★★1月 1日 毎日新聞・朝刊・阪神版★★
支局長からの年賀状 藤原健・阪神支局長 情報に温かさを込めて/阪神
おめでとうございます。2000年のお正月、いかがお過ごしでしょうか。
元日の地域面は、ご覧のように、インターネットをめぐる動きでまとめてみました。情報の世界で働く私たちにとっても、最近のインターネットの普及には驚くばかりです。瞬時にして、しかも安価に、必要な情報を世界中から集めることができるし、発信もできる。実に便利です。この有用性を知ってしまうと、「のりとはさみ」に象徴されてきたこれまでの情報収集が、まだるっこしくて仕方がない。時代は大きく変わってきました。
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私たちの扱う情報は言うまでもなく、活字を媒体にしています。
20世紀半ば以降に普及した電波メディアには、既に速報性という点では後れをとっています。でも、活字メディアの役割は終わったという論には、私はくみしません。いや、ますます活字メディアの役割が見直されてくると思っていますし、それは、新聞づくりの根幹にも触れる問題でもあります。
私たちは一昨年来、連載「介助犬シンシア」を中心として介助犬の公的・法的認知に向けたキャンペーンを展開しています。それは、広い意味での市民運動に発展してきましたし、この意をくんだ自治体(宝塚市)が動き、80人を超える国会議員も立ち上がりました。
淡々と回を重ねてきた小さな連載が、これほど大きな波紋となって広がっていったのは、「困ったときはお互いさまだから助け合おうよ」という相互扶助の気持ちや、「他人のことでも放ってはおけん」というやさしさが多くの人たちのなかにあり、そんな心が支えになっていたと思えてなりません。
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連載は当然、役所の広報をなぞったものではありません。身体に障害を持つ人にとってやさしい街とは、と記者が考え、その観点から情報を整理して書き続けているものです。そして、障害を持つ人を個別・具体的に書くことで、実は普遍的な人権や暮らしをも考えることに通じてきた。こうした手法は、新聞の、つまりは活字メディアの可能性を示すものではないでしょうか。
情報を垂れ流すのではなく、やさしさやあたたかさを込めたメッセージ。記者の力量がその分だけ問われることになりますが、時代の節目の責任も自覚しての新聞づくりに励みたいと思います。頑張ります。今年もご支援ください。【阪神支局長、藤原健】
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★★1月 5日 毎日新聞・大阪本紙・朝刊★★
京都市が公的施設への介助犬同伴を認める 政令市で初
京都市は4日、病院や図書館など市の283施設で、障害者らの日常生活をサポートする介助犬の同伴を2月から認めると発表した。京都府は昨年4月から府立施設での同伴を認めているが、政令市では初めて。
京都市によると、全国の介助犬十数頭のうち、4頭が同市内で活躍している。介助犬は盲導犬と違って法的な位置付けがなく、交通機関や宿泊施設で利用を断られるケースが多いため、市民団体から公的施設への同伴許可を求める声が上がっていた。
市は府の介助犬登録カードを持っていれば、無条件で施設への入場を認め、個別に試乗を行ったうえで地下鉄の乗車も認める方針。
介助犬の育成や普及に取り組む市民団体「介助犬をそだてる会」(同市北区)の坂根毅彦代表は「これを機に介助犬受け入れの動きが全国に広がってほしい。介助犬の質の向上にも力を入れたい」と話している。【一色昭宏】
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★★1月 5日 毎日新聞・朝刊・阪神版★★
阪神間の自治体などで仕事始め /阪神
2000年の仕事始めとなった4日、阪神間の各自治体や企業などでも新年に期待を寄せる声が相次いで寄せられた。
■宝塚市
宝塚市では正司泰一郎市長が、職員らを前に「私たちの街には介助犬『シンシア』が活躍しています。一頭の犬が障害をもつ人を介助し、その人生を豊かにしていることを知りました。“シンシアの心”を、私たち一人ひとりがもち、『みんなにやさしい街 宝塚』を目指したいと思います」とあいさつした。
■芦屋市
芦屋市では、係長級以上の職員約240人が集まり、仕事始め式。北村春江市長は、コンピューター2000年問題で年末年始にかけて警戒にあたった職員をねぎらい、「今年は芦屋市政60年の節目。市民の声をどうすれば市政に反映できるか考え、市民参画システムを構築していただきたい」と呼びかけた。
