VACATIONは海へ






 とある朝、食事の用意を終えて、一息ついたおれは、ふと、気がついた。

 大学の授業が忙しくて気にも止めなかったが、カレンダーはいつのまにか七月に変わっていて、もうすぐ夏休みだ。

 壁に掛けてあるカレンダーにふらふらと吸い寄せられ、七月の日付の並びを見て連休があることに気がついたのだ。
 
「海の日」がある。

 海の日といえば、海水浴をすぐに連想してしまうのは、乏しい発想かもしれない・・・。

 海水浴なんて、いつ行ったきりだろう。

 柾司がまだうんと小さい頃、まだ入退院を繰り返す前だったから、幼稚園の頃ぐらいだったか、おれが小学校の時までは・・・、毎年

夏に数回家族揃って海水浴に行っていた記憶と、あとは、中学に上がって、クラスメートたちと何度か行っただけだったな・・・。

「海か・・・」

 海水浴に行きたいな、なんて・・・、自分らしくないと思ったが、「行きたいな」と、なぜかそのときそう思った。

 でも。

「・・・英明くんと一緒じゃ、な・・・」

 普通の海水浴じゃ済まない気がする。・・・というか、絶対、何事もなく、無事に帰れない気がする。

 一見冷静沈着な英明くんだが・・・、その内心はけっこうヤキモチ焼きで、甘えん坊で・・・、そして、そして・・・、すごく・すっ〜ごくえっ

ちだ。

 それまで普通に外を歩いていても、どういうはずみでそうなるのか、自分がその気になるとおれの気持ちはお構いなし、すぐにえっち

になだれこむから・・・、それが・・・、困る。

 でも、もっと困るのは・・・、おれが・・・、その・・・、そういう英明くんを厭じゃないところ・・・、だ。

 言っておくが、恥ずかしいんだぞ?! 家の中でするならともかく、理由もなく突然外で求められることがしょっちゅうで・・・、おれはそ

のたび「やめてくれ、するなら部屋に帰るまで我慢してくれ!」と頼んでいるんだ!

 でも・・・、そう言うと英明くんはすごく不機嫌になって、部屋でえっちをする時よりもっと意地悪になって、わざとおれを困らせるために

きわどいことを仕掛けてくるから・・・、最近は、拒めなくなっているおれ自身が情けなくもあるんだが・・・。それ以前に、英明くんに求め

られ、愛されるというのはやっぱり・・・その・・・、嬉しくて。

 そんなふうに思ってしまうのは、余計に英明くんを甘やかすことだと分かっているんだけれども・・・。

「おれと一緒だとなんだと言うんだ?」

「ひっ・・・! でっ、あきくんっ?!」

 突然背中から声がして、声がしたと同時に後ろから抱き締められて、思わず踵が飛びあがりそうだった。

「い・・・っ、いつのまに・・・っ?!」

 振り向くと、寝起きらしい英明くんが少し不機嫌な顔でおれを見つめてきた。

 大学の前期試験まっただなか、優秀な英明くんとはいえ、レポートと試験勉強に追われている最近の英明くんは、夜遅くまで勉強熱

心だ。テストのおかげでここしばらくえっちの回数が減っているのは大助かりだ。・・・なんて英明くんに言うと、試験明けが恐いから言え

ないが。
 
 昨日はレポートに追われていた英明くんはまだ、眠いのだろう、顔はまだ、少し眠っている様に見える。

 正直・・・、おれは、寝起きの英明くんの、子供みたいに少し不機嫌な顔が可愛くて好きだ。

 普段の、大人びてすました、生意気なカンジの英明くんも可愛いと思うけれど、寝起きの英明くんを見るのは・・・、寝起きの英明くん

を見られるのは、一緒に暮らしているおれだけの「特権」だから・・・、嬉しくて。

 毎晩のようにえっちしなくても、こうして、誰も知らない英明の色々な顔を見られるだけで十分幸せだ。誰も知らない、可愛い英明くん

の素顔・・・。もっともっと見ていたい。

 はっ! だめだ! こんなことを普段から思っているから、英明くんのわがままを許してしまうんだ!

 たしかに寝起きの英明くんも可愛いけど(←「も」ときたか?!:作者注)、甘やかしていたら、英明くんの為にならないし、おれの為に

もならない!

