☆☆ 『シンシア』の事が掲載された2001年2月の新聞記事 ☆☆

★★ 2月10日 朝日新聞・朝刊・奈良版 ★★

介助犬紹介の公開講座開く 来月4日に橿原市で /奈良

 障害のある人の運動機能の回復に当たる理学療法士が、技術の向上を図ろうと結成した「県理学療法士会」(門脇明仁会長)は、三月四日午後二時から、橿原市小房町の市かしはら万葉ホールで市民公開講座を開く。同会は一九七五年に結成され、今年度に二十五周年を迎えたことを記念して開く。
 講座は、身体障害者やお年寄り、理学療法士を目指す人たちに介助犬を紹介することがねらい。午後二時から県立医大の高柳哲也・名誉教授が「介助犬とは?」の題で講演。そのあと、実際に介助犬と生活している「日本介助犬アカデミー」理事の木村佳友さんが「介助犬シンシアとともに暮らす」をテーマに講演する。
 門脇会長は「盲導犬は社会的に認知されているが、介助犬はまだまだ知られていない。この講座で、介助犬と暮らす生活があることを知ってもらえれば」と話している。参加無料。問い合わせは同会事務局(0744・32・0087)へ。

★★ 2月15日 毎日新聞・大阪本紙・朝刊 ★★

社会部創設100年 やさしい街へ 介助犬シンシアとアトムに学ぶ/大阪

 ハンディキャップをもつ人も安心して暮らせるように――。社会部は介助犬を利用する人の立場から街づくりを考えていきたいと思っています。宝塚市と京田辺市から担当記者らがリポートします。



 「歌劇のまち」宝塚市が1999年12月、毎日新聞社と共催した介助犬シンポジウムで「シンシアのまち」を宣言した。同市に住む車いすのコンピュータープログラマー、木村佳友さん(40)を支える介助犬シンシアにちなんだ。毎日新聞が続けている介助犬キャンペーンとも連動し、市も市民も「やさしい街」を実現しようと誓いあった。
 私たちがキャンペーンを始めたのは98年。97年から宝塚を担当している私は、一頭の介助犬を中心に、街が大きく動いてきたのを目の当たりにした。シンポの会場は、遠く広島などからも駆けつけた読者らでいっぱいだった。「市民の小さな運動を後押しして始めた報道が、これほど大きな輪に広がるとは」と、感動で胸が詰まった。
 国や国会議員の間で介助犬の法的認知に向けた動きが始まる一方、ダイエーグループや阪急百貨店が介助犬の受け入れを表明するなど、状況はめまぐるしく動いた。木村さんも「こんなになるなんて想像もしませんでした」と驚くほどだ。
 宝塚市は、キャンペーンに呼応する形で庁内に介助犬支援施策のための「プロジェクトチーム」を設けて協議。道路や公共施設などのバリアフリー(障害のない状態)化促進事業を「シンシアのまちプロジェクト」として、重点事業に挙げた。2001年も、車いすの人が一人で乗れる超低床ノンステップバスの購入補助、道路の段差解消などに取り組む。
 一方、同市の女性団体が盲導犬や介助犬を受け入れてくれる飲食店などを調査して冊子にしたり、宝塚ライオンズクラブが新種のバラを「シンシアたからづか」として販売、その収益金を毎日新聞大阪社会事業団のシンシア基金に寄付するなど、市民の支援の輪も広がっている。
 こうした動きの背景には、介助犬の問題にとどまらず、「シンシア」を通して街のあらゆる障壁をなくしていこうという考えがある。キャンペーンが目指す「やさしい街」づくりの視点もそこにあると思う。
 他都市に先駆けて取り組む宝塚市だが、課題はまだ多い。正司泰一郎市長も「バリアフリーの考えが市職員全員に共有されていない」と語る。昨年2月、市が計画中の「温泉利用施設」の設計をめぐり、障害者団体が反発した。「エレベーターや階段しかなく、火事が起きた時、障害者は安全に逃げられない。障害者用駐車場もない」とスロープの設置などを求めた。市は設計を見直し、駐車場枠を確保したが、スロープは「設けると角度が急でかえって危険」と採用せず、ベランダに一時避難所を設けるだけにとどめた。
 「法律で認められていない介助犬を、国に先駆けて支えてくれた宝塚市に感謝しています」と語る木村さん。「例えば車いすの人向けのトイレは空間が広く、ベビーカーに赤ちゃんを乗せたお母さんもゆっくりと利用できる。障害者にやさしいまちは、結局はみんなにやさしい街です」と、今後の「やさしい街」づくりに期待する。
 シンポは昨年12月、2回目が開かれた。新たに兵庫県や日本介助犬アカデミーも共催に加わり、幅広い議論が展開された。強い意思を持って継続することの大切さを、私は改めて学んだ。【田畑知之・37歳】



「介助犬をパートナーにした女性が同志社大学に合格したらしい」
 昨年11月、京都、岐阜支局から飛び込んできたニュースが、学研・宇治支局と館林千賀子さん(21)=岐阜県川島町=、そのパートナーの介助犬アトムとの出会いの始まりだった。
 阪神支局(兵庫県尼崎市)と並び、社会部の“両ウイング”を成す学研・宇治支局(京都府宇治市)だが、「シンシア」報道で坂田記念ジャーナリズム賞を受賞した阪神支局と違って介助犬取材の経験はゼロ。支局長の私は館林さんが通うことになる同志社大京田辺キャンパス担当の支局員、山本泰久(38)を呼び出し、「これから君が介助犬担当や」と申し渡し、「犬猿の仲なんて言うたらアカンぞ!?」とクギを刺した。
 アフリカ難民の取材なども手がけた“国際派”の山本は、一方で、「野生ゴリラに会うのが夢」という霊長類ファン。ゴリラやチンパンジー、ニホンザルをテーマにした取材にとりわけ熱心だが、「介助犬もライフワークのつもりで取材しろ」とハッパをかけた。
 大学キャンパスの下見。鉄道各社がアトムの乗車を認めるかどうかの試乗。車いすで生活でき、しかも、犬が飼えるという難しい条件を満たす下宿探し――。その節目節目で取材に立ち会った。阪神支局でずっとシンシアを追い続け、山本と入社同期の山本真也(36)も、介助犬先進都市・宝塚市の取り組みを紹介するなど、アドバイスを惜しまなかった。
 取材を通じて見えてきたものも多かった。「世間でバリアフリーをうたっている住宅の多くが、障害者が暮らすには不十分なんです」「健常者の感覚だけでバリアフリーを考え、身障者の側に立って考えていない」。“アトム番”の山本の口から、こんな憤りが漏れることが多くなった。
 館林さんが暮らすことになる京田辺市は介助犬等連絡調整会議を設置し、館林さんとアトムのサポートをするなど、介助犬への理解を広げる努力を始めた。
 だが、館林さんには「犬と一緒では困る」とタクシーに乗車を断られた悲しい経験もあったという。
 山本は「館林さんが充実した学生生活を送れるように見守ることが、誰にとっても“やさしい街”をつくることにつながる」と自分に言い聞かせている。【榊原雅晴・46歳】



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