パソコン聞記

『如是我聞』

曽我量深


曽我先生のお言葉の中から、

自分自身に聞こえたお言葉を写経のように入力してみました。


『親鸞との対話』

「如来に信ぜられておるという自覚・感銘が、

それが信心を成就しているのでしょう。

信心をはなれて、そういうものが別にあるわけでない。

信心の意味になりますね。

「私が仏様を信ずる」というより、

「仏様に信ぜられている」ということが

仏様を信ずるということである。

仏様に信ぜられておると、こういうことを感ずるのが

それが本当に仏様を信ずるということ、それを信心という。」

「自分はすでに信をえてしまっているとかいうことは−

お聖教みると信をえたというようなことが書いてあるようだが、

「自分は信をえた」と、そう思うのは私は昔からどうかと思っている。

私共は何か思い出したときはいつも信の一念に立つと、

そう自分はきめている。

“信の一念”というのが絶頂ですね。

我々はいつも信の一念に立って、そこで仏恩のありがたいということを感ずる。

信の一念に立った時に、はじめて仏恩のありがたいことを知る。

それが仏恩報謝です。

われわれは信の一念に−いつでも信の一念というところに、

自分の立場をおかなければならん。

私は、自分の現在の立場はいつでも信の一念と決めています。

信心えたから仏恩報謝と、そんなこと言いません。

信の一念に立たなければ、自分で信をえたと決める。

信の一念を過去におくと、信心えたとかえないとか、

いつも問題にしなければならん。

どこまでも信を現在の一念におく。

何月何日に信をえたなどと決める必要もなく、

いつどなたに会うたとか、どういうことを聞いたとか、

そういうことで信をえたと決めたいが、

それを決めないのが本当と思う。

仏様のことを思い出したときが信の一念。

そんなら信の一念は何遍でもあるかというと、

何遍もあるというわけのものでもなく、

いつでも自分の立場を信の一念に立つと、こう思う。

常に、いつでも信の一念というところに立つべきものだと、私はこう思う。

現在ということは、信が現在する。現在しない信はない。

信が現在すると、こう思う。

(昭和38年9月『中道』第11号『親鸞との対話 曽我量深』より)


如来に信ぜられ

如来に敬せられ

如来に愛せられる

かくて我等は

如来を信ずることを得る

−昭和41年7月2日、富山市月愛苑での一女同行への仰せ−

(昭和41年8月『中道』第46号)


仏から信ぜられている−絶対に−何もかも承知の上で信ぜられている、

このことが一番大切で、本願だの念仏だの、その後の問題です。

仏から信ぜられていることが信ぜられないのを難信と申します。

−昭和41年9月10日、越後東三条・大谷派別院での女同行へのお言葉−

(昭和41年11月『中道』第49号)


念仏すれば往生できる−ではない。

信心獲得すれば自ら往生は決定する。

信心と往生は一つである。

往生を得たか得ないか−そういう往生の計らいをしないところに

自ら往生は決定する。それを「無生の生」という。

−昭和42年3月5日、京都高倉会館にて−(昭和42年5月『中道』第55号)


阿弥陀如来は衆生の仏性を見つけて信じた。

阿弥陀如来は衆生の本心を見抜き、衆生を信じて本願を起した。

信は仏にある。

ただ一方的に仏を信ぜよというのでない。

我々が仏を信じていようがいまいが、先ず仏は我等を無条件に信じ念じておられる。

その証拠が南無阿弥陀仏である。

−昭和42年11月1日、浜松市紺屋町・善正寺様お座敷にて−

(昭和42年12月『中道』第62号)


至心回向によって願生するのであるから、

願生するということがすなわち得生の証拠である。

得生の自覚の感情が願生ということになる。

願生と得生が互に因となり果となり限りなく進んでゆくところに

一切衆生がみな救われる。

−昭和42年11月28日夜、(報恩講)京都高倉会館にて−

(昭和43年2月『中道』第64号)