■三田市
三田市では、岡田義弘市長が「市民の付託に応えられる総合計画を作り上げ、21世紀に向けた三田市の街づくりに努めていきたい」と職員らに訓示。「地方分権の時代、特色ある街づくりのために、創意工夫や新しい発想をお願いしたい。何事も自ら進んで取り組む積極性を発揮してほしい」と話した。
■尼崎市
尼崎市の宮田良雄市長は4日、行政情報のPRのため、課長級以上の職員を市民の集まりなどに直接派遣して、説明や講義などを実施させる「出前講座」を、今年から実施する方針を明らかにした。
介護保険制度の発足などを控え、「開かれた行政」をアピールするねらい。年頭の「仕事初め式」で明らかにした。今後、実施要綱など細部を詰める。
また、同市長は、市役所が今年中に「ISO(国際標準化機構)14001」の認証を受けるよう努力すると表明した。企業などが環境に配慮した操業を行なっていることを国際的に示すため、環境保全への取り組みを専門機関に申請し、認証を受ける制度で、同市長は「かつての公害のまちから、明るくさわやかなまち尼崎にイメージを変えたい」と述べた。
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★★1月11日 毎日新聞・東京本紙・朝刊★★
「記者の目」2000年のはじめに 介助犬に見るバリアフリー:山本真也(阪神支局)
◇“弱者”との共生図ろう−−社会に活力生むはず
これから社会はどうなっていくのか。阪神大震災やオウム真理教の犯罪、神戸の小学生殺傷事件……。1990年代は大災害や心の荒廃を示す事件が相次ぎ、日本経済の成長神話が崩れた時代だった。取材をしながら、先の見えない闇(やみ)の中にいるような気がすることがあった。だが、車いすのコンピュータープログラマー、木村佳友さん(39)=兵庫県宝塚市在住=と、その手足となって活躍する介助犬シンシア(ラブラドール・レトリバー種、雌、6歳)に密着した介助犬キャンペーンを3年越しに続け、私には2000年代の社会の指針がうっすらと見えてきた。それは「やさしさと共生」という言葉を伴って――。
介助犬を「記者の目」に書くのは同僚記者を含めてこれで3回目になる。兵庫や大阪の地域面、毎日小学生新聞で続けている連載「介助犬シンシア」は間もなく200回を超える。
キャンペーンを始めた動機は、「法の保護や行政支援の外に置かれた介助犬と暮らしている木村さんを助けたい」というものだった。だが今、それは思い上がりだったことを痛感している。結局、記事を書いて、かかわり続けることで、元気をもらっているのは私の方だからだ。
木村さんは27歳で交通事故に遭い、肢体不自由となった。医師からは「寝たきりになる」とまでいわれた。だが、リハビリ訓練を重ねて、車いすの生活にまで回復した。車の運転や仕事も再開した。
約4年前にペットだったシンシアが、訓練を受けて介助犬となった。以降、そのサポートを生かして積極的に外出をしている。盲導犬は法的に認知されているが、介助犬は認知されていない。だから、介助犬は盲導犬以上にペットと同一視されて、多くの場所で同伴拒否をされる。そんな時、木村さんは決して相手を責めるような態度はとらない。介助犬が障害者にとってどういう存在かを、粘り強く説明する。また事故当時、新婚1年だった妻美智子さん(37)もずっと夫を支え続けている。
木村さんは「僕はアホだから、嫁さんと別れるなんて、こんな体になってからも、一度も考えなかった」と笑う。
そんな前向きで、飾らない人柄に接し、私は「人生って、捨てたもんじゃない」と何度も勇気づけられた。無邪気で可愛らしいシンシアに心を洗われた。
木村さんの友人やボランティアも私と同じだ、と感じる。講演活動を手伝っている大阪府箕面市の主婦、高野啓さん(54)は「木村さんのおかげでこの年になって、たくさんのすてきな友達ができました」と感謝する。高野さんは、木村さんを弱者としてではなく、同じ人間として認め、やさしさを分け合うことで、心豊かになっているのだ。
90年代、バリアフリーという言葉が一般化した。すべての人が平等に社会参加できるよう、物理的・制度的な障壁を取り除くことを意味する。歩道や建物の段差がなくなったり、駅にエレベーターができれば、みんなが便利になる。障害者や高齢者が普通に買い物ができるようになれば、街はもっと活気づく。
だが、行政を含め、バリアフリーを障害者などの少数者への特別配慮だと誤解している人は少なくない。みんなが助け合うことの大切さを学んだ5年前の阪神大震災。しかし、その街の復興でも、「費用がかかり過ぎる」などの理由で、一部の駅を除いて、バリアフリーは進まなかった。
