VACATIONは海へ 7
出発前夜。
ささいなことだが、篠宮をしょげさせた。
居間で荷造りを始めた篠宮が、あれやこれや、やたらとバッグに詰めようとしていたので、
「着替えと水着だけ持っていれば十分だからな。あとはみ〜んなホテルに備え付けてある」
と、なにげに「そんなに持って行くな」と促したんだが・・・。
「いや、でも、用心に越したことはないだろう?」
「用心?」
篠宮は「でも・・・」と言いたげな顔で、おれを見た。
「そうだ、用心だ。まずは、海岸を歩くわけだから、貝殻やガラスのカケラで怪我をするかもしれないだろう? そのときのために、消毒
液と手当て用の綿。カットバンに綿棒。それに虫に刺されて被れたらいけないからその薬と、日焼けして水ぶくれするかもしれないから
、日焼け止めに、念の為に冷却パッドも、ああ・・・、それから湿布も要るな。砂地はうっかりしたら捻挫するかもしれないし。ああ、湿布
だけじゃ心配だから、包帯とサポーターも用意しておかないと。あと、携帯用の蚊取り線香と・・・、ああ、そうそう! 急な発熱をした時
に困るから、体温計と風邪薬と、解熱剤も用意しないといけないな! いまならまだ、ドラッグストアも開いているし、ちょっと買ってくる」
篠宮は、「自分が」必要と思われるものを口にすると、ないものを思い出してか、慌てて財布を持って出て行こうとした。
「・・・おまえな」
ちょっと待て! と言いたくなった。
篠宮が心配性の世話好きなのはわかっていたが・・・、子供じゃあるまいし、おれが海で走りまわって怪我でもすると思っているのか
?!いまどきは、子持ちの親だってそこまで色々持っていかないだろう?! だいだい、もう九時だぞ? ・・・と、言いたいことは山ほ
ど浮かんだが・・・、なんとか堪えた。その代わり、篠宮の前を塞ぐように、ドアの前に立った。
「どうしたんだ? 英明くん、まだ、何か足りないものがあるか?」
すると・・・(ここが篠宮のすれていない、可愛いところだが)、「ん?」と促す様に真っ直ぐおれの目を見て微笑んだ。
「・・・そうじゃないだろう」
ああ・・・、この、無垢で素直な微笑。愛しいんだが・・・、いとしいんだが、時と場合による。
「え・・・?」
「おまえはボーイスカウトの引率者ではないんだぞ? だいたい小学生がキャンプに出掛けるわけでもないのに、そんなちまちました
薬を買ってどうする? 全部ホテルに備え付けてあるから必要ないと、おれがたったいま言ったばかりだろう!」
「だ・・・、だって、虫刺されの薬や蚊取り線香だぞ? それまではさすがにホテルにないだろう?」
誰が虫取りに行くというんだ!? 誰がビーチに蚊取り線香を持って行っているというんだ!? 子供が観察日記を書くために出かけ
るわけじゃないんだぞ?!
「そんなもの、ないならないで、向こうで買えばこと足りる。ホテルにはちゃんと日用品や薬を売っているショップもあるんだぞ? いざと
なればホテルドクターもいる。おまえがそこまで心配する必要はない。くだらないことに気を使うな」
「・・・くだらないこと、・・・って」
篠宮の顔が、たちまち物悲しそうな憂いを湛えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しまった。
つい、うっかりいつもの口調できついことを言ってしまった、とおれはその表情を見た瞬間、内心「まずい」と思った。
おそらく、篠宮は、『おれはただ、英明くんが怪我をしたり病気をした時に、慌てなくてもいいように、そう思っただけなんだ・・・』と心の
中で思っていたことだろう。そんなもの、篠宮のその淋しそうな顔を見ればわかるというんだ。
「・・・おまえの気持ちはようくわかる。だがおれもおまえも、子供じゃないんだ、そんな心配までしなくてもいい」
まあ・・・、それをわかっていながら、うっかり篠宮を制したおれもおれだが・・・。
落胆しきってシュンと目を伏せた篠宮を見ていられず、そっと抱き締めたが・・・・。
「・・・わかった・・・」
篠宮の声は「わかった」と言いながら、すっかりへこんでいた。
「篠宮・・・」
黙り込んだ篠宮の背中を左手で抱き締めながら、右手でそっと頭を撫でた。
「おまえは本当に心配症だな。丹羽なんか、おれのことを殺しても死にそうにないやつだと悪態をつくような薄情なやつだがな」
柔和に笑いながら声をかけたが、篠宮は顔を俯かせたまま、じっとして動かない。
まずい・・・、本当に、まずい。これで「やっぱり旅行にはいかない」なんて言われたら・・・という危機感がかる〜く襲ってきて、おれは
篠宮の顎に手をかけて上向かせた。
篠宮の目はうるうるして、すこしでも何か言えば涙が溢れそうな危険を孕んでいた。
まずい・・・、これはまずい・・・。そう思いながら、おれはそっと、唇を重ねた。
こういうときは言葉で慰めるより、キスで慰めるに限る。
「・・・ん・・・」
頼むから機嫌を直してくれ、という思いで唇をついばむバードキスを何度も何度も繰り返した。。
「英明く・・・ん・・・」
お・・・っ、いいぞ。さっきよりすこしは浮上したか、そう思える声がやわらかい篠宮の唇から零れたのでその顔を見てみると・・・。
可憐で健気な野菊のような微笑を浮かべた篠宮が、おれの目を見つめてきた。
「・・・今日は涙腺が緩いのか?」
目尻から涙を伝い落としながら健気に微笑むものだから、特別酷いことを言ったわけでもないのに、おれはかる〜い後ろめたさを覚え
た。
くさい仕草だと思ったが、伝い落ちる涙を指でそっと拭ってやると、篠宮はすこし睨む目つきになった。
「・・・意地が悪いな、英明くんは・・・」
・・・やれやれ。やっと返事をしてくれた。そう思いながら、頬に流れる涙を舌ですくい舐めとってやると、篠宮はそっとおれの背中に両
手を回してきた。
ああ・・・v 付き合い始めてもうすぐ一年、一緒に暮らし始めてすでに数ヶ月というラブラブ度数上がりっぱなしのおれたちなのに、こ
の、遠慮がちな奥床しい仕草がなんともいえん!!!