「英明くん! 起きたのなら、ちゃんと顔を洗ってくるんだ! 早くゴハンを食べないと遅れるぞ?!」

 良し! いいそ! おれ!

 ちゃんと英明くんに、ビシッと言えた!

「ああ、ゴハンか。そうだな」

 言うが早いか、英明くんはおれの頭をしっかりと腕に抱きかかえてキスをしてきた。

「む〜〜〜っ!!!」

 ち! っ! が〜〜〜! っ! う! っ!

 キスをねだったんじゃない! 早く顔を洗ってこいと言ったんだ!  

「ん・・・っ、ふ・・・、う・・・っ、うう・・・」

 ちゃんと英明くんにビシリと言えることは言えるんだが・・・、悲しいかな、こうして抱き締められてキスをされることが多い。

「ひ・・・、ひであ・・・っ」

 しかも、朝っぱらからこんな甘いキスをされたら・・・、ろ・・・、呂律が回らなくなってしまうし、体に力が入らなくなるし・・・。

「も・・・お、いい加減に・・・っ、しないか・・・っ!」

「ああ、そうだったな。早く支度して、学校に行かないとな」

 今日はまだ、試験があるんだろう!と叱りたくても、英明くんのキスに感じてしまっているのは間違いし、英明くんもそれがわかって

いるから、ニヤニヤ意地悪な笑い顔でおれを見る。

 うう・・・! こんな・・・、こんな底意地の悪い笑い顔・・・っ! 厭味たらしさ満天の顔なのに、どうして本気で憎らしいと思えないんだ

! おれは! おれはいつからこんなに甘い人間になったんだ・・・!

「そんな可愛い顔で睨むな、キスだけで済ませられなくなる」

 冷たい顔で笑いながら、英明くんはおれの唇をなぞると、鼻歌まじりに洗面所へ向かった。

「・・・くっ・・・!」

 人を子供扱いして!!! 出会った時はまだ、素直なところが残っていた、可愛い高校生だったのに! いつのまにこんなに生意気

なコになったんだ!(←篠宮先生の記憶の中で、高校時代の英明くんが美化されたとしか思えませんな:作者注)

 ・・・なんて英明くんのことを腹立たしく思う自分がいるのに、どうしておれは、英明くんのためにいそいそお味噌汁を温めなおすのか

・・・。

 やっぱり・・・、おれは根本的に英明くんに甘い! ・・・としか思えない・・・。

 甘い甘いと分かっているのに・・・。

「良い香りだな」

 豆腐と葱のシンプルな味噌汁椀を手に取った英明くんが、素っ気無い顔をしながら、嬉しそうな声で言ってくれると、それだけで嬉し

くなる。英明くんは影で鉄面皮なんて言われることがあるけど、そんな無表情で恐い子じゃないということを、おれはこうして目の当た

りにしているわけで。

 英明くんが素直な反応を見せるのはおれだけなわけで。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・それを考えると、おれはやっぱり幸せ者、だな。

