昭和24年4月
『新編御文講讃』所集
今回蓮如上人四百五十回忌の御遠忌を迎へますに当たり
往年の四百回忌及び宗祖の六百五十回忌の御遠忌を追想いたしますと、
内外の情勢の変化のためもあろうと思ひますが大変寂しい感じが致します。
これは単に社会情勢のためのみでなく、
蓮如上人の教えが永く誤解されて来たため
この急激な時代に処することが出来なくなつたと思はざるを得ません。
蓮如上人は周知の如く信心正因称名報恩を強調なされた。
そして信心といふとすぐ「仏をたのむ」と仰せになつた。
更にそれを力説されて「後生たすけたまへとたのむ」と
その信心を具体的に切実に教へられた。
殊に有名な「御袖縋りの御文」を見ると
「一筋にこの阿弥陀ほとけの御袖にひしとすがりまゐらする思ひをなして
『後生助けたまへ』とたのみ申せば、この阿弥陀如来は
深く喜びましましてその御身より八万四千の大いなる光明を放ちて、
その光明のなかにその人を摂め入れて置きたまふべし」とある。
この様なことは『御文』に度々は出てないけれど
恐らく上人のお話にはしばしば出てをられた言葉であつたらう。
宗祖は「本願をたのむ」とは仰せられたが「仏をたのむ」とは仰せにならなかった。
そこで昔から、仏体所帰か、名号所帰かの諍論が出てくる訳である。
併し蓮如上人にして見ると宗祖聖人の教といふものが本来あるのであるから、
その「本願をたのむ教」をつきつめて本願成就の仏をたのむと仰せられたのであろう。
蓮如上人は宗祖の教を広く当時の民衆に知らしめようといふのであるから、
南無阿弥陀仏といふ大行が已にあるのでその名号について仏といふもの、
現実の仏といふものを教えようとなさったのである。
若し宗祖の教えがないなら「仏たすけたまへ」といふと仏体に執着して
仏体をたのむことにならぬとも限らぬが、
目前に已に本願成就してをられる仏があれば、
本願だの誓願だのといふより「仏たすけたまへと縋る」と
教へる方が一般民衆にとつて手近いに違ひない。
併し茲に一念帰命を強調されるため、聞く方は誤解して
その一念帰命を神秘化し称名報恩といふ型を作り上げて終った。
念仏は称名報恩と決定して終はれたやうであるが、
大体仏の本願とは称名本願である。
これは法然上人も宗祖も同じである。
「親鸞におきてはただ念仏して弥陀にたすけまゐらすべしと
よき人の仰せを被りて信ずるほかに、別の子細なきなり」
と『歎異抄』にもあり、正信偈には、
「本願名号正定業至心信楽願為因」とある通りである。
仏の本願は何処までも仏の称名本願であるが
蓮如上人は「我をたのまんものをたすけんといふ本願」と仰せられる。
これは詳しく申せば「我をたのむ」とは「我が本願をたのむ」といふことで、
この本願は称名本願に外ならぬ。
この「称名本願をたのむ」といふことを押し進めて「仏をたのむ」と
申されたのであらう。
「法をたのむ」を押して「人をたのむ」までつきつめたのであろう。
そのことが明らかになると信の一念とは何も神秘的のものではないことになる。
称名本願といふ法を常に人間の感情のところまで掘り下げて「仏をたのむ」と
一文不知の者にも分るやうに表明し、それからその仏はどんな仏か、
仏の選択本願、称名本願と、だんだん了解せしめようとするのが
一念帰命の蓮如上人の真精神でなからうか。
信の一念が終って今は称名報恩と考へるべきでない。何処までも信の一念。
現在は信の一念。何処までも信の一念でなければならぬ。
それが念仏往生の本願ではなからうか。
絶対に後念相続に立場を置くべきでない。亦そんなものがあらう道理がない。
何時でも我々は、信の一念に立つ。信の一念を離れて後念などない。
「この上の称名念仏は」とは信の一念の内容を開いたのである。
我々は常に信の一念に立つといふので蓮如教学であると同時に
宗祖の教学になる訳である。
南無阿弥陀仏の上に後念ををさめて信の一念が成就されてゐることを
教へようとされたのが蓮如上人の御精神である。
念仏を捨てて「後生たすけたまへ」はない。
若しさうすると一種の意業づのりになつて終ふ。
仏の本願招喚を念ずるところに、即ち「阿弥陀仏後生たすけたまへ」が
本願成就するところに一念帰命がある。
一念帰命は外からあるのではなく本願の中にあるのである。
仏の本願を開いて、その阿弥陀仏とはいかなる仏か、
又その仏をいかやうにたのむべきか、
法と機とを明らかにして行かふといふのが『御文』の教へ方である。
全体として「仏をたのむ」ところへ持つて来て仏の本願を明らかにする、
即ち称名念仏の本願を明らかにしようととしたのが
蓮如上人御一代の御苦労であった。
その次にもう一つ申し度いことは、上人は六字の名号について
機法一体といふことを仰せられるが、
これは機法の分際を明らかにするといふことであって
決して機法の分限を乱すといふことではない。
南無の二字は衆生から弥陀をたのむ機の方、
阿弥陀仏の四字はたのむ衆生をたすける法の方、
そこに機法一体の南無阿弥陀仏が成立するのであると教へられるので、
我々は何処までも仏をたのむといふ立場に立つ、
即ち南無の二字が我々の坐りである。
上人の御精神は機と法との分限分際を明らかにして行かうとなさるのが
その目的である。
それを二字四字の配当は一応のことで機にあっても六字、
法にあっても六字といふのが上人の真精神であるかの如く
主張する意見が多いやうであるが、
それは要するに機と法との感応を示さうとするのであって
我々の領分は何処までも南無の二字であつて、
決して仏の領分を侵してはならぬ。
真実南無の二字に安心してをれるところに機法一体の意義がある。
我々が南無の二字に満足せぬ限り機法一体は成就されぬ。
『御文』の何処を見ても六字六字の法門など見当たらぬ、
我々の分限は南無の二字のところに如来の回向といふものが
感得されるのであつて、
南無せずにをれぬ、
南無することができる、
又南無することのできぬ人間がしかも南無せずにをれぬ、
南無することのできぬ自分が南無することのできるやうにして戴く、
そこに機法一体がある。
そこに如来の機法一体がある。
そこに如来の発願回向を我等は感ずるのである。
南無の二字は何処までも法、
この分際を明らかにして行くのが蓮如上人の教学である。
それが明らかになって上人の一念帰命も戴けるのであって、
我々は已に救はれてゐることは信の一念を離れると何もないのである。
始めから誓願とか、名号とか云つても民衆は了解しないので、
「阿弥陀仏後生たすけたまへ」と
所謂生死巌頭に立つて、
平生に臨終をとりつめて仏の本願の成就を、
即ち本願の招喚を身を以て感得せしめようとするのが
蓮如上人の御精神と戴いてゐる者であります。
<注>
本篇の収められる『新編御文講讃』は昭和24年の
蓮如上人四百五十回御遠忌記念出版の一つで、
当時まだ大谷派宗務所内にあった大谷出版社から
刊行された。