイベントでしたし。
国をあげてのお祭りでしたから、関連する品物はかなり広範囲に渡り存在します。
岡本太郎さん作の「太陽の塔」の置物などもけっこう高価みたいです。
これだけでも何種類も存在します。
ガイドブックなど出版物もかなりの種類が出版されました。
古本屋さんもこういったものが今になって重宝されるとはあまり認識していなかった様で
以外と残っていません。
会場で各パピリオンが配布したリーフレットなどは、各家庭で眠っているケースが多いようです。
これらはけっこう出てきます。
企業が販促品として製作したグッズでは松下電器の「タイムカプセル」が有名ですが、
一時期程は値が付いていません。
サントリーの「ウイスキー」もけっこう残っている様です。
まだ飲めるんでしょうか・・すっかり熟成している気がします。
実は手元にも1本・・・

2002.09.01「復刻ビジネス花盛り」
時の経過とともに、コレクターの世代交代も進みます。
もっと、正確に言えばコレクションにお金を使える世代の交代という事です。
以前は昭和30年代物が人気でしたが、今は昭和40−50年代物にシフトして
きているようです。そろそろ平成初期のものも資料的価値が出てきそうですね。
このように年代で表現するときに、
和暦と西暦では5年のずれが生じるので注意が必要です。
例えば西暦で70年代と言えば、昭和40年代と50年代にまたがります。
西暦から和暦への変換は「昭和」であれば、25をマイナスします。
当サイトでは西暦と和暦をわざと混在させて掲示しています。
きっちりとした使い分けのルールはありませんが、ケースバイケースで
使用しています。
ところで、最近は「復刻」というのもビジネスのキーワードになっています。
往年のコミック関係も盛んに復刻されています。
ビジネスとして成立するだけのニーズがあるという事ですね。
冒頭のように、世代は交代していきますから当時、間に合っていなかった世代にも
触れる機会が開かれる訳で喜ばしい事です。
とはいいながら、売れない企画はやっぱり没なんでしょうが・・。

・電話機
 電話機というのもコレクションアイテムになります。
 電電公社時代の3号、4号あたりはまだまだ入手出来るようです。
 壁掛け式あたりになると骨董品となりますね。
 もちろん、これらはプッシュ回線では使えません。
 どうしても使いたい時は回線をプッシュからダイヤル回線に変更
 しなくてはいけません。
 ダイヤルを回すと、ジーと戻るあの感じがなんともかんとも・・・

・デッドストック
 以前は良く質問が来ました。「デッドストック」ってなんですかと・・
 今はネットで検索すれば意味がすぐ分かると思います。
 要は「死蔵品」です。お蔵入りしている品という事です。

・ジュークボックス
 重いのが難点です。普通の家庭では床が抜けます。コンクリに直接置く必要があります。
 個人のコレクターではなかなか手元にはおきにくいですね。
 ムードは出るんですが・・

・楽器
 エレキギターやフォークギターのコレクションも
 ずらりとビンテージなものが並ぶと壮観です。
 楽器にはもともと視覚的な美しさもありますからね。
 但し、弾けない人が集めてもさまにはなりません・・

・コレクターにはどれだけのお宝が必要か?
 1日に見つけただけのお宝がただでもらえると言われたコレクターが、
  欲張って限界まで探し回り、最後に力尽きて死んでしまった。     
  彼には墓石が1つだけ必要だったというお話・・。
  (トルストイの土地の私有制度に関する寓話をもじったもの)

・コレクターにおける悲劇
 正規の復刻品であるが、古いものとして買ってしまう。
  全くの贋作、あるいは偽物であるが気付かずに買ってしまう。
  本物であるが、欠品や破損、修復などに気付かずに買ってしまう。
  いずれも売り主に悪意がある場合と、売り主自身に知識がなく本当に知らない場合もあります。
  また、「ばば抜き」ではありませんが、こういった品が次から次へと人の手を渡る場合もあります。
  コレクター自身が日頃から自己研鑽・研究、情報収集を積み重ねる事によりある程度は防げるでしょう。
  専門分野が異なり良く分からないものは手を出さないというのも消極的ではありますが有効です。

・クラゲは自分から泳ぐことはしません。
 たまたまエサのところに漂い着くとそれを食べます。
 コレクターの中にもクラゲみたいな方がおられます。たまたま目に入ったおもしろそうなお宝が
 あれば買い集めるという・・。貴方はどんなタイプのコレクターかな。

・ゆくお宝の流れは絶えずして、しかも、もとのお宝にあらず。お宝に付けられし値札は
    かつ上がりかつ下がりて、久しくとどまりたるためしなし。
    世の中にあるコレクターとお宝と、またかくのごとし・・・・

・「鬼門」 
  自分の中で「このお宝にこの値段は高い」と、心の中で障壁を作ってしまい買い逃してしまう。
  中古レコードに良く発生する。買い逃したら最後数年は出てこない。出て来るだけまし。
  私にも出てこないものが沢山あります・・。正に「鬼門」です。

・「オール・オア・ナッシング」
  99は0に等しく、100集めて本当のコレクターと言えます。
  これがコレクターの世界のルールです。
  真のコレクターへの道は想像を絶するものがあります。
    マニアとかコレクターという言葉は本来軽々しく使ってはいけないものです。
  その事に早く気付く事も大切ですね。     