そんななか、震災被災地でもあり、「歌劇のまち」として知られる宝塚市は、昨年春、「シンシアのまち」を宣言した。シンシアというたった1頭の犬の支援・啓発から、街全体のバリアフリーを見直そう、というのがコンセプトだ。
例えば、ある飲食店が介助犬の同伴を認めたとする。それは、木村さんのような車いすの人に気軽に利用してもらうにはどうすればいいかを考えることになるだろうし、結局、高齢者や赤ちゃんを連れた人など、すべての人にやさしい店づくりにつながっていく、という発想だ。
あと半世紀もすれば、日本は国民の3人に1人が65歳以上という超高齢化社会を迎える。私もその一員だ。病気を含め、身体に何らかのハンディを持つ人は、決して少数者ではなくなる。
2000年代の日本。障害者や高齢者が、弱者という名のもとにひとくくりにされ、その知恵や能力を生かす場がないまま、社会は衰退の一途をたどるのか。それとも、バリアフリーが進み、障害者、高齢者、若者、外国人も平等に参加できる元気で活力ある社会が到来するのか。
その分かれ道は「シンシア」にある。たった1頭の犬の周囲に芽生えたやさしさの連帯と共生の文化を大きく育てることができるかどうかに、私たちの未来はかかっている、と感じる。
メールアドレス kishanome@mbx.mainichi.co.jp
■写真説明=スロープを利用する木村さん。介助犬の受け入れは、建物のバリアフリーにつながる=小田哲明さん撮影
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★★1月20日 毎日新聞・朝刊・阪神版★★
[支局長からの手紙]藤原健・阪神支局長 シンシアの連載、さらに続けます/阪神
連載「介助犬シンシア」が、ご覧のように今日、200回を迎えました。スタートしたのが一昨年の9月。とりあえず100回を目標に取り組んだのですが、連載と並走するかのように介助犬の公的認知に向けた動きが大きくうねり、読者のみなさんの強い支持もあって、ここまで続けることができました。
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この連載はもちろん、他の記事についても、阪神間で仕事をする私たちは常に、あの震災のことを意識しています。つまり、6432人の無念の死を過去の出来事のなかに押し込めるのではなく、命の大切さ、辛(つら)い境遇にもかかわらずみんなで確認し合ったやさしさの重みとその意味を、日常生活のなかで考え続けようということです。
そんな目で、シンシアをめぐる人たちのつながりをながめてみると、「やさしさネットワーク」とでも呼べる人間のきずなに気づくのです。障害を持つ人にとってかけがえのない介助犬。公的に認知はされていませんが、決して声高ではなく、その有用性を説いてきた人たち。そして、車いすの障害者に対してだけでなく、他の障害を持つ人や高齢者らにも「やさしい街を」と訴えかける論理。 連載は個別具体的な問題を提起しながらも、「バリアフリーのまちづくり」という広く普遍的な課題をもはらんでいるからこそ、多くの人たちの関心と共感を生んだと思えるのです。
昨年12月、宝塚市で開かれた「介助犬シンポジウム〜“シンシアのまち”宝塚から〜」でコーディネーターとして論議の舵(かじ)取りをお願いした関西学院大学のニノミヤ・アキイエ・ヘンリー教授から、シンシアのキャンペーンについて「毎日新聞が市民と行政の接着剤になった。これは新聞の新しい役割」との過分な評価をいただきました。連載を軸にしたキャンペーンが、自治体や企業を動かしたことを指してのことですが、結果的にこうした役割が果たし得たのも、シンシアの使用者、木村佳友さんの誠意に裏打ちされた熱意と、木村さんを支える人たちのやさしさがあったればこそ、です。
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新聞のキャンペーンは、一定の成果を見届ければ、やがてピリオドを打つことになります。今回のことについて言えば、介助犬の存在を広く知らしめたという側面では、当面の役割は果たしたのかも知れません。しかし、暮らしのなかでのバリアフリーはまだ、緒についたばかりです。やさしさを、もっともっと発信する必要があります。その意味で、キャンペーンはまだ続けなければなりません。
さらなるご支援をお願いします。【阪神支局長、藤原健】
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