VACATIONは海へ 6
前期試験の日程が終了しても、おれにはまだ研究やレポートがある。
だから大学のスケジュール上では夏休みに入ったとしても、実質の休みは八月ぐらいだ。
英明くんはおれのそういう事情を理解してくれているから、旅行は八月に入ってすぐ、ということになった。
小・中学生や高校生はとっくに夏休みに入っている日にちだったから、いまから申し込んで宿が取れるんだろうかと心配していたが
・・・。
「おまえは何も心配しなくていい」と英明くんは自信タップリ・余裕綽々だったので、おれはそれ以上何も言わなかった。
英明くんは自信家だけど、そこにはちゃんと根拠がある。
ちゃんとした結果や実績を残しているし、残せるだけの実行力があるからこそ、自信を持てる人間だからだ。
責のないことは言わない。そういう意味では、信頼に値する子だ。
・・・まあ、時々は自信過剰になる部分もあるけど・・・、そういう英明くんも・・・、か・・・、可愛い・・・し・・・。
そういうわけで。
勉強に追われながら、あっというまに出発前夜を迎えて、おれはようやく準備に取りかかった。
「着替えと水着だけ持っていれば十分だからな。あとはみ〜んなホテルに備え付けてある」
居間で荷造りを始めたおれに、英明くんは食後のコーヒーを飲みながら、そう言った。
「いや、でも、用心に越したことはないだろう?」
「用心?」
英明くんの顔が、「何のだ?」といわんばかりに怪訝な表情になった。
「そうだ、用心だ。まずは、海岸を歩くわけだから、貝殻やガラスのカケラで怪我をするかもしれないだろう? そのときのために、消毒
液と手当て用の綿。カットバンに綿棒。それに虫に刺されて被れたらいけないからその薬と、日焼けして水ぶくれするかもしれないから
、日焼け止めに、念の為に冷却パッドも、ああ・・・、それから湿布も要るな。砂地はうっかりしたら捻挫するかもしれないし。ああ、湿布
だけじゃ心配だから、包帯とサポーターも用意しておかないと。あと、携帯用の蚊取り線香と・・・、ああ、そうそう! 急な発熱をした時
に困るから、体温計と風邪薬と、解熱剤も用意しないといけないな! いまならまだ、ドラッグストアも開いているし、ちょっと買ってくる」
おれが財布を持って立ち上がると・・・。
「・・・おまえな」
英明くんは呆れかえった顔でおれの前を塞いだ。
「どうしたんだ? 英明くん、まだ、何か足りないものがあるか?」
「・・・そうじゃないだろう」
「え・・・?」
「おまえはボーイスカウトの引率者ではないんだぞ? だいたい小学生がキャンプに出掛けるわけでもないのに、そんなちまちました
薬を買ってどうする? 全部ホテルに備え付けてあるから必要ないと、おれがたったいま言ったばかりだろう!」
「だ・・・、だって、虫刺されの薬や蚊取り線香だぞ? それまではさすがにホテルにないだろう?」
「そんなもの、ないならないで、向こうで買えばこと足りる。ホテルにはちゃんと日用品や薬を売っているショップもあるんだぞ? いざと
なればホテルドクターもいる。おまえがそこまで心配する必要はない。くだらないことに気を使うな」
「・・・くだらないこと、・・・って」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんまり、だ・・・。
おれは・・・、おれはただ・・・、英明くんが怪我をしたり病気をした時に、慌てなくてもいいようにと・・・、そう思っただけなのに・・・。
「・・・おまえの気持ちはようくわかる。だがおれもおまえも、子供じゃないんだ、そんな心配までしなくてもいい」
落胆せずにはいられない・・・というか、て気持ちをうまく隠すことの出来ないおれを気遣ってか、英明くんは優しい声でおれを諭すよう
に言いながら、そっと抱き締めてきた。けれど・・・。
「・・・わかった・・・」
英明くんの言いたいこともわかる。