 性欲が尋常じゃないのが英明くんの唯一の欠点?だけど、それもおれにしか向けられないものなのだとしたら・・・、おれは幸せ者、

ということだろうか? 世の中には、「釣った魚には餌をやらない」という言葉があるが、英明くんにはそんな気配は微塵もないし、意外

にやきもち焼きな一面が年下らしくて可愛いし・・・。

 異様に旺盛な性欲さえまともになってくれれば・・・、英明くんは本当に良い子、だから。

「さっきカレンダーの前で何を考えていたんだ?」

 英明くんがふと、そう尋ねてきた。

「え・・・、ああ、もうすぐ試験が終わるなと思って・・・」

「ふうん。それがどうして『英明くんと一緒じゃ』という呟きになるんだ?」

「それは・・・、その・・・」

 英明くんと一緒に海水浴に行ったら、何をされるかわからないのがコワイ、なんて・・・、正直に言ったら、英明くんはきっと傷つくだろ

う。ステンレス製のように頑丈でワイヤーのように図太い神経の持ち主のように思われているけど、意外に繊細で傷つき易い子だから

・・・(←『繊細な子』が観覧車えっちや電車えっちをしたがるかという疑問が若先生には微塵もないらしい:作者注)。

「ひ・・・、英明くんには『夏のレジャー』というイメージはないなと思って」

「そんなもの、おまえにだってないだろう」

「そうか?」

「そうだ。おまえには『キャンプだ、アウトドアだ』というイメージはないぞ」

「・・・・・・」

 知らなかった。おれは、英明くんにそう思われていたのか・・・。

 まあ、確かに、休みの日は外へ遊びに行くことよりも、研究や研究レポートをまとめたり、図書館に行くことのほうが多かったが・・・。

「それがどういう風の吹き回しか、ふっと海にでも行きたくなった、そんなところじゃないのか?どうだ?」

「ど・・・、どうして・・・」

「おまえの考えていることは、おれには全部分かる」

「わかったんだ?」と言うより先に、英明くんはさっきの底意地の悪い笑顔とは全然違う、優しい笑顔を見せた。

「・・・英明くん」

 優しい顔なのに、どこか誇らしげで、まるで子供が得意なものを誉めてもらった時のように嬉しそうな顔をしたのが・・・、可愛くて・・・。

「おまえ」だなんて大人ぶっておれを呼ぶくせに、こういうところはまだまだ子供なんだよな、英明くんは。だから、益々いとおしくなる。

「でも、おれと一緒だと何をされるかわからない。そう思ったんだろう?」

「そっ、そんなこと思うわけないだろう!」

 どうして分かるんだ!?

「七月いっぱいは試験やら何やらでいっぱいで、おれも英明くんも忙しいから・・・っ、遊びに行くのは難しいなと思っただけだぞ!」

「一日ぐらいどうにかなる。それよりいっそ・・・、八月にフィジーかバリにでも行くか? どうせなら、日本のゴミゴミした海水浴より、海外

のビーチリゾートのほうがゆっくり出来るしな。ホテル専用のプライベートビーチのコテージでのんびり過ごすか? どうだ?」

「海外って・・・、そ・・・、そこまで行かなくても・・・」

 英明くんは育った環境が恵まれているせいか、大金がかかることを事も無げにあっさり口にする。

 付き合い始めた当初からそうだったけれど、いまでも時々、英明くんの金銭感覚にはついてゆけないところがある。

「だいたい、八月の海外旅行なんて、一番費用がかかるときだし、学生の身分でそんな贅沢はダメだ! 絶対ダメだ!」

「・・・・・・」

 おれが厳しく反論すると、英明くんはムッとした顔で黙り込んだ。

  ・・・本当。意外に子供っぽいんだから、困った子だ。

「別に海外旅行をしたいわけじゃないんだ。ただ、ちょっと海水浴に行きたいだけで・・・。そんなに大袈裟に考えることじゃないんだ」

 とりあえずフォローの言葉を口にすると・・・。

 英明くんは少し拗ねたようにそっぽを向いた。

「タチの悪いナンパに引っ掛けられるのがオチだ」

「ナンパ・・・?」

 それはまあ・・・、英明くんほどの美形なら・・・、煩わしいことかもしれないが・・・。

「英明くんはそういうの、相手にしないじゃないか。普段から相手にしてないのに、今更気にすることでもないだろう?」

「・・・・・・」

 おれの言葉に何を思ったのか、英明くんはいっそう不機嫌な顔になった。

「・・・英明くん?」

「おれは、自分の心配をしろと言っているんだ」

「自分の心配?」

 ・・・って? 

 おれ? おれの心配、ということか? 

 どうしてだ? 別に心配することなんか・・・。

「分からないのなら、いい」

 英明くんはむすっとした顔で箸を置くと、席を立ってしまった。

 ・・・怒らせるつもりはなかったんだが・・・。何が気に入らなかったんだろう。

 英明くんは気難しい部分があるが・・・、時々、今みたいに何が気に入らないのか、何に怒っているのかおれには理解できないところ

がある。

 でもこれで・・・、英明くんと一緒に海水浴、ということはなくなったかもしれない。

 仕方ない。だったら・・・、お盆に帰省した時に柾司を誘ってみるか。

 とりあえず、今は早く後片付けをして、学校に行かなければ。

 

 

 
 

 
* 夏ですので。とりあえず時節らしいものをと思いまして。それにしても・・・、若先生、おばかさんにも度が過ぎます。ってかあまりに

英明くんを好意的に解釈しすぎ(笑)。いくら相思相愛に惚れている相手とはいえ・・・。次回は欲望まみれの英明くんの本音が全開で

す。お楽しみにv






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