★★ 9月3日 毎日新聞・大阪本紙・朝刊 ★★
ニュースUP「天国のシンシアへ、最後の日記」=阪神支局・生野由佳
◇介助犬、活躍広がったよ
身体障害者補助犬法の成立に貢献し、06年3月に12歳で死んだ介助犬「シンシア」の歩みをインターネット上で記録し続けた「シンシア日記」にこの夏、2年4カ月ぶりに最終章が加わった。コンピュータープログラマー、木村佳友(よしとも)さん(48)=兵庫県宝塚市=がシンシアの語り口で10年前から更新を続けてきたが、愛犬を突然亡くした強い喪失感から、更新が止まっていた。今はシンシアからバトンタッチした介助犬・エルモと暮らす木村さんに、シンシアとの人生を聞いた。
「私の仕事は、手足の不自由な人の手助けをすることです」。日記初回の98年1月10日付で、シンシアはこう自己紹介している。「介助犬の存在を少しでも多くの人に知ってもらおう」と、木村さんは、雌犬のシンシアが話すような柔らかな語り口を選んだ。
木村さんはバイク事故で車椅子生活を送る。手指も自由に動かないため、手に装着した棒のような器具で巧みにキーボードをたたいた。ペット扱いされていた介助犬を社会で認めてもらおうと、国会へ陳情に訪れた。地元スーパーに、同伴を認めてもらうよう交渉した。そうした活動の日々を写真入りで紹介し続けた。
05年、木村さんは11歳と高齢になったシンシアを引退させ、新たな介助犬を迎えることを決めた。同年12月には引退式も開かれた。この時の日記には「どうやら引退したらしいのですが、犬には理解できません」と書かれている。シンシアが突然、血管肉腫を患い、死んだのは引退のわずか4カ月後だった。
介助犬や盲導犬などの補助犬が年老いた場合、使用者の負担を減らすため、有志の人に引き取られるケースがある。だが、子犬時代からペットとしてシンシアを飼っていた木村さんは、自宅で面倒をみる道を選んだ。木村さんは「これから老後をゆっくりしてほしいと思っていたのに。願いは届かなかった」と今も残念そうに語る。
以来、エルモの活動を記したブログ(日記風のホームページ)などをこまめに更新する一方、シンシア日記は凍結したままだった。「すべてが終わってしまう気がして、更新できなかった」と木村さん。妻美智子さん(46)も「子どものいない私たちにとって、娘を失ったも同然のショックだった」と振り返る。
私は06年4月、阪神支局に赴任した。シンシアをしのぶ催しを何回か取材したが、我が子同様に過ごした愛犬を失った木村夫妻は、いつも目に涙を浮かべ、悲しみにくれていた。印象深く、今も時々、思い出す。
あれから2年余り。エルモは木村さんとの息も合い、木村さんは「シンシアと変わらないぐらいに成長してくれた」と満足げな表情を見せる。昨年11月には、身体障害者補助犬法が改正され、大規模事業所への補助犬同伴受け入れの義務付けや、都道府県の相談窓口設置などが実現。介助犬受け入れへの門戸が、また少し広がった。
木村さんは「シンシアの活躍が今の状況につながっている」と話し、やっと納得できる心境になったという。夫妻は7月18日、日記に最後のページを加えた。
美智子さんは、シンシアの最期の様子を克明に記した。突然おなかが膨れ、救急病院に運んだこと。がんの一種、血管肉腫と判明し、死の宣告を受けたこともつづった。死の1カ月前から、目に見えて弱っていった様子も加えた。最後に、ひつぎに入れたシンシアにあてた手紙を紹介した。「あなたに会えてママは幸せでした、必ずまた会おう」
木村さんは、介助犬の普及のため、全国各地へ364回も講演に出向いたことなど、パートナーとして活動した10年間の日々を振り返った。交通事故で半身不随になり、狭まっていた行動範囲がぐんと広がった。「シンシアがいなかったら、素晴らしい人たちとの出会いもなかったし、こんなに充実した人生は送れなかったと思う」と感謝の言葉をつづった。
介助犬は今年5月現在、全国で41頭が活動している。これまでに52頭が認定され、11頭が引退した。しかし、「潜在的な需要は約1万5000人ある」と、日本介助犬使用者の会の会長でもある木村さんは言う。
そうした需要の掘り起こしや供給拡大を目的に、日本介助犬協会(東京都八王子市)が来年4月、愛知県長久手町に、介助犬と訓練士を育成する全国初の専門訓練施設「介助犬総合訓練センター」を開設する。鉄筋2階建て、延べ1600平方メートルの広さで、同時に5人の障害者が、介助犬候補の犬と宿泊しながら訓練を受けられるという。子どもたちが補助犬について学習できる教室は「シンシアホール」と名付けられ、庭にはシンシアの写真が入った補助犬慰霊碑も設置される予定だ。
「不自由な手足の代わりになり、心を通じ合わせた一心同体の存在だった」。木村さんはシンシアのことをそう振り返る。10年もの間、一緒に活動したパートナーを失った悲しみは想像に余りある。しかし、功績は受け継がれ、木村さんの活動はエルモとともに、続いている。
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