おれが心配性過ぎるのも、わかる。だからそれ以上何も言えなくて、英明くんの言葉に頷くことしか出来ない。
「篠宮・・・」
黙り込んだおれを気遣ってか、英明くんは片手でおれの背中を抱き締めたまま、もう片手でそっと頭を撫でてきた。
「おまえは本当に心配症だな。丹羽なんか、おれのことを殺しても死にそうにないやつだと悪態をつくような薄情なやつだがな」
笑って揶揄する優しい仕草。優しい声。
つまらないことで落ち込んでしまうおれを気遣ってくれる英明くんは、こういうとき、大人だと思う。
おれより何倍も大人だと思う。大人だと思うけれど・・・、すこし、淋しい。
こんなことを思うのはおれの贅沢だと分かっているが・・・、上手く言えないが、おれよりずっと「大人」な英明くんを見せられると・・・、
そのうち子供じみたことを考えて淋しがっているおれのそばから離れてしまうような気がして・・・。
・・・・・・・・・・・・。
ダメだな、おれは。
こんなに英明くんに大事にされているのに・・・、こんなにつまらないことを考えてしまうなんて・・・。
「・・・ん・・・」
黙り込むことしか出来ない大人げないおれに、英明くんはそっとキスをしてきた。
優しいキスだ。
何度も何度も重ね合う英明くんの唇が、「泣くな、泣かないでくれ」と囁いてくるような気がする。
まるでおれの心を見透かしているような・・・。
えっちの時は信じられないぐらい大胆で、いやらしくて、意地悪で、しつこい、けど・・・。
大胆だけどちゃんとおれを気遣ってくれて、いやらしいけど絶対おれの嫌がることはしないくて、意地悪だけど可愛くて、・・・ねちっこ
いしつこさだけはどうしようもないけれど、本質は優しいから、だから、英明くんを嫌いになんてなれない。ますます英明くんが好きにな
る。
好きで好きで・・・、どこまでこの気持ちが膨らんでゆくんだろうと、自分でも想像出来なくなる。
どこまで好きになっても「頂点に辿りついた」なんて実感はないように思えるし、好きだという想いに頂上があるようにも思えない。
「英明く・・・ん・・・」
英明くんにキスされると、「それはおれも同じだ」と、言葉の代りに唇で告白されているように思うのは・・・、気のせい・・・かな。
うぬぼれかもしれない。思い込みかもしれない・・・・・・・・・・・・・・・・・、けれど、そう思えるほど、英明くんのキスは優しくて、自分でも
込み上げてくるものを抑えきれなくて、眦から涙が伝い落ちた。
「今日は涙腺が緩いのか?」
その伝い落ちる涙を英明くんは指でそっと拭いながら、英明くんは悪戯っぽい顔で笑った。
「・・・意地が悪いな、英明くんは・・・」
からかうような意地悪な声だったけれど、でも瞳はおれの涙を気遣って、すこし心配そうだった。
ああ・・・。
こんな顔の英明くんを見ると、落ち込んでしまった自分が恥ずかしくなる。
でも・・・、幸せだ。
まったく・・・、おれは、本当に単純な人間だな。
ついさっきまで英明くんの笑顔を見てせつなく淋しくなったのに、いまはもう、たまらなく幸せな気分になる。
だから英明くんにも「おまえはわかりやすい」とからかわれるんだな・・・。
でも・・・、英明くんになら、からかわれても、いい。と思っている。
ああ・・・。
おれは・・・、本当に・・・。
英明くんが好きだ。
* 自分で言うのもなんですが、今回は真面目でしたな。「いやんv」の「い」の字も出てこなかった(笑)。ま、たまにはいっか。
篠宮先生はほんと〜〜〜っに英明くんが好きだからこそ、英明くんの暴走機関車と化した変態趣味も受け入れられるんでしょうな。
「・・・少しは慎めよ」ってことのほうが圧倒的に多いような気もするが。世間さまのえっち知識に無縁な篠宮先生には、あくまで英明
くんとのえっちが基準であり「普通」なんでしょうから。
そして。今回真面目だったぶん、次回の英明くんが「いやんv ばかんv」なことをしでかしてくれることでしょう。・・・たぶんね。