・「ブレイクしたら終わり」
  コレクターたるもの、ブレイクする前にゲットしておく必要があります。
  ブレイクすれば値段も鰻登り。ブームが下火になって正常な相場に戻るまでゆっくり
  やり過ごす位の余裕も必要です。あせらない事です。
    他の人が集めていない物は安価に入手出来るケースも多いです。
  自分が好きだったらそれでいいですよね。裏道に花が咲いています・・・。 

・お宝の入手しにくい季節
 2月と8月です。それと1月と3月と4月と9月と12月もなかなか入手しにくいです。
 5月と6月と7月と10月と11月が加わる場合もあります・・。ん?。

・無理も無し
 「最近、どうも古いガラクタのおもちゃを見ると、つい捨てたくなるんだよね。」
 「えっ、おもちゃを・・。」
 「いや、自制心をね。」
 「・・・・」

・お宝ショップ巡り
 東京のお宝ショップ巡りとかけて何と解く。
       −−−>急なカーブと解く。
 その心は
       −−−>回りきれない。

・お宝の置き場所は  <本命> 自宅お宝ルームのショーケース  <対抗> 段ボールに入れて物置へ  <大穴> お宝ショップのショーケース ・集めたいお宝  <本命> 新品デッドストック  <対抗> やむえず中古、但し箱付き  <大穴> 復刻品  ・お宝自慢  <初級>ひたすら人にひけらかす。  <中級>お宝ショップに披瀝する。  <上級>ひたすらに隠す。 ・お宝の楽しみ方  <初級> 遊んで楽しむ。  <中級> 並べて楽しむ。  <上級> 買ったら忘れる。 ・お宝ショップめぐり  <初級> 雑誌のショップMAPで歩く。  <中級> ねらって巡回する。  <上級> 倉庫に直接出向く。 ・フリマでのお宝探し  <初級> 開催途中から行く。  <中級> 開催直前に行く。  <上級> 開催前に勝負する。(予約してしまう)
・さまようなんでも屋  昨日まであれと思えば、今日はこれ。ころころ収集対象が変化して定まらない。  まあ、「自由奔放に集めています。」という事か?。それでいいんですよね。 ・世にお宝好きの種は尽きまじ 考えるに、遠い原始時代から人(特に男性)には物を集めため込む習性が  ある気がします。何をため込むかでおおよそその方が分かる気がします。  「わたしとは、わたしの持ち物のことである。」という名言もあります。 そういえば、となりのポチも何か庭に隠していたなあ・・。  (今どき、ポチという名前付ける飼い主もいないかな) ・自分の背中は見えない。  ひたすらお宝を物色している貴方。はたから見るとどう写っているか・・。  お互い気を付けましょう。 ・犬もあるけば棒に当たる。  ネットサーフィン、ショップ、フリマ、やはりコレクターの基本は歩く事ではないでしょうか。  あっちこっちうろうろしていると、なにかしら当たるもんです。  但し、アンテナはピンと張っていないと見逃します。 ・365歩のマーチ  一日一個、三日で三個・・。こんな調子でお宝集まったらいいね。 ・時すでに遅し  見つけたら”買う”。コレクションの基本ですね。次に見かけた時は手が届かない  値段になっている事がままあります。 ・隣の芝は青い  マイペースでいきましょう。自分は自分という埃・・違いました、”誇り”も大切でしょう。 ・探し物はなんですか?  見つけにくい物です。探すのをやめた時見つかる事も良くあります。  昔陽水ファンだった人は分かりますね。分からなくてもノープロブレム。 ・ビビビッと来ました。  お宝との出会いも偶然とはいえ運命的な物がある気がします。一期一会。  一目見てビビビッと来たらすかさずゲット。但し、普段から勉強しておかないとね。  人生の伴侶のゲットにも似ています。ちょっと勇気や押しも必要ですよ。 ・お宝は天下の回り物  いろいろな方のお世話になってコレクションは充実していきます。自分の専門から  はずれた物などは、手元で眠らせておくよりも、より大事にしてくれそうな人が  いたら回してあげましょう。いつか別な素敵なお宝が貴方に回ってきます。きっと。 一度手に入れたお宝は、絶対に手放さないという方もおります。通称”ブラックホール”。 ・逆転の発想。  お店に入ったら普通の視線で物を見ていてはお宝はゲット出来ません。  逆立ちをして棚の下やショーケースの下など普段目の届かない所をチェックしてみましょう。  ちょっとほこりはかぶっていますがとんでもないデッドストックにあえるかも。  尚、逆立ちに失敗してショーケースを壊しても当サイトでは一切関知しません。 ・目を鍛えよう。  あるショップに行ったら、小さいけど貴重なお宝を見つけました。  その時店長さんに「目がいいですね」と言われました。そう両眼とも1.5なんです。  ビタミンAを普段から・・。最近ディスプレイの見過ぎか、ちょっと落ちてきたかなあ・・。 ・早起きは三文の得。  昔の人はいい事を言いました。時代は変わっても普遍の真理です。  フリマや市へ行くときは、一番乗りを目指しましょう。  市では日が昇ればスタートという所もあります・・・。  朝一番に行ったら、一週間早すぎたという事がないよう開催日を良くチェックしましょう。  ・玩物喪思  古くは中国の古典にある言葉です。  簡単に言えば、古い物などに夢中になりすぎて、本来思慮すべき事柄などに考えが及ばなくなる事  を意味します。  コレクターにとっては大変耳の痛い言葉です。どんな趣味であれ、度が過ぎない様に注意しましょう。  趣味はあくまでも人生を豊かにするための一つの方策に過ぎませんから・・。