「紘司・・・」
とっておきの甘い声で、篠宮の名前を囁いてやる。
篠宮にもとっておきの甘い声で「あんvあんv」と可愛い鳴き声を披露してもらいたいものだ!
・・・いかん、明日からハネムーンとだという
のに(←一寸待て、いつのまに『ハネムーン』になったんだ?!:作者注)、股間が明日まで待てなくなりそうじゃないかっ
!!! と、おれの男心は激しく葛藤した。
「カットバンと消毒液だけなら・・・、持っていってもいいだろう?」
おれの肩に顔を埋めながら、篠宮は甘えるような声で囁いた。
「・・・そのぐらいならな」
うううっっっ!!! 耳から下半身を一瞬にして蕩けさせる、おまえのその声!!! 魔性だ! 魔性の声
だ!!!(←おまへはあほか:作者注)
「紘司・・・」
もう一度名前を囁いてやりながら、しっとりとその唇を塞いだ。
「ん・・・、う・・・」
舌を差し込んでね〜っとり・じ〜っくり篠宮の舌を味わうと、篠宮は鼻から抜けるような呼吸を漏らし、くったり力を抜いておれに身を預
けてきた。
ああ・・・、いいムードだ。抜群にいいムードだ!
明日まで待たずに、一回だけなら・・・、すぐに済ませるだけなら・・・、「い、いいか?」と思わないでもない。
しかし・・・。
「だ・・・め、だ・・・。今夜は・・・、ダメだ・・・ぞ」
そろ〜りと篠宮の腰に手を回そうとしたその瞬間、べつの意味で目を潤ませた篠宮が、弱々しい声でそう言いながら、おれの胸を押
し返した。
「まだ・・・、支度が終わってないんだし・・・、部屋の後片付けだって・・・、しておかないと・・・。英明くんだって・・・、まだ・・・、準備出
来てないんだろう?」
小さく乱れた呼吸で艶っぽい吐息まじりに、おれを牽制したのは篠宮。
おそらく篠宮は、今度の旅も、ただでた済む筈がないと思っている、んだろう(勿論、その通りだが!)。旅先のホテルでイヤというほ
ど可愛がられるのを頭でどれほど理解しているのかはともかく、体は身に染みて理解しているだろうから、ムードに流されそうになった
自分をかろうじて制御したんだろう。
ちっ。
せっかくいいところだったのに!
篠宮はふらつく腰取り、いや足取りでおれから離れると、部屋の真ん中に戻って、途中だった準備に取りかかった。
・・・まあ、いい。
おれだって、ただ盛っているだけの青臭い男でもないしな!(←四六時中若センセに盛っているヤツの言葉とは思えませんな:作者
注)今夜だけは勘弁してやる!
そのかわり、今夜我慢させられたぶん、明日を覚悟してけ! と思いつつ、おれも支度に取りかかったんだが・・・。
夢が・・・、夢見が・・・、これまた「イイところで終りやがって!!!」という代物だったものだから・・・、こっちの股間はゆうべから不完
全燃焼だ!
携帯の目覚まし音を聞きながら目覚めたおれは・・・、みっともなくも股間を隆々と盛り上げていた。
ん? どんな夢だったかだと?
知りたいか? 知りたいか?! 知りたいか?!(←相変わらずえらそうな男だな、おま
へは:作者注)
いいだろう、知りたければ、こっちを読め。ただし、いっておくがあくまで「夢」の話だからな。おれが本当にこんな品性下劣なことをす
ると思うんじゃないぞ?!
夢と現実の区別がつくという、理性の持ち主だけ、おれが見た夢を教えてやってもいい。
さて。
それじゃ、おれ(たち)はこれから嬉し恥ずかしのハネムーンだ!