信は、如来回向の信であってもわれら衆生(機)に属する。

行は、われわれが称えても、仏(法)に属する。

これ真宗学の根本のすわりである。

−昭和43年6月13日、大谷大学にて−

(昭和43年9月『中道』第71号)


自力ということは、本当の意味の自力と、妄念妄想の自力と二通りある。

他力が真実の自力になることを“如来の回向”というのであろう。

他力が他力のままなら回向ということにはならぬ。

他力がそのまま素直に頂ければ自力になる。

それを“自利の信心”と親鸞聖人は仰せられたのではなかろうか。

−昭和44年7月4日、新潟県・三条東別院にて−

(昭和44年10月『中道』第84号)


念仏があるから信心も出来る。念仏がなければ信心は出来ぬ。

念仏なくしては、信心は根底的にないものであろう。

−昭和44年11月28日、京都高倉会館にて−

(昭和45年1月『中道』第87号)


念仏は誰が称えても「一向専念」の念仏である。

「万行随一の念仏」などという言葉はおかしい。

念仏があると難行が易行になる。

−昭和44年11月28日夜、京都高倉会館にて−

(昭和45年4月『中道』第90号)


信の一念によって正念に住する。

専修念仏の第一の徳はこの正念に住することである。

信の一念に平常心に住する。

平常心に住すれば仏に等しい。

善導大師の仰せを頂くと深く正念に住する。

専修の人は雑縁に乱動されることがない。

(昭和46年3月23日 京都第一日赤病院病室にて)


問 信の前の念仏ですが、いわゆる自力の念仏と申しますが、

信の前の念仏の場合も何かそこに功徳があるはずだと思うのですが。

曽我 信を獲ておらぬというても、お念仏の尊いことを教えて頂いて、

そうして深い自覚は浮かんで来ないけれども、

とにかくお念仏の尊いことを教えて頂いておるのでありますから、

それをすぐ自力念仏などという名前をつけない方がよいと思う。

自力念仏などと申すのは、信を獲た上で振り返って

自力念仏というのでありまして、

信というそこまでゆかない人の念仏を

すぐ自力念仏というのは少し間違ってると思う。

自力・他力というが、信を得た人が言うのでしょう。

自分自身について言うのでしょう。

他人のことを言うのではありません。

−昭和38年6月28日、東京大谷会館

「還相回向」の講義終了後の質疑応答より−


「私はやはり、真宗学というものが完成しておらんからそうなる。

だから今日のわれわれは、今まで教学は完成しておらんので

ありますからして、完全にするようにみんなが手を取って努力してゆくべき

そういう時機に到達したと私は思う。

今までのお聖教だけでは或いは曖昧なことが沢山ありまして、

だからして今日やはり教学というものを決定しなくてはならぬと思います。

そういう時機に達したと思います。

何時まで経っても弁解的の−何か都合の悪いことがあると、

これはああだ、あれはああだと−今までの宗学みたいな、

どこまで行っても不徹底なことを言っている、

あんなことで教学や宗学が終ったら大変だと思います。

今日やはり茨の山を切り開いてゆくという覚悟をもって…

それは、蓮如様も大変な御苦労をなされたのでありましょうが、

今日のわれわれは蓮如上人以上の覚悟をしなくてはならんと思います。

それをしないと真宗は滅亡します。

今までのような程度の、ここにこうあるから、ここにあああるからどうのと、

そのような程度の生ぬるい研究に終ったならば、われわれの浄土真宗は滅亡します。

そういう時機に到達している、今日は−。

そういう危機に到達しておると私は思います。

だからして、しっかり皆さんが教えを明了にするように、皆さんが力を合わせ、

また各自各自が自分の心を養うてゆかなければならん。

往生は心を養うのであります。往生は修行であります。

往生は人生の修行であると私は理解しておるのであります。」

(曽我量深『親鸞との対話』)


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